我が名は物部布都である。   作:べあべあ

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第21話 様々な

 屠自古は見慣れた床の木の節をじっと見ていた。他にすることがない。というより、したいことがない。そんなわけで見飽きた床をじっと見ていた。

 そんなところに、

 

「――屠自古」

 

 扉が開き、思わず期待いっぱいに振り向いたが――。

 

「ち、父上でしたか」

「おや、誰か待っていたのかな?」

「いえ、そういうわけでは……」

 

 尻すぼみになる声。

 素直になり切れない素直な子どもとは可愛いものである。

 馬子は、膝を曲げ屠自古と同じ目線になると微笑んだ。

 

「安心しなさい。彼女は屠自古のことを嫌いになったわけじゃないのだから」

「父上、わ、私はっ」

 

 屠自古は慌てふためいた。

 別にそんなことを心配したわけじゃないとはっきりと言いたかったが、言葉に出来なかった。言ってしまうと、もっと遠くに行ってしまうような気がした。

 

「んん? 続けてごらん」

 

 催促される。

 でも、今の気持ちを言葉にしたくはない。

 

「別に何でもないです」

「本当にそうかい?」

「もちろんです!」

 

 はっきりと答えてやった。

 だいたいなんでこんな目に会わなければいけないのか!

 布都のくせに! 布都のくせに!

 

「ま、好きにしなさい。――それじゃ、私はもう行くから」

「え、もう行くのですか?」

「これから政務だ。その前にちょっと顔を見に来ただけさ」

「そうですか……」

 

 あぁ、またつまらない毎日が始まる。

 同じものを見ているはずなのに、何か違う。

 屠自古は馬子を見送ると、目を閉じて天を仰いだ。

 色は薄く淡泊で、音は乾いていてもの悲しい。

 どうしてここまで違うのだろうと、屠自古は上げた顔を下げた。

 

 

 

 

 

 

 ◇◆◇

 

 

 

 

 

 

 物部本邸。

 そういうところであるので、まさか何者か襲ってくるとは誰も考えない。それでも見張りはいる。必然、やることなどロクにない。

 よって、門兵は緩んでいた。槍を重心を託して、雑談するほどに。

 

「――おい、聞いたかよ」

「何がだ?」

「うちの姫様。いや、元姫様だけど」

「ああ、その話は俺も聞いたぜ」

 

 人とはうわさ話が好きものである。

 

「しばらく姿を見せてないらしいな」

「そうそう。もしかして、蘇我のやつらに消されたんじゃないかって上が話してるのを聞いたぜ」

「いや俺もすぐにはそう思ったが、あの姫様がそう簡単に消されるたまかと思うとどうにもなぁ」

「そうか? いかに姫様が凄かろうと、敵の真ん中にいたんじゃどうにもならんだろ?」

「あぁ、お前はあの遠征にいなかったんだっけか」

「っていうと、あれか?」

 

 物部ではあの遠征といえばすぐに伝わる。

 

「そう、あれだ。あの場であれを見たやつは、姫様が消されたなんて言われてもそう簡単には信じられないぜ?」

「うーむ、それほどなのか?」

「そりゃ凄いといえば贄個様もいるがね。でも姫様はそれとは少し違った感じがしたよ」

「まあ、なんか地に足が着いてても浮いてるような方だったが」

「それもそうだが、なんて言うかその、……上手く言えねえな」

「おいなんだよ」

「仕方ねえだろ。一応立場もあるんだ」

 

 そんな門兵がいる後ろ、中央の屋敷でも同一人物について話がされていた。

 部屋に二人。

 贄個は守屋に訴えた。

 

「兄上、煙の無いところに火は立ちません。これはきちんと姉上の所在を確かめる必要があるのでは?」

「では蘇我を疑うというか?」

「そ、そういう訳ではありませんが、念のためということで……」

「あいつの放浪癖など、前からだろう」

「前とは違います! 姉上は今蘇我の身の上です。その身の所在が分からないとあれば、必ずや周りの者たちがあらぬことを考えます」

「今のお前のようにか?」

「私は、別にそういう訳では」

「ではどういう訳だ?」

 

 贄個は、少なからず瞠目した。

 兄と姉は共に仲が良さそうだったというのに、どうしてこうなのか。心を掛けていないようにしか見えない。

 

「答えれぬか? お前はあいつのことを分かっておらん」

「……それはどういう意味でしょうか」

「言葉のままだ」

 

 そう言われると、言えることが出ない。

 そんな贄個に、守屋は続ける。

 

「だいたいお前のお遊びからすると、お前はあいつの無事を信じていないとおかしいのではないか?」

「っ――。信じています! ですが、いやだからこそっ、確かめねばいけないとそう思うのです」

「まあ、これ以上は言わん。無駄であるからな」

 

 守屋は話を切り上げた。

 

「とにかく余計なことはせずにおることだ」

 

 贄個は従うしかなかった。

 

 

 

 

 

 ◇◆◇

 

 

 

 

 

 時は流れる。

 身も心も絶えず更新され、移ろいでいく。

 

「屠自古、少しいいかな?」

 

 屠自古のあてがわれた部屋にやってきた馬子は、声色の読ませない声で中へと語りかけた。

 

「返事がないようですね」

「寝ているのかもしれない」

 

 同行人と話す馬子。

 二人だった。

 

「せっかく来てもらったのに、悪いね」

「いえ。――ああでも、それこそせっかくなので顔くらいは拝もうかと」

「じゃあ――」

「はい」

 

 扉を開けると、屠自古が机につっぷすような形で寝ていた。柔らかな頬が机に負けている。

 

「これはこれは大変可愛らしい」

「自慢の娘でね」

「ええ、これは自慢したくもなるでしょう」

 

 静かな寝息。普段は可愛さが大いに勝るが、黙っているとふと貴族らしい美しさを感じさせる。

 口がわずかばかり開かれる。

 

「うぅん……、ふとぉ……」

 

 馬子は少し目を大きく開けると、眉間にしわを寄せ目を細めた。

 

「……失敗したかなぁ」

「馬子殿?」

「失礼。気になさらないでいただきたい」

 

 同行者にとっては、初めて見る馬子の表情だった。いつも怜悧さに笑顔を蓄え、隙が無いのに親しみやすいという、ある種の完成された顔をしていた。でも今見せた表情は、ひどく人間臭いものが含まれていた。

 

「――とにかく、今日はどうもありがとうございました。とても可愛らしいものも見れて、しばらく幸せにすごせそうです」

「それは良かった。今度はちゃんと意識のあるうちにお連れしよう」

「いえ、顔は憶えたのでそれにはおよびません。しれっと無関係を装って親しくなるのもいいかもしれない。寝言の人物が誰かは分かりませんが、私が屠自古の一番になってみせましょう」

 

 馬子は笑った。

 

「それは楽しみですね。願わくば、もっと楽しいことになればいいのですが」

 

 同行者は頭を下げ、礼を示した。

 

「では、私はこれで」

「ええ。体には気をつけて」

「はい。そちらこそお気をつけください」

 

 去る同行者を見送りながら、馬子はふと一つの言葉が浮かびそれを口にした。

 

「言い忘れていましたが」

「はい?」

 

 振り返って目が合う。

 

「泣かせたら酷い目にあうかもしれませんよ?」

「おぉ、それは怖い」

 

 笑って返す同行者だが、

 

「そうでなくても、そんな目に合うかも知れませんがね」

「ほぉ?」

「少なくとも、私はそうなることを願っているのです」

 

 馬子がまた人間臭い表情を出した。

 

「っと、引き留めて悪かったですね、厩戸殿」

「いえ、貴方のお話ならば是非というとこ」

 

 同行者、厩戸皇子は去っていった。

 

 

 

 

 

 

 ◇◆◇

 

 

 

 

 

 

 山は見上げるものであり、また登るものでもあった。

 そして登ったあとは、その結果を誇らんとばかりに景色を見下ろすもの。

 

「どうだ良い眺めだろ?」

「雲が下にあるとは、少し驚いた」

「だろう? 普段上にあるものが下に見えると、気分の良いものさ」

「はて? 雲が我の上にあるとはおもっておらぬが」

「物理的な話をしているんだよ」

「それは悪かったな」

「まったく。ノリが良いのか悪いのか判断が付きづらい」

「ノリは良いが、他者をからかいたくなる性質と言えばいいか?」

「ああ、その通りみたいだな!」

 

 景色がつまみだと言わんばかりに、二人は飲んでいた。鬼をも酔わす酒ともなれば、人の身ではひどく辛かったものだが、次第に慣れていった。

 

「なあ、布都。お前はこれからどうするつもりだ? 鬼ともケンカ出来る人間なんて聞いたことねえ」

「特にはないぞ。ずっと、ずっと、前からな。ただ何となく生きてきた。せめて楽しい思いくらいはしていたいと、それくらいだ」

「なるほどなぁ……」

「酒に酔うような快楽とはこれを突き詰めたものだろう?」

「そうだけど、ちっとばかし違うかもな」

「ほぅ?」

「いや、私にも上手くは言えねえんだが、なんか足りねえって感じかな?」

「ふむ。ならば、その足りないを見つけるのがこれからの我の目的であるな」

 

 目的なんて無くても生きていける。だが、それが無くては人生に彩りが欠ける。

 

「ならば我は近いうちに人の世界に帰らねばなるまい」

「お前がそう思ったのなら、きっと探し物はそこにあるんだろうよ」

「というより、久しく見ていない顔に会いたくてな」

「お、そいつ強いのか?」

「ただの人間」

「んだよ」

「だが、我の娘である」

「え、お前子ども産んでたのかよ」

「義理だぞ」

「? よく分からん」

「人間には色々あるというやつだ。とにかく可愛くて可愛くて仕方がないのだ」

「へぇ? それじゃその可愛いやつとずっと離れているお前は、今はそいつが恋しくて仕方がないわけだ?」

 

 布都はほがらかに笑ってみせた。

 

「どうにもそのようであるぞ? お主との旅も楽しかったがな?」

「おいおい、私が嫉妬したみたいにするなよ」

「おお、これはすまん。存外、我、モテるようでな?」

「っけ」

 

 萃香は分かりやすく吐き捨てた。

 

「ん? ってことはだ」

 

 萃香は意地悪を思いついた。

 

「そういえば人間といえば、雄雌でつがいを作るだろう?」

「そうであるが?」

「じゃあいずれその可愛い娘もつがいを作るわけだ?」

 

 布都は、二度、三度、瞬いた。

 言ってる意味が理解出来ない。いや理解出来ているけれども、受け取りたくなかった。

 それにより遅れて返事をした。

 

「屠自古は可愛い。それは間違いないが、だからといって他のやつが、いや、なんというか、あれだ、そんなやつが現れたら、その何だ? うん、――潰す」

「わお」

「生まれてきてしまった大失態を悔いてもらうしかない」

 

 真顔で言う布都であったが、そこまで言い終わるとまたほがらかに笑った。

 

「っま、そんなことはあり得ないと思うがな!!」

 

 そんな台詞を残して。




幕間のような
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