不屈球児の再登板   作:蒼海空河

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野球は友を呼び寄せる

 時は戻り小学4年生の春。

 

 早朝――まだ日が昇り初め、辺りは薄闇に包まれている。

 雲母家の2階は1部屋しかない。

 ただ20畳の広々としたスペースがあるので、3姉妹は部屋をタンスや勉強机などで仕切り使用していた。

 入り口から遠い順に夏輝、雪那、小春の順番。

 外と動揺に墨色の帳が下りた部屋内でムクリと起き上がる者がいた。

 

「ふゅ、朝……」

 

 雲母雪那である。

 いつもぼんやりした顔が更に増して、三白眼な目つきでしばし布団の上で静止する。

 少し意識がはっきりしてきたのか彼女は立ち上がり、未だ寝息を立てる姉妹達を起こさないよう階下へと降りていった。

 

「ん……」

 

 トイレで用を足し台所へと向かう。

 ある程度女の体に慣れたせいか()はトイレに戸惑うことも少なくなった。

 最初はさすがにじーっと女のアレな部分に凝視してしまったりしたが、そもそも野球の方が優先順位が遥かに上なので以降無視するようになった。

 

 そんな彼女は台所で卵と納豆を取り出し、かちゃかちゃとかき混ぜ御飯の上へとのせる。

 納豆卵かけご飯。

 人によってはおぞましく感じる組み合わせだが、彼女はいたくこの組み合わせが好きである。

 曰く「お手軽、栄養、ばっちり」とのこと。

 卵の総合バランスに優れた栄養素に動物性タンパク質。

 納豆の食物繊維、カルシウム、植物性タンパク質。

 御飯の炭水化物。

 朝、運動する前に軽く食べるならバッチリといつも朝食している。

 そう――いつも朝食べている。

 

「はぐはぐ、ごち」

 

 一人両手を合わせ食べ終わるとストレッチを開始する。

 もう小学4年生となり、徐々にではあるが体に力がついてきたと最近感じていた。

 軟球も軽く投げられるようになった。

 時間を掛けて寝起きの固まった筋肉をほぐし、運動が出来る状態へと帰る。

 首、手首、腕、肩。

 胸、背中、腰。

 太もも、膝、太もも、足首。

 入念に解す。

 丹念に解す。

 それは怪我をした後悔から決して欠かすことのない儀式。

 もう野球と別れたくない故のストレッチ。

 30分ほど掛けて行い次の運動に移る。

 1世紀近い日本球界の歴史でも1、2位を争う程の天才バッター、鈴木一郎(イチロー)はストレッチに1時間掛けるという。

 さすがに朝の時間でそこまで出来ない彼女は半分の時間で済まし次に移る。

 

「ふう……次、にぎにぎ」

 

 ストレッチも立派な運動。

 火照った体を少し冷ますついでに、彼女は軟球をにぎにぎし始める。

 名付けて【にぎにぎボール特訓】。

 彼女の熱血特訓シリーズの1つ。

 ボールの感覚をひたすら手に覚えさせる練習。

 何故こんなことをしているかと言えば、彼女が知っているかつての軟球と違っていたからだ。

 かつての軟球はとにかく飛ばない事で有名だった。変化球もかかりにくい。

 それは過去、少年野球で問題になった出来事があったからだ。

 

 このボールはとにかく点が入りにくい。しかも少年野球に引きわけという概念が無かった為、最大で延長46回というふざけた試合もあった。

 そのためもあり、従来の表面の丸い凹凸(ディンプル)を少なくすることで空気抵抗をなくし飛びやすく。

 また縫い目を左右対称にし変化球を掛けやすくした。

 つまり飛びやすく、変化球を扱いやすくしたのだ。

 彼女はその球の感触を覚える為、数年前から毎日欠かさずボールを触り感触を覚えてきた。

 次に彼女はリュックと取りだす。

 中身をチェックし背負う。

 

「怪我予防、OK」

 

 重し代わりでもあるこの中身。

 それはまんま救急箱だった。

 念には念をという考えから、怪我をしてもいいように一通りの道具を取り揃えてある。

 それだけ彼女は怪我――特に重大な怪我に敏感になっていた。

 

「よし、行こう」

「おはよう雪那」

「ん、お早う、お母さん」

 

 玄関に向かおうとした彼女に声を掛けたのは母、都。

 時刻は6時。

 都はいつもこの時間に起き家族の朝食を作っている。

 雪那が毎日、朝練をしているのを知っているので彼女は特に咎めたりしない。

 

「怪我には気を付けなさいね」

「うん、行って、きます」

「行ってらっしゃい」

 

 外へと出ていく雪那を見送り彼女はひとつため息をつく。

 その顔には憂いの感情が出ていた。

 

「雪那は3歳のときからずっと表情が表に出ず、声も片言のまま……。

 お医者さんもこんな事例は初めてだっていうし、大丈夫なのかしら」

 

 それは家族共通の悩みだった。

 雪那はずっと表情と声というコミュニケーションで大切な2つを欠いたまま生きてきた。

 電車に対するトラウマも未だある。

 でもその所為だろうか――彼女は人を惹きつける独特の魅力も備わっている。

 学校ではあまりいい噂を聞かないが、野球を通して友人達と楽しくやっていると獅堂家のメイドと名乗る女性から聞かされていた。

 

「いやね年を取ると悩みごとばっかり。

 でも娘が楽しく生活しているならそれにとやかく言うととじゃない、か。

 とりあえず、おいしい御飯でも作って迎えてやりましょうか!」

 

 悩んでもしょうがない。

 そう結論づけた彼女は腕まくりをしつつ今日も朝ご飯づくりに勤しむのだった。

 

 

 

 緑川市はその名の通り、木々と川が多い。

 昔の人々は木々を切り倒して家を作り、周囲に広がる川は上流から栄養豊富な土を運んできた。

 今も市内には幾重に亘る川が流れており、橋がそこら中に架かっている。

 そんな市内を走る雪那。

 彼女は朝毎日、30分のストレッチ、にぎにぎ特訓、5kmのランニングを欠かさず行う。

 放課後もシャドーピッチングや投げ込み、キャッチボール、肩肘を鍛えるチューブトレーニング、タイヤ引きランニング等様々な練習を主なってきた。

 それも今日という日の為。

 

「とうとう、入部、ぐれいと」

 

 そう今日から始まる野球部の仮入部。

 仮といっても初日から入部するまで参加する気満々である。

 やはり仲間達と部活を通しても練習は自主錬とも違う趣がある。

 心がどこか沸き立つ感情をもてあましながら走ると途中渡った橋の下、珍しい光景を目にする。

 

「……子供?」

 

 そう朝6時過ぎとはいえ小学生くらいの少女2人が川側にいた。

 だが雪那が興味引かれたのはそこではない。

 

「野球!」

 

 野球をしていた。

 正確には1人は投手、1人は捕手役のようだ。

 雪那はこれ幸いと彼女達の元へ向かう。

 やはり走るより投げる方が好きだった。

 

 だが近づくと少し様子が可笑しいことに気づく。

 片方のライトブラウンの髪を兎みたいにたてたツインテールの子供が蹲っており、薄緑の髪をしたショートカットの少女はおろおろしていた。

 

「痛い……痛いよぉぉ……」

「らびちゃ~ん! らびちゃ~ん! 大丈夫!? 大丈夫!?

 お医者さん呼ぶ~!?」

 

 只ならぬ気配を感じた雪那はすぐさま近寄る。

 怪我に敏感な彼女は他者の怪我にも敏感だった。

 

「ちょっと、診せて」

「ええ!? ちょ、なにあなたワタシのらびちゃんに触ったら――」

「怪我、診せて!」

「あ、はい……」

 

 雪那の剣幕に押され黙るショートカットの少女。

 背中のリュックから救急箱を出す様に一瞬びっくりする2人だが雪那は気にしない。

 怪我の箇所と思われる場所を見て、触り、ツインテールの少女からいくつか質問したのち――

 

「よかった、大した事、ない」

「ほんとですか!」

「うん、打ち身」

「あ、ボールにぶつかったからですね……」

「湿布、張れば、問題ない」

「ありがとう、らびちゃん助けて」

「ん」

 

 2人の少女に御礼を言われ短く挨拶する。

 ふと時計を見ると、

 

「いけない、時間、もういく」

「あ、ちょ、ちょっと何処いくんですか。まだ御礼が――」

「ぼ、ぼく宇佐 兎(うさらび)

 あのきみは――」

「じゃあ、行く」

「あ……」

「結局なんだったのあの子は――」

 

 想像以上にすばやい動作でその場を去っていった雪那に2人は茫然と見送るしかなかった。

 

 

 ○  ○  ○  ○

 

 

「雪那、野球好き、以上」

「アンタはもちっと説明しろォォォ!!!」

 

 スパァン!

 

「あら、毎年飽きないですわねー。もう1つのイベントではなにかしら?」

 

 四年生になったばかりの雪那達。

 今は恒例の自己紹介なのだが……。

 

「痛ひ」

「アンタねぇもう今年で4年生よ? もっと言う事無いの?」

「ビバ、野球(ひやっほォォォ、野球の時代が来たぜぇぇぇぇ!! 泥塗れの青春の開幕だあ!!)」

 

 ぶんぶんぶんぶん!

 言葉では意思が伝わらないので動作で自身の気持ちをアピールする。

 両手を上下に振る雪那に咲夜も若干たじろいだ。

 

「う……なんか変な熱気を感じるわね。

 テンションが高めなのは認めるけど、自己紹介くらいシャンとしなさいよ」

「野球、イコール、自分」

「だからね――――」

「ちょっといいかしら~」

「あによ――げ」

 

 にっこにこで咲夜に話しかけたのは井川恵子先生(27・独身)。

 きらりと光るメガネの上には若干、青筋を浮かべている。

 そう今この時間は、

 

「今は6時間目でロングホームルーム。

 時間は確かにありますけど、30人の自己紹介をしてるんですよ?

 貴女の時間は終わりました。

 早く席に戻りなさい」

「は、はい……すいませんでした」

「すまぬ」

「だからアンタは――」

 

 ギロ!!

 

「すんませんでしたー!」

 

 雲母雪那と此華咲夜。

 『き』と『こ』で雪那の次が咲夜の順番だったのでスタンバっていた咲夜が、突っ込みどころ満載の雪那の自己紹介に耐えられなくなり突撃したのが真相。

 今は怒られてしゅんとしている咲夜。

 1~3年生でも同じクラスで毎年突っ込みを入れて周囲を驚かしている。

 自己紹介が進む中、席が前後の2人はこそこそ話す。

 

「……野球、ラブ」

「ブレないわねアンタは。ホント何でこんなのに捕まっちゃったのかしら……」

「嫌?」

「別に……。野球嫌いだけど、やりたくない程じゃないし。

 お父さんもお母さんも喜んでくれるし。

 トコトンやってやろうじゃない」

「うむ、それは、きゅうじょう」

「ソレ、重畳(ちょうじょう)の間違いよね」

「……失敗」

「ふ、ぷぷ! ホント野球以外はからっきしなんだから。

 テスト大丈夫? お姉さんが教えてあげましょうかー?」

「ム、大丈夫……歴家国以外」

「3教科も駄目じゃない……」

 

 雪那――算数や今はないが物理などは100点を取るくらい優秀だがそれは野球にも関係するため。

 特に物理でよく問題に使われるボールの放物線は、変化球のフォークボールに通じる。

 興味のある事なら即覚えられる彼女だが……。

 野球とまったく関係ない歴史や家庭科や国語などは苦手だった。

 というより体育と理数系以外は全般的にアウトだったりする。

 

 そんな話を続けている内に自己紹介タイムが終わり、どの委員会やクラス委員を決める時間になっていた。

 

「あーあ、必ず委員会かクラス係になるみたいね。

 男女1名ずつだから面倒だなー」

「女子16、男子14」

「ん~? まあ女子同士が一組あるだろうけど、それより楽なのはないかしらね」

 

 雑談しながら頼むから面倒なのは勘弁と思う咲夜となにを考えているか分からない雪那。

 音猫は席が少し離れているので話には加われない。

 教師はとりあえず一通り挙手で委員会&係を決め、希望者がいないまたは人が多いものは後で決める方針にしたようだ。

 

「では次、クラス委員長を決め――」

「はい立候補ですわ!」

「あー、いいんですか獅堂さん?

 毎年、誰もやりたがらないクラス委員長をやってくれるのは助かりますが」

「獅堂家の息女として当然の事ですわ!」

「なるほど立派ですね。皆さんも獅堂さんを見習うように。

 特に先ほど壇上で暴れていた子は特にね」

「う……」

「ぽーっ(放課後は野球。放課後は野球)」

 

 じろりと睨む女教師に目を逸らす咲夜とそもそも耳に入っていない雪那。

 でもだからなに、という訳でもなくそのまま何事も無く係決めは進む。

 若干居心地が悪い咲夜は再度雪那に話しかける。

 

「――で放課後は野球部の仮入部、でいいのよね?」

「練習、早い方、いい」

「んーそれはいいんだけど、ちょっと気になる噂を聞いたんだよね……」

「噂?」

「ああ、いや多分根も葉もない噂だろうし気にしないで」

「ん、信用、信頼」

「まったくアンタの相棒は楽できないわね……」

 

 そう話している内に残り係は2つ。

 資料室管理係という資料室を整理&先生に言われた備品を取りに行く係と保健係が残っていた。

 女子2人組み枠は同じクラスに居た音猫の取り巻き、輝と芽留がさりげに収まっている。

 そもそも姉妹なら別々の教室に行くのが普通なのだがある理由から音猫が両親に頼み、同じクラスに在籍していた。

 獅堂家は街の名士なうえ、学校に少なくない寄付金を送っているのである程度なら学校に働きかけができる。

 

「あーどっちがいいかなー。アタシ保健係でいい?

 資料の整理とかめんどくさそうだし」

「どっちでもいい」

「んじゃそれで――はーいアタシ保健係に立候補しまーす!」

 

 そう咲夜が手を挙げて先生に伝えるのまごまごしていた男子の内、片方が即座に、

 

「ぼ、ぼく保健係に立候補します!」

「あ、まこずっけ!」

「はいじゃあ決まりね。

 残りは雄二君と雪那ちゃんが資料室管理係に決定、と」

「マジかよ~! 雪女と一緒とかー」

「頑張れー」

 

 男子生徒が言った雪女――それは雪那に付けられた渾名だ。

 常に無表情の彼女は一年と時から有名で男子はからかい、女子はガラス細工のような美しさに嫉妬や恐れから感じ遠ざかっていた。

 喜怒哀楽がまったく見えない相手。

 幼い子供たちに彼女は不気味でしかなかった。

 普通ならイジメにも発展しかねない状況だったが彼女は1人じゃない。

 

 ガタン!

 

「うっさいわよ男子ども!! 

 ちみちみちみちみ!

 文句あんなら言ってみなさいよっ!」

「あ、う」

「んだよ……」

「ふん!」

 

 荒々しく席に座り直す咲夜。

 彼女は正義感が強い。

 昔からの友人がこそこそ言われるのがどうしても我慢ならないのだ。

 彼女は知っている。

 雪女と言われ、何考えているか分からないと言われる彼女。

 だが逆だ。

 純粋なまでに野球が好きでジェスチャー等を駆使してちょこちょこ動きながら自分の意思を伝えようとしてくる。

 そのコミカルな動きはむしろ可愛らしい。

 他の人とてその姿は見ているはずなのに、雪女という評判の先入観から不気味さしか伝わって無かった。

 

 ポフポフ 

 

「あによー」

「だいじょぶ、ありがと(この程度、野球が出来ない絶望感に比べたら月とスッポンだし)」

「ふん……」

 

 頭を撫でる雪那の手を軽く払いつつ明後日の方向に目を向ける。

 教師も咲夜が間違った事をしている訳ではないので指摘しづらい。

 

 キーンコーンカーンコーン

 

 静かになった教室に鳴り響くチャイム。

 

「あ、それではこれでロングホームルームは終わります。では掃除の前に明日の連絡を――――」

 

 口早に教師は連絡事項を伝え教室を出ていった。

 この後は掃除。

 教室の担当は咲夜、雪那、音猫と男子3人。

 誰がいうまでもなく掃除は静かに開始された。

 んしょんしょと机を運ぶ雪那に1人の男子が立ちはだかった。

 

「お前!」

「ん?」

 

 ツンツン頭の少年。

 睨み付ける顔は強気でやんちゃな小僧といったところ。

 腕や顔に細かな傷があるのもきっと動きまわっているからだろう。

 本人が思った以上に声を張り上げたせいもあり、教室内に木霊した怒声に周囲の視線が集中する。

 異常に気付いた咲夜と音猫は雪那に近づこうする前に、

 

「俺はお前を認めねぇ!!

 野球で勝負しやがれ」

「!! もち、勝負!」

「ええーなんでそうなるのー……」

「雪那さんといるといつも退屈しませんわね♪」

 

 よく分からない状況でいきなりの勝負宣言。

 野球と勝負という単語を聞いた途端、光の速さで了承する雪那にため息をつく咲夜とわくわく顔の音猫。

 流されるまま勝負は開幕することとなる。

 

 

 




【続×2 影道スカウトコーナー】

「さらに引き続いて3人目だ。これもまた癖のあるいい選手だ」

 獅堂音猫 
 右投右打 打法――神主打法

ミート:A
パワー:F
走力:C
肩力:E
守備:B
エラー回避:F

流し打ち○:流し方向へファールにならないギリギリのラインに打球を打てる
ファインプレー:際どい打球に対する捕球がうまくいきやすい
タイムリーエラー:打者が得点圏にいるときエラーをしやすい
ムラッ気:調子が乱高下しやすい

「どうにもムラのある選手だね。
 バティングセンスは天賦の才を持っているがパワーがないせいか調子に影響されやすい。
 守備も目立ちだがりやのようだ。
 華麗な守備は目を惹くが、よく見るとつまらないエラーをしでかす時もある。
 しかし同年代からすればトータル的にはできる選手だろう。
 ムラさえなくなればさらにいい選手になるだろうな。」

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