結果的に途中退場となった布都は、さてどうしたものかと考えていた。
予想とは反して満足のいくものになったが、自分をここまで連れてきた父連中はそうではないだろうと思えた。あの兄ならばなんとか収めれるかもしれないと思わないではないが、さすがに頼り過ぎもよくない。
そんな時、後ろがにわかに騒がしくなった。そして、その騒がしさから聞き覚えのある音が発せられていることに気づいた。
ちらりと控えめに振り返ると、たしかに物部氏の一団だった。
――引き戻しに来たか。
身構えたが、妙なことに皆顔に喜色を浮かべており、中でも尾輿は喜色を通り越して浮かれているようにも見えた。
「――布都よ、一人歩きとは関心せんぞ。いかに物部の娘といえど、それすら分からん愚か者もおるからな。まあお前にとっては有象無象だろうがな」
「はぁ」
生返事をする布都に気づかない様子で、尾輿はさらに続けた。
「演目というのは終わりが肝心だ。逆にいえばどうであろうと、締めさえ素晴らしければ成功だ。それには観客の面を見て確かめると分かりやすい」
周りにいる者も嬉しそうにざわめき立つ。
「蘇我のやつらは見ものでした」
「蘇我稲目のやつにいたっては、顔を顰めておったわ。これほど気分の良いこともないぞ!」
衆目の中、堂々と歩いていく物部の一団。
そこには、ヤマト王朝の中枢から天下を腰にぶら下げて帰るような勢いがあった。
我らが中心であり、我らこそが天下であると。
それはそれで一体何なのかと気になった布都が守屋に視線をやると、ただ一人いつもと変わらない調子の守屋が布都に近寄った。
「お前が出ていった後、父上は『それでは失礼』と一言だけ発して宮から出た。ただ、それだけだ」
布都は己の疑問が解消された。
物部尾輿が考えてであろう、我が子を使って物部の威を示すという目的は十二分に果たされた。そうである以上は、思う通りの展開ではなかろうが非礼があろうが捨て置ける範囲のことでしかない。ただただ自分の自慢したいものを自慢したかった。そして結果として、これ以上ない形で望みが叶った。そうである以上はあの場に残る必要も無く、またそれはあの場は物部の場であったという認識を周りに与えるようなことにもなる。
布都にとっては心底どうでもいいことだったが、面倒が無くなったのであれば歓迎出来る。
気が楽になった布都に、守屋は言葉を付け加えた。
「良いことばかりということも無さそうだぞ」
「――それはどういう?」
その疑問は、当事者から解消されることになった。
「布都、次の狩りに参加せよ」
尾輿が間に入ってきた。
「一体、何故――」
「心配することはない。それまでに準備はする。腕の良い術士を師として寄越すから、しっかりと習うといい」
「無用です」
「ならん。狩りとはいえども、相手は妖魔だ。甘さは死に繋がる。我々はお前を失うわけにはいかない」
だったら参加させるなと思いつつも、どう断ったものかと頭を働かせる。
見かねたのか、守屋が助け舟を出した。
「父上、布都はこの通りまだ幼き身。――まだ早いのでは?」
「いや、そんなことはない。あの場で可能性を見た。この才はいち早く磨かれなければいけない。今からでも遅いくらいだろう」
「しかし、万が一のことがあれば」
「万全を期す。それ以外はない」
これは難しそうだと守屋は謝罪を込めて布都を目を見た。
「……その師という者に教わることが無い場合はどうすればいいのでしょう」
布都は腹を決めた。
「その時は別の師を寄越そう。もっとも、一番の者を寄越すゆえその心配はない」
「分かりました。しかし、教わるものが無いと判断した場合は勝手にやらせてもらいます」
「ならん」
布都は返事をしなかった。
ここまでくれば言葉ではなく事実が必要になる。布都は知っている。己が師など必要のない存在であると。少なくとも物部にいる存在する者からは。
以降の道中、布都は口を開くことはなかった。
◇◆◇
それから3日も経たなかった。
「どういうことだ?」
問い詰めるような尾輿に、平服する男は自身の抱いた驚愕を言葉に乗せて答えた。
「――私のような者に教えれるようなことはすでに、いえ、始めからありませんでした」
「それほどか」
「言葉にすれば損じるほどに」
尾輿の疑念の中に期待が混じった。
「詳しく言え」
「我らが学んでようやく覚えることを、あの方は始めから知っておいでなのです。我らが教えを乞いたいと思うほどに。まだあの方のことを、誰も分かってはいないのです」
主に言うには突っ込んでいるが、本人に非礼の意識はない。可能な限り自分の驚愕を伝えることの方が忠義に沿っていると確信している。
「やはり天より授かった才か」
「才とは、人に対して申すものです」
男には畏怖の念。
「神には才能という言葉は使いません。私にとってはあの方も同様に、才という言葉を使うには適切とは感じられないのです」
天才とて人に使う。少なくとも、天や神には使わない。
「名を言うのも憚れるくらいにか」
「ご容赦願いたく」
敬称を付けようとも礼を損じているように感じられる。近くにいるだけでも、居心地の悪い。佇まいを正さなければと思わされる緊張感。
「やはり見て確かめる必要があるな」
「訂正が必要です」
「何だ?」
「あの方のそれは見れるものではありません。研ぎ澄ませた感性をもってようやく感じることが出来るものなのです。天とは理解するものではありません。そもそも可能ではないのです。我らにとって、天とは、最大の努力を労することでようやくその一端を感じることが出来るだけなのです」
迂遠な言い回し。要するに、
――格の問題だ。
尾輿はそう理解した。能力ではない、生まれ出た時に始めから備わっているもの。――俺ならば、いや俺くらいか、尾輿はそう思った。
尾輿はそれらを見せないように奥に隠し、よく言ってくれたと言わんばかりの表情で、
「お前の言うことはよく分かった」
と言って、頷いて見せた。
「だが、俺は物部の長として知らねばならない。これは俺に課せられた義務だ」
尾輿は臣下の男を下がらせると、血が薫ってきそうな笑みを浮かべた。
野心は善悪を必要としない。必要とするのは欲望。善悪とは他人に理解させる道具でしかない。
「天佑とは努力によって勝ち取るものだ」
尾輿は手を強く握りしめた。