艦これすとーりーず ―僕が異世界版艦これの提督になった件について― 作:謎のks
──南木鎮守府での戦いから数日。
酒匂の救出から機獣討伐、果てはドラウニーアの大捕物…誰がこんな展開を予想出来ただろうか? でもそれ以上に、僕の与り知らないところで事態が2転3転していたようで、情報が錯綜している現状があった。
先ず結果としては、酒匂の救出に成功、最後の機獣であるヒュドラも討伐した、ドラウニーアは…最後は逃してしまったけど、ヤツの目的である「穢れ玉」は破壊出来ているみたいだし──由良がやってくれたみたいだ──後は長門さんの報告待ちだ。
そして──由良がシんだ。
ドラウニーアとの戦いで、ヤツの逆鱗に触れたせいで心臓(艦鉱石)を貫かれて…それが砕け散ったせいで、彼女は二度と動かなくなってしまった。
…僕のせいだ、あの時僕の「A・B・E」が上手く起動していれば…っ!
思えば、あんな大規模な会議まで開いたというのに、敵の手の内みたいなことは、殆ど分からなかったと言って良い。ユリウスさんの責任とかでなく「ドラウニーアの不信感」による情報制限のせいだと思う、あの「A・B・E」のときの金縛りは、ドラウニーアの仕業なのか…分からない、今も、何も。
本当に油断ならない男だ…でも、悲しんでばかりも居られない。前に進まなきゃ…由良のためにも、ね?
それと…そう「野分」だ、彼女についても言及しないとね。
・・・・・
──デイジー島、サラトガたちの拠点。
サラさんたちの掘っ建て小屋で、僕は金剛たちと一緒に野分、舞風と向き合っていた。あとは映写型通信機から「望月」とも繋がっていた。
僕は主要メンバーを集めて、お互いに何があったのかを話し合っていた。僕の方は南木鎮守府で何が起こったかを話していた、最後の機獣ヒュドラ、ドラウニーアの野望を打ち砕いたこと、そして…由良のことも。
『…成る程な?』
望月はそう言って辺りを見回すと、野分の姿に目を止めて何かを確認している様子だった。
野分の額には深海棲艦の姫に見られる「角」が生えていた。最初は驚いたけど、これが野分の隠したがっていたことだと解ると、自然と納得出来ている自分が居た。
どうやら百門要塞にてドラウニーアに何かされたようだ、はぁ…本当に余計なことしかしないな、アイツ。
野分の様子は、角のある額を中心に白い肌が上瞼辺りまでに広がっていた、帽子で角を隠しても白い肌がギリギリ見えるレベル。もう隠し切れないでいた。
『おそらく黒い霧に含まれるマナの穢れで、野分の深海細胞が活発になって増殖スピードが早まったんだろうな、全く…勝手な行動してんじゃねーよ。それで完全に深海化しても、アタシは責任取れねぇぞ?』
「も、申し訳ありません…」
望月に詰られて、野分も反省の様子を見せていた。
野分は事前に天龍や望月に相談していたようで、彼女たちに舞風を加えて野分の深海化を何とかしようと動いていたようだ。その上で彼女たちと協力して、僕に自身の変化を悟られないようにしていた。僕が翔鶴のこととかドラウニーアのことで手一杯だとは理解していたので、余計な心配を掛けたくなかったそうだ。
「…野分が、深海棲艦か」
僕がそう呟くが、野分は不安な顔をしながらもそれを黙って受け入れていた。
「た、タクト。それに皆…ごめんなさい、貴方たちに野分が大変なことになってる、なんて言って混乱させなくなくって…」
「舞風…ここはボクが」
舞風は野分の代わりに謝罪しようとするが、野分が敢えてそれを遮り口を開いた。
「コマンダン、皆さん。ボクの至らなさのおかげで多大なご迷惑をお掛けしましたことを、ここに深くお詫び申し上げます。望月さん、天龍さん、それに舞風。ありがとう…こんなボクを庇ってくれて、それでも、これ以上皆さんに迷惑はかけられない。向き合ってみます…深海化したボクでも皆さんのお役に立てることがあると、導(しるべ)を頂きましたので」
野分が言っている導とは、おそらく由良のことだろう。同じように深海化した彼女でも、狂気に染まることなく自らの意思を最期まで持ち続けた。
…本当にすごい娘だった。彼女のシはあの場に居た皆に良い影響を与えたようだ、野分と…翔鶴もそのヒトリだ。彼女は僕の隣で、野分の言葉に静かに微笑んで頷きを返した。
「そう言ってくれると、由良もきっと喜んでいるわ。ありがとう野分…それと、これからもよろしくね」
「うふふ、これからは皆で野分を支えようね!」
「はい、もちろんです」
翔鶴、金剛、綾波も深海化した彼女を受け入れたようだ。それを見た野分と舞風の暗い雰囲気が、徐々に明るくなっていく。僕も、何があっても皆を信じるって…もう決めてるんだからね?
「野分、これからは隠しごと無しだよ、一緒にどうするか考えていこうね?」
「はいっ! ありがとうございますコマンダン!」
「ありがとうっ、良かったね野分! 皆で考えたらきっとどうにかなるよ!」
「ありがとう舞風、皆さん…それから由良さんにも、お礼を言わせて下さい。あの人が居なければ…ボクは今でも未来を嘆いたでしょう」
野分は晴れやかな笑顔で喜び、その道を間接的に示した由良に感謝していた。
一致団結を決めた僕たちだが、ここで望月が話に割り込む。
『話を茶化すようで悪いが一応言及するぜ、その由良ってヤツの艦鉱石は、残念ながらもう造ることが出来ねぇ。技術的には可能だが、連合の敷いたルールに「如何なる場合でも、艦娘の建造、複製を禁ずる」とあるからだ、噂じゃイソロクの提案だそうだが?』
望月の言葉に、僕はそのルールに隠された「感情」を読み解くことが出来た。アカシック・リーディングの力だね? それは──
「…きっと、艦娘たちを静かに眠らせてあげたかったんだ。そのルールを作った人は」
僕の回答に、その場の皆は黙って頷いて肯定してくれていた。もう彼女は休ませてあげるべきだ、誰一人言葉を発さなくても、その意図は理解出来た。
少しの沈黙の後、望月は僕に対し気まずそうに言葉を投げた。
『…大将、その、なんだ。アンタに黙って動いてたことは悪かった、アンタも大変だと思ってのことだってのは、解ってくれよ? アタシも天龍もボウレイ海域で色々あったからさ』
「そうなんだ?」
僕の疑問の言葉に望月は説明を加えていく、何でもボウレイ海域にてレ級の襲撃にあったらしく、その時に野分の「深海化の兆し」を見せつけられたという。どうもレ級相手に大暴れしたらしい。
僕は望月、野分を一瞥すると、今度は天龍の方を見やる。
「怪我はどう天龍?」
「あぁ、問題ない。タクト…すまなかったな? 野分のことは俺たちで解決しようと皆で話し合ったんだ、お前がドラウニーアに専念出来るようにな」
「うん、分かってるよ?」
そうして他人を気遣うより、僕としては自分の体の具合を心配してほしいんだけどね、本当。
今の天龍は病室のベッドで寝ていても不思議じゃないほど、全身に包帯を巻いていた。こんなもの軽い怪我だ、と言わんばかりに彼女は壁に背を凭れているけど。
身体中包帯だらけの天龍は、ヒュドラとの戦いで重傷を負ったんだけど、艦娘の「打たれ強さ」の賜物かあと数日休めば戦線復帰出来るらしい…でもやっぱり無理してる感じはする。大人しく寝床で横になっててほしいんだけどなぁ?
「本当に大丈夫なの? ちょっとは休まないと」
「問題ない、任務遂行に支障はないだろう。ドラウニーアとの決着もすぐだろうからな、油断出来ない状況である以上俺は這ってでも戦場に行く」
「…むー!」
あまりにもな頑固な物言いなので、僕はこれでもかと眉を寄せて目を吊り上げ「怒った」表情をしてみせた、天龍は矢張り慌てて言い訳を弁じた。
「す、すまん。お前に迷惑をかけるわけにも行かなくてだな? 俺も艦娘として戦いたいというか…;」
「…野分のことを黙ってたのも、僕を思って?」
「勿論だ!」
「じゃあ僕のこと思うなら、せめて今日一日は絶対安静ね? はいイス、これに座っててね、無理はしないの!」
「ぐ…むぅ」
言われるまま天龍は、僕の持ってきた椅子にゆっくりと腰掛けると、僕に微笑みながら謝る。
「すまんな、タクト」
「良いよ、頑張ってくれたんだから」
僕はそう言って天龍の謝罪を受け止めた。次に僕は映写型通信機に映る望月に向き直り、話を振った。
「望月、野分は治るんだよね?」
僕の言葉に望月は、唸っているだけで否定も肯定もしない。
『んんん〜〜…これが難しいんだよなぁ。どうも深海細胞は一定の条件満たさねぇ限り、どんなに治療施しても元に戻っちまうんだ。その条件が分からねぇんじゃあね?』
「そうなんだ…僕の居た世界では、深海棲艦として倒して海に沈めたら、一定確率で艦娘に戻る? んだよね。ドロップって言うんだけど」
『ふむ、興味深いねぇ。どういう原理なんだい?』
「あの、その場合ってさ? 深海棲艦になった艦娘が、艦娘たちとの戦いを通して元に戻る! っていう感じじゃ?」
金剛の仮説に望月は「なるほど」と大きく頷いていた、金剛…君にも解るんだね? この胸熱展開。
「アハハ、何となくだけどネ?」
『要するに、深海棲艦になったとしても「艦娘としての自分」を思い出せりゃ制御は可能ってか。ふむ…大将、もう少し詳しく教えてくれねぇか? 艦娘と深海棲艦の関係性を』
「ん? 良いよ」
僕は皆に──あくまで僕の世界ではだけど──深海棲艦のルーツについて、知ってることを語った。箇条書きで簡潔に言うと…?
・深海棲艦は艦娘が沈んだ後の姿、というのが通説。
・艦娘を含めて、元はかつての大きな大戦で使われた「軍艦」。
・姫級は元艦の沈んだ状況や艦娘自身の心理が、身体の特徴に色濃く出る。
・姫含む深海棲艦を倒すと、艦娘の姿に戻る…かもしれない(戦ってもう一度沈める)。
・敵対こそしているが、深海棲艦全てが好戦的という訳ではない。
…となるかな。最後のは個人的な意見に近いけど?
『成る程なぁ、戦う過程で自分を確立すると元に戻るか。深海棲艦は狂乱状態だとすると、精神を安定させることが重要なのかねぇ?』
「そうそう、あと「海に沈む」も大事だと思う。一旦海中に沈んで元の艦娘に変わって浮き上がるイメージ」
『ほぉほぉ、海か。確かに海中の残留思念に影響受けて深海棲艦になるなら、逆に良い感情の影響を受けるのは当然の帰結か。そうか大事なんは「精神」か…ヒヒッ、あんがとよ大将。これで研究が捗るわ!』
望月は満面の「アー〇ードスマイル」で研究が進むことを喜んだ、このぐらいなら幾らでも協力するし、寧ろ久しぶりにオタク的談義が出来てこっちも嬉しいというか…ははは。
僕がそんな風に邪な考えを持つと、不意に野分が話を持ち掛けてきた。
「コマンダン、深海棲艦についてもっと教えて下さい。今までは倒すべき敵として認識してきましたが…これからは理解を深めた方が良いと思いまして」
「構わないよ? どんなことが知りたい?」
僕が話題を振ると、野分はさっきの話の補足を求めてきた。
「その…深海棲艦全てが好戦的ではない、とはどういう意味でしょうか? というのもボクは今まで深海棲艦とは「理性の無い魔物」のようなモノだと思っていた次第で。ぁあもちろん由良さんのこともありましたから、だからこそ考えを改めたいと思って」
成る程…確かにそう思うのも無理はない。
艦これという中で深海棲艦の描き方は「あの戦いにおける敵側(日本視点)」なんだよね、イベントとかでもその戦いの中で実際に起こった作戦がモチーフになっている以上、当初は敵側の艦の怨念だとか言われていたけど…近年では考えが変わってきている。
「僕たちの世界で起きた「あの戦い」で沈んだ艦、もしくは戦後解体された艦の「後悔」とか「絶望」とかが形になったのが「深海棲艦」という考え…つまり君たちを含めた「全ての艦が哀しみによって深海化した姿」こそ、深海棲艦だってことだよ」
「つまり…深海棲艦は艦娘の沈んだ姿であっても、必ずしも人類に対して憎悪を抱くものではない…と?」
「そう、寧ろ愛しているからこそ戦っているんじゃないかな? それはただ…「帰りたい」と願っているから、誰かに引っ張り上げてほしいから、あくまで個人の考察だけど…それが深海棲艦が戦う本当の理由だと思う」
「……そう、ですか。愛しているからこそ……ですか」
野分は握りしめた右手を胸に当てると、何かを念じるように目を閉じていた。
「…迷いは晴れそう?」
「はい。ありがとうございますコマンダン、こちらの深海棲艦も…同じ気持ちだと良いのですが」
「本当にね?」
僕たちが話していると、望月はこれからのことについて話題を上げた。
『とりあえずアタシも、次の増援本隊でそっちに行くことにするわ。深海ドモの研究も仕上げたいが、ドラウニーアが捕まってない以上そっちを優先した方が良いだろう?』
「おっ、漸くもっちー合流だね?」
『まっ、黒霧対策装備の開発も一通り終わったし、野分の精密な検査もしたいからな。明日にはそっちに着くと思うぜ』
「分かった、じゃあこれからの詳しい話し合いも望月が合流してからで、良いね?」
僕の言葉にこの場に居合わせた皆が頷いた。
『んじゃ通信終了な? 野分ぃまた変なことすんなよ? お前こそ絶対安静だからな!』
「ウィ、ありがとうございます。マドモアゼルモッチー」
望月との通信が終わると、玄関ドアが開いてサラさんたちがやって来た。
「皆さん、食事の用意が出来ましたよ。今日は魚のグリルと行きましょう!」
「おぉ! …サラさん、その魚は大丈夫なんですよね? 南木鎮守府周辺のじゃ?」
「ウフフ、いいえ。このデイジー島の湖で獲れたものです、少し食べましたけど毒もありませんでしたし、美味しいですよ♪」
「毒味したんですか、あはは…流石ですね?」
僕は苦笑いしつつ、サラさんのいつもの穏やかな雰囲気にホッとしていた。
サラさんは今は気丈に笑っているが、由良のシを聞かされた時は本当に辛そうで…大粒の涙を零してダレよりも彼女のシを悼んだ。
だが後ろを向いていても何も始まらない、そう思い至ったのかサラさんは翌日から何事もなかったように笑顔を振りまき始め、努めて場を和ませようとしてくれていた。最初はぎこちなかったけど…それまでは場を整えようとしてくれていた由良の代わりを、自分がしないといけないと頑張ってくれているのだろう、本当に…強いヒトだな。
「…シスター」
不意に翔鶴はサラさんに声を掛けた、サラさん(と僕)は少し心配そうな顔で翔鶴を見つめて彼女の次の言葉を待った。
「…食事の準備、色々あるでしょう? 私も手伝いたいんだけど」
「っ! …えぇ、ええ! 人手が足りなくて困ってました、お願いします!!」
翔鶴の言葉に鮮やかに咲いた花のように、笑顔を見せるサラさん。翔鶴もどこか笑っているような…気がする。
「ウフフ…!」
「…ふふ」
二人の仲が進展していく気配を感じる、本当に仲が良い人たちにある和やかな、柔らかな感覚。
どんなに絆が引き裂かれたとしても、互いを思いやる心が残っていたなら…きっと、もう一度やり直せる。信じていれば…きっと。
・・・・・
──夜、デイジー島浜辺にて。
僕は海岸から少し離れた場所で焚火を起こし、夜空を眺めていた。
もちろん近海哨戒のためだ、ここに来てからは休憩がてらデイジー島から見る星空の景色が当たり前になりつつあった。とは言っても今哨戒しているのは僕と金剛だけど。
必要最低限の人数だとは分かってるし、本当は三人一組の方が良いんだろうけど。天龍や野分があんな風になっていて、ココロも身体もボロボロなのに哨戒任務、だなんて僕には言えなかった。それに…色々なことがあったんだ、今は皆休むことが先決だ。じゃないと動くべきときに動けないからね?
「──タクト、戻ったよ」
そう言って、海岸からこちらへ近づいてくる影…金剛だ。彼女は艤装を「しまう(消す)」と僕の隣に腰かけた。
「どうだった?」
「全然静か。つい最近まで見えてたイ級の群勢も見えなくって? 良いことなんだけど違和感があってね」
「そういうときは「静かすぎる…!」って言わないとね」
「もう、またよく分からないこと言って」
「はは、ごめん。まぁ向こうが何かしようとしているのは明らかだよね?」
「うん、とは言ってもこっちも手負いだし行くにいけない…よね?」
「だね。どの道ヤツの足取りは長門さんも探してくれているから、僕たちは動きがあるまで少し休んでおこう。休むのも戦いだよ?」
「…タクトってさ、こういう本当に大事なところでは真面目なんだよね? 普段はおちゃらけてるのに」
「酷いなぁ! 僕だってシリアスでいるタイミングは解ってるつもりさ」
「ホントぉ?」
「ホントだよ!」
僕らはそう言って少し見つめ合う──と、今の「目と目を合わせている状況」に気づき、堪らず互いに顔を逸らして照れ笑い。えへへ…と二人して込み上げる恥じらいに顔を赤くした。
「…はぁ」
僕はちょっとした息苦しさを感じて、重い溜息を吐いた。金剛は無言だが心配してこちらの様子を窺っていた。
別に金剛に不満があるとかじゃない、先日の…由良のことを思い出すと、どうしても暗い気分になってしまうのだ。忘れようとしても…頭に浮かんでしまうから。
「大丈夫、ちょっと、ね?」
「…由良のこと?」
「っ、解る…よね?」
「流石にね」
何を言わなくても彼女は僕の心情を理解していた。流石僕の嫁…なんて冗談言ってることもないか?
「…A・B・Eがね、起動しなかったんだ」
「A・B・E? タクトの特異点の能力の一つの?」
「うん、由良がドラウニーアに胸を貫かれていた時、たまたま僕が通りがかって…それで、無我夢中でA・B・Eを起動して、そしたら急に…指が動かなくなって」
あの時のことを冷静に話そうと思うと、唇は自然と震えて上手く言葉に出来なくなっていく。僕の様子を金剛は静かに見守っていた。
「ドラウニーアの仕業なのか、それは分からないけど…でも、助けられた。きっと助けられたんだ! なのに…結局それが出来なかった」
「タクト、仕方がなかったんだよ。どの道その一瞬だけじゃA・B・Eの起動の時間もあるか怪しいし?」
「…そうかもしれない、でも…その前のヒュドラと由良が対峙した時だって、A・B・Eを発動することが出来た。その時はドラウニーアに出し抜かれないようにって、何もしなかった。あの時にA・B・Eを押せていたら、救えたかもしれない。そう思うと…胸が苦しくて」
「タクト…」
「僕は…やっぱり喪うのは怖いよ、そうならないように今まで頑張って来たのに…由良も、あの娘も、助けられなかった…僕は、肝心な時に役に立てない……最低だ…っ」
僕は淀む心の全てを吐き出した。
涙がボロボロ出始めた、悔しさで顔が歪んだ、頭もぐちゃぐちゃに掻き回されたような感覚だった。
由良のシは僕に対して、どうしようもない過去のトラウマを呼び起こしていた。あの日「彼女」を喪った恐怖で体が震えていた、何故助けられなかったと怒りの炎が体内を焼き尽くしていた。
奈落の底に落ちたような挫折感、本当に僕は皆を、世界を救えるのか…不安だった。
「…馬鹿」
金剛はそんな情けない僕を見て、一筋の涙を流すと…そっと僕を抱き寄せた。
「金剛…?」
「言ったでしょ、苦しいときは頼ってって? こうやって抱きしめてあげるぐらいしか、私には出来ないけどね」
「ごめん、心配掛けて」
「何言ってるの。貴方はあの黒霧の中、あの目紛しく事態が変わっていく戦場を、最小限の犠牲で生き抜いた。本当にすごいことなんだから」
「でも…っ」
僕の反論しようとする口を、人差し指でそっと押さえる金剛。静かになった空間で、彼女は持論を展開した。
「人間はね、いつかは死んでしまうの。それは悲しいことだけど…私は人がある日突然「その日」を迎えたとしても、その人がそれまでの人生に悔いがないように生きていることが出来ていたら…それで良いと思うんだ」
「っ、金剛…っ!」
「あの場にずっと居なかった私でも解る、由良は…精一杯生き抜くことが出来たんだって。後悔はなかったって…だから、これで良かったんだよ。きっとね?」
金剛はそう言って、また僕を優しく抱き締めた。子供を慰める母のように…愛を語り合う恋人のように。
「…助けたかった、だけなんだ。僕は……僕のエゴでも良い、ただ消えてほしくなかっただけなんだって…だから……っ」
「そうだよね、きっとそれが普通の考えだよ。だから…今は、今だけは…泣いてもいいんだよ?」
金剛は潤い滲む声で、身体を悲しみに打ち震わせながら、僕の悲しみに協調した慈愛を見せた。
そんな金剛の雰囲気につられ、僕の中で悲しみを中心に負の感情が爆発した。
「…っ、ぅう………くっ……っ!!」
まるでダムから溜まった水が流れ出すように、ぽろぽろと涙が溢れては零れ落ちた。
自分の中にある淀みを全て吐き出そうとする僕に、金剛は黙って背中を摩りながら、抱き締める腕に力を込めた。
「大丈夫、次はきっと上手くいく。だから…泣いてスッキリして、また頑張ろう? 今度こそ…守れるように!」
「……うん」
二人して抱き合いながら悲しみを出し尽くすその光景は、誰にも訪れるであろう「喪失」の時。明日からまた前を向いて歩けるようにと願う…心の整理の時間だった。
僕らはそれを踏まえて、由良を喪った哀しみを癒していく…。
「──……タクト」
その後方で、様子を伺う「銀色長髪」の人物がいることを、知らずに。
○A・B・E(アンチ・バタフライ・エフェクト)
A・B・Eについて理解が追いつかない諸君も多いだろうと思い、今更ながらだが説明させてもらうよ?
運命の分岐点…そこから流れが大きく変わる場面にA・B・Eを使用すると、分岐点より少し前の時間に巻き戻る。そこで先程とは違う行動を取ると、変える前とは大きく違う展開、未来になる。
分岐点から大分過去にもましてや未来にも行けない、その代わり強力な「現在改変能力」を有している。自身の願うままの世界に出来る、特異点の権能を賭けるだけあって、正に神にも等しい能力だ。
…が「死という絶対の運命には逆らうことは出来ない」んだ、拓人君はアカシック・リーディングでそれを知り得たから、何も出来なかったのだろうね? 可愛そうだがこれも絶対の制約だからな。
それにしても…一体誰が拓人君を止められたのだろうか? 勘のいい諸君は気づけたかな、因みに「私ではない」よ。念のためね…フフ。