艦これすとーりーず ―僕が異世界版艦これの提督になった件について―   作:謎のks

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迎え撃て、野を分ける風のように ①

 ──南木鎮守府屋上。

 

 拓人と艦娘たち、そしてドラウニーアとの戦いは佳境を迎える。先ほどまでドラウニーアに握り潰されかけていた拓人は、翔鶴や金剛、野分の決死の攻撃により何とか窮地を脱すると、翔鶴改二の改装に踏み切った…!

 翔鶴の身体から放たれていた光が極まると視界が真白となる、暫くの間を置いて白く塗り潰された世界が徐々に薄らと色づき、彩りを取り戻すと一時の静寂が訪れた。

 誰しもが眩い輝きに顔を背け目を伏せていたが、瞑った瞼の裏の暗闇に明るさを覚えると拓人たちは恐るおそる顔を上げ閉じた目を開いた。

 

「……っ!」

 

 先ほどまで潰されかけたせいか、強烈な痛みに全身の力が入らず地に倒れていた拓人だが──双眸から見えた光景に──息を呑んだ。

 

 ──翔鶴だ、翔鶴が青い翼を広げ宙に浮いていた。

 

 正確には蒼いオーラのような揺らいだ炎が背中から溢れ出し、左右に広げた長い両翼の形になっている。曇天に映える青の灯りが銀髪の乙女を眩く照らしていた。

 空中で身体の力をだらんと抜いている彼女は──ゆっくりと顔を上げ目を開けると、彼女の覚悟を湛えるように右眼からも蒼炎が煌々と燃え上がった。

 

『グッ、変ワッテシマッタカ…ッ!』

「凄い…!」

「美しい……これまで見たナニモノよりも、輝いています…っ!」

 

 ドラウニーアは悔しさを滲ませた言葉を、金剛と野分は驚きと感動を含んだ言葉を呟いた。

 翔鶴は改二改装以前までと凡そのシルエット──切った短髪もそのまま──は変わっていないが、胸当ての下の両脇に赤い襷が見え、手に持つ弓は更に長大化し太腿下のインナーに白いニーソックスを着用など、細かな点が変わっていた。

 

「これがこの世界の翔鶴改二…見た目は僕の世界の翔鶴改二と変わってはいない、でも…あの青い炎は何だ?」

 

 拓人が疑問を零していると、不意に隣に気配を感じる。振り向くとそこにはホログラムに映し出された「あの男」の姿があった。

 

『──ン〜、アレはどうやら"マナ"のようだヨヴェイビー!』

 

「っ! マサムネさん!? ホログラムにもなれたんですか?」

 

 拓人の言葉にマサムネは答えつつ、翔鶴改二の蒼炎に対する推論を展開する。

 

『勿論だヨヴェイビー! それより…翔鶴君のあの青い炎は、彼女の身体からマナが溢れ出し器に入りきらなくなったンダ、だからマナの過剰摂取で身体に害が無いようああして外に放出しているのだロウ。これ自体は人体によくある自然な現象だケド、それでもあんな風に翼の形になって漏れ出すのは見たことがないネ! おそらくマナの制御が完璧だからこその芸当だろうガ、それにしても…一体あんな大量のマナを何処から吸収しているのか? 空気中のマナを吸い取ってもあそこまで膨れ上がりはしないからネ…?』

 

 マサムネが早口気味に翔鶴の能力の謎を追及するも矢張り疑問が尽きないようだ。そんなマサムネの横で拓人は自身の能力により頭に思い浮かんだワードを、ポロリと零した。

 

「──あれは、翔鶴の能力で生み出しているのかも。マナそのものじゃなく「別の力をマナに換えている」んじゃないですか?」

 

 拓人の推察にマサムネさんは、少し驚いた表情を見せ次に嬉しそうに笑う。

 

『なるホド! 特異点は全ての事象を知覚すると聞いているケド、君にもアレがどういう原理か分かっているんだネ? では翔鶴君に何が起こっているのかご教授してくれないカイ?』

 

 マサムネがわざとらしく言葉を投げると、拓人は翔鶴改二の能力について暫定的な結論を述べた。

 

「翔鶴はこの海域で起きた悲劇を乗り越える過程で、それまで憎しみの対象だったモノたちとも向き合うことが出来た。それにより今まで彼女を蝕んでいた深い憎しみが「真っ直ぐな信念」となった…んだと思う」

『ホウ、つまりそれが翔鶴カイニ改装の「条件」だったわけダ。ぼくは彼女と直接対面するのは初めてだケド、翔鶴君の過去がどれだけ悲惨なものかは解っているつもりダ。憎しみにココロが燃やされている状態では信念なんてとても生まれないからネ!』

 

 その翔鶴の過去のトリガーとなった人物の一人が、まるで他人事のような口でそう言葉にするも、拓人はそういう人物だと分かりきった上で普通に返した。

 

「そうですね、彼女はあの夜に絶望に落ちたことで大切な何かを喪ったんだ。でも今彼女は喪ったモノを取り戻した、それが憎しみから信念へと生まれ変わって彼女の力の源になっていることは、まず間違いないでしょう。彼女の能力はおそらく──”変換”。自分の中に在る信念を彼女が最も扱いやすいマナに換えたんだ!」

『ホウホゥ! その言い草だと別のエネルギーにも変換出来ると見るヨヴェイビー! 熱や電気、光や音…あらゆるエネルギーをその身一つで「作り出す」ことが出来るんだネ!』

「そう、翔鶴改二の能力は──「想いを力に変える」こと!」

 

 拓人が翔鶴改二の能力をそう言い表すと、マサムネも柔かな笑顔を絶やさず喜んだ。

 

『ヴェイビー! 最高じゃないカ、ぼくとしても新たなエネルギーを生み出す方法を見つける良い指標になりそうだヨ! 君たちに協力して正解だったという訳ダ!』

「ま、まだ諦めてなかったんですか?」

『ぼくがこれしきで夢を手放す筈はないのサ! もう死んでしまったかもだケドこれからはAIとしてエネルギー問題と向き合っていくサヴェイビー!』

「あはは、もう凄いとしか言えない…;」

 

 マサムネや拓人の会話が木霊する中、宙に浮いた翔鶴が拓人の方を一瞥して薄っすらと笑ったような気がした。しかし──そんな和やかな雰囲気は一つの怒声によって瓦解した。

 

『──マァサァムゥネェェッ! 貴様ァ…矢張リ特異点ニ助力シテイタカッ、AIニナッテデモ俺ノ邪魔ヲスルノカァッ!? コノ裏切リ者ガアァッ!!』

 

 ドラウニーアの罵声に、マサムネは投げられたブーメランを取って返すように言葉を投げた。

 

『当たり前サヴェイビー! 君こそぼくを騙してぼくの生涯を滅茶苦茶にしてくれたンダ、このぐらいの妨害は勘定に入れないとネ! そう何もかも君の思う通りにはさせないサ!』

 

 マサムネがドラウニーアに反論すると、ドラウニーアは眉を顰めるも次に翔鶴の方へ向き直る。

 

『ダガ構ワン、貴様ガドノ程度カハ知ランガぜろ号砲ノカウントハ10分ヲ切ッタ! 短時間デ斃レルホド俺ハ脆弱デハナイゾ!!』

 

 ドラウニーアがそう威勢よく言い放つと、両肩の三連砲塔からエネルギー弾を放つ、爆炎と共にズドンと鈍く響き渡る音が鳴る。六発の光弾が翔鶴に向かって行く──

 

 ──しかし、翔鶴は比較的落ち着いた様子で、緩やかな動作で大弓を構える。

 

「──光よ」

 

 翔鶴がぽつりと呟くと、自然な構えで弓を取るだけで矢を持たない右手に青い光が収束すると、青い炎のように揺らぐ矢が形作られる。

 

「発艦…!」

 

 肩肘を張らず、ある程度まで引いた弦を持つ手をそっと離す翔鶴から、まるで力一杯弦を引いたように矢が”音速を超えて”射出される。

 空気の壁を突き破り続けながら、矢は青い炎がそのまま複数の艦載機の形に変わると、光弾の横をすり抜ける──と、何をした訳ではないのに光弾はその場で爆散する。

 

『何ィッ!?』

 

 驚くドラウニーアであったが、光速で動く艦載機隊は更にスピードを上げ急接近すると、そのまま機銃掃射で──まるで小さな光の槍のような──蒼い閃光エネルギーを連続射出すると、ドラウニーアの全身を貫いた…!

 

『グゥア"…ッ!?』

「やった! でも早く次の攻撃を撃ち込まないと、ドラウニーアには尋常じゃない回復力が」

『その心配はないみたいだヨヴェイビー! 傷口をよ〜く見てごラン?』

 

 マサムネの指摘に拓人は目を細めて見やる、すると──ある異変に気づいた。

 

『グオォ"ッ、何ダ…身体ガ…熱イ……灼ケル…ッ!?』

 

 膝を付いたドラウニーア自身もその変化に気づいていた、何と…あれだけダメージを与えても直ぐさま回復していた筈が、今しがた翔鶴が付けた傷痕は塞がらず、未だ傷口はドラウニーアの体内を焦がす程の熱エネルギーを帯びていた。

 

「傷が回復しない!? 何で…?」

『あの様子を見るにドラウが深海棲艦になっているみたいだネ? 確かに深海棲艦の上位種である「姫」たちには、驚異的な再生能力が有る。どうやらドラウにもそれが備わったようだカラ、君たちがドラウに与えたダメージはものの数秒で回復されたことだロウ』

 

 マサムネのその正にそうと言える推察に、拓人は頷きながら答えた。

 

「そうです…何をしても止まらなくって。疲れは出ていたようですがダメージが無いと動きが鈍くならないんです」

『そうだロウ? しかしこの場合──翔鶴君の放ったマナはあまりにも途方も無い量だからカ、マナ系統の最高物質である「エーテル光子」と変質したようダ。エーテル光子は神の領域を形作ると謳われるほど、再現は理論上不可能な超高密度のエネルギー体で、その光を放てば全ての事象を焼き尽くすと考えられているンダ。ドラウの身体が再生しないのは細胞そのものが体内で今もエーテル光子に燼滅(じんめつ)されているから、そう考えるのが妥当だヨ』

「成る程、でも…エーテル光子? 粒子ではなく?」

 

 拓人のちょっとした疑問に対し、マサムネはどこか誇らしげに回答した。

 

『エーテル粒子はマナを結合させた物質なんだケド、それを更に結合させると極高温の光であるエーテル光子が出来るんだヨ。ぼくはエーテル粒子を作ることは出来たケドそれ以上は流石に無理カナ、エーテル光子はただでさえ崩れやすい粒子を更に結合させる必要があるのサ、だから実現不可能と言われてるんだヨヴェイビー!』

 

 マナにはごく微量の熱があることは最早周知の事実だが、エーテル粒子として合わさればそれは人肌程の熱が出来るのだから、更に結合すれば相乗されて高温以上の灼熱を帯びることは想像に難くない話。

 しかしながらエーテル光子とは今までは「机上の空論」も良いところで、話を聞く限りどんなに科学や魔術が発達しても創造することは難しいのだ。

 

「それを翔鶴は生成することが出来る…すごい!」

『同意見だヨヴェイビー! 人類にとって不可能なことを可能にしてしまうなンテ…敢えて言わせてもらうヨ、"馬鹿な、規格外過ぎるヨヴェイビー!” 君は神の如き力を手に入れてしまったんダネェ翔鶴君!』

 

 マサムネが常套句を用いて翔鶴改二を称えると、翔鶴は空に浮遊しながらどこか冷たい目線でマサムネを見やる。

 

「さっきから黙って聞いてたら調子良いこと言ってるわね? 貴方にそんなこと言われても嬉しくないんだけど」

『酷いなぁ~ぼくは君に心底感謝と尊敬の念をネ…?』

「はいはい、そういうことにしておくわ。ふぅ…タクト、もう少しだけ待っててね? 今からあの屑男を動けなくしてゼロ号砲を破壊してやるんだから!」

「うん、気を付けてね? って…今の君にすることじゃないか?」

 

 拓人が身体を起こしつつ苦笑いして翔鶴に言葉を掛けると、翔鶴はそれに対し微笑んで答える。

 

「ううん、貴方の応援と気遣いが私の力になるから。だから…ちゃんと見ていてね?」

「勿論!」

 

 過去という霧が晴れ、翼を広げ飛び立った鶴は最愛の恩人の言葉を受けまた微笑む。そして──憎き宿敵を睨むと、覚悟を秘めた口上で高らかに宣言した。

 

「ドラウニーア。貴方にも目的があることは確かのようね、でも…どんなに正義を振りかざしても自分よがりの価値観で全てを否定するなら、その深い暗闇で…私の愛する人たちを傷つけるなら。私が──」

 

 

 ──皆を照らす”希望”になる!

 

 

 もう絶望と憎悪に塗れた彼女は存在しない、そこに在るのは──全てを護らんと輝く世界の守護者だった。

 彼女の眩い闘志を前に、醜い魔物と化した黒幕は暗い感情に歪む貌で睨み返す。

 自分が皆を照らす希望になる──そう高らかに宣言すると、翔鶴は弓を構え直し再び蒼炎の矢を番え射た。矢はまるで放たれた猟犬の如く空を駆けると、炎が艦載機隊に変わり再びドラウニーアを追跡し始めた。

 

『くそガ…ッ!』

 

 アレに当たれば今度こそ終わる…ドラウニーアはそう確信するとその場を駆けだし避ける、しかし──

 

「そんなのお見通しよ。私が作り出せるのが光だけだと思ったら間違いよ!」

 

 翔鶴はそう言い切ると、その意図を同じとするように艦載機隊は空中を旋回する。そしてドラウニーアの上空を捉えると──下から光の粒のような爆弾を雨あられと落とす。

 驚くのはここからで──光の粒はだんだんと赤く色づいていくと、同時に燃え盛る火炎を纏いそれが大きくおおきく膨れ上がっていく。数十の火炎球が流星群となりドラウニーアに降り注いだ…!

 

『グオオッ!!?』

 

 広範囲に渡る火炎の雨からは逃れられず、背中に火炎球をもろに喰らったドラウニーア。炎は煌々と燃え上がり魔獣の背中を焼き焦がしていく。

 少しして炎が消えるも背中に出来上がった黒炭と化した火傷跡は、直さま回復はせず痛々しく広がったままだった。

 これらの事実から先ほどの火炎球もエーテル光子の特徴があると解る。放たれた火炎球を構成していたエーテル光子がドラウニーアの深海細胞ごと焼き尽くし再生を無効化していることは、誰の目を見ても明らかだった。

 ドラウニーアは背中に走る激痛に耐えながらも己に起こった変化に…「絶望」した。

 

『嘘ダ…嘘ダアアアァッ!!』

 

 ドラウニーアの絶叫が木霊する中、翔鶴は次なる「強化魔導航空隊」を発艦させた。

 艦載機下に取り付けられた魚雷が切り離された瞬間──魚雷はまるで「落雷」が落とされたように空間を迸ると、真っ直ぐドラウニーアへ着雷しその身体を強力な電気で引き裂いた。

 

『グオオアアアアア”ア”ア”ッ!!?』

 

 着雷した瞬間に辺りは白く光り暗闇を呑んだ、視界が戻ると同時に見えたのは神雷に打たれたドラウニーアの全身黒炭状態であった、あまりの威力にドラウニーアはその場に崩れ落ちた。

 

「これで…終わりよ!」

 

 翔鶴が最後に撃った艦載機隊は──ドラウニーアの真上に着くとそこから再び光の粒を放つ。

 

『グ…オ”オ”オ”オ”オ”ッ!』

 

 ドラウニーアは敗北を認めず、大ダメージを負った身体を何とか動かしその場を離れようとする…が、上空から降り注がれた光の粒は、肌を刺す「冷気」を纏うと周囲に吹雪を巻き起こした。

 

 ──瞬間、ドラウニーアの足元周りには大きな氷針が乱立しており、その中で一際大きな氷柱がドラウニーアの右腕をその中に閉じ込め、遂に魔獣の動きを止めることに成功した。

 

『グッ…くっそ……ガアアアアッ!!!』

 

 腕を引き抜こうにも完全に氷の中に封じ込まれており、力尽くでやろうものなら腕は「引きちぎれる」ことは確かであった。

 ──いや、最早そんな次元の話ではない。腕ぐらいどうとも思わないドラウニーアであるので、片腕を喪うというそのぐらいのリスクは彼にとっては考えることもないことだった。

 そんなことよりも、あの上空を神のように佇み俯瞰する銀髪の弓使い。ドラウニーアにとって彼女の存在はこの土壇場において「最大の障害」と化した、彼女が居る限り…どんなことをしても無駄なのは火を見るより明らかだった。

 

『フザケルナァッ! 俺ガ…俺ガコンナがらくた如キニイィ、敗北ナドスルモノカアアアアアアァッ!!』

 

 ドラウニーアが最大の屈辱を込めた雄たけびを上げる、そんな中興味深げにマサムネは翔鶴の攻撃を分析する。

 

『凄いネェ! どうやら翔鶴君はエーテル光子を扱えるようになったことによって、古代の魔導士が扱った大魔術レベルの攻撃が出来るようになったようダ。マナが失われつつあるこの時代じゃ見ることは叶わない筈だケド…まさかこの眼で視認出来るトハ! 感激だヨヴェイビー!』

「いいぞ、ドラウニーアに致命傷とまではいかないけどダメージは確実に与えた。動きも制限されてるからもう邪魔をされることも無い! これなら…いける!!」

 

 マサムネの横で倒れ伏す拓人は、顔を上げて状況を見定めると勝利を確信する。それは強さへの驕りでなく「これ以上ないぐらいの優勢」故の確かな自信だった。

 それは拓人に限らず、金剛も野分も翔鶴も、マサムネさえ感じていることだった。この場面からドラウニーアに状況が傾くことは有り得ないことだと揺るがないもので、鉄錠で固定された扉のように固く閉ざされいると。

 

 ──それでもその扉を開錠してやろうと、運命は刻々と迫り試練を与えようとしていた。

 

『──ゼロ号砲及びアンチマナ波動砲、発射まであと5分』

 

「…っ! 不味い、翔鶴!!」

「えぇ、分かっているわ。今の私ならあのぐらい…跡形もなく破壊出来るわ!!」

 

 タイムリミットが近づく中、翔鶴は空中でゼロ号砲に向き直ると弓を構え直し青い炎の矢を番える。

 

『不味イ……ッ!?』

 

 ドラウニーアはここに来て初めて焦りの表情を見せると、この状況をどうにか変えられないか頭を巡らせた。

 しかし──仮に片腕を引きちぎってこの場を離脱し時間稼ぎの囮になろうものなら、今度こそ翔鶴に瞬く間に止めを差されることは容易に想像出来る、それこそ意味のない行為だ。

 何故自分がこんな目に、そう内心憤りを感じながらも焦燥に駆られそうになる自身を抑える。とにかくこの場を凌ぐ論理(ロジック)を頭の中で組み立てようと集中し思考し続けていると──不意に「聞きなれない声」が響いた。

 

『(──痛イ、苦シイ、助ケテ…!)』

 

『…ッ!?』

 

 ドラウニーアが何事かと辺りを見回すと…ふと視線に入ったのは、自分から随分と離れた位置で倒れている「港湾棲姫」だった。

 

『ナニ…マサカアノがらくたノ声カ…?』

 

 深海棲艦は、お互いのココロの声を「角」に送り合い意志疎通を図るとは聞いたことがあるが…確かに今の自分にも角が生えていた、それによって今まで聞くことの無かった港湾棲姫のココロの声が響いてくるようになったのも頷ける。

 

 ──しかし、それよりも気になったのは…そんな港湾棲姫を立ち竦みながら心配そうに見つめる「野分」の姿だった。

 

 おそらく深海化し掛けていることにより、野分にも港湾棲姫のココロの叫びが聞こえるようになったのだろう。傷が深いのか未だに完治せずに倒れている港湾棲姫の悲痛の声が脳内に染みわたる度、野分は苦しそうな表情で彼女を見つめているのが分かった。

 

『(痛イ、苦シイ、助ケテ…!)』

「…っ」

 

 このまま翔鶴の艦載機爆撃がゼロ号砲の破壊を遂行すれば、ゼロ号砲の近くで動けなくなっている彼女に破壊時の衝撃の余波が来るかもしれなかった。野分は…敵である彼女をこちらまで移動させるか、それとも放置するかで迷いがあった。

 野分としては、深海棲艦も元は艦娘であったという拓人の言葉を認知したことにより、港湾棲姫のことを「救いたい」という、同情にも似た愛情にも似た感情から来る救済を求めるココロが形作られていた。

 それこそ深海化し掛けている自分と深海化しても「悲しみの奥に眠る優しさ」を感じ取れる港湾に対して、どこか共通点というかシンパシーのような感覚を持っていた。由良という最期まで自分の意志を貫いた事例もある以上、野分は港湾も操られているだけで本当はココロ優しい性格なのではないか、そう考えている。

 出来れば助けたいが──深海棲艦の得体が解らない以上、助けた瞬間に自身に危害を加えるのではないか、そうでなくとも今まで敵だと言っていた彼女を都合よく助けるのは「偽善」ではないか? そう考えしまう自分も確かに居た。

 

『(ボクは…今まで敵だと認識して今更偽善を語るつもりもありません。しかし──助けを呼ぶ声が聞こえる以上、ボクは彼女を助けたいと願ってしまう…っ、一体どう行動すれば…?)』

 

 港湾が善良であるか邪悪であるか、その判断は難しいが…野分は自分の信念──美助醜正(びじょしゅうせい)、美しきを助け醜きを正す──を貫き彼女をそのまま捨て置くか、矢張り彼女を急いで助けるべきか逡巡していた。

 

 野分はそんな躊躇とココロの揺らぎを考え込むあまり──悪魔が息を潜めて彼女たちの意思を「傍受」していることに気が付かなかった…!

 

『コレダァ…ッ!!』

 

 ──ズバッ!

 

 不気味に、かつ邪悪に嗤うドラウニーアは氷漬けにされた右腕を肘の関節部分から下を、左手の手刀でバッサリと切り落とした。

 

「…っ! 何だ!?」

『おっと、何か仕掛けるようだネェ!』

 

 それまでゼロ号砲を見やっていた拓人たちは、何かを切り落としたような異音を察知するとその場から逃げ去ろうとするドラウニーアを見逃さなかった。

 腕を切り落としたものの痛みは感じないようで血も出ていない様子、だからこそ機を伺っていたドラウニーアは──瞬時に跳び上がると港湾棲姫の近くへ着地、そのまま片脚を大きく上げると…港湾棲姫の背中に強く押し踏んだ。

 

『ァ…ッ』

「な、何を……っ、あれは!?」

 

 いきなり港湾の背中を踏んづけるドラウニーア、野分は目の前の光景に不可解を言い表すも、直ぐにその真意が見て取れた。

 

 ──港湾棲姫の長髪に隠れた背中には、黒く淀んだ「魔鉱石」が貼り付けてあった。

 

 彼女はどうやら何時ぞやの廃鉱場で鳥海たちに施された「擬似核魔鉱石」によって、ドラウニーアに操られていたようだ。そんな魔鉱石を見ると既に小さな罅が幾つも出来ており、先ほどの一斉射撃を防いだ反動で壊れかけているのかもしれない。

 ここで拓人は「何故海魔石で港湾を操らないのか?」という素朴な疑問に辿り着き、それをポツリと呟いた。そんな拓人の疑問に対しマサムネは答える。

 

『ドラウは海魔石で深海棲艦を操っていたようだケド、結論を簡単に言うと彼女には「憎しみなどの強い負の感情」がなかったようだネ? 何を操るにせよ操れるだけの負感情が無ければ完全に隷属させるのは難しいンダ。それでも彼女の能力がどうしても必要だったようだネヴェイビー! じゃなきゃあんな面倒なやり方で彼女を御しようとは思わないだろうしネ、因みにあの魔鉱石は彼女の意志を封じ込めたものだロウ』

「なるほど…それにしてもあんなところに魔鉱石があるなんて。操られているとは感じていたけど、背中だし長い髪に隠れてただろうから、全く気が付かなかった…っ!」

 

 拓人とマサムネが港湾棲姫の謎を解明した最中、ドラウニーアはニヤけた嗤いを浮かべ港湾に声を掛ける。

 

『何ダ貴様ァ、痛イノカ? 苦シイノカァ? 助カリタイノカアァ? フン、ナラバ──望ミ通リニシテヤルッ!』

 

 ──パキンッ!!

 

 嫌みたらしく言葉を投げた直後、何を思ったかドラウニーアは港湾棲姫の意志が込められた魔鉱石を──強く押し込みそのまま踏み砕いた。

 

『おぉっと不味いヨ、適切な処置をせずあんな風に乱暴に砕いたら──彼女のココロに深刻なダメージが出来るヨヴェイビー!』

「っ!?」

 

 マサムネの巫山戯たような喋り方から発せられた衝撃の言葉、拓人は驚愕の表情でマサムネを一瞥すると、今度は港湾棲姫を見やった。

 

『──ァ………ァ、ァアア、アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!?』

 

 港湾棲姫の何処か虚ろだった眼にハイライトが戻った瞬間──恐怖が押し寄せて来たような、驚愕と絶望に歪んだ顔で嬌声を上げた。

 

『ハハハッ、ドウダ久々ニ感情ヲ取リ戻シタ気分ハ? オ前ハコレデ御役御免トイウコトダ…尤モ、理性ノ箍ガ壊レタダロウカラモウマトモナ意思表示ハ出来ンダロウガナアァ? ハァーッハッハァ!!』

『アアアアアアアッ、アアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!』

「っく、何をして……止めて下さい!!」

 

 泣き叫ぶ港湾棲姫を見て、居た堪れなくなった野分は制止を求めるも…この男がその程度で止まるはずはなく、今度は港湾棲姫の額に生える一角に手を伸ばす。

 

『ハンッ、五月蝿イゾ。折角解放シテヤッタトイウニ…モット喜ンデ見セ…ロッ!!』

 

 ──バキッ

 

『ギャァア"ア"ア"アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア──』

 

 悪態を吐くドラウニーアは左手で港湾棲姫の角を折って見せる、激痛に悶え更なる絶叫を上げる港湾棲姫を見て──野分のココロに深く淀んだ負の感情が生まれていた。

 

「…ッ、止めろ………止めろぉおおオオオッ!!!」

 

 人の持つ残虐性を垣間見た野分は、ココロの奥底で無意識に思ってしまった。目の前で不埒を働くコイツを──殺してやりたいと。

 その時、野分の目には映らず拓人たちがハッキリと目にしたのは──野分の角周りから広がる死んだような灰色の肌が、彼女の意志に呼応するように急速にその面積を拡大し始めた異様な光景だった。灰色肌は瞬き一つしただけで顔全体を覆い尽くし、野分の瞳が赤みを帯びつつあった。

 

『タクト君、野分君を諌めた方が良いヨ。ドラウの目的は──野分君を完全に深海化させることのようダ!』

「っ! 野分駄目だ! 冷静になって! 深海化が早まっているっ!!』

「……っは!?」

 

 マサムネの遅すぎる忠告、拓人は何とか野分を冷静にさせようと声を掛け野分も正気を取り戻すも──既に手遅れだった。

 

『今ダアアァッ!!』

 

 ドラウニーアは自身の胸に埋め込まれた海魔石の紅い光を放つ、野分はその禍々しい赤光を視てしまう…っ!

 

「──ぐっ!? ぐあああああアアアアアッ!!?』

 

 何と、野分は己の怒りを触発された直後に深海化が促進され、それを突いたドラウニーアにより海魔石の支配下に置かれてしまった!

 野分の胸から迸る赤く妖しい光が彼女の一大事を告げていた、衝撃の展開に拓人たちも驚きを隠せない。

 

「野分っ!?」

「そんな…野分!」

「野分…!?」

 

 拓人は痛みが広がる身体を無理やり起こす、金剛は野分を呼び叫び駆け出し、翔鶴も野分を助けようとゼロ号砲へ向けた弓をドラウニーアに狙い定める。しかし──

 

『動クナアアアァッ! 動ケバ俺ノ命令デコイツノ胸ヲ刺スッ!!』

 

 ドラウニーアがそう言って拓人たちの進行を止めると、野分は徐に自身の得物である細剣を抜くと切っ先を胸に当てた。

 野分の身体は完全にコントロールされていた、しかし──抵抗しようとしているのか、細剣を握る手は震え顔は必死故に歪み歯を食い縛っていた。

 

『ッ………!』

『チッ、矢張リ完全ナ深海化デハナイカラ全テ操リキレナイカ。マァイイ、コレデ貴様ラモ動ケマイ! 絆トヤラノ甘サガ足ヲ引ッ張ッタナアァ?』

「っ、何をしているんだこの卑怯者!」

 

 拓人はこの期に及んで最悪の足掻きを見せるドラウニーアに、侮蔑の感情を込めた言葉を投げつける。しかしドラウニーアは激昂し事実を突き付ける。

 

『黙レエェッ、貴様ハ既ニ負ケタノダ特異点。勝負ニ勝ッテ世界ヲ変エルノハ俺ダァッ! 貴様ラハ大人シク見テイレバイインダ、仲間トヤラガ壊レテモイイノカアァッ!!』

「っく!」

『コ、コマンダン……翔鶴さん、ボクのコトハ無視して下サイッ。早く………ゼロ号砲ヲ…ッ』

 

 野分はそう言って自身のイノチを犠牲にしてでも、ゼロ号砲を止めてほしいと懇願する。

 

「野分…ごめん、そんなこと出来ない…っ」

「野分…」

「…っ、何てことを……っ!」

 

 しかし──誰もそんなこと出来る筈もなく、ドラウニーアの言う通り動くことは無かった。勝負を賭けた天秤は今やドラウニーアに傾きつつあった。

 

『ハハハハハッ、ソレデイイ、貴様ラハ今マデ手放サナカッタ甘サニヨッテ負ケルノダッ! コレデ…本当ニ最後ダアアァッ!!』

『コ、マン、ダ………ッ!!』

 

 哀れ野分は悲劇に始まってヒゲキに終わろうとしていた。ただ助けたいと願っただけなのに、ただ己の甘さ優しさに付け込まれただけなのに、たったそれだけの善意が徹底的に踏み躙られ悪意に染められイノチさえ絶たれようとしている。

 

 果たして、このまま世界は傷付き何処かの知らない無辜の民、そして野分が犠牲になってしまうのか──

 

「(──そんなこと、させないっ!)」

 

 拓人が胸中で強く叫ぶと、右手を翳す。すると──淡い光を帯びたIPが出現する。

 




 続きは明日投稿予定、予定より前後する可能性がありますが明日中には何とか出します。
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