しばらく経った昼のこと。
目に差し込んだ陽光が溢れるかのような明るい日だった。
眩しさを嫌った布都は、部屋に引っ込んで読書にいそしんでいた。ここ最近は書物を読むだけの生活しかしていない。
兄弟関連の面倒事は向こうから勝手に消えてくれた。守屋の帰還の件が広まるとすぐだった。布都としては面倒事がなくなったは良いが、やる事がなく暇をしていた。そんなわけで、大して興味があったわけでもない読書に励んでいる。この頃の書物というのは、つまり仏教の経典になるわけで、立場上入手困難であるが、尾輿に言ってみたところすぐに手に入れてくれた。
「しかし、よくもまぁ――」
人とは変わるものだなぁとしみじみ思わずにはいられない。
仏教の経典といえば、物部氏の対抗馬である蘇我氏の扱う武器のようなものだった。政治と宗教は等しいと言ってよく、仏教というのは単純に物部氏を邪魔に思う氏族が神道の代わりに崇めるもので、それを物部氏の人間が読むというのは反逆の意思があると疑われるようなものであった。
そんなものを当主自らが入手するのは、戦略的に考えてみれば当然であるが、以前の性格からすると別人のような振る舞いである。
「わりと面白いが」
引っかかるところもある。けれども、書かれてある内容は布都の退屈を紛らわすには充分だった。
「しかしこれは、政治には使えないな」
布都は書物を手放すと、天井を見上げた。
「この世の全てがまやかしであり思い込みであれば、位も身分もあったものではない。人は生まれながらに等しくなく、等しくないものを等しいとするのは無理がある。馬子殿はこれをどうするつもりだろうか。面白いかたちであれば良いが……」
そうやって思案していると、部屋の戸が開いた。
知らない男である。面倒事に違いないと、布都は自分の失敗を悟った。本邸にいるからこうなる。そう思った。部屋の外で立っているやつらは、相手の身分によって簡単に飾りと化すのである。そしてその飾りはわざわざ取り払われたようだった。
戸を開けた男は、部屋に入ると膝を付き笑顔を作った。
「今日は日柄も良く……」
布都は吐き捨てるように言った。
「要件だけを言え」
好みでない人間が多い布都だが、この手の悪意を善意のような気色の悪い笑顔で包み隠したやからが特に嫌いである。卑しさが表に出ていて、目に映るだけで気分が悪くなった。
「――おめでとうございます。姫様の婚約が決まりました」
布都は感情を込めずに言った。
「そうか。それで父上は何と言っている?」
「今頃さぞお喜びになっていることでしょう」
布都は呆れた。せめて既に諒解は取ってあるくらいは言えなかったのだろうか。天井のシミを数えているような気持ちになった。
「さぞつまらない男なのだろうなぁ」
「失礼ですよ。立派な血筋の方で――」
「そうじゃない。お前を遣わせた阿呆のことを言っている」
男から笑顔が消えた。
「――我が主を馬鹿にしましたか?」
「どうした? お前の主は我の父上ではないのか?」
「……とにかく婚約は決まりました。あまりワガママ言いませぬように」
布都からため息を我慢出来なかった。
「……お前には過ぎた任だったな。とても務まらない」
呆れを通り越して悲しくなってきた。
「いいか? お前程度を寄越したお前の主は人の能力を見る目が余程ないか、お前程度のやつしか部下にいないかのどちらかだ。とてもじゃないが、この遊びに参加出来る能力を持っていない。長生きしたけりゃ畑の雑草でもむしっていろ」
顔を赤くして口を大きく開けた男に、布都は殺気をぶつけて黙らせた。
「――次、何か言えば殺す。脅しと思うな」
顎で奥を指し、退出を促した。
「ば、馬鹿にするのもいい加減にっ」
布都は腕を振った。霊力の刃が飛び出し、男の身体を切り裂いた。
「ぁがっ――」
倒れる男を、ただただ不快といった表情で布都は見た。そのまま袖を鼻に押し当てた。
「……しまった」
布都は自分の失敗に気づいた。
(蹴飛ばせば良かった)
触れるどころか近寄るのも厭んだせいで、自室に血溜まりが出来てしまった。その上、男の臓腑から出た臭いが部屋に広がっていく。
外はとても明るそうである。内も外も不快だった。
(せめてニオイが無ければ。それか首を落とすとかでも良かったはずだが、なぜ考えて動かなかったのか)
布都は立ち上がった。
いつも通り時代関連は甘くお願いします。