我が名は物部布都である。   作:べあべあ

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第28話 人

 夜が去った。また訪れるまで。

 物部が来た。いつまでかは知らず。

 諏訪子に案内された物部一向は、ここまで来てようやく自分たち以外の人間の姿を見ることが出来た。

 家屋が立ち並ぶ町というか、村というか。町にしては活気がなく、村にしては大きすぎる。見かける人々はそのどれもが痩せており、こちらを無感情に見ているだけだった。

 

「敵対の意思すら見えないとは、不気味すぎる……」

 

 と、不安が言葉になり、口に出す者も少なくない。

 少なくともこちらは侵略者のはず、なのにどうして抵抗がないのか。

 

「警戒は怠るなよ」

 

 動揺する者たちを引き締めようとする者。

 

「一度、引き返して後ろと合流した方が……」

 

 怯える者。

 

「何をお考えなのか……」

 

 守屋がいるであろう方をちらちらと見る者。

 不気味過ぎる状況に、各自の心がまとまりを乱し始める。

 そもそもこの家屋群の地も奇妙だった。文化が違うという一言だけでは片づけられない違和感があった。

 やたらと大きな路地、そこら中にある社のようなもの。その周りに家屋と畑等が散っている。まるで社を中心として、複数の村が重なっているよう。

 それは無視出来るものではなかった。

 

「兄上、あの社から妙なものを感じます」

 

 前方で指揮を執っていた贄個も、守屋の元にやってきて報告をしに来ていた。

 

「……だろうな」

「分かるのですか?」

「村の構造を見れば、あれが何かしらの意味を持っていることは分かる。少なくとも、神を見た後だ。疑わずにいる方がおかしい」

「なるほど。で、兄上はどのようになさるつもりで?」

「どうもせん」

「は?」

 

 ぎょっとして聞き返す贄個。

 

「むしろどうすることが出来ると言うのだ。もう我らは賭けた後よ。あの神が足を止めろと言うまでは、黙って進むしかあるまい」

「しかし、それでは――」

「もう遅い。このまま引き返し、ヤマトの地まで逃げるか? 物部は求心力を失い、蘇我に戦うことすら出来ずに敗北するだろう」

「いえ、そこまで引かずとも、少し引きそこで待つだけでよいのではないでしょうか」

「我らは先鋒だ。何故、先鋒か。後ろを頼れば、逃げ帰るのとそう大きくは変わらない。我らは我らでやるしかないのだ」

「……だからの賭けですか」

「ああ」

 

 物部の名声が掛かっている。これが物部を支える大きな柱にして、蝕む病。

 

「賭けの対象は一つだけでしょうか? 二つ、いえ三つにすることは出来ませんか?」

「諦めろ。お前の言いたいことは分かるが、どの道この状況では失う方が多い。物部が王朝でどのような立ち位置であるかを忘れるな」

「ですが――」

「くどい」

 

 食い下がろうとする贄個を守屋はさえぎると、もう一言付け加える。

 

「もう一度言おう、"この状況"では失う方が多い。以上だ」

「……よく理解しました。私は私の責務を果たします」

 

 贄個が前へと戻っていく。

 鼻を鳴らす守屋の横に、諏訪子が蛇のようににょろりとやって来ていた。

 

「……へぇ、聞いてたよりはるかに理知的じゃないか」

「神が何の用だ」

「いやぁ、やっぱ人間って面白いって思ってね。花は咲くときと散り際が美しいけれど、人間はどうかなってね」

「悪趣味なことだ」

「人は好きだよ。ただ人のとは違って、神としての好きだけど」

 

 何とも安心出来ない言葉。

 守屋は横目だけでちらりと見ている。

 

「だからさ、一応言っておこうと思ってね」

 

 神とかいうものがわざわざ前置きを置くなど、不吉以外に何があるだろうか。守屋は即座に覚悟した。

 

「私の裏切りは初めからバレてる」

「ああ」

「驚かなくて安心した」

「予想の範囲内だ」

「じゃあもう一つ、向こうは蘇我を味方に引き入れて私に対抗しようとしているみたいだよ」

「……確定と思ってもいいのか?」

「いいよ。私の知り得る限りの情報からするに、間違いないとまで言えるほどだ」

「そうか」

 

 神と神の戦い、物部と蘇我の戦い。

 

「……ここが明暗になるか。それとも布石に終わるか」

 

 リスクの高い賭けなんてものは、何度もしたくないもの。そんな賭けは一度で済ましてしまいたい。賭けに勝ち続けられると思うほど愚かでもないし、負けると決まったわけでもないのに絶望するほど怠惰でもない。

 

「出来る限りことをする。要は何をするか、それだけだ」

 

 上手くいくときというのは、案外その直前まで不安でいっぱいだったりするものだ。不安で細心なくらいが良いのだろう。慢心は知を暗くして失敗を招く。

 しかし、結局のところ――。

 

「神にでも祈るか」

「お、信心深いね。良い事だ」

「別にお前に祈るわけじゃない」

「それでも、さ。いや私に祈ってくれて構わないのだけど」

「何の神かも分からんのに信仰できるか」

「おっとそれは失礼。私は土着神、まぁ――祟り神さ」

 

 諏訪子の口が深く割れ、濃い笑みを表した。蛇のような長い舌がちろりと顔から首まで出てくる。

 

「一重に神なんて言っても、色々さ。祟り神もまたそう。上も下もある。小さな神々を従える私はこの地では、最上級の力を持っているのさ」

「それは頼もしいことだが――」

「そう、懸念の通り。相手は軍神。まともにやり合えば負ける。数をそろえたあいつに勝つのは、正攻法じゃ駄目だろうね。それで負けたやつが言うんだから、間違いはない」

「では正攻法ではない策が知りたい」

「それは私も考え中。ただ勘の赴くままに動いただけにすぎない。考えるのはこれからさ」

「なんとも行き当たりばったりなことだ」

「それでも、やるのさ」

「……神も人もそう変わらないということか」

 

 空は青かった。

 

 

 

 

 

 

 布都は少し離れたところで話していた。

 わざわざ物陰に隠れてひそひそと。

 

「――というようなわけなんですけど、どうでしょう? 私と組みませんか?」

「……私たちと言わないのが肝か」

「お目が鋭いことで」

「あちこち飛び回ってご苦労なことだな。努力家だとは知らなかった」

「仙は努力の賜物でございますゆえ」

「ならば我には向いていないな」

「ご謙遜を。人と死を超越すれば、それはおよそ仙ですわ」

「化け物と何が違うのか知りたいものだな」

「品性、でしょうか?」

「よく分かる解説でびっくりした」

 

 密談である。長話は出来ない。

 すぐに話は終わり去っていった。

 布都は集団へと戻ると、複雑な表情をしている守屋に近寄った。

 

「なにやら浮かない様子ですが」

「ああ、布都か。少し思うところがあってな」

「聞いても?」

「ああ」

 

 守屋は少し遠くを見るような目つきをした。

 

「実際に神なんてものと言葉を交わしていると分からなくなってな」

「何がです」

「何に頼り、何に賭すのか。全てを奮うにあたいするものかどうか。そんなとこだろうか」

「なんと兄上らしくもない。迷いを言葉にするとは」

「……神のせいだろう」

「ならば揺さぶった神を信仰して、根の強い信心でもって事に当たるほかありますまい」

「それが出来たら苦労はしないのだが」

「……本当に迷っておられるようで、少しびっくりしました」

「そうか。悪いな」

「いえ、我のことならばお気遣いなく。ただ――」

「分かっている。下には見せられない。組織の頭が迷えば、手足は不安で堪らなくなる」

「ですが迷ったままでも」

「それも分かっている。良い結果はつかないだろう」

 

 時が進んでいく。時代が変化してく。

 今でも大連の地位にふさわしいだけの力をもっている物部氏。個々の能力は他の豪族と比にすらならない。なのに、時が進むにつれて味方は減り敵が増えていく。最大の敵が時であるように感じる。その潮流を上手く使っている蘇我は見事というほかないが、問題はその潮流自体である。

 妖怪を追い払い、人の生活圏を広げていく。その先頭こそが物部氏であったが、いざそれが叶い、人の生活圏が増え人口も増えていくと、人と人との繋がりが強くなってきた。妖怪を前にすれば、人は人同士として結びつき合うが、人が人を前にすれば、人は人の勢力で結びつき合う。

 人が安心を掴んでいく今、比例するように物部の名声は薄れていく。少なくとも、こんな地まで遠征するはめになるくらいに。もし、このままこれが加速していき、物部がいなくても妖怪から身を守れるんじゃないかと思われるようになれば、そこが物部の最期だろう。

 人の繁栄が物部の衰退を生んでいく。

 それに対し、物部が必死に力をつけたとしてどれほどの意味を持つだろうか。何とも見当ちがいな努力をしているようにしか思えなくなる。それでもそうするくらいしか出来ないのも現状。もし、蘇我から力を持った傑物でも出てくればそれすらも崩れてしまう。

 守屋は思わざるを得ない。

 人の下について、人の意に応えるだけならばどれだけ良かっただろうかと。自由に人を動かせる立場にいながら、何一つ動かせないない現状じゃなければと。

 物部独力で国と渡り合えるような力を持つしかない。

 でもそれだといずれ国と敵として扱われる。それこそ今まで追い払ってきた妖怪のように物部が追い払われるだろう。

 

「ままならんな……」

 

 光明が見えずに呟く守屋。

 何一つ関わる気が無かった布都も、こう滅びの道を見せられてくると、どうにも言葉にしづらい感情が浮かんできた。

 子どもの頃はめいいっぱい遊ぶことが出来るが、年を重ねて大人になってくるとそれが少しずつ叶わなくなってくる。様々なしがらみが足に纏わりつき、心をも蝕む。

 布都は時の流れを感じた。

 ただ、布都は守屋とは少し価値観が異なる。

 

「時は平等ですよ、兄上」

 

 布都は守屋の目を直視した。

 

「いずれ、皆等しく滅びを迎えるのです。物部も蘇我も」

「早いか遅いかだと?」

「ええ、それだけでしょう。であるなら、滅びる前に綺麗に咲けばいいではありませんか」

「どう咲くがいいと?」

「それは兄上が好きなようにすればよいでしょう。未来は未来です。未だ来ていないものです。であるならば、物部も蘇我もどちらが先かは分からない。もしかしたら、手を取り合うやもしれなければ、同時に滅ぶかもしれない。――不確定、素晴らしいではありませんか」

「個として、自由に動いてきたお前だからこその言だな。物部を名乗り続けるお前の結論であるなら、それもまた物部の一つだろう。心に留めておこう」

「雲は晴れましたか?」

「いや、足が軽くなったくらいだな」

「それはそれは」

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