「じゃあ先攻後攻決めをします」
審判役の5年生はコインを取り出し、親指でピンと宙に弾く。
「じゃあ裏っで」
「表を」
代表として立った音猫。
表を選択する。
審判の手の甲に落ちるメダル。
陽に反射した銀のコインが表したのは――
「裏――5年生チーム先攻です」
「はいはーい。じゃあコウハイちゃんたち準備してよ」
「わかりましたわ。皆さん、後攻なので守備についてくださいまし!」
裏。
雪那達一同は軽くアップしていたのでそのまま守備につく。
その中で雪那は周囲を観察する。
1つは5年生チーム。
もう1つは4年生チーム。
(あまり……よくねぇ連中かもしれない、な)
男子と女子の違いなのだろうか。
雪那は心の中でため息を吐く。
彼女が眉をひそめたくなる理由。
それは5年生チームの座っている物にある。
土のグラウンドでベンチは限られている。
そこで彼女たちはあろうことがグローブを下敷きにし座っていた。
野球に限らず、自分が命を預ける道具は普通大切にするもの。
全員が全員ではないだろうが、雪那はキチンと手入れを欠かさない。
小学校から高校まで自主錬に使っていたグローブもバットもボールも一度だって買い代えた事がない程物持ちがいい。
それだけ熱い想いを野球に託し道具。
古くなってもそこに宿る思い出は自分を強くしてくれる。
ここぞというチャンスで三振して試合が終わった時。
抑えるべき場面でホームランを打たれ降板した時。
簡単なフライをエラーして失点した時。
辛い思い出があった。でもそれ以上に楽しい思い出がある。
4番を三振に打ち取った時。
満塁のピンチを切りぬけた時。
ヒット性の当たりを飛びついてとった時。
苦楽を共にした友は大切にすべき――それは彼女の信条だ。
それを他人に押し付けるは間違っているかもしれない。
しかし――
部活のものとはいえ、軽々しく尻の下に置くものではない、と雪那は心で叫ぶ。
それだけではない。
「ねぇ、この後どこ行く?」
「じゃあマックいこー」
「これどう? 今年の新作なんだけど」
「うっわこれ1万するファンデじゃーん! いいなー」
ケラケラと話す姿。
この後の予定を話すのはまだいい。
しかし、野球をしているなかで鏡を取り出し化粧するもの。
ファンション雑誌を手に談笑している奴らはなんなのだと。
試合中で一応の先輩なので黙るがなんともいえない気持ちが心に湧き出ていた。
(いや今は試合中だ。まずは自チームを見よう)
頭を振りながら周囲を見渡す。
どのくらいできる人なのかは重要だ。
紅白戦とはいえやはり勝った方が気持ちいい。
だからこそ観察する。
どの程度の実力があるのかを。
(宇佐が若干おろおろしているけど、亀田がうまく先導しているな……。
でも宇佐の性格からするとマウンドに立つような人間でもないけど、それくらい投手に思い入れがあるってことなのか?
ピッチング練習してるが……球は遅い。でも構えたところに投げ込んでいるあたりコントロールはなかなかってところか)
ホームベースでマスクをかぶっている夕陽は終始落ち着いた様子で何言か兎に声を掛けていた。
長く付き合いがあるおかげなのだろう、言葉を掛けられて宇佐は落ち着きを取り戻していた。
まあ大丈夫かと残りの2人に雪那は目を向ける。
(セカンドの龍宮は――土の具合を確かめてるな……。
顔は終始落ち着いてるし守備に問題は無さそうか?
大鳳は――アイツは余裕で大丈夫だな。
むしろこっちにボール来いとか思ってそうだ。
なんつーかアイツとは気が合いそうだ。一緒の部活なら勝負しほうだいだし楽しくなりそうだな!)
大鳳が雪那を化けもんと評したように――雪那もまた大鳳はただ者じゃないと感じていた。
見た目からして鍛え上げた肉体もそうだが、強打者特有の空気――どんな球でも打って見せるといった雰囲気を感じ取っていた。
それは生前、野球に18年間触れてきたが故の直感。
様々なチームの4番やそれ以外でも
コイツはできる、と。
根っからの野球人だ、と。
世界はこのダイヤモンド型のフィールドだと声高らかに宣言しそうな人間だ、と。
(敵なら楽しめるし、味方ならこれ以上無い頼りがいのある奴だ。
これりゃあ思った以上に同年代は豊作だな。
これだから野球はやめられねぇんだ!
早く開始してくんないかなー。かなー)
先ほどの気持ちに水を差された先輩らの愚行。
でもやはり雪那は野球が大好きだ。
それも長らく離れていた試合にやっと出れる。
今は投手ではないが、もう一人の実力が知りたいのと、何より揉めて試合が遅くなるのが嫌だったからだ。
雪那は目を閉じ感じる。
フィールドの鼓動を。
風が吹き、細かな砂粒が舞う。
午後の空気には寒風がいまだ残るが寒いほどではない。
逆に熱い。
熱くて燃え上がりそうだ。
早く開始しないとこの感情が爆発してしまいそうでただただあの言葉を待つ。
そして響く審判の声。
「プレイボール!!」
(いよっしゃぁぁぁ!! 10年越しの試合開幕じゃあああ!!)
ただ無表情を絵に描いた少女、雪那は心の中で雄たけびを上げたのだった。
○ ○ ○ ○
~~1回表 5年生チーム攻撃~~
「よっろしねー」
「はい」
夕陽は静かにバッターを見据える。
やっとここまできた。
(らび、最初は様子見からだよ。ワタシたちの力、キッチリ見てもらおうね!)
(が、外角低め、ギリギリストライクコース。際どいところ要求するなぁ……。
で、でもガンバル! 雲母さんにもそう言っちゃったし、いつまでもびくびくしてられないもん!)
セットポジションに入る。
初球すら投げてないのにボールを持った手はじわりと汗が浮かぶ。
緊張しつつも頼りになる親友が信頼して待ってくれている。
ならばと兎は腕をゆっくりと振り上げる。
そこからボールとグローブごと抱え込むようにまるまり腰を捻った。
低姿勢から放たれるそれは――
「へーアンダースローか!」
ボーリングの球を放るとはではいかなくても、地面すれすれから放たれるボール。
ふわっと浮き上がる独特の軌道を描きながら外角へと向かう。
「あまちゃんだねぇ! 様子見だってばーればれ!
外角なのはわかって……!?」
――ククッ!
5年生チームの1番も解っていたのかバットを振り上げ流し打ちを狙うが不自然にボールは曲がる。
カーブ。右手なら左斜めに滑るように落ちる。
意表を突かれたバッターは己のバットを止めるにはすでに機会を逸していた。
カン!
バット先にボールは当たり軽い音を奏でる。
ゆっくり上がったボールを雪那がキャッチし、
「アウト!」
兎はこの後も制球に優れた直球とカーブを駆使し、後続の2人もゴロに打ち取り1回表は終了する。
上々の立ち上がりに喜ぶ兎達だったが、雪那は別の感想を持っていた。
(おかしい。真剣味が無いっつーか。最初は流す気満々に見えたな……)
あくまでこれは紅白戦であって公式試合じゃない。
だから適当に流すのも可笑しくはない、だが。
(打ってから走ろうともしないし――それにあの目)
どこか野球人として勘故か警鐘が鳴っている。
明後日の方向に視線を向けている5年生チームが何故か兎が投げる瞬間だけ目をギラリと輝かす。
まるで獲物を狙う狼のように。
その瞬間を目ざとく見ていた雪那は軽く寒気がした。
だが――
(はッ! これりゃあおもしれー!
だから野球は止められない!)
それ以上の熱が彼女を支配する。
一筋縄で行かなそうな相手に人知れず雪那は闘志を静かに燃やす。
~~1回裏 4年生チーム攻撃~~
「お姉ちゃんワンばってー」
「うははーまあ軽くいってみるよー」
応援されながら一番輝がバッターボックスに入る。
それを見ていた5年生のキャッチャー松見は、
(ふん……乳臭そうなガキ。
愛子! いっちょ先輩の球って奴を見せてやれ!)
ど真ん中にミットを構える。
(オーケーまっつー。いくぞおらぁ!!)
相手ピッチャーはオーバースローから豪快に腕を振り――ミットに収まる。
「ストライク!」
「へっへーどう? 私、そっきゅー派なんだよねー。
これでも85k/mは出せるよー♪」
得意げにそんな事言う5年生の琴山愛子。
女子野球が人気が出始め能力の高い選手も現れ始めた昨今。
それでもプロでは139k/mが最高球速で、高校なら110~120、中学なら100前後。
小学生では50~90と言ったレベルだった。
その中で言えば確かに彼女のストレートは速いレベルではあった。
それを見て4年生達は同時に口を併せていう。
「「「遅い」」」
「「「速い」」」
「「「え?」」」
顔を見合わせる一同。
最初に口火を切ったのは大鳳。
「おいおい女子で80台ってかなり速いレベルだぞ」
「ワタシも同感。らびの球速は60k/mだし、比べるとかなり速いよ」
対して反論したのは音猫。
それはおかしいと眉を顰める。
「なに言ってますの? アレで速いって……。
80なんて温すぎますわよ」
「アタシも同感ね。あんなの小学生低学年レベルじゃない」
「いえいえー、獅堂さんに此華さん私もあれは速いレベルと感じますけど~」
「それこそ違うよ
何あの投手のドヤ顔。
速いだろーって笑っちゃうね!
ゆっきーあの恥ずかしいのになんとか言ってよ」
「……輝、がんば」
「あ、応援に集中して聞いてないし」
皆がワイワイとしている中でもプレーは続く。
琴山はニヤケている。
「ごっめんねぇーわたしィ手加減するの苦手なんだよねー」
そう言いながらセットポジションに付き振りかぶる。
どうやら力の差を見せつけながら自信を喪失させようという魂胆が見え隠れしていた。
投げようとする投手に対して、輝はぼそっと呟く。
「気が合うねーお姉さん。輝もね――」
投じられる球。
輝は冷静に球を見据え腰を捻る。
足を踏ん張り、腰を回しながら連動してパワーを腕に最後にバットへと伝える。
そして――
カキンッ!
「なぁ――!?」
左中間を真っ二つに割る長打コース。
足の速い輝はゆうゆうと2塁に進みながら言う。
「手加減って苦手にゃんだよねー♪
くすくす♪」
片手を口に当てながら、いじわるっ子の表情でそう告げた。
咲夜や音猫の基準は誰でしょうー(棒)
ドヤ顔乙な5年生でした。