艦これすとーりーず ―僕が異世界版艦これの提督になった件について―   作:謎のks

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波の綾は緩やかに

「………」

 

 空が黒く染まり、星のカーテンが光で照らす。

 

 さざ波の音が聞こえる、潮風の匂いが鼻孔を刺激する…が、今の僕にはそれを知覚するだけで「精一杯」だった。

 

「これが…亡国となった我が祖国…その滅亡の一部始終です」

 

 抑揚のない声で淡々と事実を述べる綾波、僕は…彼女の心中を推し量りかねながら、ただ呆然とする他なかった。

 彼女は今「絶望」の淵に立たされている、それは確かだ。彼女の探しビトは既に沈んで、更に敵として目の前に現れたのだ…だとしても想像以上だ、彼女のココロは…重圧に耐えられなくなっている。

 

 どうする…どうしたら彼女を救い出せる? このままじゃ…っ!

 

 ……いや、僕は提督だ。彼女たちを導くのが仕事、僕がこれじゃ綾波のためにならない。

 

 僕は内側の衝撃を抑え込むと、努めて平静を装い綾波と向き合った。

 

「…つまり、艦娘騎士団の崩壊は」

「はい、他ならぬ艦娘騎士によるものです」

 

 事実を短い言葉に押し込んで投げる綾波、自棄…というわけではなさそうだ。

 

 それにしても…何故急に艦娘騎士が暴走を…?

 クーデター? いや、それにしては無差別過ぎないか? 一部の艦娘騎士の暴挙…も少し違うか?

 話の中で気になったのは「紅く光るブレスレット」だ、赤い鉱石…なんだか嫌な予感しかしないね?

 

 おっと、先ずは綾波の様子を……うん、何だろう。

 一瞥しただけで分かる。彼女は今「無理をしている」。今にも崩れ落ちそうな表情(かべ)を、それでも壊れまいとしている。…今までは彼女の心が分からなかったから、そこまで違和感は感じなかったけど?

 

 …なんとかしなくちゃ、このままじゃ綾波は「救われない」…!

 

「…辛いことだった、なんて軽く言うつもりはないよ。君が背負った罪は、確かに大きな誤ちかもしれない」

「………」

「でも、君はそれでもそこから逃げずに今までやって来たじゃないか。君は…」

「団長はもう、居ない」

「…っ!?」

 

 一見いつものような口調だが、彼女が大きな「闇」を抱えていることを、今の僕には理解出来た。

 

「私が今まで浅ましくもその先へ進んだのは、団長を見つけるため。…あの炎の中へ消えたあの人を、迎えに行くため」

「綾波…!」

「団長を迎えに行くまで、どんなに侮蔑されようとも、どんなにココロが壊れようと。私は…決して諦めないと誓いました」

 

 …駄目だ、このままじゃ自責の念に囚われて、それこそココロが壊れてしまう。

 

 …一か八か。

 

「でも、結局事実は変わりませんでした。団長は死に、艦娘騎士の暴走の原因も分からないまま、私は無駄に生き永らえました。…不知火ちゃんの言う通り、私はただあの人の影に縋り、自らの罪を認めようとしなかった愚か者…です」

 

「どうして…そこまで自分を責め立てるの?」

 

「…っ!?」

 

 あからさまに煽りを入れてみる、すると明らかな動揺が見られた。…そのまま言葉を選びながら、慎重に話す。

 

「君は最後まで戦った、最後まで守ろうとした。それで良いじゃないか? 艦娘騎士も君たちが居る限り、完全に滅びはしない。…何の問題がある?」

「それは…っ」

「その団長は残念だったけど、君は何処も悪くないし、団長もそう思っているはずだよ。…もう「忘れなよ」。君はもう…忘れることが」

 

「忘れられるわけないっ!!」

 

「っ!?」

 

 僕の放った言葉…見えない投石が、遂に綾波の「壁」を打ち崩した。

 

「あの人は私の全てだった、あそこは私の世界だった! 一つでも欠けてしまったら…そんなの……意味なんてない!!」

 

 声を荒げ、現実を否定する綾波。僕は…どこか”懐かしく”感じていた。

 

「…そうだね」

「私が弱かったから、私があの場であの人を守れたなら! それはどれだけ悲惨な結末だろうと、喜んで受け入れられた!! …悔やんでも悔やみきれない。私はっ、あの時…「私」を見失った」

「…それを今でも探している?」

「そうです、あの時失ったココロを! 団長を見つけさえすれば…取り戻せると思った、もう一度あの人に会いたいと願った!! …でも、もうそれも、叶わない…っ!」

「……」

「団長が居ない世界なんて…もう……生きてても…意味ない、よぉ…っ!」

 

 膝から崩れ落ち、壁の内側から涙が雪崩のように出てくる…彼女の冷えた感情が、溶けて流れ落ちた証。

 

 …同じだ、綾波は…あの時の「僕」と…。

 

「じゃあ何で、君は僕に「やり直せる」なんて言ったの?」

「…っ!」

 

 驚きを隠せない様子で、綾波はこちらに顔を向けた。

 ここまでは順調…下手な詭弁は要らない、自分の中にある心からの言葉をぶつけよう…。

 

 じゃないと…この娘は救われない。

 

「あの時…君が僕に対して綴った言葉は、君の本心からの言葉、そして…"きっとやり直せる"の真意は、君自身の過去と僕を重ねていたから。なんだよね?」

「っ!」

「つまり君は…無意識だとしても信じているんだ。君の団長は今も何処かで生きている、そうじゃなくても自分は彼女の死を乗り越えていけるって…ね?」

「…それは……しかし…っ!」

「綾波、過去は変えられないかもしれない。君自身の罪も…でも、君が僕を助けたいと思ったように、僕も君を「救いたい」と願っている」

「っ、司令官…!」

「こんな僕が、君の役に立てるとは思えないけどね? それでも…少しでも君が前に進めるように、側で支えられたらって思うんだ…駄目かな?」

 

 はにかんだ笑顔を浮かべながら、僕は綾波に自分の気持ちを言葉に乗せた。

 …あぁ、でもダメだなぁ? 少し取り繕っていたかも。こんな言葉で…彼女が救われるとは…とても。

 

「…イジワルです、司令官」

「っえ、綾波?」

「そんなこと言われたら…無理やりにでも立ち上がらなければ、いけないじゃないですか…!」

 

 そう呟いたかと思えば、ゆっくりと立ち上がって僕を真っ直ぐに見つめる綾波。

 目が赤く腫れぼったい、涙の跡が消えないその視線で、力強く僕を捉えている。

 …本当に強い娘だ。どんなに打ち拉がれても立ち上がることが出来るのか、彼女の気丈な一面を見て、驚きながらもそのココロの強さを実感する。

 

「…団長を探し出す、私のその使命は…ここで潰えました」

「綾波…」

「だから…命令して下さい。こんな私でも…ガラクタの私でも、それでも使って下さるなら」

「…そうか」

 

 あくまでも騎士の矜恃を貫く、か。

 そういうのって、どこか依存的なものを感じるけど…僕には、良い方法が思いつかない。これで彼女が少しでも前を向いてくれるなら。

 

「…綾波、君は生きろ。どんなに辱めを受けても、君自身の使命を果たせなくても…僕のために、生きてくれ」

 

 …少しの沈黙、その後姿勢を正し、右肘を前に持っていく。

 

「了承、これよりこのイノチ…貴方に捧げます」

「…騎士として、だね?」

「司令官、やっぱりイジワルです」

「あはは、君を見てるとついイジメたくなって…ね?」

「うふ。本当に…あの人みたい………あの、ひ、とに……っ!」

「…………綾波」

 

 また泣き崩れそうになる綾波、僕は…そっと彼女に近づくと、優しく抱き締める。

 鎧の固い感触と共に、殻に覆われて震える彼女の身体を感じる…。その健気なココロを感じ取り、僕も顔がくしゃくしゃになり、涙が溢れ出る。

 彼女の傷を…少しでも癒せたら。僕は…本気でそう思った。

 

「綾波…もういいんだ。もう一人で罪を背負うことはない、君には…僕がついているから」

「司令官……私は…わた、しは……っ」

 

 彼女の途切れとぎれの息遣いを聞く、次の時…彼女は大声を上げて泣いた。

 まるで悪戯をした子供が、心の底から反省した涙のように…泣きじゃくって、耳を劈くほどの悲鳴に似た鳴き声。

 全て、抱えていたものすべてを、僕に預けるように…小さな騎士は、大きな罪を浄化していく…。

 

 

 

 

 

・・・・・

 

 …何故、私は貴方の下に来たのか…それを、貴方は考えているのでしょうか?

 あの時…団長を探す旅の途中。連合の城下町でいつものようにクエストをもらおうと、鳳翔さんの酒場へ向かっていた…その道中。

 

「ヘーイ! テートク遅いデース、早くはやくぅ!!」

「ちょ、ちょっと待ってよぉ。…ぅう、やっぱり頭がぐらぐらする〜」

「拓人さん、こんなところで粗相をしないで下さい?」

「そんなことするわけ…っゔ、やばっ」

「テートク!? しっかりしてクダサーイ!!?」

「あらら〜☆」

 

 遠目から貴方たちのやり取りを見た。

 

 どこか…懐かしい感じがした。

 

 鳳翔さんから、新しい鎮守府の提督がメンバーを募集している…そう聞いた。

 

 …少し迷いはあった、それでも……。

 

 私の中にある「後悔」を、今度こそ償いたい。

 

 …そう願ったんです。

 

 はぁ…やっぱり恥ずかしいです。だから…貴方が聞いてくるまで、これは私の中に留めておきましょう。

 

 …うふふ♪

 

 

 

 

 

・・・・・

 

『…っ、くそ』

 

 拓人が綾波の過去に向き合っていた一方、夜の霧に蠢く亡霊が居た。

 

『駆動部の損傷が激しい…回復にも時間がかかる…ッ、まさかここまでやられるとは』

 

 足を引きずるようなスピードで、海の上を滑る白き姫、その肌は黒く焦がれ、痛々しく焼けただれていた。

 油断していたわけではない。「彼」としては彼らに対し問いを投げかけたかっただけ、もし戦闘になったとしても…早々に離脱する意思はあった。

 だがあまりにイレギュラーが多過ぎた。金剛、選ばれし艦娘、そして特異点。

 行動が後手後手に回り、更に反撃も受けた。彼らの意思に迷いはないようだ、悪手であった、と白き姫は後悔した。

 

『…もう少しだ、もう少しで……っ!!』

 

 しかしながら後の祭り、とにかく傷を治さねば目的も何もない。

 彼は先の見えない霧を見つめながらも、足を引きずることを止めない。

 

 その先には、海中深くに在る本拠。

 

 そこまで行けば、後は傷を癒すだけ…それだけの話「だった」。

 

 だが…。

 

「あぁ〜! ねぇねぇねぇ、あれじゃない? 私見つけちゃったー!」

 

 …なんと間の抜けた声だろうか、そうぼんやり思いながら白き姫は声のする方角を見やる。

 

『…な、に……っ!?』

 

 薄暗い霧に浮かぶシルエット。そこには…現状対峙するには「最も適さない」相手…。

 

「Great. よくやってくれました、ニム」

「えへ〜、潜水艦は隠れるのも見つけるのも上手いんだよ?」

「それを期待していたのですから、やってもらわねば困ります。…さて?」

 

 片方は、この怪しげな雰囲気に似つかわしくない美麗なドレスを纏い、玉座に座る貴婦人。もう片方は眼光鋭い少女騎士。

 

『艦娘騎士団…っ!?』

 

 壊滅した艦娘騎士団であったが、生き残りがいるとは聞いていた。

 既に一人出会ってはいるものの、まさかもう二人にも会敵するとは…艦娘騎士の武勇は知らぬ者は居ない、そうでなくてもこの弱りきった身体で戦うのは不味い。

 

「あれが亡霊騎士……確かに団長とどこか似ているような…?」

「姫様、ここは私に行かせて下さい」

 

 そう言うと、少女騎士…不知火は静かに波を立てながら前に滑り出る。

 

『…っ』

 

 先ほど出会った艦娘騎士は、自分を見た途端に「団長の仇」と襲いかかってきた。目の前の少女騎士も間違いなくそういう行動に出るだろう。

 どうにかしてこの場を切り抜けなければ…策を巡らせる白き姫。

 そんな彼女(彼)の顔を見据える不知火は…「驚きの」一言。

 

「貴方…"機関"の者ですね?」

『何…っ!?』

 

 言い当てられ思わずたじろぐ、その様子を見た貴婦人…ウォースパイトは疑問を抱いた顔から得心が行ったように頷く。

 

「やはり…では、騎士団の崩壊も貴方がたの仕業ですね?」

『…そこまで、調べがついていたのか』

 

 低い男の声で肯定の意を示した白き姫。不知火はそれに不快そうに眉をひそめた。

 

「あまり団長の顔で喋らないでください、気色が悪い」

『 ん? …フフッ。すまないな? いきなり襲ってこないものだから、つい』

「本当は今、この場で切り捨ててもいい…それだけの怒りはありますが、ボロボロの怪我人を一方的に攻撃するのは「騎士道」に反します。それに…聞きたいこともありますので」

『ほお? それは?』

「…何故、騎士団を崩壊させたのか、答えてもらいます。返答次第では…」

 

 不知火は鋭い眼光を更に細め、敵意を露わにする。それを見た白き姫は鼻で嗤う。

 

『ハッ、それを知ってどうする? 仲間の敵討ちでもするのか?』

「…そうです」

『何…?』

 

 白き姫の皮肉交じりの問答に、不知火は肯定の意を示した。

 

「綾波がこの場に居ないことは幸いでした。彼女がここに来ていたなら、貴女を見てどうにかなっていたでしょう。…私はそれに耐えられそうにない」

「え? なになになに? それってあの娘とわざと仲違いしてたってこと? スッゴくけんあく〜な感じなのに?」

 

 つまり、二人は綾波に汚れ仕事をさせまいと、わざと距離を置いた。…ニムの問いかけにも、不知火はやはり肯定した。

 

「えぇ。尤も…あれだけ否定したのですから、あの娘は私のことを目の敵にしていることでしょうね? 今更…友と呼ばれる資格は、私にはありませんし」

 

 どこが自嘲気味の不知火に、ウォースパイトは心配そうに呟いた。

 

「不知火…貴女」

「姫様、血を流し浴びるのは私の役目です。嫌われるのは慣れています。それに…彼女に譲れないものがあるように、私にも"それ"がある…そういうことです」

『兵器同士の麗しい友情…か?』

「まぁ長い付き合いですから、それでも…団長の件で許すつもりはありませんが?」

『…ナンセンスだ、そして君たちの行動も』

「えぇ。意味のないことでしょう、無駄な事とは承知の上、それでも…「復讐」というものは、理屈で済むものではないでしょう?」

『…フン、やられたらやり返すか? 害の応酬、それが世界の崩壊を加速させていると何故理解しない?』

「そんな詭弁は必要ありません。我々はただ…団長を殺した貴様らを許さない。それだけだ」

 

 鬼のような形相で睨む不知火、その眼には確かに「憎しみ」が宿っていた。

 そしてそれは、鋭く厳しい目つきで見据えるウォースパイトも同様だった。

 

『……』

 

 焦燥に駆られていた白き姫だったが、フッと緊張を緩めると、まるであきらめの境地にように話し始める。

 

『単純な話だ。我々の計画を遂行する上で、君たち騎士団の存在は邪魔だった。…それだけだ』

「っ、貴様…何が目的だ?」

『さぁね? この計画の首謀者は私じゃない。ヤツは今頃「例の海域」で、計画の最終段階の準備をしているだろうさ?』

「計画? それは…?」

 

『この世界の人間に「粛正」を与える。…言うなれば、欲にまみれた人間を「滅ぼす」のさ?』

 

 その言葉を聞いた瞬間、騎士二人の顔はマグマが噴き出したような怒りの表情に変わる。

 

「外道…っ!」

『そうだろうさ。…君たちには分からないだろうが、我々の世界は「滅び」に向かっている。或る存在によって…私はその滅びを食い止めるために行動している』

「その滅びとは何だ? 世界中のニンゲンや、団長たちを沈めなければいけなかったのか!」

 

『詳しくは私も知らない。だが…ヤツはそれを「世界を滅ぼす"愛"」だと言っていた』

 

「貴様、巫山戯るな!」

 

 憤る不知火、徐々に理性を保ててないことが解る。

 それを理解してか、不敵な笑みを浮かべる白き姫。

 

『巫山戯てはいないさ? 寧ろ君たちだろう、巫山戯ているのは。この世界に平和をと嘯き、戦争を激化させているのは…君たち艦娘、そして艦娘騎士だ!』

「Shut up ! それ以上の冒涜は、彼女たちへの侮辱になりますよ!」

 

 ウォースパイトもはち切れんばかりの怒りを白き姫にぶつけた。普段は静かな彼女が罵声を上げる姿に、隣で耳を傾けるニムも何処か冷や汗が出ているようだった。

 だが白き姫は口を閉ざさない、まるで煽るように侮蔑の言葉を紡ぐ。

 

『だが事実だ。今日までの各国の戦争、紛争、殺戮! 全てはあの大戦から始まった…連合が君たちを過ぎたる遺物として「抹消」しなかったのは大きな過ちだ!』

「黙れ! それ以上戯言を抜かすと…」

『ほぉ? そうやって気に入らないモノを切り捨てていくのか。何とも愚かなことだ、君たちもニンゲンと大差ないなぁ! …だから止められないんだ、戦いを!』

「…貴方っ!」

 

 扇動されたココロは、マグマの如き烈火を纏いて怒りを放つ。

 それは、最早彼女たちには制御出来ないところまで来ていた。…その血の昇った表情を見て、白き姫は一言。

 

『フフッ、どうでもいいが「後ろ」を振り向くことをお勧めするよ?』

「何? ……っ!?」

「What…!?」

 

 彼女たちが言われるまま振り向くと、瞬間眼前に「紅い光」が…。

 

「なっ、しま…」

 

 驚き、意図を理解し、目を瞑ろうとも出来なかった。文字通りの「釘付け」にされ、二人の目に紅い光が拡がる。

 不知火は己の不注意を呪った。普段の彼女たちなら、このような姑息な手に引っかからないが、怒り心頭に達した頭は「ほんの一瞬の隙」を生んだ。

 

「っ! ゆ、油断……し、た…っ」

「No…そんな……綾…な、み…!」

 

 意識が遠のく、視界が揺らぎ…やがて闇に覆われる。

 二人の騎士は、白き姫の術中に嵌り、海面に身体を打ち付けた。

 

『……』

 

 白き姫はその光の奥に人影を見た。…それは。

 

「全く…本当に厄介なことだ」

 

 研究員「ユリウス」が、海面に「足をつけて」いる。それどころかゆっくりと水の上を歩いてみせた。

 

 ぴちゃ、ぴちゃ…と、ユリウスは水の音を立てながら、二人の艦娘騎士に近づく。

 

「…っ、き…さま…っ!」

 

 不知火は意識が朦朧としながらも、最後まで足掻こうと半身を起こし、白衣の男を睨みつけた。

 

「この霧には「穢れ」が含まれている。私が予め細工しておいた、この海域は元々から濃い霧の発生する場所で有名だ、少々の靄が紛れ込んでいても、誰も気づかない。…おかげで霧の濃度も高くなったが、私としても目眩しのため必要だった」

 

 誰に言うでもなく、ユリウスは彼女たちの「異変」について種明かしした。

 

「とはいえ少量程度なら、短時間の間には効力はない。君たち艦娘であろうと…だが、矢張り長時間霧の中で「探し物」をしていたようだな? 穢れの影響を受けていることは直ぐに理解した」

「…っ!!」

「艦娘は海魔石の光を浴びると、艦鉱石に蓄積されたマナと海魔石の穢れが相殺し、昏睡状態に陥る。尤も、マナとそれを吸収する艦鉱石がある限り、何れ目は覚めるだろう」

 

 だが…と、ユリウスは海上に揺蕩う彼女たちを見やる。

 

「極稀に、怒りや哀しみといった大きな「穢れ」を秘めた艦娘も存在する、その個体が海魔石の光を浴びた場合、その負の感情を増幅して、海魔石の所持者の支配下におくことが出来る。…まぁ、君たちはそこまでではないようだが?」

「…何を…する……つもりだ?」

「何を? そうだな…あわよくばそのまま気絶してくれればいいのだが、もし目を覚められても困るからな。丁度いい、彼らに問答を与える良いキッカケになってくれ」

「…だれ、が……っ!」

 

 しかして不知火は抵抗虚しく、力なく海面に倒れ伏した。彼女が意識を失うのを見届けると、そのまま暗い闇と霧の中でユリウスは星を望むように空を見上げた。

 

「そうとも…彼らの目を覚まさねば。神は…いつだって身勝手で「残酷」なのだと」

 

 塗りつぶされた深い闇よりも、深く淀んだ目で、彼は何処を見ているのだろうか…?

 

 …そして。

 

「や、やっば〜…どうしよう」

 

 暗闇の中ヒトリ逃げ出した「水に潜むモノ」は、何をするべきか悩みあぐねていた…。

 

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