我が名は物部布都である。   作:べあべあ

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第26話 流れる時

 団結はそれだけで力になる。

 例えそれが真ならざるとも、手を取り合えば充分に効果は発揮される。少なくとも、妖怪が跋扈する世界で、人の住む世を作ることが出来た王朝であればそれなりに。何と言っても、物部と蘇我が手を組んで一つの作業に取り組んでいる。字面だけで言えば、平和の幕開けのようなものだが、実際の内容は恐ろしく物騒。

 北の地を征服する。

 人は理屈だけでは動かない。それは人の集合体である国も同じだった。

 ヤマト王朝は欲で動いている。

 木を刈り倒し、材木とする。大規模な伐採が行われた。大人数が動くならば、それだけの食料もいる。火も起こさなければならない。後続のためにも、道をつくらなければならない。

 物部氏を中心とする集団が先行し、安全を確保する。その後に蘇我氏を中心とする集団が、人が休めるように地をならしていく。

 協力という素晴らしき行為。

 人を殺し、隷属させ、土地を奪う。

 その為の協力。

 この恐ろしい集団は大まかに物部と蘇我の両派に分かれている。この国家的計画には、多くの重臣も同行しており、物部氏で言うと守屋自ら氏族を率いている。蘇我では、馬子の名代として蘇我系の神子が来ている。これには政治的な思慮が様々付随しているが、ややこしいことは置いておいて、神子が代わりを務めているというのが大きなことだった。

 布都も集団の中にいる。が、蘇我の集団より外れ、物部の集団に身を置いていた。

 いる理由はただ呼ばれただけ。わざわざ呼んでくるというところに少し興味が湧いたからいるにすぎない。

 ということで、布都は守屋と歩いている。

 弟の贄個は先遣隊を率いていて、この場にはいない。

 物部氏としては、力を見せつけるいい機会であるため意欲は高い。その中心にいる守屋と布都だけが冷めている。

 

「まさかこんな大所帯になるとは思いませんでした」

 

 と、布都が遠回しに愚痴を言うと守屋も乗った。

 

「まったくだ。しかし、この状況では代わりに誰かを行かすわけにはいかん。代わりを立てれた蘇我が羨ましい」

 

 個々の能力を高めることに主眼を持つ物部氏は、それにともなってか性格的にも我が強い。これらの上に立つのは、さらに個と能力を持つ者である。よって集団としては、協調が不得意。能力を考えると力を発揮出来ていない。そんな問題があった。

 それでも周りの氏族より格段に強いので、集団としての能力向上をしようとはならない要因になった。なまじ強いため、誇りが生まれる。その誇りが我を強め、他者との連携を拒む。それにともなう連携下手の言い訳として、弱いから群れるのだというものが採用される。

 とはいえ物部氏の昨今の戦闘能力向上は著しい。贄個が普段から、物部の術を周りの人間に教えている。これが功をそうし、格段といえるほどの向上に繋がっている。

 その贄個の元なら簡単な連携くらいは可能であっても、氏族として大きなまとまりになると不足があった。そうなった場合にはやはり当主の守屋が必要となった。

 実績や能力を知らなくても、その人物に心酔してしまうような現象。不思議と目が行き魅かれてしまう。それを俗にカリスマ性と呼ぶが、守屋の場合はどうだろうか。――少し違う。氏族の未来。象徴。そういうったものに近かった。

 皆、守屋を通して別のものを見ている。

 物部氏にとって幸運だったのは、この当主が実利を考えることが出来て、かつおよそ人の上に立つ際に必要な能力が軒並み高かったこと。そしてなにより、現実を見ているくせに妙に理想論者であったこと。人は希望が無ければ、前には進めない。理想が必要だった。理想に向けて音頭をとってくれる人が必要だった。

 そうでなければ、蘇我との政争に心が耐えられなかった。寝返る味方、増えていく敵。天皇の周りのほとんどが蘇我の親戚。それどころか、新たな天皇ですら蘇我系。天皇の母は馬子の姉である。物部にとっては、時を増すごとに政情は不利になっている。

 物部氏族の危機感は尋常なものではない。

 個を貴ぶのに、個では敵わないと理解させられる。

 拒むには理想がいる。

 それも大きく強固な理想が。

 守屋は実に分かりやすい答えを用意した。

 『強い者が勝つ』

 最終的にはこうなるはずだと。

 

「俺の代わりがいれば幾分か楽だったのだがな」

「これはまた贅沢なことを」

「見せつけられると、言いたくもなる」

 

 身分が高い者は妻子帯同である。が、守屋は単身である。そんな余裕はない。

 

「大海に身を投げ、浮くか沈むか。出た結果が天命である。――これでは我が氏族の未来は明るくないな」

「兄上は未来はないとお思いで?」

「分からんさ。まだ賭けることが出来る以上は結論を出すにはまだ早い」

「……ずいぶんと時の進みが早くなりましたなぁ」

「ああ、昔に比べてずいぶん早くなった」

 

 はっきり言う守屋。が、渋みがある。

 

「進まない時なんぞ魅力に欠けるが、何とも情の無いことだ」

「待てと言っても待ってはくれませんから。――ああそうです、不老不死でも目指してみればどうでしょう?」

「いずれ全てが朽ち、その後に自分だけ残るか。ぞっとする話だ。それならば何をするにしても意味をなさない。その瞬間、身動きが取れなくなってしまうわ」

「然り。然り」

 

 布都は少し気分がよくなった。

 

「憎悪でもなく理屈でもない。けれども敵対する以外にない関係。まるで時がそうさせてるようですな」

 

 布都は守屋が蘇我を嫌っているわけではないのを知っている。もちろん好きでもない。好悪によるものではない関係。

 

「時か神か、はてさて何か。とにかく、当事者としては存分に役割を果たそう」

「兄上の考える『物部守屋』の役割とは?」

 

 一拍。

 

「――漠然としていて上手く言えんな」

「そういうものですか」

「ああ」

 

 守屋は改まった。

 

「……天命というものがある。俺はそう思っている」

「はい」

「だが、その天命というものは、俺の思うにだが」

「はい」

「そう細かく決まってないのではないかと思うのだ」

「では何と?」

「受けた天命、――それに縛られるか使用するか」

 

 難しい顔の守屋。

 

「上手く言えないが、そんな感じだ」

 

 説明不十分だと自分でも思うのか、さらに言葉を続ける。

 

「……天の意思の結果に人間が振り回されることがあっても、結果それ自体が定められているわけではない」

「我は天の意思とやらを感じたことが無く」

「当然だ。意思が意思について考えるか」

「それはどういう」

 

 布都は理解が苦しくなってきた。

 

「そのままだ。俺が、――いや親父殿がそう感じ、息子の俺が引き継いだことだ。物部の当主である俺がな」

「我は道具ではありませんが」

「道具などであって堪るか。我を通してこその物部布都だ」

「なんとも釈然としませんが」

「酔っ払いの戯言とでも受け取れ」

「おや、酔っておられたので?」

「現実にな。内腑が痛むわ」

「それはそれは」

 

 分からないものを分からないままにしておく。それもまた一興。

 布都は守屋から距離を離した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 日暮れも近い。

 茜は、人の手が及んでいない林の中でも差した。

 人は言う、暮れが不安で帳は恐怖だと。

 先の見えない不安が恐怖と化す。

 ヤマトからの一向は予想をはるかに上回る速度で北へと進んでいた。妖怪の来襲などの危険がほとんどなく、拍子抜けしていた。北というのは、妖怪が跋扈する大地という当初の観念が崩れ去るほどだった。

 原因は分からない。分からないが、進めるならよし。けれども、進むたびに言い様にならない不安が募る。やがて恐怖に変貌しそうなそれを必死に押し留めて、前へ進む。皆前へ進んでいる。ならば足を進めるしかない。一人取り残される恐怖よりましだと、多くの者は思っている。

 当然例外もいる。

 

「皇子、皇子! 外の世界とはこのようなものございますか!」

「えぇ、そのようですね」

 

 例えばそう、とある蘇我陣営のとあるお偉いさんだったりとか。

 そのお偉いさんらが都から離れたのは初めての事だった。何でも初めてのことというのは、期待や不安で心がいっぱいにあるものである。

 それでもいっぱいになったはずの片隅に欠けたものを感じていた。

 

「布都も来ていると聞いたのですが、……あいつはどこにいるので?」

「ああ、あの方なら物部方にいるそうですよ」

「な、何故です?」

「何故って、物部だからではないでしょうか」

「でも、あいつは、父上のっ――」

 

 言葉は続かなかった。言葉にしたくなかった、でも言葉にしないでもいられなかった。随分と布都とは言葉を交わしていない。会ったと、ちゃんと言えるのはどれだけ前の事だろうか。でもあの時は代わりに父がいた。そして今はいない。

 言いようのない不安、けれども一人でもない。だから、何か紛らわそうと話しかけようと――。

 

「――神子様」

 

 突然現れた何者かに、先を越された。

 

「っわぁ!」

 

 驚く――も、そっちのけで会話が始まる。

 

「そろそろ近づいてまいりましたわ」

「その貴方の言う、例の国ですか」

「はい。もうビンビンですのよ」

「すぐというわけですか」

「いえ、正確にはもう少しあった気がするのですが、不思議ともうすでに色濃く感じられるくらいに近寄ってると言ったところでしょうか」

「つまり?」

「楽しくなりそうです

「……そうですか」

「ああ、一応言っておきますが、死なないようにお願いいたしますね」

「それは問題ありません」

「それはよかったです。全てを捨てて逃げるくらいの度量がないと、上には立てませんから」

「言わなくても分かっています」

 

 そこにいるのにのけ者にされるというのは、気分の良い体験ではない。割って入る。

 

「――っ皇子、この者は一体何ですか」

「っあ、えーっと、それはですね……」

 

 何やら言いにくそうにたじろぐ様が実に怪しかった。妙齢の、それも美しい女。もしや――。

 突如、首周りに生暖かいものが包み込んできた。

 手。

 

「ひっ」

「どうも、初めまして?」

 

 びくっと身体が跳ねるも、身を腕で包み込まれ、振りほどくにも勇気が要った。

 

「菁莪娘々と言いますの。どうぞよろしくしてくださいね?」

 

 好感度全開な声の感じ。なのに背筋が震える。

 

「わ、私は、ベ、別に……」

「別に?」

「ひぃ」

 

 急いで離れ、この場で唯一安全な背中に貼りつく。

 

「お、皇子、あの者は怪しい、――怪しいですよ!」

「あら酷い。私のどこが怪しいのでしょう?」

「全部だ全部!」

「あれれ、嫌われちゃったのでしょうか?」

 

 至極残念そうに頬に人差し指を当て首を傾げる様に、少し後ろめたさを覚えつつも同情は出来そうにない。

 

「菁莪、あまり屠自古をいじめないでやってください。そういうのには不慣れなのですから」

「それは失礼しましたわ。あまりにも可愛らしいので、つい」

「あんまり揶揄ってると、怖い保護者が出てきて苦労しますよ。知っているでしょう?」

「あの方、急に切り替わるので見極めが難しいのですよねぇ」

「その割にはずいぶんと迫っていたみたいですが」

「境界を見極めたかったので」

「なるほど。それで何か分かりましたか?」

「これがまったく」

「駄目ではありませんか。一応人伝手に聞いた話では、普段は温厚だそうですよ」

「その者は幻でも見ていたのではないですか?」

「私もそう思う、と言いたいとこですけどね」

 

 人間第一印象が大事。だが第一印象は所詮第一印象。時を重ねていくごとにあるべくものへと変化していく。そして、あの蘇我馬子という人物が下した判断は、一考を超えたものとしていいはずだ。だが同時に軽口に悩まされているだけという線もある。当人にとっては、そんなつもりは無かったと本気で言うかも知れない。ただこちらが勝手に深読みして勝手に悩み果てただけだと。

 そんな悲しいこともそうない。

 手の平で踊らされるのは絶対に避けたいが、勝手に踊っているだけという無様はもっと避けたい。

 

 

 

 

 

 

 ◇◆◇

 

 

 

 

 

 

 物部側の役目は先行偵察のようなものであるが、その補給を全て他者任せにしているわけでもない。自分たちでもある程度の食糧は持ってきているし、水だって汲んでくる。奥深くまで言った後に、食料の提供を拒否されたらどうなるかは自明である以上、当然の自衛措置である。

 布都も川辺を探して歩いていた。

 探そうと思えばすぐに見つけれる布都は、集団からは離れて歩いていた。一人の方が気が楽だし、なにより足を引っ張られることもない。

 感覚を澄ませば、すぐに川のせせらぎの音すら聞こえてくる。

 あとはそこへ向かって歩いていくだけ。

 わざわざ知らせてやらなくても、いずれ他の者も気づくだろうと教えに行ってやるつもりもない。すれ違えば、方向くらいは教えないこともないが。

 何かあればそのまま死につながるような地で一人でいるというのは、実に変なこと。もし一人でいるような者を発見したならば、まずは疑いから入るだろう。

 だから布都も、木々を抜け川を目にした瞬間、疑った。

 視界には、川辺で背を向けた状態で、しゃがみつつ水面を覗き込んでいる者が。

 布都の疑惑は強みを増す。

 人のような生き物がいるならば、川を探そうと感覚を澄ませた時に発見しているはずである。なのに実際に目にするまで分からなかった。

 一見無防備な背中があまりにも危険に感じる。分かっている危険とは違う、正体不明な危険。分からないからこその危険。予想が出来ない。

 未知は既知にする為には、行動を起こすのが近道。

 布都は口を開いた。

 

「そこで何をしている」

 

 無防備な背が動いた。

 

「――それはこっちの台詞だと思うけど?」

 

 正面を向いたそれは、ただの少女のようだった。もちろん"ただ"とつけるとおかしい所がある。この国では見ない、金色の髪。その上に奇妙な帽子。

 

「では何者だ?」

「それもこっちの――、いやいいや。通りすがりの女の子ってことにしとかない?」

「ではその通りすがりの女の子はここで何をしていたのだ?」

「うん? ただ見ていただけだよ」

「水面をか?」

「そう。正確には川の流れだけど」

「おもしろいのか?」

「面白いというか、興味があるのさ」

「ふぅん」

 

 子どもはそういうものが好きであることは布都も知っている。そして目の前の少女が、いわゆる『子ども』でもないことも知っている。だが、そういうことにして欲しいらしく、その様子を崩さない少女。これ以上問いかけても仕方がないので、手段を換えることにした。

 

「こんなところで、どうする気だ? 夜も近い。迷えば死ぬことになると思うが」

「確かにその通り。お互いにね」

「そうだな」

 

 話の平行線。

 

「……まぁいいや。少し歩み寄ろうか。――でだ、迷子ってわけじゃあないんだろう? もし迷子なら道案内でもしてやってもいいよ。もう用事は済んだし、戻ろうと思ってね」

「迷子というわけじゃないが、もしお前が帰り道の心配をするなら同行してやってもいいぞ」

「いいね、そういうの好きだよ。私の周りはお堅いやつばっかりで、話しててもつまらないんだ」

 

 互いに歩み寄る。

 

「私は、諏訪子。そっちは?」

「我の名は布都。ただの通りすがりだ」

「ふぅん」

 

 じろりと上から下まで舐めるように見られる。

 

「良い剣を持ってるね。ちょっと興味あるな」

「残念だが良い剣ではない。なんなら触らせてやってもいい」

「本当に?」

「ああ」

 

 布都は腰を前に出し、諏訪子に抜かせようと促した。

 

「……やっぱやめた」

「いいのか?」

「つまらないからね」

「そうか」

 

 二人は川を発った。

 少し歩き、物部氏の集団まで行くと、布都は出迎えた守屋に意味ありげな目配せをして「道案内をしてくれる迷子を連れてきました」と言った。守屋はただ頷いた。

 守屋は布都が去った後に、顔をしかめ呟いた。

 

「よく分からんが、――今更やれることなぞそう多くはないだろう」

 

 想いを振り切るよう、首を振る。

 何も見えないが、きっとそうなのだろうと。認知すら出来ない者に道案内をさせる程度には腹は括り終えている。なるようにしかならないと。




説明文が多くなりました。
直接書いた方が少なく済んだのですが、遠回しに書いてる以上いきなり名前をがんがん出しても変になるのでこのように。というか天皇名出すと時代がくっきりしちゃうので避けたかったり。

そして実は本文中にカタカナを出したのがこの話で初めてだったり。

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