艦これすとーりーず ―僕が異世界版艦これの提督になった件について― 作:謎のks
拓人たちの身に起きた出来事を知らずに、綾波と早霜はレ級を迎え討っていた…。
『シャーーーッ!!』
「…相殺」
黒鎌と大斧の斬撃がぶつかり合う、何重にも軌跡が描かれるたび、重い衝撃音と空間を揺るがす振動が起こる。
「はぁっ!」
早霜が繰り出す使役怨霊は、黒い炎に包まれた巨腕を振るい、レ級を払いのける。
『ギギィ…ッ!? …ッキヒ!』
だが…2対1というハンデを背負いながらも、その凶凶(まがまが)しい嗤い顔は未だ絶えず綾波たちを捉えて離さない…体力の消耗如何では、こちらも危うい。
「…執拗」
「そうですね…姫級ほどではないにしろ、これほどとは…」
『キッヒヒヒヒィ!!』
レ級が次の一撃を繰り出そうと身構えると…後ろから水の走る音、奥から…何かが来る。
「…! 司令官…?」
綾波がそのシルエットから察せられる名前を呟くと…拓人は腕に望月を抱えた状態で、ゆっくりと歩くようにこちらに近づく…しかし、その間に居るレ級が、それを見逃すはずはなく。
『シャッ!』
レ級がその自慢の得物で拓人を切り裂こうと振り返る…しかし。
「──”退けよ”」
『…ッ!?』
その絶望を湛えた顔は、どんな闇より深く、どんな悪より「威圧的」だった。
囁くように紡ぐ一言は、耳にまとわりつくような不気味な反響が聞こえる。
レ級はそのまま固まり…驚愕の表情のまま、戦慄に身を凍らせた。
『…!? ッギ…?!』
気づけばレ級は彼を「そのまま通して」いた。何故彼を通したのか、彼女自身分からなかった。動物の本能のように「手を出せば殺られる」という感覚を、ただの少年のような彼に感じ取っていたのか。
絶望の象徴たる深海棲艦に畏怖されるまでに感情の威圧が増大していた…一体、どれほどの「絶望」が、彼をここまで駆り立てたのだろうか。
「…司令官!」
綾波は司令官と呼ぶ彼の下へ駆け寄る…拓人は無事彼女らの側まで近づくと、そのまま望月を渡す。望月は気絶しているようで、渡す際も何もアクションはなかった。
綾波は望月を受け取る際、拓人の顔を覗き込む。…どこか空虚というか、疲れ果てた顔をしており、今にも狂いだしそうに瞳孔は見開かれ、瞳は虚無を映していた。
「…司令官?」
「(やはり奥でなにか…止めるべきだったか…どんなに強引でも…っ!)」
早霜は心の底から後悔した。彼女が力を尽くすと誓った彼らに、今の自分は何もしてあげられないという、自責の念が溢れた。
拓人は…綾波たちを、虚ろな眼で見つめながら呟く。
「…めん」
「…?」
「ごめん……っ、ごめん…!」
膝をつき、まるで吐き溜めた何かをこぼすように…もはや、どんな感情が入っていたのか分からない、大粒の涙を流しながら…。
「ごめんなさい…ごめんなさい……ごめんなさいっ……!」
掠れた声で、湧き上がる感情に喉を潰しながら、許しを請うように…拓人は綾波たちに対し、懇願するような謝罪をした。
「…司令官」
いつも何処か飄々としていた彼が、まるで自身を世界中から弾劾される罪人のように、後悔の念を吐き出しては項垂れて涙を零す。…豹変した彼は、ただ子供のように泣くことしか出来ない非力な人間であった。
綾波には奥で何が起こっているのか、知る由はないだろう。しかし…その何事かに襲われ、囚われた拓人を救う方法を「彼女」だからこそ知っていた。
「…」
「どうしました? …え、望月さんを? 構いませんが…一体何を?」
「……」
綾波は後ろにいる早霜に、望月を抱え渡すと…何を思ったか、拓人の頭に手を添える…そして優しく”撫でる”。
「…っ!」
「貴方は悪くない…貴方は頑張った…貴方を誇りに思う…私が落ち込んだ時、ある人がこうやって私を慰めてくれました」
「…あや…なみ…?」
何と、それまで何処か機械的な話し方であった彼女は、慈愛に満ちた表情と穏やかな声色で拓人を慰めていた。後ろの早霜も静観しながらも驚きを隠せないでいた。
「司令官、私は貴方がどんな人だったのか、この奥で何があったのか、まだ分かりません。ですが…きっと、きっと大丈夫です、貴方が折れない限り、私たちも全力を尽くします」
静かな口調で、確かな決意を語る綾波。だが…拓人の暗闇は、未だ晴れない。
「…どうして、そんなに頑張れるの?」
「………」
「僕は…彼女を喪ったあの日から、時間が止まったままなんだ。本当は…君たちみたいにひたむきに、ただ未来を信じていけたら、どんなに素晴らしいだろうって思う」
「……」
「でも…嫌なんだ、向き合っても、もし君たちが居なくなってしまったらって考えると…また、そんな現実を見てしまうのが…怖いんだ」
「司令官…」
「だから、何も理解出来なかったって、自分でも情けない気持ちになるんだけどね? …うん、僕は…逃げ出したかったんだ。今だって、金剛と天龍を置いて…逃げてしまった」
「…っ!」
「どんなに自分を信じても、彼女のいない世界が…現実じゃないって思ってたんだ。どんなに世界が変わっても、それは変わらない」
「……」
「…綾波、僕は大きな罪を犯してたみたいだ。それはどんなに現実を直視していない僕でも理解できる。馬鹿だった…なんて軽い言葉じゃ済まされないほどに。それでも…こんな僕でも、君たちの隣にいていいのかな? 君たちがこの世界に来た原因を作った、諸悪の根源のような僕が…君たちの提督なんて…いいのかな?」
震える唇で言葉を紡ぎながら、拓人は深い懺悔を告白する。
今までも、ひょっとするとこれからも、自分は逃げてしまうかもしれない、いや、知らない間に「逃げている」のだろう。そんな自分は果たして生きる価値はあるか、最早「投げやり」の言葉が出てしまう拓人に対し、綾波は…一言。
「”貴方は、貴方の信じる道へ行きなさい”」
「…?」
…その言葉自体は、何の変哲もないものだろう。しかし…それを頭の中で反芻する自分がいることに気づく拓人。綾波は続ける。
「司令官。貴方が今、心に思い描くこと…それを実現するために命令を下してください。そこまでの深い後悔の念があるのなら、貴方は…きっとやり直せる。私たちは…そのお手伝いがしたい」
「…っ! どうして…?」
「貴方が深い悲しみを背負ったように、私も…罪を背負って生きています。だから…分かるんです、貴方の気持ちが。…貴方の苦しみを、少しでも癒したい。それが…今の私の願いです」
「……でも」
罪を背負う覚悟を見出せず、言い淀む拓人だったが…綾波はそれでも優しく微笑み、核心を突いた言葉を投げた。
「大丈夫、貴方は「一人じゃない」。貴方が今まで…それでも前に進めたのは、見守ってくれた人たちか居てくれたから…違いますか?」
「…っ!」
「貴方の下を離れた人も、そして私たちも、貴方を見守っています。…これからも、ずっと」
その時拓人の脳裏には、優しげに微笑む「彼女」の姿が思い浮かんだ。
──大丈夫、私はいつも…貴方と一緒。
彼女が遺した言葉に、偽りはなかった。
ずっと見守ってくれていた…拓人が自分の殻を破る、その日まで。
「…あぁ………っ!」
綾波の汚れのない聖女のような一言は、拓人の中にある「わだかまり」を、完全に打ち砕いた…!
音を立てて崩れる心に築かれた壁から、最初に浮かび上がった感情は…「感謝」。
「…っ、ありがとう…あ、りが……と…!」
声を殺すように咽び泣く。涙に濡れた目を拭いながら、拓人は震える身体でなんとか立ち上がる。
「……ははっ、君とこうやってまともに話したの、初めてじゃない?」
「…そうですね?」
ぎこちなく笑顔を作る拓人、それを見守りながら静かに微笑む綾波は、少し嬉しそうにしていた。
そんな綾波を見ながら、拓人は…出来たばかりの覚悟を語る。
「そっか…君たちにとって、過去がどんなに辛くても誰かのために頑張るのは「当たり前」なんだね。君たちは戦うことを義務付けられてるんじゃない…戦うことは「進む」こと、未来を…信じることなんだね」
「…(ニコッ)」
「僕も…君たちみたいになれるかな? 未来を見据えて、まっすぐ進む君たちみたいに」
「…なれますよ、きっと」
綾波の言葉に、喜びの涙を目に浮かべ大きく頷く拓人。
「ありがとう…綾波。僕は…今度こそ向き合ってみるよ」
「司令官…これからどちらへ?」
「やり残したことがある…奥に行くよ」
そう言いながら、拓人はレ級に振り返り対峙する。
『…ギッ!』
今度こそ通さないと、レ級は牙を剥き出し威嚇しながら黒鎌を構える。…拓人はそれでも、その先を見据える。
「今度こそ…皆と向き合って見せる!」
『ギャァアアアア!!!』
「綾波!」
「了承…!」
綾波は、拓人の行く先を遮る障害を断ち切らんと前に出る。
「退いてくれ…邪魔するなぁ!!」
綾波と共に、レ級に突撃する拓人。
『ギャッ!!』
「相殺!」
レ級の一撃を、同じく一撃によって防ぐ綾波。何度も打ち合う二人、烈風が肌を掠める。
拓人はその隙を縫い、レ級の腹部に掌底を叩きこむ。
「おおおおおおおおお!!!」
『ギッ!? グゥア?!!』
ズンと重低音が鳴り響く、空間を揺るがすほどの一撃。衝撃が背部に貫通し、余剰威力が風に乗って舞い上がる。
まるで拓人の覚悟を表すような一撃に、膝をついたレ級…この好機を逃すまいと、拓人は一気に駆け抜け、奥へと進むことに成功した。
「司令官…ご武運を」
「ありがとう…綾波、皆…!」
感謝の意を紡ぎながら、その先へ進む拓人…その瞳に、もう迷いはない。
「…貴方たちの武器は「絆」それを言ったのは私ですが…ふふ、これほどまでとは。貴方たちは…本当に素晴らしい」
二人の背中を目に写し、早霜は胸を撫でおろすのだった…。