艦これすとーりーず ―僕が異世界版艦これの提督になった件について―   作:謎のks

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例え、何も変わらなくとも──

 深海金剛は僕らが思っていた想像を遥かに超えるほどの「力の差」を見せつけ、僕らに対し絶望を突きつけた。戦況は拮抗しているがこのままではジリ貧だ、なんとか事態を好転させなければ戦闘データ入手以前に艦隊が全滅しかねない。

 そんな緊張状態の続く中──まるで空気を読まない明るく爽やかな声が、僕らに有り得ない提案を推し始めた。

 

「…ヒトリずつ? どういう意味ですかマサムネさん?」

 

 僕が疑問を投げかけた人物は、もはやお馴染みサイコ・サイエンティストのマサムネさんだ。彼は目的のためならどんなに倫理観を無視してでもやり遂げるといういわゆる「人格破綻者」なわけだが、まるきり道を踏み外しているかと言われればそうではない。ちゃんと線を引く場面は弁えている印象だった…のだが、ここに来てこの発言は聞き捨て出来なかった。

 

『言葉どおりだヨヴェイビー! 艦娘たちが5ニン同時に戦うから、戦闘データも大したものにならないのだと思うンダ。というのは彼女たちがそれだけ強大な力を手に入れた「弊害」が出ているのかもしれないネェ?』

「弊害…とは?」

『そうだネェ…連携というのは相手との呼吸を合わせるのが一番の肝だケド、それを意識しすぎて翔鶴君たちの真の実力を引き出し切れていないのではないか、という仮説だヨ。自分の能力が強大過ぎて相手を巻き込んでしまう恐れがあるから、おいそれと本気を出せずに自分からブレーキを掛けていると思うんダ』

「…そうなの?」

 

 僕はマサムネさんの仮説が正しいのか、距離が離れている天龍たちに向けて通信機で呼びかける。通信機からの応答は──無言に等しい苦悶の息遣いだった、その意図は「是(そう)」であることに間違いないだろう。事実僕の近くに居る望月がバツが悪そうに答える。

 

「…まぁ、確かにそのとおりだぜ。アタシらはともかく大将を巻き込んじゃ悪いと思ってよぉ、本当はアンタにも離れていてほしいんだが…データ収集に支障があるかやってみなぁ分からなかったし、アンタの意志を踏みにじっても仕方ねぇと思ってよ」

「望月…そうだったんだ、ごめん…本当に」

 

 どうやら僕がこの場に居ることが彼女たちの「手枷」になってしまったようだ、軽いショックを受けながら謝罪するもマサムネさんは「分かりきったことだ」としつつ話を続ける。

 

『そうでショ? まぁタクト君が障害かどうかはこの際どうとでもなるサ、それより君たち艦娘の「最大出力」の話だヨ。ぼくの見立てでは今の君たちの限界はこんなものじゃないノサ! 天龍君のスピード、綾波君の重力操作、翔鶴君のエネルギー生成、野分君なら深海化の本領発揮、望月君もまだ策があるんじゃないカナ? さっきの戦いぶりを観てもそれぞれまだ様子見というか「動きに鋭さが足りない」印象だネェ~?

 連携を前提としているから…周りのせいで自分の能力を全開放することが出来ない、だったらいっそのことヒトリずつ戦ってそのリミッターを外した方が良いと思ってネ! でなきゃ彼女の本気なんてとても引き出せないヨヴェイビー!』

『おいマサムネ! 言いたいことは分かるが…それが出来れば苦労はしないんだ、5ニンで掛かっても相手は無傷そのものなんだぞ。連携の良し悪しを踏まえてもそれで実力差が埋まるとはとても考えられん、どう見てもお前の考えは無茶苦茶だ!』

 

 ユリウスさんが正論をぶつけるもマサムネさんの考えは変わらない、彼はいつもの軽い調子で的確な意見を返す。

 

『ぼくはそう思わないヨ? 確かにヒトリずつだと彼女を倒すのは難しいかもネ。だケド考えを改めてみたマエ! ぼくたちの目的はあくまで「金剛(エリ)の復活」であって、無理に倒すこともないのサ! これからの行動をデータ収集の一点に絞っても十分目標達成は可能だヨ、それが分からない君ではないと思ったんだケド?』

『しかし…っ!』

『それに忘れているかもだケド、彼女たちは人智を遥かに超えた能力や実力を持っているンダ、敵も味方も予測不可能な実力シャである以上人間の「当り前」で勘定するべきではないと考えるけどネェ? だから一斉に飛び掛かって手を抜いた攻撃を蓄積させるより、相手に息も吐かせず各々の全力を叩き込んだ方が、相手の本気を見られる可能性も上がって結果的にデータ収集の時間も大幅に短縮されるはずだヨ。

 そうだネェこの場合は戦術的に言うと「波状攻撃」と形容しようじゃないカ! カイニ艦やそれに準ずる艦による「単艦波状攻撃」こそこの場を切り抜ける最大の効率ではないかと思うヨヴェイビー!』

『ちょ、ちょっと待って! それって…天龍たちの安全は考慮しているの? ヒトリずつ仲間のサポート無しに戦えだなんて、そんなのまるで「特攻して死んでくれ」って言ってるように聞こえるんだけど! 私たちの目的は「誰も死なせない、沈ませない」ことじゃないの? そんなの意味ないよっ!!』

 

 マユミちゃんの言葉は──甘い言葉にも聞こえるが──この場で言えば僕らの目的やマサムネさんの考えの問題点を的確に捉えているものだった。しかしマサムネさんも譲らない。

 

『おっと確かにそうだったネ? しかし()()()()()()()()()()()()()()()()()んじゃないカイ? 理論的に考えてみようじゃないカ! 極々短時間とはいえ深海金剛の戦闘を観察し、それを踏まえた結果が「ほぼ無傷で収穫も無し」なら、どうすればそれを改善出来るのか? そう来ると仲間を守るために残した()()()()()()()()()()。そう考えないカナ、出来なければデータ収集なんてほぼ不可能! そうは思わないカイ?』

『っ、それは…っ!』

『とはいえ君の言うとおりだヨヴェイビー! 誰も傷つかないならそれに越したことはないサ、でもネ…これ以上やれば彼らだけじゃない、世界そのものがどうなるのか分からない。向こうも多少の理性があるとはいえ戦闘で見せる「狂気」は本物だと思うヨ、なら…それだけはどうしても防がないといけないのではないカナ? 最終目標である「金剛(エリ)の復活」を果たすには…どうしても「犠牲」は必要、ではないカナ?』

『マサムネやめろっ! …お前の言うとおりなのは分かっている、だが…それを諦められないから我々は抗っているのだろう!!』

『じゃあ聞くケドユリウス…この状況を君がどうにか解決してくれるのカイ? ならぼくから言うことは無いのだけどネェ?』

『…っ!』

 

 ユリウスさんたちはマサムネさんの弁論を論破することは叶わず、そのまま黙り込んでしまった。

 マサムネさんの言うことは確かに血の通っていない言葉だ、だからこそそれは目標達成のためならどんな手段も厭わない彼だからこそ言えることだった。理に適っていることは分かるとはいえ、それは簡単には受け入れないことだけど…っ。

 どうする…マサムネさんの言うことも解るけど、それは例えると「底の視えない谷間に繋げたロープ一本の上から”綱渡り”する」ような無謀なことだった、今の艦娘たちなら深海金剛にもヒトリずつでも少しの間なら保たせられるかもしれない。しかし確実に…その先には「轟沈(し)」という残酷な運命が待っているだろう、そんなことを…僕の口から言えるのか? 彼女たちに対して、僕はそこまで非情になれるだろうか? ダレも沈ませずに全員で生き残ると誓っておきながら…僕は…っ。

 

 …いや、違うな。もう()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 今の状況を作り出した張本人…僕が言えることは何も無いんだ。考えてみれば分かり切ったことだった、僕が…ちゃんとした見方、客観的思考が出来ていれば、こんなことにはならなかったのかもしれない。

 自分が行かなければ…などと意固地になり、深海金剛の実力が未知数だというのに「僕の艦娘たちなら大丈夫だろう」…などと、根拠の無い誇大した自信のせいで皆を振り回してしまった。こんなの…()()()()()()()()()。僕は…特異点の異能が消失したことを理解していながら、無力な自分をまたしても見ない振りをしていたようだ。

 今からこの場を離れようとしても、既に深海金剛に目を付けられている以上下手に動くことも出来ない、完全に──見誤った、一手を。少なくとも僕がこの場に居なければ…彼女たちが手を抜くことも無かったかもしれないのに…っ!

 

 僕はそうやってまた後悔を連ねる──そしてその思考の裏にチラチラと「黒い炎の人影」が見える。僕の心に刻まれた「悪性」がまるで囁いているようだ、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()と。不安が渦を巻いて黒い炎を焚き付けて行く、やっぱり僕には──何も出来ない…何者になることも出来ないのか…っ!!

 

 

 

 ──絶対に、ハッピーエンドにしようね?

 

 

 

 諦観と思考の波に呑まれる中、僕はかつての光凛の言葉と彼女との情景を思い返していた。

 

「…っ! 光凛──」

 

 彼女と描いた夢、理想…それとは程遠い現状、果て無き道。しかし──光明は確かに在った、それを理解した時僕の頭の中では、今までの旅の経験が怒涛のように押し寄せては脳裏を過ぎった。

 

 

 天龍は相棒の喪失から立ち直った──

 

 望月は幽閉された姉妹のため奮闘している──

 

 綾波は自らの罪を見つめ直し、浄化した──

 

 野分は醜い自身を受け入れ──

 

 翔鶴は複雑な人間関係を洗い流した──

 

 

 思えばどれも簡単に立ち上がることが容易ではない出来事ばかりだ、それでも確りと海面に浮き上がることが出来たのは、彼女たちが自身の負の側面、それに連なる過去を認めて「乗り越えた」からに他ならない。

 

 

 ──なら、僕にも…それが出来るとしたら?

 

 

「──……………ふぅっ」

 

 ──旅の果ての仲間たちの結論、成長。それが出揃った瞬間肩の力が抜けた。

 

 この際だからハッキリ言ってしまうと…僕が誇大妄想の無力な屑野郎、なのはもう理解しきったことだ。今更それを変えようたって何処かで綻びが出るのは仕方のないことなんだ、無理に変えるのなら僕自身を()()()()()より他ない。しかしそれをしたところで現状は何の意味も無い。

 どんなに議論を重ねようと、誰も犠牲にしないと足掻こうとも…決してこの状況を変えられる妙案が思い浮かぶ訳ではない。寧ろクソみたいな言い訳しか頭に浮かばない、しょうがない仕方ないという保身しか思い浮かばないっ、何も変えられない自分に絶望的な状況、今僕が考えたことが「変えようのない現実」なら…この聳え立つ壁を登り切るには、今まで艦娘たちがやって来たこと──自分の過ちを受け入れ、()()()()()()()()()()()()…っ!!

 もう全部守るとか全員生きて帰るなんて甘ったれたこと言っていられない、そんなことしてたら()()()()()()()()。この気持ちに変わりはないけど、このまま行けばどうしても身を削ることになってしまう。ならば()()()()()()()()()()()()()()()()。あの深海金剛を倒す唯一の手段がエリならば…彼女の復活を願いながら死の境界線をなぞるように進むしか、もう手立てはない。それが今出来る最大限の行動(ていこう)だ…っ!

 馬鹿だよね? 結局何も変わらない、寧ろ悪化している、酷い開き直りだ。でも…死力を尽くさなくちゃこの「運命」に勝てないなら、自分にやれることは周りに頼ることになっても動き続けることだけだ。失態が僕らの前を阻むのなら()()()()()()()()()走ってやる、それで何も変わらなくても本望だ、それでも変わり続けようとすることが一番大事なんだ!

 諦めない、失敗しても何度だって立ち上がる。そうやって人はいつだって未来(さき)の自分を信じて行動して来たはずだ! それが今の…僕の信じる艦娘たちの姿なら、僕は──例え自分が信じられなくとも──彼女たちを信じよう、例え彼女たちに「一緒に沈んでくれ」と残酷な言葉を投げることになろうとも…僕の中に本当に彼女たちを信じられる「愛」があるのなら!!

 それでも彼女たちだけに頼るわけにはいかない、団結してこの窮地を()()()()()()()()。僕はそう結論付けると辺りを見回す。…良し、翔鶴と深海金剛は空中から微動だにしていない、ああは言ったけど深海金剛は翔鶴改二甲の防御をどう崩すか攻めあぐねているんだ。なら…体勢を立て直すことも含めて、僕は頭の中で理論立てた暴論(けっか)を映写型通信機から皆に伝えてみる。大言壮語に言いはしたけど僕だけで考えを纏めるわけにはいかないからね、果たして彼女たちは受け入れてくれるか…?

 

「…皆、これから僕が言うことは可笑しな発言かもしれない。それでもよければ…僕の言うとおりに従ってくれる? もう言いたいことも分かりきっていると思うから、反論が有ればいつでも受け付けるよ」

 

 少し自信なさげに言うと、隣の望月は「今更何言ってんだい」と小言を言いながら苦笑いしてくれる、他の皆も特に異論は無いようだ。

 そうか…有り難いことだね? 皆には感謝しかないし、こんな…守ることもままならない僕について来てくれるのは、本当に申し訳ないと思う。──でも、だからこそ…っ!

 

「皆…やってみよう、この戦いをヒトリずつ戦って乗り切ってみよう」

『タクト…良いんだな?』

「うん、天龍。君たちのことを信じていると言っておきながら、僕が足手まといになって君たちの信頼を踏みにじってしまった。その埋め合わせじゃないけど…ヒトリ戦っている間皆で様子を見て、限界が来たと感じたら戦う当人は直ぐに戦線を離脱、外野はその手助けをしてほしい。僕もその間の隙を何とか作ってみせるよ、見得もあるかもだけどこうなってしまった責任も取りたいと思ってね?」

『…司令官にだけ重荷は背負わせません、もう二度と…大切なモノを我が力量不足で喪いたくありませんので』

「ありがとう綾波。それと…本当にごめん、この作戦は失敗するかもしれない。もしかすると誰か犠牲になるかもしれない、全滅も有り得る、無責任なのは重々承知している」

『コマンダンらしくありません、貴方は堂々と我々を導いて下さればそれで宜しいと存じます』

「野分…分かった。君たちに大きな負担が出て来るだろう、それこそイノチを懸ける場面もある、けど僕は…ここで足を止めて守りを固めすぎてやられるぐらいなら、前に進むべきだと思う! 最後まで諦めず抗うべきだと思う! もし君たちに何かあったその時は…()()()()()()()()! 絶対に君たちを…無闇に傷つけさせたりはしない!!」

『…分かったわタクト、貴方の好きにしなさい。もちろん私たちもそうさせてもらうけど、ね?』

「ヒッ! そういうこった。今は大船たぁいかないが…泥船で良けりゃあ乗っていきな、ここまで来りゃあ「一蓮托生」ってね!」

 

「翔鶴、望月…っ。ありがとう…皆…っ!」

 

 僕が艦隊の総意に感極まりながら謝意を込めて発すると、目前で──突然の出来事が起こった。

 それは僕たちの周り──半径100Mぐらいの広範囲に「光の壁」が徐々に形作られていく光景…こんなことが出来るのは一人しか居ない。

 

『合意が出たみたいだネヴェイビー! 念のため今君たちの周りに「空間遮断壁」を設置させてもらったヨ、周りへの影響は最小限に抑えてくれるはずだから、これで思う存分に戦いたマエ!』

「すみません、ありがとうございますマサムネさん。貴方のアイデアを拝借させて頂きます!」

『イイヨ! ぼくもこんなことしか思い浮かばないのは申し訳ないけど、君たちの目的が達成されることを願っているヨヴェイビー!』

『はぁ…致し方ないか、そういうことならタクト君たちにだけ負荷を掛ける訳にはいかん。やるぞマサムネ! お前の技術力をこの「手術」成功のため全力で発揮しろ!!』

『もちろんサヴェイビー! 君こそしっかりとサポートを頼んだヨユリウス!』

『たくっ、こんな時まで減らず口を…よし! やってやる!』

 

 通信機からユリウスさんとマサムネさんの小言のキャッチボールが聞こえて来る、二人も本気になってくれたみたいだ…だったらこっちも、覚悟を決めてやることやらないとね。

 

『ホホゥ! ソウ来マシタカ。此方トシテモトコトン戦イタイト思ッテイマシタ、シカシ勘違イハ"なんせんす"デェス! 被害ヲ最小限ニ抑エヨウトモ…勝機ヲ見出サナイ限リ無駄ナ時間トナリマァス! 果タシテ貴方タチニコノ場ヲ凌グコトガ出来ルノカ…──』

 

 深海金剛が長々と御高説を唱えている、相手も乗り気になってくれたようだ──ならもう躊躇うことはないよね…!

 

「──そうだな、全くそのとおりだ。だからこそ俺たちは"死にモノ狂い"でやってやる」

 

『…ッ!?』

 

 深海金剛の背後に音も無く現れた影は、鞘に納めた得物を片手に取ると腰を捻りながら抜き斬った。光速となった斬撃は太刀筋が見えず、しかして数秒後の「空間の亀裂」が斬撃が在ったことを如実に表していた。

 空間に伸びる一筋の空気の刃、それは確りと深海金剛の喉元を捉えて「切断」していた。しかし──深海金剛の首元を守るように生え揃う「鉱石」が胴と首が離れるのを防ぎ、固定された傷口は見るみる内に塞がっていく。深海棲艦の超回復だ、やっぱり楽にはいかないよね?

 瞬斬撃を仕掛けた「天龍」は鼻を鳴らしながら距離を取りつつ海面へ足を着けた、深海金剛も獲物を認識して同じように海面へ降下して、足を着けつつ天龍と睨み合いを繰り広げた。

 

「今だ皆! 翔鶴の後ろへ集まって! 警戒しながら深海金剛の周囲を回るんだっ!!」

 

 僕が通信機から艦隊に呼びかけると、バラバラな位置と距離に居た艦娘たちが翔鶴後方へ集まっていく。全員の確認を済ませると深海金剛から十分な距離を確保しつつ、翔鶴の動きに合わせて各々の位置を保ったまま移動していく。

 

「天龍たちの影が豆粒のように小さく見える、よし…この距離なら周りへの影響も少ないだろう」

 

 僕は誰に言うでもなくそう呟く、そうは言うが足を止めてはいけないよね。万一深海金剛がこっちに攻めて来て敵の攻撃が翔鶴の防御をすり抜けても、動き回って目標が定まらないから回避しやすくなるはずだから。この戦いなら用心を何十に重ねてもそれに越したことはない。

 自身の周囲をぐるりと回り始めた僕らを一瞥しながら、深海金剛は天龍に向き直る。

 

『フゥン。サテ…コレデ舞台ガ整ッタワケデスカ、ダッタラ貴女ガタノ全力トヤラヲ早ク見セテ貰イタイノデェスガ?』

「焦るな。俺も自分の全力を測りかねている、この「高速化」の限界がどこまで在るか、どう貴様にぶつけるか今考えているところだ」

『ハッハァ! ソンナモノハ戦ッテイレバ自ズト解リマァス! 慎重ハ時ニ及ビ腰トナリマスヨ? 臆セズ掛カッテ来ナサァイッ!!』

「──成程、了解した。では…遠慮なく!」

 

 海の真ん中で対峙し互いに言葉をぶつける、天龍と深海金剛。深海金剛の挑発に乗る形で天龍は鞘に納刀された得物の柄を握る、そして──言葉どおりの「瞬速」で再び敵の懐に入る。いよいよ…決死の覚悟のデータ収集が本格的に始まった…っ!

 

「──ふっ!」

 

 天龍の至近距離からの居合い斬り、相変わらずの見えない太刀筋は空気の擦れる音と同時に空間に現れて、深海金剛の身体を一太刀で斬り裂こうとしている。しかし矢張り深海金剛、彼女は身体が二分割されたと認識した瞬間、身体の輪郭が揺らいで宙に消える。また蜃気楼の身代わりだ。

 

「二度は喰らわん!」

 

 天龍はもう一振りの刀──彼女の背丈ほどの大刀──を握り腰から引き抜くと、腰を捻って回転をつけながら素早く柄を持つ手を変えて一撃必殺の斬撃が繰り出しやすいようにする。そして深海金剛の背後からの不意打ちを大刀で受け止める。深海金剛もそれを予期してか腕には硬い結晶が生えていた。

 

「おおおおおぉっ!!」

 

 ならばと天龍は空いた片手にもう一つの刀を取ると、大刀と共に荒々しい双剣の舞を躍った。斬撃の大攻勢に加え搦め手の「瞬間移動」からの目紛るしい位置替え、前後左右縦横無尽に噛み砕こうとする「龍の牙」は、宛ら流星のような軌跡を描いているもののその太刀筋は目視では到底追い切れない。

 しかし──音速を優に越えた天の太刀を、鬼神は完璧に捉えてその拳で防いでいた。もう驚くこともないけど…やっぱり悔しい、あれが天龍の「本気」だと言わずとも判る程なのに…それを苦しい顔一つせず往なしてしまうなんて…っ!

 

「天龍うううぅっ!!」

「っ! …っぐ、うお”お”お”おおおおお!!」

 

 僕は無心に彼女の名を叫んだ、天龍はそれに応えるように吼えると斬撃の速度を更に上げていく。軌跡は荒巻く風となり後方の僕らに吹き付ける、暴風が僕らの視界を遮る…一体天龍はどうなってしまっているんだ!?

 

「──っ!?」

 

 僕が戦いの行方を案じていると、不意に風が止んだ。するとそこに立っていたのは──

 

 

 

 

 

・・・・・

 

 ──その頃、サイハテ海域境界付近。

 

 選ばれし艦娘たちは、拓人たちが全滅した時のためにサイハテ海域入り口にて待機していた。

 

「…長門」

「む、何だ時雨?」

 

 時雨は徐に長門の近くに行くと、手の平を下にして上下に動かす。耳を貸してくれという意図を見た長門は言うとおりにする。

 …時雨が長門に何事かを耳打ちしているようだ、長門はそれを聞き終えると一つ頷いて得心した様子だった。

 

「…矢張り、そうだったか。ならば是非も無いが…私に出来るかは保証しかねるぞ」

「ううん、この中だと君が適任だと思う。彼女の「迷い」を…晴らしてあげてほしい」

「そうか。…加賀、一つ確認したいことがあるのだが」

 

 長門は次に加賀に対して呼び掛ける、尋ねられた加賀は言葉こそ返さないが長門の方を見て話しを促していた。

 

「君は昔から金剛と衝突することが多かったな、だがそれが否定から来る悪感情でなく愛嬌によるものだとは、私だけでなくこの場の皆も理解していることだろう」

「…何が言いたいの?」

 

 長門の結論の出ない問いに、加賀は訝しみながら…というより()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()という意味で平坦な音程で短く言葉を返す。それを受けて長門は…自身の推察を含めた疑問を詰める。

 

「君は行かなくて良いのか? かつての戦友が堕ちた姿を見たくないというならもう何も言えんが、あの金剛に平然と意見していた君が、彼女が間違いを犯す前に止めに行かないことにどうも違和感があってな?」

「おっ、長門遂に言ったな! 実はアタシも何か違うなぁ~って思っててさぁ」

 

 長門の指摘に加古も同意を示す、それに倣って長良も時雨も無言で頷いて肯定する。

 

「…いつも言っているでしょう、我々艦娘は「兵器」です。シゲオ総帥がここで待てと言われたら次の命令があるまで待機するのが常でしょう?」

 

 加賀の──あくまで艦娘としては──常識的な答えだが、長門はそれに対し肯定しつつ「一部を」否定した。

 

「確かに艦娘の任務は上官の命令あってこそだ、だが…君はそれを「聞き過ぎている」と思ってな」

「どういう意味です? 長門…もう少し具体的に仰って下さいますか? 貴女は昔から言葉が足りないのではないですか?」

「そうか? では単刀直入に…タクト君たちに海魔大戦の真相を語ったあの時、君は金剛のことで涙を流していたな。あれは…感情表現に乏しい君からして()()()()()()()()()()()事柄なのだろう。それに気づいていないかもしれないが金剛のことでそこまでの強い感情を見せたのは、我々の中で君だけだった。そんな君が…必要ないからと、命令されたからとこの場に居残っている理由が聞きたいのだが?」

「っ! …それは」

「なあ加賀よぉ、今金剛んとこ行ってやんねぇでどうするんだ? 確かにこの戦いはタクトたちがやるべきことだとは思うが、金剛と一番仲が良かったアンタはその場に居てもバチ当たらねぇと思うぜ。それに…直感なんだがアタシゃアンタが無理してる気がしてな、別にシゲオに何言われても良いんだよ、アタシらも後で一緒に怒られてやるからさ…な?」

 

 長門の的確な物申しに加古も続いて自分のキモチに正直になった方が良いと諭した、だが…加賀はそれを行う「正当性」を問い返した。

 

「言いたいことは理解できます、ですが…我々がここに居るのはタクト君たちが彼女に敗北した場合の「最終手段」では無いのですか? 特殊封印術式を行えるのは…我々しか居ないのですから、私が欠けたら封印も出来なくなります、それでも…」

「じゃあこうしようよ。僕らは戦いの激しさを遠目から感じ取り先行してタクトたちの下へ急いでいることにして、加賀は一足先に様子を見に行ったことにする…というのはどうかな?」

「ああ良いじゃない時雨! 私もそんな感じで良いと思います!!」

「あはは。ありがとう長良、でも自分で言っておいてなんだけど…少し強引かな、これは?」

 

 加賀の正論に対し時雨が提案したことは若干力業であるものの、そこまで怪しまれるものでもないだろう。とはいえ一応軍属の彼女たちが率先して「規律違反」スレスレの行動を起こすのもどうかとは思うが? それでも悔いの残らない選択をした方が良いと言うことは、加賀以外の選ばれし艦娘たちの総意だった。

 

「時雨、長良まで…私はタクト君たちが金剛を何とかしてくれると信じることにしています、ここで動けば彼らの信用を裏切ることになるでしょう、ですからどう言われようとも」

「ならば猶更だ、加賀…君はこの場に居るダレよりも金剛を救いたいと願っている、彼女が間違いを犯そうとしているならそれを正そうとも考えているだろう。タクト君たちにその責を譲ることも無いのではないかな」

「…っ、何故ですか長門…貴方も我々が兵器であるという考えも、任務に忠実であるべきことも理解しているはず。先ほども彼らを信じるしかないと言ったばかりでしょう?」

 

 ヒートアップする意見に対する加賀の反論、意固地と見られても可笑しくないが加賀は私情よりも任務が重要で、それを破棄することは艦娘の存在意義の否定にも繋がるという思想が根底に在るからそう見えているだけの話。それは長門も理解があると踏んでいたが、急にらしくないことを言い出すとは何事であろうか? 加賀はそんな疑問を含んだ文言を投げかけると、長門は表情に陰りを見せるとその言葉の真意を聞かせる。

 

「クロギリの一件でな、艦娘としての矜持が自らや周りを縛ることに成り得ることを思い知らされたのだ。私は…あの海域で数年もの間戦いに明け暮れ、後悔を重ね…そうなってしまったのは何故かと考えると、あの時の私が、総帥の勅命であるとはいえ周りの意見に耳を貸さず自身の独断専行で作戦を遂行しようとしたからだと、ふと気づいたのだ」

「鎮守府崩壊事件…ですか。あれはあの男の策に嵌っただけで、その予兆は誰にも察知出来るものではないでしょう、貴女だけの責任では…」

「いいや。その「予兆」を完全ではないにしろ感じ取っていた者が私の近くに居た、彼はそれを危惧して再三注意深くなるよう呼びかけたが…私は、それをせずに戦況を見誤った。あの時…艦娘であるからだの言い訳をせず、もっと周囲の意見を聞けていたらと…深い悔いが残っているんだ。だから君にも、同じ過ちをしてほしくないと思っていてな」

「っ! 長門…貴女がそこまでクロギリの出来事に苛まれているなんて、私は気づきませんでした。ごめんなさい…それを経験したからこその助言でしたか」

 

 長門の語る言葉にココロの奥に出来た深い傷跡(トラウマ)を垣間見て、加賀は素直に謝罪した。長門は「気にするな」と受け入れて続ける。

 

「クロギリでの過去はもう変えられないものだと私も思っていた、だが…それをものの見事に変えて見せたモノたちが、私の前に現れたんだよ。彼らが教えてくれた…自らを省みてそれを正そうと努めれば、どんなに理不尽に踏み躙られた過去も「変えられる」と。完全に無くなる訳ではないが…より良い未来に進むために、過去の払拭は必要なことなのだと、その時痛感した」

「…私にも、それが必要だと?」

「それを決めるのは我々ではないが…もし、君にもあの「海魔大戦」の過去が根深く残っているのなら、未来に進むためにはそうした方が良いと考え至った。それにな…この戦いの結果がどうあれ我々も何れこの世界から離れる時が来るだろう。

 君も感じているだろう…時代の流れという感覚を。タクト君たちの率いる艦娘たちこそが次代を担う存在、であれば抑止力というのは幾つもあってはままならないだろうからな。それが来るのは今この時かもしれないし、もう何年先の話かもしれん。我々にその「覚悟」が無いという話ではない…君自身のココロ残りを取り除きたいのであれば、それは「今しかない」という話だ」

「………」

 

 長門の思慮深く落ち着いた静かな声色に、加賀の感情は揺さぶられ、そのふり幅は次第に大きくなっていた。限界まで揺れ動いたそれは彼女の頭の中で在りし日の「彼女」とのやり取りを反芻していた。

 

 

『──もしワタシが下手な道に逸れてしまったら、加賀に引っ張って連れ戻してもらいマァス! あっはは!』

 

 

『全く…言われなくても──』

 

 

「──…そのつもり、ですか」

 

 仲間たちの背中を押す温もり、そしてこの流れを作ったであろう次代を作ろうと今正に奮闘する英雄たちに、加賀は密かに感謝を表す。

 目を閉じ、静黙しつつ頭を整理し、そこから要点だけを取り出していく…自らが抱く「感情」の行方を。そうして数分…波の揺らめく音を聞きながら──遂に加賀は自身の歩む道を「決断」した。

 

 

「私は…──」

 

 

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