我が名は物部布都である。   作:べあべあ

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第16話 温もり

 夜。

 大きな焚き木が周囲を照らしていた。

 木が燃えると、煙が上がる。

 煙とは微細な粒子の固まりのことだが、この粒たちは祈りだった。

 一つ一つが集い、ゆらりゆらりと天へと昇っていく。

 周りにはたくさんの人の群れ。

 熱の周りをぐるぐると回りながら、踊っている。

 祈りは集い形となって、天へと昇る。

 今宵は豊穣を祈る大祭。

 夜の都は多くのかがり火により、明るく輝いていた。

 

 

 

「――熱心なことだな」

 

 人通りの中、布都は横目にしながらそう言った。

 これは都を挙げての祭り。

 人は浮かれ騒ぐ。

 食べて飲んで踊って。気分の高揚に酒も合わさり、都は大変賑やかだった。

 参加しているようで心がそこにない。布都は周囲の空気に溶け混じっていないことを感じていたが、そもそもそういう柄でもないのでどうでもよかった、のだが――。

 布都には、自身の傍らの存在がたいへん興奮しているのが分かった。

 それもう今にも駆け出しそうなほどに。

 

「布都っ、布都っ、あれが食べたい!」

 

 名前を呼ぶ度に跳ねる屠自古。かがり火を受け、大きな瞳がいっそう輝いていた。

 屠自古の指す先には、鳥の肉を串焼きにしているところであった。

 して、布都であるが、

 

「我は銭を持っておらん。馬子殿に頼め」

 

 三人だった。

 布都に屠自古に馬子。

 はた目からは完全に仲良し親子である。

 馬子は屠自古に優し気な笑みを向けた。

 

「銭は必要ありませんよ。あれはうちの者ですから」

 

 いわゆる顔パスというやつである。

 

「ですから、貴女でも構わないと思いますよ。知らない者なんていないでしょう」

 

 布都も超がつくほどの有名人。物部でもあり蘇我でもある、うまく分類できない存在。

 

「――父上っ、布都っ、早く早く!」

 

 もう待てないとばかり、屠自古は二人の手を引っ張った。

 そして目当ての物まで駆け寄り、手に入れるやいなや口いっぱいに頬張った。

 並んで歩く布都も、一緒に串焼きを食べる。犬歯で挟み、そぎ取るように串から引き抜く。妙に様になっているその姿を、馬子が面白そうに見ていた。

 どんどん都を練り歩く。

 身分もあり、これまで屋敷からあまり出してもらえなかった屠自古はもう楽しくて仕方がない。あれは何だ、これは何だと、指して回り、それに対し馬子が律儀に答えていく。

 

「父上父上、あれは?」

 

 屠自古がとあるくらい一角を指した。

 人がもぞもぞ動いているのが見える。

 

「あー、あれは……」

 

 布都が屠自古の顔の前に手をやった。

 ひらひらとした袖が屠自古の視界を覆う。

 

「あまり見ん方がよいぞ?」

「何でだ?」

「じきに分かる」

「何だよ」

 

 布都はうけけけと笑い、屠自古の耳元でささやいた。

 

「そりゃ、暗い所であるから」

「はぁ?」

「大人になれば分かる」

 

 子どもにとって、これほどつまらない言葉もない。

 屠自古の中に反感が湧く。だいたいお前も子どものような外見してるじゃないかとか、そういうことが思い浮かぶ。でも、布都はひどく子どもっぽくなく、年寄りクサい喋り方をして、――結局、歳というものを分からなくさせて。

 

「……んだよ。じゃあ、私もちゃんと分かるようになるんだろうな?」

「あぁ、もちろん。……そうであるな」

 

 途端、布都は難しい顔をした。

 

「おい、布都」

 

 屠自古が心配するように声をかける。

 

「いや、何でもない」

 

 布都は串を放ると、屠自古の頭を撫でた。

 

 

 

 

 夜は深まり、かかり火は盛大に焚かれる。

 火の光を受けた人の影は長く伸び、地を行き交う。

 祭りはまだまだ終わらない。

 

「我こそはっ――」

 

 とある一角に、人だかりが出来ていた。その奥から勇ましい声が聞こえる。

 ちらりと視線をやった布都だったが、大して興味をひかれなかったので通り過ぎようとした。が、布都の足が止まった。

 正確には止められた。

 屠自古が布都と馬子の袖を掴んでいた。

 屠自古の顔が好奇心で満ちている。

 

「行きましょうか」

 

 馬子もそう言えば、布都に断る意思は湧かない。

 近づけば、自然と人だかりが割れて最前列付近にまで移動できた。

 人の囲いの中では、一人の男が剣を持っていて立っていた。

 この時代、剣は誰でも持っているものではない。ある程度の身分、もしくはそれらに許可されたか。

 

「あれは何をやるんだ?」

 

 屠自古の疑問に、布都は答えない。

 馬子に視線をやるも、同じよう。

 そうこうしているうちに、動きがあった。

 剣を持った男は、細い布を取り出すと、目に被せてぐるりと回した。目隠しである。その後、ふところから土を固めて作ったであろう丸いものを取り出した。

 周りの見物人もおおよそ見当がついた。

 

「では――」

 

 男はそう言うと、構え、手に持つ的を投げ、剣を振った。

 見当が辺り、観衆から声が上がる。

 人が大きく喜ぶときは、想像以上のことを見たとき体験したときである。

 見物人の中にも、数日練習すれば出来そうだと思った者も少なくない。それでも声が上がるのは、次を期待してのこと。

 当然、男も分かっていた。

 男は目隠しを外し、大きく手を広げる。

 

「集まってもらったのは、芸を見せるためではない」

 

 芝居がかった声色。

 

「見せるのは、強さ。よって、挑戦者を求む! 今この場において、我こそが最強だと宣誓しよう! 倒せば、その者が最強であろう!」

 

 歓声が上がる。

 

「武器は自由だ。なんなら素手でもよい。その時はこちらも素手でお相手しよう」

 

 その言葉に、観衆の中にいた血気盛んな男が飛び出した。

 すぐに勝負は終わった。

 その後も、続々と挑戦者が現れたが誰も男を倒すことは出来ない。

 

「なぁ、布都布都」

「やらんぞ」

「な、何故だ。すっごい強いって聞いたぞ」

「気のせいだ。それか人違いか」

「じゃあ、その腰のものは何だ」

「これか?」

 

 布都の腰には剣が差してあった。屠自古の知っている布都は、いつもそれを持っていた。

 

「これはお守りみたいなものだ。ほれ、しょっちゅう差しとるだろう?」

「使えもせんのにか?」

「ただの貰い物だ」

 

 蘇我に行くと決まった日に、守屋から貰ったもの。えらく大事そうに渡すから、何か粗雑には扱えない。

 

「だから、振り回すことしか出来ん」

「むぅー」

 

 子どもは親のかっこいいところを見てみたいものである。

 諦めきれない屠自古は馬子の方も見た。

 

「父上」

 

 馬子は即座に首を振った。

 馬子は戦闘が苦手である。身の上もある。怪我でもしたら、大事。ここは諦めてもらうしかない。

 

「ほれ、屠自古――」

 

 布都が腰の剣を抜いた。

 

「な、何だそれは」

「剣だぞ?」

 

 刀身は石に見紛うほどにくすんでいた。切れ味は想像がつく。

 

「さて、……怪我で済めばいいが」

 

 布都が一歩前に出た――ところで、屠自古が布都の袖を掴んで止めた。

 

「や、やっぱいい」

「そうか?」

 

 布都は鈍色の剣を眺めて、

 

「このボロ剣を振るういい機会だと思ったのだがな」

 

 と笑った。

 

「――そう言うな」

 

 後ろから声がした。

 知った声だったので聞きとれた。

 人ごみでも知ったものは案外聞き取れるものである。

 囲いの外。

 布都は馬子たちからすっと距離を離し、声の主に歩み寄った。

 

「これはどうも」

「久しぶりだな」

 

 兄の守屋。

 

「ええ。しかし、護衛の姿が見えませんが」

「ほれ、あそこだ」

 

 知った顔だった。

 弟の贄個が、観衆の中を抜って中心へ向かっている。

 

「勝負にならんでしょう」

 

 布都は先の件で、贄個の実力を知っている。ちょっとやそっと武技に優れているだけでは、張り合うことすらかなわない。そもそも、並みの武具では身を傷つけることでさえ難しい。

 

「そりゃ、普通にやればそうだろうが、当然加減はするだろうさ」

 

 ある種の無情でもある。

 

「……ならばやる意味なの無いのでは?」

「楽しみたいんだろう」

「よく分かりませんが」

 

 視線の先。

 贄個は、力を制限するどころか使うそぶりすら見せずに戦っていた。

 

「負けそうですが」

「そうだな」

 

 贄子はおされにおされていた。

 名高い物部の、それもその中でもさらに名高い人間が挑戦してきたのであれば、挑まれた人間の方がやる気が高まっていた。これではどちらが挑戦者か分からないが、とにかく、当人にしてみれば名を広める絶好の機会である。

 

「……あれは変わったのか?」

 

 布都は眉を寄せる。

 まとう雰囲気が変わったように感じた。

 

「勝つことだけが全てでは無いと知った。そう言っておったぞ」

「――分かりません」

「何がだ?」

「人とは変わるものでしょうか?」

「それは俺が答えるには過ぎた質問だ」

 

 打ち合いは激しさを増す。

 戦う両者の顔には笑みがあった。

 一方では純粋に楽しそうに。もう一方では功名心の現れた笑み。

 高い剣戟の音が響き、勝敗が決した。

 

「参りました」

 

 負けた贄個が満足したように頭を下げる。

 何やら少し言葉を交わしたのち、戻ってきた。

 

「あ――これは姉上。見てらしたのですか」

「うむ。物部の威を示す素晴らしい戦いであったな」

「これは手厳しい」

 

 負けたことを言っているが、贄個は笑顔だった。

 作ったようなものではない。

 

「なんだか変わったな」

「そうですか?」

「気色悪さが無くなったわ」

「やはり、手厳しい。いや、ですがその言葉が本当に嬉しいです」

「変なやつだな。そこはいきり立つか、口をきかなくなるところであろう」

「不思議ですか?」

「ああ」

「そうですか。それは良かった」

「は?」

「姉上にも分からぬことがある。それを知ることが出来たので、やはり良かったと」

「なんじゃ? 今度は我を怒らそうとしとるのか?」

「そんなわけありません。――しかし、少し聞いてみたいことがあります」

「言ってみるがいい」

 

 贄子は少し改まり。

 

「私と同じ条件で、姉上は今の者に勝てたと思いますか?」

「負けるだろうな」

 

 布都は即答した。

 

「潔いですね。試してみなければ分からないとそう答えるかと」

「負けるさ。勝つ気がない」

「その気があれば?」

「やってみなければ、――と言いたいところだがやはり負けるだろうな。勝てる要素がなさすぎる」

 

 布都は鼻を鳴らした。

 

「……では、命のやり取りであればどうです?」

「そりゃ分からん。命をやり取りするというのはそういうものであろう?」

「それは幾重もの経験によるもので?」

「どうかな」

「実は私も最近ちょこっと抜け出したりするのです」

「へぇ?」

「森深くまで行けば、時々妖怪に会えます。そうしているとふいに、姉上のことを思い出しました。多分同じことをしていたのではないかと」

「さてな。そうかもしれんし、そうじゃないかもしれん。しかし――」

 

 ――……この辺りで妖怪が?

 

 気になるところではあったが、まぁなくはないことだし、自分も経験したことであって。

 

「しかし?」

 

 贄個が不思議そうな顔をしている。

 

「あぁ、なんでもな――」

 

 言葉の途中、布都は強い力でぐいっと引っ張られた。

 

「布都! いつまで話しているつもりだ!!」

 

 さらにぐいぐい引っ張られ、

 

「行くぞ!!」

 

 屠自古。

 小さな力。抗う気はおきない。少しの名残惜しさはあるも、やはり抗う気はおきない。

 

「悪いな、今日はここまでだな」

「はい、元気そうでよかったです」

 

 布都は屠自古に引っ張られて馬子の元まで連れてこられた。

 

「いやぁ、途中から射殺すような視線を送っていましたよ」

 

 とは馬子。

 

「なるほど。何やら熱い視線を感じていたわけはそれか」

「なっ。ち、違う!」

 

 布都は目を丸くして見せる。

 

「そうか、では別の誰かであったか。我は人目を引くゆえ、そういうこともあろうな」

「お、お前は、父上のその、あれだろう?」

「んん?」

 

 いいずらそうな屠自古。

 口が小さく開かれる。

 

「……どっかに行ってしまうのか?」

 

 目が合う。

 懇願するようなそんな瞳。

 布都は一瞬硬直したのち、ふっと笑った。

 

「さぁな。それは我にも分からんことだ」

「何故だ」

「分からないことであるから」

「答えになっていない」

「答えなぞ、気に入る形にはなっていないものだ」

「分からんぞ」

「そう、それでいい」

「むぅー」

 

 布都は屠自古の頭をわしわしと撫でた。

 

「そろそろ帰ろうか」

 

 満足したと。

 間違いなくこの身の内は満たされた。

 なるほどこれが幸福なるものかと、そう思えるほどに。

 ここしばらく楽しい日々を過ごしたと、間違いなくそう思う。

 であるが、その上で足りていないものがあった。

 満ちているはずなのに、不足を感じる。

 今にはなくて、前にはあったもの。

 

 ――久しく食っておらん。

 

 唇を舐める。

 五臓六腑、体の深いところまでに染みわたるあの美味さ。

 

 ――あぁ、飢える飢える。

 

 心は満ちているのに。

 その心が求める。

 あたかも欠乏に気づいたかのように。

 

 ――久しぶりに血にでもまみれようか。

 

 生暖かい血を浴びる。

 そんな温もりもまた、偽らざる物部布都の楽しみ。




月三回更新という低い所で安定していたのに、それさえも危うくなっていた。でもまぁ、なんとか間に合ったのでよかろうなのだ。
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