我が名は物部布都である。   作:べあべあ

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第8話 村

 山の頂には興味はなかった。

 近づけば近づく程にあらゆるものが減っていく所に用が出来るはずもない。この世の娯楽とは煩雑としたものから生まれるということを布都は知っている。だからこそ嫌がりつつも、否定まではしない。退屈するよりはマシだと思っている。

 どれくらい歩いたことか。夜が過ぎ去りつつあり、辺りが白んできていた。

 代わり映えしない道中にそろそろ飽きが勝ってきた頃、水の音を聞き取った布都は、自分が喉が渇いていることに気づいて音の方向にへと向かった。

 しばらく歩くと、川が見えた。 ゆるやかな川から流れる水の音に、鳥のさえずり。どうやら夜は完全に明けたらしい。

 布都は口や手の汚れを洗い落とすような人らしい行為を行った後、ようやく手で川の水を掬って口に運ぼうとした。――その時だった。地響きのようなな低い振動音、遅れて圧力のある水の音。右に視線を動かすと、木々の高さまで伸びるような渦を巻いた水の柱が蛇のようにうねっていた。

 

 ――どこだ。

 

 布都は大きく後方へ飛び下がりながら、感覚を研ぎ澄ませたが、原因となっただろうものの存在を感知することが出来なかった。一つ分かることは、近づけば逃げるだけだった妖魔と違って襲ってくるということ。それはつまり、向こうは勝算があると思っているということ。

 

 ――面白い。

 

 いかなる術であるか。対処法に攻略法。布都の頭脳が回転する。謎を解く気分である。

 地面に、木々と、渦巻く水の柱は触れるもの全てを削り取っていた。

 布都は触れると己が戦闘不能になる程の傷を負うことを覚った。

 

 川の氾濫というのは人にとっては生存に大きく関することであった。それが生に繋がることもあれば、死に直結することもある。川の多いこの地において、川にまつわる伝説には事欠かない。布都はそれを知らないが、特段知る必要もなかった。酒に酔いつぶれる大蛇もいなければ、大層な剣もいらない。ここで必要なのは、度胸とでもいうべき行動力であった。

 布都は川に飛び込んだ。

 川を相手にしながら川に飛び込む愚行とでもいう行為。しかし、生き延びるのではなく、敵を打ち倒すという目的においては最適解であった。

 川の外からでは分からなかった敵の存在も、川の中に飛び込んでしまえば感知出来た。外からでは分からない程に川となっている存在であったが、実体しては決して川ではなかった。異がたしかにあった。異はさらなる異を追い出さんと、荒々さを増し天地さだからぬまでに流れを激しく狂うわせたが、ついぞ追い出すことはかなわなかった。

 

 布都は兄が矢を放つ姿を思い出した。

 後に弓削りという二つ名を持つ兄の矢は、他の者のそれとは明らかに性質が違っていた。速射でもなく、必中でもない。矢を視たものに射手の意を感じさせる特異な矢。射るだけで事が足りるそれは、未だ発展途上という認識の守屋の評価を難しくしていた。

 

 布都は矢をつがえた。

 霊子で組まれた弓に矢。川の異に向かって、青白く発光したそれが飛んでいった。

 速度十分。激流に影響されずに正確に向かった矢は、異の肩口をかすった。

 流された距離のせいで避けるまでの猶予があった。しかし、効果は十分だった。

 異は川から逃げるように出た。

 布都はすぐさまそれを察知すると、同じく川から出て己が矢の如く飛びかかった。

 矢は避ければすむが、布都ではそういはかない。不幸にも一度だけ避ける動作を許されたが、二度目はなく、鮮血を川べりに晒すことになった。

 

「あっけないとはいわない。これでも楽しめたほうだ」

 

 半魚のような妖魔の腹を裂き、食指が向くものを掴み上げ口に運んだ。

 舌の上で十分に転がし、酔いそうな香りと少しの苦味を堪能すると、布都は満足そうに頷いた。

 

「前に食った魚は鮮度が悪かったのであろうな。これは悪くない」

 

 指先を舐めると、

 

「しかし、見た目は酷いな。とても美味そうには見えん。ゲテモノの方が味が良いなどという輩がいたが、あれは間違いではなかったということなのだろうか」

 

 首をかしげた。

 

 

 

 

 

 ◇◆◇

 

 

 

 

 

 喉を潤し、腹も満たした。

 およそ考えうる楽しみは一通り満たしたような気がする。ただ、このまま物部の屋敷に帰るのは気が進まない。そもそも帰るという感覚に違和感がある。人は場所に帰るのか、それとも人か。もしくは、そのどれでもない何かか。

 

 ――解き明かすことに意味があるかな。

 

 結局のところ、自分が一番何を求めてるかなんて分かりはしない。欲しいものを全て手に入れてしまったらようやく分かることなのかもしれない。欲が際限なく増大していく人間という存在には難しいことかもしれないが、どこかで事足りたと偽りでもしないと欲に潰されてしまう。欲の発生源が内から出たものなのか、それとも外から植え付けられたものなのか、それさえ見極めることが出来れば取捨選択は可能のように思える。

 つまるところ、他人の欲しがってるものを己も欲しがるように誘導されてることに気づけばそれでいい。

 

 ――飽くまで寄り道するのもいいか。

 

 好みの欲が見つからなければ、見つければいい。必要なのは楽しもうとする意思くらいであろう。

 布都は難しくは考えない。適当に歩いていれば向こうから出迎えてくるだろうと思っている。それが外れだろうが当たりだろうが、関係はない。

 布都は出迎えに挨拶をした。

 

「そこの、一体何か用か?」

 

 布都の視界の端の茂みが、わずかに動いて子供が出てきた。およそ十歳弱といったところの少年。裕福そうには見えないが、食い物に困ってる様子でもない。

 

「いや、お前こそこんなところで一体なにをしてるんだ」

 

 警戒心を露わに、少年はそう言った。

 

「お前に答える必要があるとでも?」

「聞かれたことには答えるものだろう!」

「知らぬ法だ。我は採用していない」

 

 少年は顔をしかめた。

 

「……お前はいいやつじゃないな。嫌なやつだ」

「こちらからするとお前はそのどちらでもないがな」

「じゃあどうして話しかけたんだよ」

「理由が必要か?」

「もういい。お前と話してると気分が悪くなる」

「そうか? これでも充分期待はしているのだが」

「はぁ?」

「お前には興味はないが、お前という存在が現れたことには興味がある」

 

 布都は少年の方を向いているが、見てはいない。状況に対して話しかけているような、半ば独り言のような会話になっている。

 

「さて、案内くらいはしてくれるのだろう?」

 

 少年はその傲慢さが信じられなかった。しかし、その言葉を聞いた時、己の中に仄暗い思いが湧き出るのが分かった。少年はそれに対しほとんど無自覚である上に、隠す技術もなかった。

 布都はようやく笑みを見せた。我が意を得たりとばかりに、未来の歓待を期待した。

 

 その村はぽつんとあった。

 外敵が多いこの時代において、村というのは生存戦略の結果のような集合の仕方をしているが、その村は虚空に突然現れたかのように存在が異質だった。山のふもと、そこで夜を過ごすには辺りに木々が多すぎた。土地がほとんど切り開かれていない。いつでも何かが忍び込めるような、そんな村だった。

 

「ここが俺たちの村だ」

 

 布都が村の敷居を超えた時、肌に何か当たるような感覚がした。

 

「見ての通り、特に何もない村だけど夜を過ごすくらいは出来る。飯も多少はある」

「ふむ」

 

 布都は袖に両腕を通し合い腕を組むと、周囲を見回した。

 村の中で小さな畑を耕している男に、狩りの帰りなのか、弓矢と獲物を担いでいる少人数の集団。そのどれもが布都を一瞥すると、視線をどこかへやった。人並みではない容姿に釣られた、というわけでもなさそうだった。

 

 ――悪くない。

 

 期待外れとはいかなさそうだった。

 

「夜、何か食ってくだろ? 日暮れまで待ってくれたら、用意出来るから待ってろよ」

「ん? あぁ、そうしようか」

 

 村の中で夜まで待っていて欲しいらしい。

 こう分かりやすいと、存分に乗ってあげたくなった。

 肉を焼くと、脂が焼ける香りに食欲が存分にそそられるが、これも似たようなものだろう。こういうのは馬鹿にでもなったがごとく、素直に堪能するのがいい。布都は言われた通りの小屋に入り、望まれている通りに外に出ずに中でゆっくりすることにした。

 不満があるとすれば、話し相手が変わらないことだろうか。飽きがきている。

 

「その、身なりから考えると、結構身分が高いんだろう?」

「そう思うなら、言葉遣いを改めねばな」

「あ、そうか、えっと……」

「冗談だ。今まで通りでよい。いつもは顔を上げさせるにも許可を出す必要があるのでな、こういうのも新鮮でよい」

「そっか、そんなに……」

 

 少年の顔に期待が滲む。

 

「それもただの高貴な身分というだけではない。我は特別である」

「特別?」

「妖魔の類からするとヨダレが止まらぬような存在とでも言おうか」

 

 驚きで、少年は大きく口を開けた。

 布都は笑みを深くする。己の立場を得意気に話しているからだと、向こうは思っているのだろう。

 

(あと少し勘の良い者であれば、あからさまに欲しい情報をくれることに何かしらの違和感を持っただろうに)

 

「それより、少し疲れた。一人になりたい」

 

 そう言うと、布都は目を閉じて壁に寄りかかった。いかに勘が鈍い者でも伝わったようで、少年は小屋から出ていった。

 

 

 

 扉が開く寸前、気を察知した布都は目を開けた。

 

「っ起きてたのか」

「悪いか?」

「……いや、丁度良かった。飯の用意が出来たから来てほしい」

 

 布都は立ち上がると、夜の静けさの中にひっそりと蠢くものを感じた。

 

 ――どうやら本当に用意が出来ているらしい。

 

 布都は村の中で一番大きな家屋にまで案内された。

 

「ここだよ」

 

 扉が開けられ、中の様子が見えた。広い間が一室のみであった。篝火が焚かれており、揺れ動く影から数人の人間がいることが分かった。

 

「肝心の食事が見えないが」

「後から運んでくるよ」

「そうか」

「……先に入って待っててよ」

 

 どう考えても罠に等しい死地である。

 布都は中に足を踏み入れた。

 すぐに扉が閉められ、追加で硬質な物音が一つ立った。中からは開けれないようにしたのだろう。

 気にせず進むと、左右に壮年の男が二人ずつ座って、表情の読めない顔でこちらを見ていた。

 

「何か?」

 

 返事はない。

 

 ――焦らしてくるな。

 

 催促してやろうかと、殺意を表に出そうとした辺りで、ようやく出てきた。

 奥の隅にある扉が開かると、卵に顔の絵を薄く書いたような男がやってきた。広間の奥の中央まで歩くと、嬉しそうに布都を見て言った。

 

「これは素晴らしい」

 

 上質な着物を着ており、地位の高い豪族の若い長のような出で立ちだった。

 男は線のような目と口を三日月のように歪め、言った。

 

「いくつか質問しても?」

「こちらの質問に先に答えるのであればな」

「分かりました。では、どうぞ――」

 

 布都にとって知らなければけない情報はない。

 質問をする理由など、戯れ以外になかった。

 

「昼間は見かけなかったが、どこに?」

「村の者と一緒に狩りに行っておりましたよ。……では、こちらの質問ですが」

「――まだ終わってはいない」

 

 布都はさえぎった。

 

「……どうぞ」

 

 顔の線がひくついた。どうやら感情はあるらしい。

 布都は笑みを作ってみせた。

 

「悪いが、忘れた」

「え?」

「つまりだ、あれこれ考えたが面倒になった」

 

 布都は笑みを深くし、殺意を表に出した。

 

「馳走になれるというから、わざわざ乗ってやったのだ。そろそろ頂くものを頂こうじゃないか」

 

 布都の横で座っていた男がざっと立ち上がる。

 

「生存に必要なものは勘所だぞ。……お前等は正しく働かせれるかな?」

 

 言い終わる前に、布都の両手は血に濡れた。布都へ飛びかかろうとした男が二人、地に伏した。

 布都は奥の男を指すと、

 

「あぁ、お前にはその必要はないがな」

 

 ぽたぽたと指から血の滴らせながら、死の宣告を行った。

 布都は返答を待たない。そのまま前へ一つ短く跳躍し、素手で頭から二つに身体を割いた。

 すると、後ろから悲鳴が上がった。

 

「な、何てことしやがる!」

「開けろっ! ――早く、開けろ!!」

 

 男二人は怯えに満ちた顔で、扉に殺到した。

 扉を力任せに叩く。壊してでも、ここから逃げなければならない。男たちは必死だった。

 外から物音がして扉を開くと、男たちは一斉に飛び出した。

 

「ど、どうしたんだよ」

 

 扉を開けた少年が聞くと、

 

「っあいつ、やりやがったっ」

 

 男たちは振り返ると、これから起こる惨事に身を震わせた。

 

「何人持ってかれるか分かんねえぞ……」

 

 少年は不安に支配された。

 何か尋常じゃないことが起こったことは分かったが、結局のところ何が起きたかが分からない。

 ただ、どうしてか自分が何かやってしまったような、そんな予感だけがした。

 

「お前の連れてきたあいつ! あいつがやりやがったんだよ!」

 

 分からない。何か世界と自分が遠くなったかのよう。ただ一つ、気になった。

 

「――父ちゃんは?」

「ああ? もうすでにやられちまったよ」

「え?」

 

 分からない。分からないままでいたい。

 

「とにかく、やべえぞ。ロクに残ってやしねえが、女子供を集めるしかねえ」

 

 残酷な生存戦略がここにあった。

 

「全部持ってかれることがないことを祈るしかねえ」

 

 命とはその他の命の上に成り立っているものである。その有り方に多少の差異があることもあるが。

 

「全員集めるぞ。寝てるやつがいたら叩き起こせ」

 

 村は決して広くはない。すぐに集まった。

 事態の説明を受け、皆、深刻な顔をしている。助かるのか、助からないのか。そして誰が助かるのか。それでも逃げ出す者だけはいない。

 

「……にしても静かだな。もしかして逆にやられちまったんじゃないのか?」

「馬鹿いえ。そんなわけがあるか。相手は神だぞ」

「……あんなのでもな」

「やめろ。それを言うと耐えられなくなっちまう」

 

 地が揺れた。

 木が破裂する音を奏でながら、衝撃を周囲に伝えた。

 見上げた先、屋根二つ分程高い位置に、二つに裂けた卵のような顔、その下には肉が地面まで連なっていた。

 口の線が上下に裂けると、地響きのような音で言葉を発した。

 

「――寄越せ。あらゆる全てを」

 

 村人は絶望した。

 自分たちがあの一部になる時が来てしまったのだと、覚った。

 

「はてさて」

 

 村人が集まるよりも早い頃から、小屋の屋根の上で座っていた灰銀の髪の少女は、愉しげに細指で唇を撫でて眺めていた。

 

「随分と醜いなぁ」

 

 どちらを指して言ったのかは分からない。

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