艦これすとーりーず ―僕が異世界版艦これの提督になった件について―   作:謎のks

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追憶─ 風声鶴唳 ─ ④

 敵の凶弾から瑞鶴を守ったのは、あの「選ばれし艦娘」の一隻であり「艦娘最強」の呼び声も高い大戦艦「長門」であった。

 身長が2メートルはあるだろうか、長い黒髪に同じく黒のロングコート、その中から白いスカートとロングソックス、頭には特徴的なヘッドギアを着けていた。

 女性でありながら端正で凛々しい男性のような顔立ちで、常に険しい表情を崩さない。勇ましく堂々たる雰囲気を称えた彼女は、正しく「歴戦の雄」であった。

 

 ──だが、私が驚いている事柄はまだあった。

 

「あれは…"金属"…?」

 

 そう、長門の身体周りを覆う物体…銀色に光る岩石が集結して彼女を守る鎧と化している。

 

「あれは「タングステン」と呼ばれる熱に強い金属ですね。長門は…あらゆる金属や鉱石をその身に纏うことが出来ます」

「…っ!? 金属を?」

「えぇ。彼女は五属性を司る選ばれし艦娘の中で「大地」の恩恵を受けていて、土に埋まっている岩石やヒトの手によって加工された合金まで、彼女は自身の肌に様々な物質を造り出すことが可能なのです…!」

 

 シスターの言葉に唖然とする…選ばれし艦娘、など末端の構成員に過ぎなかった私では今まで会うことすらなかったが…いざ目の前にすると「規格外」の能力に理解が追いつかない。

 

「…大事ないか?」

 

 長門に問われた瑞鶴も呆然としていたが、直ぐに我に返ると頷きを返した。

 

「良し。この場を離脱するぞ、私の砲撃で逃げ道を作る。その隙に君たちは逃げるんだ、私が殿となり敵の砲撃を防ぐ」

「あ、ありがとう…!」

「ま、待って! 長門…貴女は何故こんなところに──っ!?」

 

 私は当然の疑問を投げかけようとするも、状況がそれを許してくれない。私の言葉を遮るように放たれた爆炎を纏った砲弾が水面に柱を建てた。

 

『■■■■■---ッ!!』

「…くっ!?」

「詮索は後だ、訳は後で幾らでも話してやる。…はぁ!」

 

 長門は自身の艤装を展開する、巨大な砲塔から紅蓮の弾丸が射出される。

 

 

 ──ズドオォォオン!!

 

 

『■■■■■---ッ!!』

 

 圧巻だった、あれだけひしめき合っていた怪物たちが吹き飛び、逃げ道を形作っていた。

 

「…早く行け!」

 

 敵の次弾をタングステンを纏わせた両腕を交差させ防ぐ、長門に着弾した砲弾は火の嵐となり後ろにいる私たちに肌を焼く熱風となった。

 

「翔鶴姐!」

「…えぇ!」

 

 私たちは瑞鶴と合流すると、そのまま長門に背を向けてきた道を戻っていく…!

 

『■■■■■---ッ!!』

「来い。この長門…簡単に崩れると思うな?」

 

 彼女の頼もしく勇ましい台詞は…この絶望の状況の中でも確かな輝きを放っていた──

 

 

 

 

 

・・・・・

 

 ──只管に、水面を駆けた。

 

 襲い来る灰と黒の怪物たち。

 

 飛び交う砲撃音と、獣のような雄叫び。

 

 迫りくる──”シ”の恐怖。

 

「はぁ…はぁ…はぁっ…!」

 

 私たちは背後に迫る獣たちから、訳も分からず必死に逃げていた。

 

「…はぁっ、はぁ…どうしてこんなことに……?」

 

 私はヒトリ頭の中で整理していた、この状況では冷静に考えることなど出来ないだろうが…少しでも答えが欲しかったのだ。

 

「提督は…お優しい方……私たちを…っ、こんな風に、使い捨ての駒みたいな、危険なことを…っ、させるとは…思えないっ!」

 

 息を荒げて「可能性の一つ」を否定する。

 信じたくなかった、瑞鶴の話を聞いただけだが──私のココロには既に「裏切られた」感情が芽生えていた。

 危険な戦地に送り出されることはあったが、事前に伝えてくれたし私たちの意見も汲んで作戦を立てて下さった。今みたいに…谷底に突き落とすような行為は、彼は今まで決してやってこなかった。

 …そうだ、何か仕方がない事情が出来たんだ。そうに違いない、そうでなければ──

 

「…ぴゃあ!?」

 

 突如私の後ろから叫び声が上がる、振り返って見ると…そこには姿勢が崩れてしまい海面に倒れ伏している「酒匂」の姿が…!

 

「酒匂っ!」

 

 咄嗟に瑞鶴が前に出る、私は…見ているだけしか出来なかった、それどころではなかったから。

 

 

 ──だから、後悔してる。あの時…少しでも彼女の側に居れたら…っ!

 

 

「酒匂、手を!」

「…っ!」

 

 瑞鶴から差し出された手を掴む酒匂、瑞鶴がそのまま引っ張り上げると、酒匂の身体は再び水の上を立った。

 

「びゃ、ありがとう瑞鶴ちゃん!」

「お礼は後、早くここから……っ!」

 

『ケケケーーーッ!』

 

 瑞鶴たちの隙を突くため、白い飛行物体が空中から攻めて来る。ケラケラ嗤う忌わしい口から、機銃とでも言わんばかりの光弾の弾幕を射出した。

 

「危ない!」

 

 いち早く酒匂の危機を察した瑞鶴は、彼女を抱き寄せるとそのまま彼女を守るように自身の背中を向ける。

 

「(パァン!)…ぐっ!?」

「瑞鶴!?」

 

 私は彼女が撃たれたと同時に水面を駆けだす。心臓の鼓動が早まる、戦場でこんな光景はなかったとは言わない、イノチの窮地など幾らでもあった。

 

 ──けど、この時私は「悪寒」を感じていた…喪うかもしれない、そんな寒気が。

 

「…っ、このぉーーーっ!!」

 

 恐怖が、怒りが、私の闘志を掻き立てた。

 瑞鶴に辿り着く前、素早い動作で弓に矢を番え放つ、数機の艦載機は機銃掃射で得体の知れない飛行物体を爆散させた。

 

『ケヒャーーーッ!?』

 

「瑞鶴! 大丈夫──…っ!?」

 

 私が彼女の元に駆け寄った時、彼女の右腕、左脚に「銃創」が見えた。彼女の顔は痛みに歪み、まともに立てないようだった。

 

「ごめん…腱切られたみたい。立ってられない…っつぅ!」

「ぴゃ、瑞鶴ちゃん…」

「無理しないで、ほら! …こんなもの、鎮守府に戻れば幾らでも縫合してもらえるわ…!」

 

 私は瑞鶴の肩を持つと、そのまま彼女を担いで戦場を離脱しようとする。

 

 絶望的な状況は変わらず、角の生えた女と灰と黒の化け物たちはすぐそこまで迫っている。シスターの航空支援とプリンツの砲撃で何とか距離を保っているけど…明らかに進みが遅くなった私たちに、彼女たちがじりじりと間合いを詰めていることが解る。

 

「…っ!」

「ぴゃ…」

「この…このっ、来るなくるな〜!」

「っ、もう…駄目です…ね?」

「くそ…くそっ!」

 

 誰もが希望を捨てようと覚悟を決めていた…この大群を振り切ることは叶わない。

 

 ──あるとすれば。

 

「──翔鶴姐、私を置いていって。私が…囮になるから」

 

「…っ!?」

 

 瑞鶴の衝撃の一言──私は当然のように否定した。

 

「っ! 瑞鶴、貴女…馬鹿なこと言わないで! 貴女は…私の「妹」なのよっ、そんな…そんなこと、出来るわけない…っ!!」

「でもこのままじゃ…翔鶴姐や皆が」

「いいえ、選ばれし艦娘が駆けつけてくれたんですもの。必ず援軍が……必ず…っ!」

「翔鶴姐…」

 

 

 諦めない。

 

 諦めたくない。

 

 考えるな、考えるな…!

 

 

 ──どうして…っ!

 

「(何で…"彼女を手放した方が良い"って考えるの…っ!)」

 

 本当は分かっていた。長門が助けてくれるような「奇跡」はそうそう起きないこと、援軍も…そもそもこの見捨てられた状況に現れるかも怪しい。

 頼りになるのは「己」だけ、非情になるしか誰も助からない。この状況から抜け出すためには…私たちが助かる方法は、重荷となってしまった瑞鶴(なかま)を見捨てて、全速力で逃げること。

 

 

 ──今、私は自身の命運を天秤に掛けていた。

 

 

 このまま逃げても何れ追いつかれる…今、速力を上げるためには…私が抱えている「瑞鶴」を手放すしかない…しかし──それをするということは…っ!

 

 彼女に…「シんでほしい」と言っていることと同じ──

 

「嫌…イヤ、それだけは嫌。ここでシんでも、提督に裏切られても、何をされても良い。でも…貴女を置いていくのだけは……嫌…っ!」

「…っ!」

 

 ──ドンッ!

 

「…ぁ!?」

 

 瑞鶴は──私を無理やり押し出すと、そのまま眼前の敵の前に立つ…。

 彼女の手足は震えていた、立っているだけでやっとのはずの震える脚を動かし、激痛が走ったであろう右腕で矢を握った…!

 

「…翔鶴姐、私は貴女を守りたいの。そのためなら、例え…自分がどうなっても構わない!」

「瑞鶴! 本当にやめて! また私の言いつけを守ってくれないの?! どうしてっ!!!」

「翔鶴!」

 

 私が泣き叫び瑞鶴に駆け寄ろうとすると、シスターは私の身体を押さえて制止した。

 

「もう敵がそこまで迫ってます、このままだと貴女まで…!」

「やめて! 離してっ!! 瑞鶴…瑞鶴ううううぅぅ!!」

 

 大粒の涙は大時化の雨のように流れては海面を叩きつけた。絶望は私のココロを確かに蝕んだ。

 

「──有難う、翔鶴姐。ワタシ…貴女に会えて──幸せだった!」

 

 振り返り、それだけ言うと瑞鶴は敵群に向かい駆け出した。

 

 

 ──死地に赴く彼女の姿は、どんな英傑よりも雄々しかった。

 

 

「うおおおおおおおおっ!」

 

 両舷全速──今正に、一羽の鶴は飛び立った。

 

 

 その翼で仲間を──守るために…!

 

「瑞か──」

 

 

 ──ズウウゥゥウウン!!

 

 

「…っ!?」

 

 しかし悲しき哉、現実は私たちに乱暴に突きつける。

 

 ──彼女のイノチを奪う光と轟音…彼女の「シ」を──

 

 

「嫌あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ──」

 

 

 一度見出された希望は──哀れ奈落の水底に堕ちる。

 

 絶叫は彼女の墓標となる…此処に、名も無き歴戦の雄が──沈んだ。

 

 

 ──私はこの時から「絶望の淵」へ突き落とされたのだ。

 

 

 

 

 

 

 

・・・・・

 

 ──その後、私たちはイノチからがらシルシウム島から逃げ延びた。

 

 …が、ダレもその喜びを分かち合うことはしない。私たちを逃がすため…かけがえのない「仲間」が…犠牲になってしまったのだから…っ。

 

「…ヒック、瑞鶴ちゃん…酒匂が…酒匂のせいで…!」

「違うよ、私が…もっと早く敵襲に気づいていれば…っ!」

 

 酒匂とプリンツが責任を引きあっていたが、そんなことをしても…彼女は「戻らない」のだ。

 

「…一度鎮守府へ戻りましょう、今回の出来事を報告して…提督と今後のことを話し合いましょう。泣いていたら…瑞鶴が報われないですもの」

 

 シスターが気丈に振る舞って艦隊を勇気づけた。しかし──

 

「────…」

 

 私は──暗闇に淀んだ眼で虚空を見上げているだけ、肯定も否定もせず…ただ絶望に打ち拉がれていた。当たり前よね、私は…約束を守れないでいたもの。

 

 ──何が「片方がシんだら」よ、私は今でも…沈むのが怖くて彼女の元に…いけない…!

 

 …ごめんなさい、取り乱したわね? まだ続きはあるわ。…ここからは簡潔に行きましょう、あの時は…自分でも正直どうしてそうなったのか、解らないから。

 

 

 

 

 

・・・・・

 

「こ…これは…!」

 

 シスターは自身の眼に映る光景が信じられず、驚愕し震える声で「否定する」。

 

「あ、あり得ません! だって…そんな…南木鎮守府が…!!」

 

 私たちが鎮守府近海へ差し掛かった時、眼にしたのは「燃え盛る炎に包まれる鎮守府」と「煙と共にそれを覆い尽くす黒い霧」だった…!

 

「ぴゃあ…どういう、こと?」

「そ、そんな…!」

「………」

 

 奇襲か、内部からの犯行か──何れにしろ南木鎮守府がこれほどまでに崩壊寸前まで追い込まれるのは、理解しがたいものではあった。

 

「とにかく中の様子を…!」

 

 

「──待てっ!」

 

 

「…っ! 長門…!?」

 

 シスターは燃え盛る南木鎮守府へと近づこうとした瞬間、後ろから近寄る影が──長門だ。

 

「長門!? 無事だったのですね!」

「あぁ、それより今の鎮守府に近づいてはならん! …見ろ、あの「黒い霧」を。アレは「マナの穢れ」…アレを一度でも吸い込めば、艦娘であろうとどうなるか分からん!」

「そ、そんな…!」

 

「──…くは」

 

 長門とシスターは、か細く呟くような私の声に気づくとこちらに振り返った。

 

「瑞鶴は…無事なの……さっき助けてくれたでしょ? だったら…」

 

 私の深い絶望に堕ちた眼を見て、シスターは背筋が凍りついたように体を小さく震わせた。

 

 長門はそんな私を見ても動じず、ただ哀しそうに事実を告げた。

 

「…済まない、爆発には気づいていたが…私が辿り着いたころには敵も撤退していた。彼女の姿も…もう」

「…そう、そんなんでよく「選ばれし艦娘」が名乗れるわね、体たらくもいいとこよ」

「翔鶴! そんな言い方…」

「良いんだサラ、彼女の言う通りだ。全ては私の責任だ…()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()などと、虫の良すぎる話だった」

「…何ですって?」

 

 長門の「衝撃発言」に、流石に動揺を隠せない私は黒に塗れた瞳で彼女を睨みつける──と、その時。

 

「──…ぉおーい、た、助けてくれぇ~~…!」

 

「…っ! あれは…ナベシマさん…!?」

 

 シスターは手漕ぎ舟で数人の部下らしきニンゲンと共に、南木鎮守府から出てくるナベシマを見つける。直ぐに駆け寄ると彼から諸々の事情を聴いた。

 

「わ、私も何が起こったか…急に爆発があったかと外を見れば、得体の知れないバケモンたちが水路から鎮守府に攻め込んできおったんだ!」

「…っ! 深海棲艦…!?」

「…中の様子は?」

 

 長門は空かさず迅速な情報収集を行う、すると…内部の阿鼻叫喚の地獄絵図が浮かび上がった。

 

「つ、角の生えた女どもが…バケモンを従えておった。私は艦娘を指揮しておったが…返り討ちに遭って全員沈んでしもうたのだ!」

「…っ!?」

「そ、それと…そうだ、蛇のバケモンも出おったんだ! ほ、本当だ! ここに居る私の部下もそれを見ているのだ、なぁ?!」

 

 完全に怖気づいた様子のナベシマは部下に同意を求める、彼らも黙って頷くが、それは何処か落ち着きがないものだった。

 

「…了解した」

 

 それだけ言うと、長門は地獄と化した鎮守府へと歩くように滑っていく。

 

「な、長門!? 何を…?!」

「このままだとこの鎮守府を起点に、世界中に深海棲艦の魔の手が伸びることになる。故に──私があの物の怪たちを「塞き止める」。…簡単な話だろう?」

「っ! 駄目です、そんなことしたら貴女が…!!」

「大事ない、”彼女”の大切なモノを救えなかった罪に比べれば…我が苦痛を以って脅威を封じ込めれるのなら、安いものだ」

「長門…」

「こんなことで、罪が晴れるとも思えんがな? …サラ、私が鎮守府に入り次第その門を閉じよ。それで幾ばくかの猶予が出来る筈だ」

「…そ、そんなこと」

 

 彼女は…自分を犠牲に世界を守ろうと躍起になっているようだ。──随分と都合が良い、そんなことで…本当に彼女が報われるなら…。

 

 ──思えば、彼女たちの話に理解が追いつかない自分が居た。

 

 何故長門が居るのか、深海棲艦とは何なのか、提督はどんな気持ちで私たちを…あんな地獄へ放り投げたのか。

 

 どうして…それが解っていれば彼女は──救われていたの?

 

 

 ──瞬間、私の理性の「錠前(たが)」が壊れた音が響く。

 

 

「…けんな」

 

 

 

 ふざけるなっ!!

 

 

 

「…っ!? しょ…翔鶴…?」

 

 私の吐き出された暴言に、シスターは恐怖に顔を引き攣りながらこちらを振り向く。

 

 ──こんな状況までイイコぶるな、苛立だしい…っ!

 

「そんなことで本気で彼女の弔いになると思っているのか? そうだと思うなら…意味もなくヤツらに特攻でも何でもしろ! それで少しは瑞鶴も浮かばれるだろう! お前たちが…連合が諸悪の根源ならっ、ニンゲンが全ての原因なら! それに媚を売るお前たちも同罪だっ!!」

「…っ! 翔鶴…貴女…!」

「な、何を言い出すんだ君は。落ち着き給え!」

 

 私の中の「獣」を垣間見て、ナベシマが私に声を掛ける。しかし──それは火に油を注ぐ愚行。

 

「ナベシマァ…貴様ぁあああああ!」

「…ひっ!?」

 

 ナベシマに向ける視線は「殺意」を滾らせる眼を血走らせたモノだった。そのあまりにもな変貌に誰もが血の気を引かせた。

 

「何故こんな作戦を許諾した…どうせ私たちが滅びることを予想して提督に進言したんだろう、貴様のような矮小なニンゲンの悪意が! 瑞鶴を…あの娘を沈めさせた!!」

「…っ! あ、あの娘が?! そ、そんな…周辺の索敵も万全であったと報告があったのに…矢張り待ち伏せ…?!」

「ごちゃごちゃ言い訳するなぁ!! 貴様は…今ここで!」

「翔鶴!」

 

 怒気を強め狂気に取り憑かれ暴走する私を見かねて、シスターは私の前に立つと肩を揺さぶり正気を戻そうと試みる。

 

「憎しみに呑まれちゃ駄目です! 瑞鶴もそんなこと望んで…」

「お前が…お前があの娘を語るなぁ!! 私とあの娘は…一心同体だったの! どうしてあの場でシなせてくれなかったの?! お前はそうやって偽善シャぶって私を助けたつもりだろうがなぁ、私は──こんな苦しみで生きるぐらいなら、シんだ方がマシだ!!」

「…っ!」

「何も知らないお前が、知った風な口で自分の正義を押し付けようとするな! 私は出会った時からそんなお前が…大嫌いだったんだよぉ!!」

 

 

 ──パシッ

 

 

「…っ!」

 

 瞬間──頬に熱い衝撃が走る。

 

 一瞬呆けていた私は徐々に理解する──あの暴力を嫌うシスターが、私を全力で「引っ叩いた」のだ。

 

「そんな風に考えていたなんて…最低…です…っ!」

 

 

 涙を湛えた眼で私を睨むシスターを…私は忘れない。そして──彼女が私のココロに刻んだ「言霊(のろい)」も…。

 

「──…そうよ、私は…「最低」よ…! あの娘を…瑞鶴を……っ、守ってあげられなかった…私は…!」

 

 そうして、言葉に詰まった私は膝から崩れ落ちる。そして──海の上で、人目を憚らずに…号泣した。

 

 天を衝くように叫ぶ声には、二度と這い上がれない絶望から呼ぶ私の気持ちが込められているのかもしれない。

 

 

 

 

 

 ──助けて、と。

 

 

 

 

 


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