我が名は物部布都である。   作:べあべあ

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第13話 転機

 物部の一行はあの化け物との遭遇後、すぐに退却を決めた。

 未知とは怖いものである。

 脱落者も確かに出たが、物資もまだある中で退却を決めたのはこの先の未知を恐れたからである。その恐怖の未知は、近くにもいた。

 物部布都。

 周りから見た布都の戦闘は、あきらかに人の戦う様ではなかった。

 味方ではあるがどうなんだろうか、と。そう思わせるほどの異質さが布都にはあった。

 物部一行の中で、布都の周囲には行くときより間が空いている。その中でももっとも遠くにいるのが弟の贄個だった。贄個はあの時の布都の瞳をまともに見ている。あれは人の目ではない。そう思わざるにはいられないような、恐怖を通り越して畏怖に達しそうなほどの差を感じた。贄個は自身の能力に自負があった。自分より強く、そして上手く力を扱える者を見たことが無かった。そしてその可能性があるとしたら、姉の布都だと思っていた。だが、あの時に見たものは期待していたものとは程遠い、いや――近いとか遠いですらでなかった。まるで道そのものが違うようなもので。なまじ力がある分、布都のそれを周りの人間より、深く感じてしまっていた。

 

 

 

 

 

 

 家に帰った後も、布都に対する周りのよそよそしさはあったし、また強まった。

 布都はずっと考えている。

 放って置いてくれるようになったのはいいが、前より居づらくなった現状。

 どうやってこの居心地の悪さから解放されようか。

 

「罰というなら、甘んじて受け入れよう」

 

 罪の意識などないのにそんなことを言ってみる。

 罰も受ける気などさらさらない。ついでに言えば、被害者のつもりも加害者のつもりもない。意味のない言葉遊びを一人でやらなきゃいけないほどに暇だった。

 自分一人しかいない自室でくるくる回ってみたりする。

 意味はない。

 が、意味があるというのは何であろうか。何に対して意味があるというのだろうか。人生というものに意味が見出せない布都にとっては、全てにあてはまることである。部屋で無意味にくるくるするのも、飯を食うのも人と話すのも何も変わらない。

 

 ――楽しめるか否か。

 

 今が楽しくない分、強くそう思った。

 意味の有無はどうでもよく、ただそれを楽しめるかどうか。それだけであると。

 

「布都、何をしている」

 

 声がしたので部屋の入り口を見ると、守屋がいた。

 回るのをやめた布都。口を開く。

 

「何かしているように見えましたか?」

「退屈をしているように見えたが」

「これは敵わない」

「よく言う」

 

 守屋は少し真面目な顔をした。

 

「それで、肩は、いや身体は無事か?」

 

 視線は化け物の攻撃が刺さった布都の肩。

 

「ええ、幸いにて何とか生きております」

「あいつの攻撃を受けたものは、全身が黒く変色して皆死んだ。お前が無事であるのは、その身体に宿る力の所為か?」

「その通りであります。――が、そうでもない様子で」

「どう言う事だ?」

 

 布都は右袖をまくった。

 青空に浮かぶ真っ白な雲のような皮膚の色。

 

「この通りですよ」

 

 布都がそう言うと、青空は陰り雨雲が現れた。やがて灰色から墨色にまで変色し、それは右手の先から顔の半分まで侵食した。

 

「っな」

 

 驚きを見せる守屋。

 布都はにやりと笑う。

 

「抑えつけておかぬとこのようになります。面倒な同居でございますよ」

「……本当に無事なのか?」

「特にどうということも」

「……そうか」

 

 守屋は難しい顔をして目を伏せた。

 布都は聞いた。

 

「それで、本当は何の用で来たのですか?」

「いや、大したことではない」

「というと?」

「……お前が家を出ようとするなら、その前に俺だけにでも一言言っておけと、そう言いに来ただけだ」

「はて、出るなどと言いましたかな?」

「いずれそうなる。父による婚姻ではなく、自分の意思でここから出て行くだろう。あの樹林での戦闘は、お前の目論見も、周りの目論見も、はるかに超えた。もはや同じ生き物であるかとすら思わせるほどに。しかし、それがゆえにお前の望みは叶うであろう」

「……次期当主である兄上には出て行かれると困るのでは?」

「次期、ではない。もう当主だ」

「おやこれはいつの間に」

「ついさっきだ」

「それはそれは」

「だから言いに来た。お前が己を我と呼び、偽り無く我を通し続けるのなら、俺はお前を肯定しよう」

 

 守屋が何を言っているのか、布都は分からない。

 

「物部布都が物部布都である限り、俺に口をはさむ権利はない」

「権利ですか」

 

 やはり分からない。

 

「――とにかく、出て行くときには俺に一言かけろということだ。忘れるなよ」

「ええ」

 

 布都は相づちのような返事をした。

 言うだけ言うと、守屋は部屋を去っていった。

 残された布都は守屋の言葉を思い返すが、やはりいまいち真意が分からない。暗に家を出ろと言われたのは分かったが、それ以外がどうにもつかめない。だからといって、追いかけて聞き直すのも違う気がした。

 布都は寝転がって、大の字になった。

 

 ――明日考えよう。

 

 布都が目を覚ましたのは、夜か朝か分からないその境のような頃だった。

 夢を見た。

 夜空に浮かぶ暗雲と一体になってふわふわと浮いていた。月が眩しく綺麗で。夜空は澄んでいた。

 ゆめうつつ。

 起きた布都は、外を見た。

 夢か現か定かではない中、朝と夜との境を見ていた。

 それは思いつきやひらめきのように現れた。

 妙案とは突如として去来してくるものらしい。布都はそう思った。

 

 

 

 ◇◆◇

 

 

 

 日が昇りきると、布都は朝廷へと向かった。

 布都が政治色の強い場所に来るのはたいへん珍しく、いつもにもまして注目をあびたが、気にせずずかずかと中へ中へと入りこんでいく。

 そして。

 

「――やあやあ、馬子殿。ご健勝かな?」

 

 目当ての姿を発見するやいなや、ひょうひょうと近づいた。

 周りにも人がいる。

 それはもう大きな注目をあびた。

 馬子殿、といえば蘇我馬子。すなわち物部氏の最大のライバルともいえる存在。物部氏でいうところの守屋が、蘇我馬子。細身で温和な印象を受けるが、権謀術策の政治の舞台上で最上位の存在である。天皇の次に名が挙がるのが守屋や馬子である。

 そんな馬子に『あの』物部布都がまるで友達に近づくかのように寄っていった。人の視線を集めない方がおかしな話である。

 

「……これは布都姫。私に何の御用の様でしょうか」

 

 知らない仲でもない。

 立場もあって親しくしたこともないが、互いにどこか通じるものを感じ取っていた。

 それは言うなれば裏の顔とでもいうべきか、それとも――。

 

「うむ! 我と婚姻を結ぼうぞ!」

 

 布都は、実に楽し気に、あり得ないことを言い放った。

 場の空気が瞬間冷凍された。

 馬子ですら思考が追いつかなかった。

 布都は政治なぞと。ロクに表舞台には出ていないが、実際は馬子と渡り合える者は布都くらいなものである。

 が、その馬子は布都の真意を読もうとするまえに固まってしまっている。

 

「何ともいい立場ではないか。我ながら妙案であろう? うむうむ」

 

 『いい立場』、その言葉に馬子の思考がようやく稼働してきた。

 布都は馬子にさらに近寄ると、人差し指を内側に曲げた。

 顔を近づけろ。

 その意を汲みとって、馬子は腰を下した。

 布都は耳元でささやく。

 

「最近耳が聞こえすぎてな」

 

 馬子は布都の真意を理解した。

 要は敵も敵、さらにその一番上のとこに行けば煩わしい物部のあれやこれやから逃れられる。

 布都は思っている。

 豪族を単体で見た時に一番は物部氏である。だとというのに、さらなるを求めるのは欲が過ぎるのではないか。上も下もこれでは、兄上も苦労するだろう。

 それはともかく。

 

「……いいでしょう。乗りますよ」

 

 硬直が解けた馬子は、目に楽しそうな表情を浮かべていた。

 

「あなたが政治に興味がないようで、実のところ私はだいぶ暇をしていたのですよ」

「それは残念。今後もそのつもりはございませぬ」

「問題は『暇』の部分ですので」

「へぇ?」

 

 布都はにやにやと笑った。

 そら、似たもの同士であったと。

 互いに、いわゆる夫婦というものになるとは微塵も思っていない。打算と遊びに満ちた婚姻関係である。つまらぬ世であれば、いっそ混ぜかえしてしまえ。さすれば少しは楽しめるかもしれない。

 この事はすぐに周知され、朝廷は揺れるであろう。

 真面目くさった顔で政治遊びしてるやからの驚く顔を想像するだけで、布都は愉快な気分になれた。さすがの兄上もこれは想像してなかったのではないかと思うと、もっと愉快になった。

 しかし子など一笑に付した布都が、他人のとはいえ子どもに興味を持つなど、誰が想像出来たことであろうか。




やぁーっと次なる東方キャラが次話で出ます

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