「…!」
第3セットのブザーが鳴ると同時に射出口から射出されたボールは愛梨の元に向かう。
射出口から射出されたボールにはなにも出来ない、一度触れるのが前提のプレイをしている光國は意識を集中させていたのだが
「早く、打ち返してください」
気付けばボールが後ろにあった。
愛梨にその事を指摘される前に光國は気付くのだが、反応をすることが出来なかった。
「じゃないと、楽しめないです」
とても美しい笑みを浮かべる愛梨。
その笑みは心の底からの笑みだったのだが、何故か体の周りがキラキラと光っている。
「…」
アレはなんの魔法かと各魔法科高校生達が話し合っているが、違う。
愛梨は一切の魔法を発動していない。愛梨は魔法師だったから、キラキラと光るものを出してしまっているだけで、魔法師で無くてもそれは使えた。
「愛梨、楽しんどるのぅ」
それに近いことを四十九院沓子は気付いていた。
下手すれば自分と一緒に居るときよりも楽しそうな愛梨、どんな魔法を使ったかなんてどうでもいい。楽しめと応援をする。
「…」
そして第3セットは終わる。
先程までの2セットが嘘の様に光國が敗北し、愛梨がトリプルスコアで勝利をした。
「なにをしているんですか、貴方は」
ベンチに戻り、一息つくと呆れた顔で飲み物をくれる市原。
愛梨になにかを教えようとしていて、伝わったのは良いが逆に今度は勝てなくなってしまった。市原は呆れるしかなかった。
「一色さんになにを教えたんですか?」
「なんも教えてないです…」
「正直に答えてください」
愛梨には明らかな変化が起きていた。
体からなんかキラキラしたものが放出されているので例によってなにかを知っている光國に聞くが答えないので、顔を近づけて真剣な表情で求める市原。
「だから、なにも教えてないですし…魔法自体は使ってないですよ…いや、稲妻は使っているのか、アレは?」
しかし、それでも答えない。
と言うよりは、本当になにもしていないのが正しい。
「アレはいったいなんですか?」
「天衣無縫の極み、百練自得の極み、才気煥発の極みと同じ様で全く異なる無我の境地の三大奥義の内の一つで最も強く、最も難しい…技術だ」
「技術…魔法ではないのですか?」
「一色を見てみろ」
光國が説明をしてくれる様なので愛梨を見る市原。
第三高校の愛梨のCADを調整している技師が居るのだが、その技師と仲良く会話をしていた。今の今までそんなのが無かったのか、技師の子は戸惑っている。
愛梨の雰囲気が本当に変わっており、目線があってしまいどうしようとビクッとなるのだが愛梨は微笑んで手を振った。
「天真爛漫ですね…」
率直な感想を述べる市原。
今の愛梨はまさに天真爛漫そのものであり、憑き物が落ちたかの様に笑うことが出来ている。
「大人になれば、勝つことしか拘れない。いや、それしか出来なくなる。
勝つことは大事だけど、一番大事なのは楽しむ事…一色なんて家柄でそれは絶対に許されないだろうな…」
魔法師の名家の子供は同じ魔法師の名家ならまだしも普通の魔法師に負けてはならない。
ましては十師族候補の二十八家の一つである一色だ。そう言った感情は持ってはならない、排除しなければならないと言う洗脳教育並みに質の悪い教育をしている所もあり、負けたら負けた奴を攻めるし、勝った無名の魔法師も攻められる面倒な事だらけだ。
「ただただ、楽しんでいるだけ。
喜怒哀楽を抑えつけている心の鎖を断ち切って、勝ち負けの概念から抜け出す…キラキラと光っているのは、無意識で魔法を発動しているだけで魔法師じゃなくても…使える…そう、使えた筈なんだ」
まるで過去に自分も使えたかの様に語る光國。
百練自得の極みも才気煥発の極みも使える光國だが、アレだけは、天衣無縫の極みだけは使えない。
「どうやって勝つか…」
今の愛梨に対抗するには天衣無縫の極みも此方も使うしか無いが、使えない、いや使えなくなった光國。
真由美戦までに取っている技を使うかと考えるのだが、果たして勝てるのかと悩む。
「手塚くんも天衣無縫の極みを使えば良いのでは?」
そんな中、市原は同じ様にすればいいと言う。
「オレは…天衣無縫の極みは使えないですよ」
「テニスではなく、クラウド・ボールだから?」
「いや、天衣無縫の極みは百練自得の極みと才気煥発の極みと違って他の競技でも」
「では、使える筈じゃないですか…楽しくないんですか?」
「それは…」
楽しいかどうか聞かれれば楽しいはずだ。
それなのに、天衣無縫の極みは使うことが出来ない。テニスじゃないから、学生同士の試合だから発動できないのかと考える光國。
「…面白く無い顔をしていますよ」
「…そう、ですか…」
楽しめと言っていた光國だが、楽しむことは出来ずにいる。
楽しもうとする事をしなかった愛梨は楽しむことを知り、笑顔になっている。
今の光國をつまらないと市原は感じた。
「私や司波さん達にテニスを教えている時は、とっても楽しそうに面白い顔をしていましたよ」
一番良い時の光國の表情を市原は知っていた。
しかしその時の顔を光國は九校戦が始まってから一度もしていない、一度もだ。
「手塚くん…貴方は分かっている筈です…」
今の光國に足りないものが、必要なものがなにか分かる市原はそれ以上は語らない。
そして第4セットがはじめる為にコート内に入るのだが、ふと仁王が目に入った。仁王はなにかを期待しているかの様な眼差しで見て居るのだが、それが分からない。
「あの…大丈夫ですか?」
「大丈夫、だと思う」
「顔が死んでますよ?」
「…前々からだ」
「何時からですか?」
前々からとは言え、眼が死んでいる光國を心配する愛梨。
そう言えば、何時から眼が死んでいたのか光國は考える。
リーナと出会った時には眼が死んでいた。絶望をしていて虚になっていた…リーナと過ごしてマシになったとは言え、それでも虚になっており…絶望をしていた…筈だ。
絶望をしていたのならば、ファントムを生み出す筈だ。しかし、生み出していない。想子の量が少ないから、生み出さなかったのか?いや、違う。キマイラが先に食い尽くしたのか?いや、それでもない。
仁王は言っていた、絶望をしていないと。
「ふん!!」
「アレって、スマッシュでの零式!?手塚さん、それは」
「駄目よ、手塚くん!!それ、使いすぎると腕に負担が掛かるんでしょ!!」
「光國、まだ試合が残ってるでしょ!!」
愛梨に勝つべく、スマッシュでの零式サーブを使う。
成功するが、効果は薄い。愛梨は直ぐにボールを拾って、サーブを打ち返し、光國はなんとか反応をして打ち返すが
「さっきの、お返しよ!」
既に愛梨が跳んでおり、光國のラケットのグリップ目掛けてスマッシュを打つとボールは愛梨の元へと返り
「失意への
もう一度スマッシュを打つのだが、イレギュラーバウンドが起きずに地面を弾んだ。
「そら、破滅への
仁王はただ一人、ツッコミを入れた。
そしてもう決まったなと確信をした…光國がボールを拾った後、ラケットを取りに行くのを見てだ。
「
「…!」
光國はラケットを拾いに行こうとしたら固まった。
このラケットを見て、なにかを思い出そうとしていた。
このラケットはペリー来航の時からオジイのオジイから作ってもらった、このご時世では珍しいウッドラケットだ。作って貰ったのは極々最近の事であり、このラケットに深い思い出は無い。森崎を倒したのは通過点なので、深くはない。
「そうか…」
仁王が絶望をした理由をなんとなくだが、分かった。
いや、分かっていたが触れない様にしていた。それは光國も笑い死にをして転生した際に気付いていた事だったから。
仁王は絶望のドン底に落ちて、自力で立ち上がった…光國も絶望のドン底に落ちかけたが、這いつくばり、希望を掴み取ることが出来た。
「そうだったな…」
魔法科高校の劣等生の世界でテンションを上げたが、魔法師じゃなかった。
一般人として実際に生活をしてみて、漫画やゲームの世界は読者を楽しませる為に主人公を活躍させる為に色々と糞みたいな事が起きているので実際に暮らせば地獄だと感じた。魔法師の才能が全くなくて良かったと感じていたが胸の中でドロドロとしたものがあった。なんの為に転生したんだとなった。前と対して変わらないと感じた。
内申点を稼ぐ為にボランティアを、自身の容姿が手塚国光だったのでもしかしたらと、テニスをやってみた…そして自分には才能があった。
「テニスがオレの希望だったな…」
死んでしまった光國の生きる意味は、明日への希望はテニスだった。
魔法師になってからも、大きな大会に出てはいないけれどもテニスをずっとしていた。
未練が出てしまうだなんだと言いながらも、最後の最後までラケットを、テニスボールを捨てようとしなかった。強者との対戦が無かったので、勝負の感覚が薄くなり弱くなったが、それでも世界レベルだった。油断すれば痩せるレベルで鍛えていた。
一科生との対抗試合でも、テニスを選んだ。森崎を倒して心を折る方法は、他にもあったのに、テニスを選んだ。このクラウド・ボールでも、ラケットを選んだ。市販のラケットではなく、オジイが作ってくれたラケットを選んでくれた。
「…そうだ…」
手塚光國は、自分が居るべき場所は魔法師の世界ではない。
此処も悪くはないが、此処では無い。もっと別の場所があるのを知っている。
自分はそれをずっとずっと目指していた。例え、どんな状況下でも立場でもずっとだ。
「オレのやるべき事は、やっていた事は…全て、通じていた!」
足りないナニかが見つかった、いや、思い出した。
自らを抑制する鎖ではなく、見ようとしなかったものを見ることにより思い出した。
魔法師なんて最初からどうでもよかった。魔法師にならなくても、原作と関わらないと幸せになれないなんて誰も言っていない。
「オレは魔法師じゃなくて、テニスが大好きなテニヌプレイヤーだ…」
「…て、手塚さん!?」
光國は口にすることにより、思い出して死んだ眼に生気が宿る。
それと同時に変化が訪れ、眼鏡越しの美月は感じた。そして光國は愛梨と同じ光を愛梨以上に放った。光國は天衣無縫の極みに入った。
「貴方も、出来たんですね…」
「ああ、悪いが勝ちは譲らんぞ」
「それは私の台詞ですよ」
天衣無縫の愛梨と光國。
超高速のラリーをはじめるが、険しい顔は何処にも無く笑顔に溢れている。
「なんや、憑きもんが取れたみたいやな」
その光景を見て、もういいやと席を立ち上がった謙夜。
会場を後にしようとする。
「見ていかないの?」
「結果は分かっとるちゅー話や。
今の光國に、これ以上なにかを言ってもなんも意味無い…自分で作った壁を自分で壊して乗り越えよったで」
帰ろうとする謙夜を見る雫だが謙夜は気にせずに会場を後にする。
「光國はんに、よろしくと…今の光國はんはNo.1やったあの頃よりも更に進化しとるわ」
吟も一礼をした後に会場を後にする。
今の光國には迷いは何処にもない。勇気を振り絞り、己の為にと一歩前に出た。
「…楽しそうね、光國くん…」
「ええ…あんな顔は滅多にはみないわ。
九校戦なんて大人の勝手な事情が乱れる場所で、見られるなんて思ってもみなかったわ」
ボールの数なんて関係無いとラリーを続ける愛梨と光國を見て、嫉妬するリーナと紗耶香。
自分達がどうにかしたいと思っていた、希望になろうとしていたが光國は自力で乗り越えた。強いことは良いことだが、少しは自分達を頼ってほしかった。
「…あら、終わってしまったわ」
「なんや、もう終わったんか…」
永遠とラリーを続けるつもりだった愛梨と光國。
時間制限があるクラウド・ボールは気付けば試合が終わっていた。
第4セット、愛梨の敗けで光國が勝利した。
手塚光國 ○ 一色愛梨 ●
88-54
93-44
32-101
71-51
3-1
「ありがとうございます、お陰で大事な事を取り戻すことが出来た…今思えば、貴方は分かっていたのね、何もかもを」
「なんの事だ?」
握手をして光國と仲良く会話をする愛梨。
今ならばわかる。散々、ふざけてばっかだと思った光國は大事な事を教えようとしていたのを。本当に一歩だけ踏み出せばとてもとても肩が軽い。物理的な意味ではほのかや美月には絶対に勝てないが、胸が軽い。世界が変わって見えた。
「とぼけなくても…」
「とぼけとるんやのうて、素で分からん。
けどまぁ…このままで良いって思ったりしても無駄やって事や…オレらが酒飲める様になる頃には二十二世紀、そろそろ本気で変わらんとアカンわ…本当に大事なものは失ってからでしか気付けないオレやお前の様に」
「けど、取り戻すことは出来るわ」
「…ああ、そうだな!」
光國は笑う。
愛梨は今まで関わった事の無いタイプの人間だったが、今の光國は面白いと感じる。
もっとこの人の知っていることを教えてほしいと、見ている景色を一緒になって見てみたいと言う小さな気持ちが芽生えた。
「やれやれ、結局はテニスか…」
人が散々どうすれば良いかと考えて動いていたが、最後には自力で立ち上がった光國。
仁王は呆れ声を出すのだが、笑みを浮かべている。
「わしが仁王雅治、アイツが手塚国光なのは一種の縁なのかのぅ、ま、わしも最終的にはテニヌプレイヤーが将来の進路じゃからの…後はどう来るかじゃな…」
仁王はコートにいる光國と愛梨を見ていない。
向かい側の観客席にいる勝つとは思っていなくて、表には出さないが明らかに怒っている九島烈を見た。手塚光國の心を折ろうと言う考えは無駄である。
インターバルを挟まずに、勝者同士の試合を行うアナウンスが鳴るが、今の手塚光國を止めるには同じテニヌプレイヤーでないといけない。
「と言うか、アイツは何時か刺されるじゃないかのぅ…」
特化型CADを持っているリーナを必死になって抑えているエリカ達を見て、仁王は思う。
あんだけ美女に愛されるって、生前どんだけ徳を積んだのだろうかと。仁王もモテるだけありがたいと感じる転生者だった。