ある男の子がいた。
ただただ普通に育てられ、普通に生きてきた。何の特徴も無かった。
しかし「マグルから見れば」という条件が付く。
分かる者にしか分かり得ぬ才能。
将棋の棋士であれば、将棋の才能を見抜く。
柔道家であれば、柔道の才能を。
政治家であれば、政治の。
それは探されることによって初めて認識されるもの。
男の子には魔法の才能があった。
魔法省による、特別な子どもを探し出す全国調査。
そのリストに男の子の名前は記載されており、ついにその才能に肥料をまく時が来たのだ。
手紙をフクロウが運んでいる。
ホグワーツ魔法魔術学校のミネルバ・マクゴナガル女史のサインが記された、入学許可祝い。
フクロウは運んでいる。
まるで水の中で魚が泳ぐように。
風の中を、優雅に泳ぐように。
その手紙を送られる相手が、
もはや同じ人物では無いとも知らずに。
この時はまだ誰も気づいていなかったのだ。
10歳と少しの男の子に、
"憑依"あるいは"転生"と呼ばれる現象が起きていたことに。
そしてその人格が、
どんな芸術家よりも上品でありながら、
どんな犯罪者よりも残虐であることに。
10歳の男は宮殿を、1人歩く。
現実ではない。
"記憶"の中を歩いている。
記憶の宮殿。
頭の中で場所をイメージし、そこに配置されている物と知識を結びつけることで、あらゆることを記憶する技術。
人間という動物にとって、場所に関する記憶は簡単に忘れてはならない重要性を持つ。そのように遺伝子に刻まれている。
行ったことのある場所であれば、どこに何が置いてあったのかを思い出すのは容易だろう。
その、場所にあったものと知識を結びつけておく。
あとは場所を思い出せば知識も思い出されるようになる。
その仕組みを作り、宮殿を大きくしていくことで、あらゆる記憶や知識を瞬時に引き出すことができる。
それが記憶の宮殿という、技術である。
しかし彼の宮殿には知識以上のものが保存されていた。
この世のありとあらゆる芸術品は、手触りの感触や匂いまで再現される。
宮殿の部屋のひとつひとつが、荘厳で、芸術的な美しさを漂わせており、芸術品が飾られている。
宮殿を歩けば足音が反響し、床や壁を触れば冷たさを感じられる。
あらゆる芸術を、記憶の中だけで愉しむことができる。
そして、この宮殿も、"記憶の宮殿"であるがゆえに知識が保存されている。
ありとあらゆる本の知識。理論。情報。
政治学、経営学、高等数学、物理学、、、
そして医学と精神分析に関する膨大な資料。
10歳の体に入り込んだこの男は記憶を確認していた。
あらゆる芸術を感じながら、あらゆる知識が失われていないかを。
そして、その作業が終わった頃
少しづつ湧き上がる食欲を感じているとーー
フクロウは窓を叩いた。