艦これすとーりーず ―僕が異世界版艦これの提督になった件について― 作:謎のks
アカシックレコードを介して、拓人の過去を追体験しているエリ。
拓人は幼い頃から正義感の強さ故に否定され、不登校となった。その後入院することになった彼の前に、相室の少女「朝日奈 光凛」が現れ、親交を深めて行く。
──次にエリが目にしたのは、先ほどと変わらぬ病室の風景。一つ違うのは…ベッドに就きながら話に花を咲かせる、仲睦まじい少年少女の朗らかな声が響いていたことだ。
「そしたら怪人が羊羹食べ始めてさぁ、巨大化しちゃうんだけど直ぐ戻っちゃって」
「えっ、どうして?」
「それはね…羊羹の賞味期限が切れてたんだってさ! アハハ!」
「あはっ、何それおかしい〜!」
光凛はヒロインアニメだけでなく、拓人の好きなレンジャードラマについても
二人してアニメやドラマの突っ込みどころを話したり、日が空いている時は二人でテレビを見ては、アニメやドラマの最新の展開について存分に語る。そんな数週間を過ごしていた…ある日。
「──拓人君、調子はどうです?」
「っあ、医者の先生!」
白衣を着た壮年の男性が拓人に近づく、どうやら担当の医師のようだ。
医師は拓人の様子を近くで観察し、顔色を見て簡易的な診断を済ませる。
「…うん、ここに来たときより大分良くなってます。これなら近いうちに退院出来ますね」
「っ! …そう、ですか」
本来なら嬉しい通達の筈だが、経緯があるだけに素直に喜べない拓人。
何処か意気消沈する拓人を見て、医師もそれ以上何も言わず「決まったらまた伝えに来ますね?」と微笑んでその場を後にした。
退院するとまた学校に行かないといけなくなる、だが…拓人の脳裏にはあの時の集団いじめの光景がどうしてもこびりついていた。
暗い表情になる拓人を見て、光凛は優しく声を掛けた。
「…良かったね?」
光凛の微笑みを見て、拓人は苦しい気持ちを我慢しながら受け答えた。
「うん、今までありがとう。光凛ちゃんがいたから寂しくなかったよ」
「そう? 私は寂しいけどな。あーぁ、折角良い話し相手が出来たのに」
「えっ、そういえば…光凛ちゃんっていつ退院になるの? よく先生たちが君を看に来るみたいだけど?」
拓人は光凛が常日頃から、医師や看護師に囲まれていることを思い起こす。
光凛はその問いに対して…少し俯いては表情に陰りを見せる。次にゆっくりと、聞き間違いのないようにはっきりと、口を動かした。
「私ね──
「…え?」
まさかの暴露に、拓人は一瞬時が止まったような感覚になる。光凛はそんな拓人の様子を一瞥しながら、話を続ける。
「昔から心臓が弱くてね? 運動したり興奮したりすると…胸が痛くなって。前までは病院に行くほどじゃ無かったんだけど…最近痛さが酷くなって、ほっといたら"死"んじゃうらしいから病院で治してもらってるんだ。…っあ、ここに居る間は薬打ってもらってるから、大丈夫なんだけど」
「そ、そうなんだ。その…病気って、治りそう?」
拓人が尋ねるも、光凛は儚げに微笑んでは首を横に振った。
「難しいらしくて、心臓を良くするためにお薬を打ち続けなくちゃならなくって。安全になるまで学校も休んでるんだ、もう何ヶ月も空けちゃって友だちもあんまり居ないんだ。あはは…」
光凛は申し訳なさそうに笑うも、幼い拓人にもその異常性は即座に理解出来た。
拓人の場合は致し方無い事情であるものの、本人の気持ち次第ではまだ乗り越えられる状況に変わりは無い。だが…光凛の場合は本人がどんなに頑張ろうとも、彼女の身体を蝕む病魔が振り払われるとは限らない。
「…ごめん」
「もう、拓人が謝ることないよ。病院の生活ももう慣れたし、何より…こうやって時々相室になった人とお喋りするから、辛くも寂しくもないんだ。えへへ!」
光凛の気丈な振る舞いは、他人を自分の境遇で悲しませたくないという、彼女の「気遣い」が見て取れる。だが…拓人には寧ろ彼女に無理をさせてしまっているのではないかと、不安を過ぎらせた。
自分の知らないところで、今日も名も知らない誰かが苦しんでいる。それは病気でもあり、不慮の事故でもあり、予測不可能な出来事でもある。そこに悪は介在しない自然の摂理であり、それが偶々隣に居る光凛に降りかかった、それだけのことだった。
だが、今日まで何の違和感もなく笑っていた少女が大病を患っていた、その事実だけでショックも大きかった。
こんなにも命は…死は人の傍に在るものかと、目の前の光凛を見て、拓人は絶望に立ち向かうような「抵抗」を肌で感じ取ると、仄かな哀しさと無力感が体中を巡った。
「(光凛ちゃん…辛いはずなのに笑っている、自分が死んじゃうかもしれないのに……それなのに、僕は…僕は──)」
──だが、だからこそ…拓人の冷え切っていた心は赤く熱を帯び始めていた。
「…すごいね、光凛ちゃんは。だったら…僕も負けていられない」
「っえ?」
目の前の少女が自らの運命に足掻いているのだ、自分が否定された程度で…怖くて縮こまっては居られない。
拓人の中に小さなちいさな「灯」が再び点火される、正義のヒーローは不屈なのだ…何回転ばされようとも立ち上がるのだ。そういうものだと心の中で自分に言い聞かせる。
「僕…学校で虐められてさ。退院してもホントは行きたくはなかったんだけど…でも、光凛ちゃんが病気と闘っているって知ってさ、なんだか…僕の悩みがちっぽけに思えちゃって。だから…ありがとう光凛ちゃん、君が頑張っているんだから…僕も頑張るよ!」
「っ! …うん、良かった。ねぇ…また時々会いに来てくれないかな? 貴方とお話してたら元気が湧いてくるから、だから…良い?」
知らない間に拓人の役に立てたことを喜んだ光凛は、自分も拓人に励ましてほしいと退院してからも交流を続けようと持ち掛ける。それに対し拓人は──勿論、と言わんばかりに笑顔を向けて答えるのだった。
「良いよ! これからも…よろしくね、光凛ちゃん」
「わぁ…うん、こちらこそ…またアニメやドラマのお話しよ!」
「分かった!」
互いに笑顔で喜び合うと、彼らはこれからの未来を思い描く。これからも二人で紡いでいくであろう…”物語”を。
拓人と光凛の出会いの話に、エリは胸が熱くなり瞳を潤わせた。
「ぁあ…本当に良い子たちだね…!」
「フフッ、あぁ。拓人君も光凛君も、劣悪な状況、環境においても輝く意志を持っている、彼らはそんなお互いの純真な心に惹かれ合ったのだろうね?」
「うん、きっとね? …えっと、ここからタクトとカリンちゃんはずっと一緒になっていくんだね?」
「そうだね。二人は以降も付き合いを深めていく、拓人君は退院後小学校に復帰したようだ。虐められることも決して少なくはなかったが…比較的穏やかな学校生活を送ったようだ。
そして小学校を卒業すると、中学校に進学する。成長しても彼らの関係性は変わらないようだ」
そう観測者が説明し終えると、また視界が眩い光に支配される。
・・・・・
視界が晴れると、そこは最早馴染み深い病院の一室だった。
中学生に成長した光凛は、相も変わらず病室のベッドの上だった。だが女性看護師と朗らかに談笑する彼女に、悲壮感など微塵も無かった。
看護師と光凛の会話の最中、静かにスライドしながら入り口の戸が開かれると…外から拓人が入って来た。制服姿なのでどうやら学校の帰りのようだ。
「──光凛、来たよ!」
「っあ! 拓人いらっしゃい!」
「あらあら、王子様の登場かしら? じゃあ私はお暇(いとま)させてもらいましょうねぇ。オホホ…♪」
「ゔっ、看護師さん…;」
看護師は二人の仲を茶化すと、そそくさとその場を後にした。拓人はもうこの病院に通い詰めて長いので、すっかり病院関係者と顔馴染みになっていた。
「もう。…調子はどう、光凛?」
「全然平気! この前のメールにも書いたけどさ…この頃は調子が良いから学校にも行けるようになって、普通に授業にも出てるんだ。流石に体育の授業は出れないんだけどね?」
「はは、それだけ問題ないなら、もう退院出来るんじゃない?」
「うーん。完全には難しいかな? 今は通院の形で…定期検査のある時はこうしてまた病室を借りさせてもらってるんだ」
「そっか、でもすごいよ。昔に比べて今は元気溌剌って感じで! あの頃は吹いたら消えそうというか、本当に不安そうだったから」
「…今も、すっごく不安なんだけどな?」
「あっ、ごめん…;」
「ふふ、良いよ。私たちの仲じゃない…遠慮は無しでお願いね?」
「いやいや、流石に配慮はするでしょ;」
「あはは、っあ! ねぇねぇ…新しい物語書いたんだけど、見る?」
そう言って、光凛は拓人に数枚の原稿用紙を見せる。拓人はそれをそっと受け取ると、何も言わずじっくり目を通していく。
光凛は暇さえあれば、頭に思い浮かんだ物語を筆に走らせては、それを拓人に見せていた。将来は作家にでもなろうかな? などと彼女は冗談みたいに言っては笑っていた。
「…うん、面白い!」
暫くして口に出した拓人の感想に、光凛はパァと明るい笑顔を浮かべ喜んだ。
「良かった! 今日のは自信作なの。囚われのお姫様が王子様の元へ自分で向かうの!」
「うん、良いじゃん。でも…途中で加わる仲間が凄いメンツじゃない? 踊り子や騎士はまだ分かるけど…エルフに研究者、それに竜(ドラゴン)って…カオス過ぎない?」
「何言ってるの、今は意外性がモノを言う時代なんだよ! うーんそれにしても、我ながら良い出来よね。絵本にして売り出そうかな? んふふ」
「あはは…随分な自信ですこと;」
光凛の自画自賛にたじたじな拓人だったが、彼女の描く物語が「面白い」ことは事実で、それこそ絵本にでもすれば確実な売り上げが出るのは間違い無かった。
起承転結がしっかりしており、子供にも分かりやすかった。彼女の理知的で何処か大人びた性格が功を奏した結果であろう。だが…ここで一つの疑問が拓人の胸に浮かび上がった。
「ねぇ、光凛はさ…どうしてファンタジーな世界のお話しか書かないの? 絵本を売り出すならこう…もっと身近なものでも良いと思うんだ、寧ろ光凛にはそういう話が似合ってそう…と思うけど?」
拓人の指摘として、光凛は遠い世界で起こった現実離れした話ばかり書いているが、教養として描くならもっと現実に則したものでも良いということ。
拓人の鋭い意見に対し、光凛はニコニコと笑いながら答えた。
「物語を書くには「エネルギー」が必要なんだよ? 自分がこんな話を書きたいとか、題材はこれにしたいとかさ。自分の心…思ったことを物語に反映させるの」
「そっか。じゃあこれは光凛の書きたかったことなんだね? でも…どうしてファンタジーものばかり?」
物語に自分の書きたい意思をかく、それは理解できるが…肝心の「何故ファンタジーものなのか」というお題は答えられていなかった。
不思議に思った拓人が再度尋ねると…光凛は先ほどの自分の言葉を前置きにして、こう答えた。
「── ねえ、拓人は「異世界」に興味ある?」
「…異世界?」
異世界、読んで字の如くこの現実とは異なる世界のこと。ほぼ似通っている場合もあれば、今の常識が通用しない全く違う世界観になっている場合もある。
文学の世界では近年まで様々な世界や時代が描写されて来た、例えば光凛の描く魔法と異種族の居るファンタジー、高度な科学や宇宙を描いたSF(サイエンス・フィクション)、昔の偉人や武人が生きた世界を多少の脚色を加えて描く伝記・戦記など…そのジャンルは多岐に渡る。
そのため異世界という考え方も複数ある、光凛が言いたいのは所謂「パラレルワールド」という解釈だろうか? 拓人が光凛にそう疑問を尋ねると、光凛はフフッ、と微笑んでは少し訂正する。
「そんな感じなのかな? 私はね…この地球に似たような、それでいて私が今まで見たことがない世界があるとして、昔からそんな世界に住めたらな? って思ってて。だからその気持ちが私のお話に影響してるみたいだね」
「そっか…確かに憧れるよね、見知らぬ土地を仲間と冒険とかさ?」
「だよね! その世界には私たちの知らないような文化や生活、見たこともない人種や魔物なんかもいるかも?」
「おぉ、良いねぇ! でも、魔物かぁ……うぅ;」
「あっ、怖くなった? うふふ、大丈夫よ。確かに最初は怖いかもしれないけど、大好きな人や大切な人と一緒に、そんな素敵で興奮するような世界を駆け回れたら、怖い気持ちなんて何処かに吹き飛んじゃうよ!」
「そうなのかな? にしても大切な人ねぇ…例えば誰のこと? ご家族とか?」
「えっ?! そ、それは。うーん…………"君"……とか?」
「・・・──っ!!?」
光凛の意味深な告白に、拓人は顔を真っ赤にしては口をパクパクさせていた。それを見て光凛も頬を紅く染めた。
「うぅやめてよぉ、私も恥ずかしいんだから…///」
「いや、そういう意味に聞こえちゃうって…///」
「…拓人、顔がトマトみたいだよ」
「そういう光凛は…茹でダコ?」
「っあ! ひどぉい!?」
「・・・」
「・・・」
「…っふ、あははっ!!」
「うふ! うふふ!」
二人はお互いの赤い顔を見て、何だかおかしくなって二人同時に笑い合った。
とても大事なことを聞いた気がするが、拓人と光凛は日常的にお互いの好意や逆に悪いところ、直してほしいところも見てきているので、会話の中で愛情を垣間見るのも今更の話だった。
拓人が光凛と出会って早数年、暇さえあれば二人して顔を合わせては、今日はこれをしたとか、明日はこれがあるとか、あの人が素敵だったとか、アイツがムカついてとか…出来事、人、その他の事柄についても、たくさんの言葉を交わしている。それが彼らのお決まり…当たり前になった。
二人は正に
──ひとしきり笑い合った後、光凛は拓人に向けて儚げな笑みを湛えると、ある約束を交わそうと持ち掛ける。それは…?
「…ねえ拓人、約束して…? いつか、いつか必ず、二人で知らない世界へ旅立とう? 私の身体がもっと良くなって、遠い国へ行けるようになったその時に…一緒に世界を見て回ろう?」
「っ、光凛…それは」
拓人は光凛の言葉に対し、直ぐに返事が出来なかった。
光凛は生まれた時から自分自身と闘い続けている、自分の「心臓」と…この数年で病状が緩和されたことは確かだが、まだ手放しで喜べる状況ではない。激しい運動をするだけでもご法度なのに、旅行するだなどととても言えることは出来なかった。
いつ達成されるか分からない、彼女はそれを承知で「待っていてくれるか」と拓人に尋ねているのだ。だが拓人は…それを言えば彼女が何処かに行ってしまいそうで、躊躇いがあった。
「信じて、私は負けない。…完全に克服するのは無理だけど、必ず自分の眼で広い世界を見て回る。だから…お願い、拓人? 貴方にしか頼めない…私の我儘なの」
拓人の迷いを視て、光凛は彼女なりの覚悟を乗せた言葉を紡いだ。
──光凛の魂の声に、ヒーローを志す男が答えない訳にはいかなかった。
「…分かった、信じるよ。君と一緒に世界を巡る旅に出れる日が、きっと来るって!」
「っ! …うん、ありがとう……あり、がとう。拓人…っ!」
光凛は拓人にお礼を言うと、感極まったのか嬉し気の涙を一粒落としては、泣いた。
「大丈夫?」
拓人は光凛を気遣うも、光凛は平気とだけ言うと、頬を伝う涙を手で拭い笑う。
「…何だか、恋の物語みたいだね?」
「そうかな。…ううん、きっとそうだね。この物語はきっと…ハッピーエンドだ」
「あはは。…絶対に、ハッピーエンドにしようね?」
「うん…!」
二人はそう言って見つめ合うと、互いに自然と差し出した小指を絡めて、切ってもきれない約束を交わした。願うは唯一つ──”奇跡”。
奇跡…それは人々の夢想が生み出した希望、困難を打ち払う唯一のもの、現実には中々起こり得ないからこそ、万人が思い描くもの。
二人はそれを賛美するように詠う、物語の佳境に主人公たちが起こす奇跡、そしてその先の──ハッピーエンドを。
・・・・・
「こうして拓人君は、光凛君の病気が緩和することを信じることにした。光凛君もその約束を果たすために、投薬治療を続けていくことになる。
二人はその日が来ることを待ち焦がれた、拓人君は旅行先をどこにするか、いっそ駄目元で世界一周でもしようかと考えた。光凛君は拓人君と共に見る想像を超えた世界の景色を夢見た。
もしもその先があったのなら、二人の至上の笑顔が見れたことだろう。誰であれそれを望むだろう──だが、世界は己が機能を果たすため二人に「試練」を与えた。
──”絶望”という名の試練を」
・・・・・
次にエリたちが見たものは、またも病院の風景。だが…そこには異様な雰囲気が漂っていた。
「…心拍数、徐々に低下しています…この子はもう……」
「そうか…直ぐにご家族をお呼びして、最期の別れになるだろう…」
そこには、女性の看護師と老年の白衣の医師が、ベッドに眠る患者を見守っている一幕。
患者は口に酸素マスクを着け、苦し気に呼吸を繰り返している。だがベッド横の心電図モニターに表示されているのは…今にも止まりそうな心臓の鼓動の計測データだった。示された心拍の波はもう間もなく鼓動が止まることを、無惨にも示唆するものだった。
そのベッドに眠る患者こそ…光凛だった。
「…っ!? カリンちゃん…そんな」
──ガラッ
エリが光凛の死に際に驚愕していると、勢い良く病室の扉が開け放たれた。
「…っ!」
「む? なんだね君は、ここは関係者以外…っおい!?」
「先生! この子…いつも彼女とお話ししていた…!」
「っ! …そうか」
病室の中に踏み込んだその人物を見て、看護師と医師はそのまま”彼”を招き入れた。
光凛が仰向けになった、ベッド横に立つ人影は…拓人だった。
「…どうして」
「タクト…」
「──どうしてこうなるの!?」
拓人は息を切らせながら、悔しさの溜まった涙を両眼一杯に溢れさせては、怒りを湛えた叫びを吼えた。
「言ったよね? 一緒に知らない世界を見に行こうって…なのに……なのにっ! 絶対にハッピーエンドにしようって…約束したじゃないかぁっ!!」
「タクト…っ!」
光凛の意志に反した思わぬ裏切りに、拓人は彼女を…否、彼女を苦しませる「世界」と、それに対し何もしてやれない自分自身を呪った。
「何で君がこんな目に合わなきゃならないんだ! 君はただ…世界を見て回りたいって願っていた女の子じゃないか! あれだけ元気だったのに、急に病状悪化だなんて…こんな物語があってたまるかっ、こんな……こんなの…あんまりだよぉ!!」
とうとう両眼の涙を滝のように流す拓人、涙で濡れた顔は望みの絶たれた者の「渇き」が広がり、それは一生潤うことの無い「
「…っ! 嫌だよ…君の居ない世界なんて…生きていたって……そんなの……意味ないよ…っ!」
子どものように泣きじゃくる拓人の脳裏には、病室の一角で太陽の光に照らされながら笑い合う、拓人と光凛の日常の一幕が写った。その日常が遠くなっていくことを感じ取り、拓人は嗚咽を交えて悲しみを吐き出した。
『────ぃ』
「…!」
「っ、カリンちゃん!」
「先生、彼女の意識が…!」
死を迎えようとしている光凛が意識を取り戻すと、言葉辿々しくも最期の別れの言葉を告げようとしている。その意地らしい光景に拓人、エリ、女性看護師はそれぞれ驚きを見せていた。
『ご、めん……な…さい。貴方との…約そ、く……守れ…な……かった』
光凛は拓人と共に世界を回れないこと、それだけを悔やんでいた。彼女の今際の際の言葉に、拓人は口を震わせて声を掛け続けた。
「駄目だ…そんなこと言わないで……君が居なくなるなんて…僕は…耐えられないよ! 僕たちの物語は…こんなところで終わるはずないだろう!?」
運命に打ち勝つような物語を求めて、光凛を何としても奮い立たせようと励ます拓人。
──だが、この場の誰もが悟っていた。光凛はもう…助からないことを。
喪う恐怖に震える拓人に、光凛はいつものように笑うと、言い聞かせるように言葉を紡ぐ。…最期まで、死への旅立ちのその時まで。
『大丈夫…私はいつも……貴方と一緒………貴方の思い出の中で…いつも……貴方を…見守っ…て──』
「──…っ!」
──pi-------………
光凛はそう言葉を残すと、ゆっくりと目を閉じ息を止めると、そのまま永遠の眠りに就いた。心電図モニターには鼓動と呼吸を表す数値が「0」となり、脈拍を表す曲線も波が鎮まり二度と立つことはなかった。
「…心肺停止。ご臨終、です…っ」
「泣いてる暇はないよ君、早くご家族を呼んで来て」
「は、い……っ!」
看護師は目の前で繰り広げられた、命の幕引きを見て咽び泣きながら光凛の両親を呼びに行く。
拓人は動かなくなった光凛を呆然と見ていることしか出来なかった、そんな拓人を見かねた医師は、拓人に近づくと肩に手を乗せて優しく諭した。
「よく頑張ったよ君は、だから自分を責めてはいけないよ。彼女の寝顔を見てご覧? あんなに安らかな顔は、この世に未練が有ればそうは出せん。満足したんだ…君のおかげだ、ありがとう」
医師は拓人に対し感謝を述べると、入室した光凛の家族たちに状況説明するため、その場を離れた。
医師の言うとおり光凛の寝顔はまるで静かな吐息をしているようで、苦しそうな表情とは言えないとても「穏やか」なものだった。死に未練を残す人も多いであろう中、光凛は結果がどうあれ拓人と過ごして人生に後悔など微塵も無くなったのかもしれない。
だが…医師の言葉が彼に届く事は無く、拓人の胸にぽっかり空いた穴は、元に戻ろうとギュウと締め付けて来る。が、それが叶う筈もなく、拓人は絶望感と虚しさの入り混じった、酷く窶れた顔を周囲に晒していた。
それを傍観したエリは人知れず悟った。これが…この
「光凛君は死に至り、拓人君はそれを止められなかった己の無力さを恥じた。勿論彼に落ち度など何処にも無い、だがヒーローを目指した彼は自分ではどう足掻いてもそこに至ることが出来ぬと、悟った気取りをしてしまった。
正義を掲げた瞬間それを弾圧され、愛を知った瞬間それを根刮ぎ奪われた。これ以上ない抑圧であるので、そう思っても仕方が無いが…兎に角もこの一件を経て、拓人君は平々凡々の人生に甘んじることになる。それは…もう二度と「喪いたくない」という、運命に対する彼の無言の抵抗なのだろうね?」
観測者の声が空間に響く、瞬間──今までで一際眩しい光がエリの視界を遮った。
・・・・・
──気がつくとそこは、元の狭間の世界…星が散りばめられた夜空と、静かに満ち引きを繰り返す波と、そこから広がる海の景色を見て、エリは拓人の過去を語り終えたことを知った。
「つまり、タクトが加賀たちが犠牲になるって分かっても封印を止めなかったのは…どんなに頑張っても報われないって、喪ってしまうって思ってるから、加賀たちを救えないものとして「諦めている」…ってこと?」
エリの回答に、観測者は朧げな光の中で頷く動作をする。それの意味することは拓人の正体…本性が「喪失を恐れる故の諦観」を孕んだ男である、ということだった。
「然様。拓人君の過去は行動と後悔、これの繰り返しと言って良いだろう。とはいえ誰しもの行動も必ずしも報われるとは限らないが…彼の場合自身の正義の否定と、最愛の人を救えなかった悲劇が連続して起こってしまった分、どうしても恐怖で立ち竦んでしまうのだろう。クロギリ海域の顛末も考えれば、今の彼は古傷を抉られたようなものだね?」
「タクト…」
拓人の過去を観たエリは、胸に予想以上の重さを感じては言葉に詰まる。それでも彼女に答えを迫るように、観測者は拓人の過去についての印象を尋ねる。
「君はどう思う? 仮に君が拓人君と同じ立場だとして、否定され、失敗を繰り返し、その度に大切なモノを喪うんだ。一つ目は彼なりの「正義」、もう一つは彼の「愛」を捧げた人物。そんな彼が今更
今まで彼が行動的になれていたのは、特異点という「絶対成功」の鎧があったからだ。あの世界もどうあれ彼にとって「夢の中」であることに変わりはなかっただろうから、自分にとって都合の良い展開にも違和感を持たなかったのだろう。
だが今は…その力を無理矢理脱がされ、現実を直視している状態だ。その非力な彼に「喪うかもしれない覚悟を持って立ち上がれ」と言うのは…些か酷なものではないかな?」
「それは…」
観測者の言うとおり、エリを含めた周りの人間が拓人を頼り過ぎていたのかもしれない。拓人の過去をよくも知らず、自分たちの都合を押し付けていた…見方を変えれば「戦いたくない者、戦わせるべきでない者を無理に矢面に立たせようとしている」のと同義だろう。それは
更に拓人はエリたちの世界を救うため、今まで尽力して来たものの、その果てに「実は自分が世界を破滅に追い込む可能性がある」と突きつけられ、そんな自分を自決させようと行動した際、エリが犠牲になってしまった。これは不可抗力とはいえ拓人の
「そうだったんだ…ごめんなさいタクト、貴方はもう…喪いたくないだけだったんだ。自分の力だけじゃ何も守れないって思って…辛かったんだね…なのに私は…っ!」
だが拓人の過去を観た以上、彼が今も「苦しんでいる」ことに気が付いたエリは、どうすれば拓人を「救う」ことが出来るのかを考える。自分自身も眠っているこの状況で、彼女が拓人を救い出す方法とは…?
──しかしそんな彼女たちを、海岸奥の林の中から見つめる「影」が居た。
『………ア"…?』
そのことにエリは気付かず悩み続け、観測者は流し目で静かに来訪者を観察する。
「(…成る程、これもまた天命か。世界は尚
観察者はそう考えを巡らせると、辺りには沈黙の空間が広がるのだった。
そろそろ本家ゲームのイベントが始まるので、暫く間が空きます。