「こうし、えん?」
「ああー知らない? 高校生になるとね出場できる大会なんだよー」
(いや、知っている。知らないわけない。
高校球児なら一度は夢見る大舞台。
夏の兵庫で40度近い熱砂の戦場で戦う野球バカ達のお祭りだ。
その頂点の先に得られる優勝旗の輝きはダイヤモンドの光が電球程度にしか見えなくなる。
俺にとってはプロ以上に野球をする上で求めてやまない目標だ……)
甲子園――阪神甲子園球場で行われる。正式名称『全国高等学校野球選手権』(夏の甲子園)、『選抜高等学校野球大会』(春の甲子園)。
甲子園には様々な逸話が残されている。
例えば1945年8月、まだ太平洋戦争があった時代に空襲を受けた名残である鉄扉には弾痕が残っている(2007年撤去)。
また甲子園はニューヨークにあったニューヨーク・ジャイアンツの本拠地、ポロ・グラウンズを参考に作られているなど。
1934年の日米野球ではかの有名なベーブ・ルースは甲子園を見て「Too large(デカ過ぎる)!」という言葉を残している。
数多の人々が訪れ数多の想いを刻み続けた日本有数の歴史ある球場。
女の身である雪那にとっては手を伸ばしても届くことの無い高み――だったのだが。
「こ、甲子園! 何故? 出れる?」
「う~ん? ああ、昔はね~女の子は駄目だって頭の固い人達が言ってたんだけどー。
女子野球の人気が高まったのと、甲子園の老朽化の影響で新しい甲子園の建設が提案されてね。
それに便乗する形で、新甲子園が完成すると同時に全国高等学校女子野球選手権が開催されるようになったんだよー」
「っ!!!(つまり――出れる? いや出る!
俺は……俺は……あの舞台に出れる可能性があるんだ……)」
以前は高1の時はベンチで出場する間も無く2回戦負け。
高2以降は怪我でろくに出れず。
しかし闘矢の復活を信じたチームは少しでも治療帰還の時間を稼ぐため勝ち続けた。
地方大会決勝まで勝ち上った健一郎を初めとした彼らは、甲子園という遥か彼方の星を掴まんとしたが……。
脈動する熱い想い。
栖鳳高校は野球弱小校だった。
だが超高校級の闘矢と健一郎を初め、地方大会の枠に収まらない破天荒な|野球巧者(ばかやろうども)が奇跡的に集う。
結局は2、3年とエース闘矢を欠いた上、県内の有力選手をかき集めた新潟鳴訓に後一歩という処で甲子園出場を果たせなかった。
悔しさに涙し、地面を叩き嗚咽するナインとベンチ陣。
それを闘矢は離れた場所で見つめるしかなかった。
自分が入ればまた違う未来があったはず。
地方の大会はおろか全国のまだ見ぬ強者達に劣るとは思わない栖鳳の勇者達の実力。
しかし、投手陣は闘矢以外は普通レベルだったのが仇となった悔しさ。
甲子園どころか野球というスポーツさえできなくなった体で闘矢は涙することさえできなかった。しかし今――
「甲子園、優勝……」
もう一度、もう一度チャレンジできる。
五体満足の体で。
しかも子供の頃はがむしゃらに投げ込むことしか思いつかなかった練習も改めてやり直せる。
効率よく野球選手の体に作り替えられる練習方法。
昔は思いつかなかった直球や変化球を習得することさえ可能。
壁を越えた――男子なら150k/mを超えた球速等は才能によるところも大きいがそれさえも幼少期から積み重ねれば更なる高みへと至れるかもしれない。
雪那に諦めるという選択肢は存在しない。
遠く彼方へと消えた甲子園の舞台。
その階段が目の前にあるのだ。
昇らない訳が無い。
昇ってこその球児。
純白の球体に希望を載せ追いかける者達。
だから誓う。
この
野球を愛する全てのものに。
声を大にして。
大空の向こうにいる野球の神様に届くくらい精一杯の声で。
「あぁあぁぁぁぁぁっっっ!!!」
「っ!? せーちゃんどうしたの!?」
「ちょちょっとー!? ダイジョーブー?」
「野球ガンバル! 諦めない!」
「せ、せーちゃんせーちゃん!? う、うう~おかーさんおかーさん!!
せーちゃんが可笑しくなっちゃったよ~!?」
「甲子園! 優勝! ゆーしょー!!」
周囲がおろおろとしだす中、雪那達が持っていたGPS携帯を辿り母、都がやってくるまで雪那は気炎を上げ続けた。
夕暮れの中、蒼髪の少女はかつて仲間達と果たせなかった夢を目指しもう一度立ち上がる。
この後、またなにかしらの精神的な異常でも起きたのかではないかと心配する両親に対し雪那は、
「過保護! 失礼! 野球!」
と声を上げ、外出時に両親のどちらかが付きそうことを嫌った。
また野球をしたいと願い、そちらの方は意外とすんなり通る。
何故ならこの両親、実はどちらも高校球児だったのだ。
また同じ高校で同級生。
甲子園に関しては母、都がそれなりに出来るピッチャーでまた甲子園が開幕したばかりで女子野球の選手層が厚くない時代に運よく甲子園まで駒を進めたという過去があった(県内の参加校が4校しかなかった)。
あくまで10年前の話で今ではどこの学校でも女子野球部があるくらい日本では女子が野球をする姿は当たり前となっている。
つまりライバルが多い分甲子園の道は険しくもなっていた。
しかし雪那は気にしない。
「全ての試合で完封してやる!」などと心の内で猛るばかり。
ぶんぶんと両親にジェスチャーで様々な要求をしつつ本格的に練習をする日々が明ける。
とはいっても幼い時分に筋肉を付けると成長の妨げになるので体力強化のため、走り込みを中心とした日々を送る。
余談だが雪那達は
明るく元気な長女、夏輝。
霧氷女……ではなく無表情で最近突飛な行動が覆いミステリアス(笑)な雪那。
そして無邪気でしかしインドア派な3女
雪那に触発されてか上と下の姉妹たちも雪那と一緒に練習をたまにではあるが行うようになる。
雪那の胸の内を支配するのはただ1つ。
【甲子園優勝】
その想いを野球の神様が聞き届けたのか定かではないが、雲母雪那の野球人生は波乱に満ちたものとなっていく……。
そして雪那の運命が動き出すのは小学校に入学する一ヶ月前。
緑川野球場の出来事から1年近く経ったある日の事だった――
「98、99、100!」
ぶん、ぶん! と家にある等身大の鏡の前で雪那はタオルを持って投球練習を行っていた。
シャドーピッチングと呼ばれる自身の投球フォームを確認しながら行える練習法。
雪那は幼稚園や保育園には通ってはいない。
母が専業主婦で基本常に家にいるというのが理由の1つ。
また雪那の表出性言語障害が同年代との交流で軋轢を生むのではという考えからというのが2つ。
そして野球三昧の生活をしたいが故に行かないといったのが3つ目。
しかし最近、雪那は同年代との交流を持たなかったことは失敗だったと思っていた。
何故かというと――
「同年代……正妻……」
またなにやら変を通り越して頭の湧いた呟きをするのは見た目幼女、中身高校生の未来の高校女子球児。
その呟きに目ざとく反応したのは彼女のフォームを見ていた3女小春。
今年で4歳のこの少女は上の姉2人をとても慕っており、何故かまともな夏輝より奇行の多い雪那の傍に居たがっていたりする。
「おねーたん、せいさいってなーに?」
舌っ足らずの声でそう質問する。
大人しくあまり外には出ないがその分、好奇心旺盛な小春は姉の行動の1つ1つに疑問を抱く。
そのたびに質問するのだが雪那はあまりにも野球脳な人物なのでかなりの確率でとんちんかんな返答をしていたりする。
小春――将来が少し心配な女の子かもしれない。
そして今回も雪那はキリッと真面目な顔をしつつ答える。
「正妻、人生、必要」
「んー? 人生ってなーにー?
「人生、野球、すること」
「人生は野球をすることなんだー♪」
「うん」
絶対違う――と異論を唱える者はおらず、うんうんと小春は蒼いおかっぱ頭を上下に振りつつ間違った知識を溜め込んでいくのだった。
そうして小春と話していた雪那は1階の部屋から出て出口へと向かっていく。
小春は尊敬する姉に「どこ行くのー?」と問うと、
「正妻、ゲット(キリリ!)」
と答え外へ出ていくのだった。
「せいさい、げっとー♪」
きゃっきゃっと笑いながら小春は姉を見送る。
この子の将来が不安になる一幕であった。
【スカウト影道さんの評価コーナー】
「第2回だが今回は阪神にドラフト4位で入団する予定の橋口健一郎君を紹介しよう。
ではこちらがその能力だ」
【健一郎】
左投左打
ポジション:ファースト
ミート:90 A評価
パワー:51 D評価
走力:95 A評価
肩力:67 C評価
守備:72 B評価
エラー回避:80 A評価
アベレージヒッター:ヒットを量産しやすい
内野安打:打ってからのスタートが早く内野安打が出やすい
盗塁○:盗塁がうまい
チームプレイ○:犠打などチームの事を考えたプレイをする
バント○:バントがうまい
暴走:少しでもチャンスと見るや次の塁に無理やりでも進塁しようとする
「典型的な1番バッターだね。阪神では赤星選手の後釜にと考えているようだ。
4位なのはまあ地方大会止まりだったのが評価を下げているようだが、意外と掘り出しものかもしれないな。
今後の活躍に期待が持てるルーキーだ」