我が名は物部布都である。   作:べあるべあ
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第9話 酔いと夢

 布都の帰宅はそれなりに騒ぎになった。

 

「な、何奴!」

 

 布都の聞いた第一声はそれであった。

 家を出てからどれだけの日が経ったであろう。もう分からない。

 半ば予想していた通りになり、布都は少しつまらなかった。

 

 敷地の入り口に立っていた門番は、布都の姿を遠い位置から一体何者かと怪しぶんでいた。やがて近づき姿がよく見えるようになってくると、全身に強張った。何だかよく分からないもの。人とするには何か違くて、でも妖怪とするにも違う。

 ゆえに、何者か問うたわけであるが。

 

「いつから我が家に帰るに名乗らなければならなくなったのだ?」

 

 面倒そうに首を傾ける少女。

 灰色の髪が揺れる。

 そんな髪色の人間は記憶にない。が、引っかかりはあった。

 

「……名をお教えください」

 

 もしや、そんな感覚が。

 見覚えがあるが、見覚えのない容姿。

 もしや。

 

「物部布都。よもや忘れたわけではあるまい?」

 

 門番は身を超え精神までも硬直した。名前を聞いた瞬間、理解が頭に叩きつけられた。

 

「し、しばしっ――」

 

 門番は大慌てで、中へ消えていった。

 布都は待たない。構わず進み入る。

 辺りを見渡すも、久しぶりの物部の居館は、特に変わりがなかった。

 とりあえず寝るかと、館の内部に入ろうとすると、あわただしい音が近づいてきた。

 

「ふ、布都!? 真か? お、お前はっ――」

 

 久しぶりに見る父は、動揺一色だった。

 

「しばしの旅より今戻りました。少々疲れたので、休もうと思います」

 

 相手をおもんばかることのない様。間違いなく記憶の中にある物部布都であった。

 

「いや、待て。――その、あれだ」

 

 父、尾輿は何と言えばいいか分からなかった。

 今までどこに行っていたのだと叱ればいいのか。もしくは、ぼろぼろの姿から身を案じればいいのか。それか、明らかな変化である髪の色について問えばいいのか。

 だが、言葉が喉で詰まった。

 どこへ行っていようと、帰ってきたのだから良いとしたかった。変につついて戻ってこなくなるよりかははるかに。

 ぼろぼろであるからといって慰めるような言葉はそぐわないと思った。瞳にはまったく悲愴の色はなく、むしろその逆だった。それによく見ると、服がぼろけているだけで、怪我をしているようには見えなかった。それに何より血が染みているようだったが赤だけでなく緑や青などの色があり、聞くに聞けなかった。

 いやしかし、それでも髪の色くらいは。

 尾輿は唾を飲み込み、怯みを腹に抑え込んだ。

 

「その髪はどうしたのだ」

 

 できるだけ平静に装えるよう、気から絞り出した言葉だったが。

 

「気づいていたらこうなっていました」

 

 布都に簡単に返されてしまった。

 となれば、

 

「そ、そうか」

 

 と返す以外の選択が出てこなかった。

 布都は視線の集中する中、ゆうゆうと自室まで歩いた。

 

 

 

 しばらく自室でぼんやり休んでいると、夕食の準備が出来たと家人が知らせに来た。

 部屋に差し込む日は赤かった。

 時の速さに布都は驚いた。

 思いのほか気が抜けていたようである。

 

 ――いや、どうだろうか。

 

 そのつもりはなくとも、気を張り続けていたのかもしれない。それが、家に帰ったことで緩んだ。

 布都はなんだか複雑な気分になった。

 

 ――結局は人の子か。

 

 布都は部屋を出た。

 出ると、すぐそこで家人が待っていた。

 

「ご案内いたします」

 

 伝わって来た雰囲気に苦笑いする。

 

「別に逃げはしない」

「は?――」

 

 まるで囚人を逃がさないように連行する兵のようで。

 目を丸くした家人を面白がりながら、布都は先をうながした。

 

「ほれ、さっさと案内せんか」

 

 我に返った家人は先行し始めた。

 少しだけ歩いた先、人がいた。

 

「――これは姉上、お久しぶりでござまいす」

 

 布都は固まった。

 記憶を巡る。

 

 ――誰だったか?

 

 眉を寄せた時、直感が働いた。

 わざと鈍らせておいた感覚を澄ませる。

 結構な力を感じた。

 

 ――"弟"だったな。

 

「――あぁ、元気であったか?」

「はい、力に目覚めてから、ずっと体の調子がよいのです」

「それは結構」

 

 布都は歩みを再開しようとした。

 が。

 

「――待ってください」

 

 面倒、そう思った。

 

「……なんじゃ」

 

 弟の顔は真剣そのもので。

 

「……その髪の色は、修練の証なのでしょうか」

 

 なんとなく読めてきた。

 

「いや、まったく」

「……そうですか。でしたら何故そのように?}

「気づいたらなってたにすぎん。お主がいくら修行して力をつけようと、こうなりはせんであろう」

「……そうですか」

 

 嘘は言っていないつもりだった。

 ただ、何となく分かった。そしてそれはこれから確証を得るのだろうと。

 その確証を得る元になろう者は先に席について待っていた。

 部屋に入った布都にまず一声。

 

「おう、やっと来たか」

 

 父、尾輿である。

 食事が進み、酒が進む。

 次第に理性が溶け、抑えていたものが出てくる。

 

「布都、お前は一体何をしていたのだ?」

「何も、父上が気にするようなことは」

「しかし、お前の身に着けていた服には到底人間のものとは思えぬ染み、おそらく血がついていたのだが、それについてはどう説明するというのだ?」

 

 虚実は混ぜる方が効果は高い。布都は戦闘の経験からそれを知っていた。

 

「妖怪のでしょうね」

「とすれば、お前は妖怪を退治しまわっていたのか? であれば、力は相当なものとなっているのではないか?」

「まさか。買いかぶりすぎです。たまたま遭遇した妖怪と戦闘になったにすぎません。第一、物部には優秀な者がたくさんいるでしょう? しかも、稀有なる存在も」

 

 布都は尾輿にも分かるように、"弟"を見た。

 尾輿は鼻を鳴らす。

 酒気が部屋に飛ぶ。

 

「確かにそうであるが、――問題はお前だ、布都」

「はて?」

「何故、力を見せん? わしは確信しているのだ。お前はきっと今まで類を見ないほどの力があると」

「ですから買いかぶりすぎだと」

「いや、そんなことない。そもそもお前は一体何がしたいのだ。匹夫のごとく、目標、もしくは目的無しに生きてるのではあるまい?」

「父上の言う、目的や目標というのはどういったものでしょうか?」

「人生を冠するようなものだ。例えるなら世界一の剣の使い手になるとか、一族の繁栄を築くとかそういうものだ。あるだろう? お前にも」

「……雑魚妖怪倒すだけで精一杯な身では、とてもとても」

「雑魚? 妖怪に雑魚という呼称使うだけでも相当なものだろう?」

 

 布都は内で舌打ちした。

 感覚のズレが出た。

 布都にとっては雑魚妖怪は本当に雑魚で、その雑魚定義はおよそ人の定義と比べるとおそろしく広大なものになっている。

 

「物部を前にしてはいかなるものも"雑魚"でしょう?」

「ふん。それは確かにそうだがな」

 

 布都は話題を逸らし、酒に酔った尾輿はそれにまんまと乗った。

 しかし、それはそれで面倒になった。

 

「だが、わしはさらに上を望む」

「……上とは?」

「今、物部の横には蘇我いる。その上には天皇がいる。だが、そもそも天皇の始まりは何だったか。その当時一番力の強かった一族にすぎないではないか。だからまずは蘇我を下し、天皇に迫る。とはいえ天皇の座をとなれば上手くいかないのは分かっておる。だがそれでも、実質的に天皇より上の権力を手に入れることが出来ると思うのだ。そして、それには他の追従を許さない絶対的な力が必要だ。――そこでお前だ、布都。お前ならばそれが可能ではいかと――」

「飲みすぎですよ父上。そのような大言壮語酔ったからといって言うものではありませんよ。上どころか、下も横も、その全てがなくなってしまいます」

「物部は滅びぬ。我が一族には天啓が下っている」

「はて?」

「我が子たちはどれもが優秀という域を超えている。通常こんなことはない。これは間違いなく、天地におわす神々が我が一族に与えた恩恵であろう。外からこの大地の汚すものを持ち込む蘇我を祓わんとする神の意思であろう」

 

 ――お前の意思だろう? 

 

 布都は口にはしなかった。

 もっと言えば、何故物部のために使われてやらねばならないのかという思いもあった。もし力というもの、もしくは才能、それが神によって与えられたのだとしたら、与えられたのは当人であり、その才をどう使うかは当人が決めるべきであると。それが何故、自己の所有物として扱っているのだ。己の所有者は己のみ。布都の中に、強く確かな思いが芽を出した。

 布都は遠回しに反意を口にする。

 

「では父上は神に使えなければなりませんな」

「何を言うか当然であろう」

「それはすごい」

 

 ――神の意思を推し量ることが出来るのであれば。

 

 父には分からないように鼻で笑うと、布都は立ち上がった。

 

「――では、そろそろ部屋に戻ります。この後は兄上たちと存分に語らいませ」

 

 人に運命を決められることが不快だった。

 目的も目標も、そのほとんどが人の中で決める上下によるもの。剣士に成りたいというのであれば、人より剣が上手く扱えるようにすること。家の繁栄も、他の家と比べての差を広げること。

 血に酔うこと以外に楽しみを覚えたことがないのに、どうやって目標なるものを持てというのか。

 食って寝て、食って寝て。それだけじゃないか。

 布都はすさぶ心に眉を寄せながら、自室まで戻り、すぐに床についた。

 

 ……世界が白くぼやけていく。




次で0話の最後まで時系列が戻ります






ケロちゃんとか加奈子様とかおっきーなとかを一気に出そうと画策中。
多分20話目とかそこらになりそうだけれども……







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