鎮守府の仕事というのはてっきり激務なもんだと思っていたが、実際はそうでもなく現状維持という名目上やることは大してなかった。秘書艦の霧島に書類を提出してもらいに行ってる中、暁は一人鏡の前に立っていた。
「こう?…いや、こうかしら。」
「…何してるんだお前。」
「見てわからない?レディーっぽいポーズを探してんの。」
「ほーん。」
妖精さんは思う。お前は今レディーとは程遠い格好をしているぞと。暁の取っているポーズは威圧感のそれであり『ドドドドドドドドド』という文字が見えそうな勢いである。暁にそんなこと言ったら確実にしばかれるため必死に飲み込む。
「…!これ。これどう!?レディーっぽくない!?」
「んー…いやぁ。」
「何よぉ、微妙な反応ねぇ。」
暁よ。お前は美的センスが壊滅的だぞ。なぜそんな覚悟を決めたようなポーズをしてレディーと思うんだい。あと胸元を広げようとするのはやめなさい。あなた女の子でしょうに。
「んー、やっぱこれを持ったほうが…。」
「おい、それなんだ。」
「これ?トカレフ。故郷では人気だったのよ?私の居た施設では定番のアイテムだったわ。」
暁が自信満々で取り出したのはトカレフとかいう拳銃。彼女いわく定番アイテムだったらしいが、世界のどこを探したら拳銃がマストアイテムになるところがあるんだろうか。
妖精さんは急に哀れに思い始め暁に優しく国語辞典を差し出した。
「ちょ、なんで辞書差し出すのよ…え、妖精さん辞書もてるの。」
「辞書ぐらい妖精だって持てるさ。俺は、飛行機乗りだが、砲弾持つ妖精だっているんだからな。」
「へ、へぇ。」
「失礼します。書類の提出が終わ……」
熱中していたせいかノックに気づかなかった。拳銃を持って謎のポージを取っている上司と哀れみを含んだ表情をしながら辞書を持っている妖精を見た彼女は静かにドアを閉めた。ガチャンという音が虚しく響いた。
「え、なんで閉めたの。」
「いや、お取り込み中のようでしたから。」
「べ、別に何も取り込んでないしそもそも始まったとか…あーうん。ごめん。もういいわよ。」
「終わりました?」
「うん。終わったわよ。」
この状況に、いい感じの終着点を見いだせなかった暁は、諦めた。
現在1500。すでにやることがない彼女は霧島が入れてくれたお茶を飲みながら現在進行系でまったりしていた。
「…暇。」
「そうだな。」
「ヒマ。」
「カタカナになっても変わんねえぞ。」
「ひま。」
「ひらがなでもだ。」
「
「…は?なんて?」
「なんでもない。ねえ、何かやることないの?」
ひらがなとかカタカナとか何言ってるんだろう、と思っていた霧島は突然のフリに少し表をつかれたが落ち着いて答える。
「、特にやることはもうありません。」
それを聞くと、暁は席を立ちドアノブに手をかけた。霧島がどこへ、と聞くと
「散歩してくる。何か連絡あったら…通信機持ってるから言ってね。」
「は、はあ…あら?」
霧島はそれとなく妖精と目を合わせようとしたが、さっきいたはずの場所に妖精はいなかった。
暁は今、工廠の前を歩いていた。散歩してくると言ってとりあえずここに来た。機会が動く音は絶え間なく聞こえてくるものの思ったよりも静かで、艦娘は誰一人としてみない。
「案外出会わないものね。」
「寮で待機とかしてるんだろ。俺も少し意外だったけどな。」
「にしても目立つわねえ。」
「ああ、あれな。」
彼女たちの目線にあるのは工廠の向かい側の海で繋留している潜水艦。彼女たちが乗ってきた伊400だ。その潜水艦の前で誰か話している。片方は泉。もう片方は、ピンク髪の…確か明石。
「…ん、おお。お主ここで何しとるんじゃ。」
「え、あ、提督?どうしましたか、こんなところに。」
「暇になったから散歩してるのよ。あなた達は何してるの。」
「儂らはちょっとした会話じゃ。エンジニア同士のな。」
「はい!いやぁ惚れ惚れしますよ。まさかこの目であの伊400を見れるとは。」
「はは。そう言ってもらえると嬉しいのお。」
「完全に再現されてるんですか?主機とか、電探とか。」
「残念ながらこいつはコレクション品じゃなくて実用品じゃからの、申し訳ないが現代でも使えるような仕様になっておる。」
「そうなんですか?」
「うむ。例えば主機は………。」
何やら専門的な話が始まってしまった。暁たちには一切理解できない。ここにいても何もなさそうなので、楽しんで、とだけ声をかけてその場を去った。
「仲間内の会話ってすごいよな。」
「そうね。専門用語のオンパレードね。一般人には理解できない世界があるのよ。」
泉も楽しそうだった。久々に話がわかるやつがいたから興奮しているのかもしれない。当時、あそこまで泉と熱中して話せたのは……やめろやめろ。あいつのことなんか考えるな。
やつのことを振り払おうと頭を降った。
「ぬおおおおぉぉぉぉお!?何だ何だどうしたどうした。」
「あ、あああごめんなさい。頭に載せてるの忘れたわ。」
「お、おう頼むぜ。心臓に悪いぞ。」
危うく妖精さんを振り飛ばすところだった。さて、次はどこに行ったものか。
「ここはいるのね。」
「あまり出撃させてないからな。まあ、こんな感じになるだろうよ。」
結局来たのは艦娘の寮。こちらは人通りが多く、度々挨拶される。
「む。提督か。どうしたんだこんなところで。」
角を曲がったあたりで高身長の艦娘と出会った。不思議と貫禄的なものを感じる。確かこの艦娘は…長門といった。
「やることなくなって暇になったから散歩してるのよ。」
「…ああ、そうか。現状維持だと処理する書類も少なそうだからな。」
「あら。察しがいいのね。」
「一時期秘書艦をしていたことがあったからな。」
「…秘書艦て変えるものなの?」
「いや、別にそういったルールがあるわけではない。ここはまあ、秘書艦一定期間でローテーションさせていたが、他の鎮守府では同じ艦娘が秘書艦をしているというのも聞いたことがある。」
そうか。紹介された時に霧島が案内してくれたのでそのまま秘書艦に任命していたが、ローテーションか。1ヶ月だと大して回せないかもしれないがやって見る価値があるかもしれない。特にこの長門という艦娘には有能な匂いがプンプンする。
「…なあ、ここ駆逐艦寮だよな。なんでここにいるんだ?」
妖精さんのその言葉で空気がピシッと張り詰めた、気がした。暁は特に気になってないようだが、長門の顔に少し冷や汗が垂れる。
「そういえばそうね…でも別におかしなことではないと思うけど?」
「そ、そうだぞ。べ、別に視かうぉっほん、見廻りに来ていただけだ。」
「だって。」
「そうか?そうなら…すまんな。変なこと聞いて。」
「い、いや、大丈夫だ。駆逐艦寮に戦艦がいれば疑問に思うのも無理はないからな。は、はは…。」
乾いた笑いに妖精さんは少し疑問を感じたが、相手が長門ということでただの杞憂であると処理した。
「提督?」
どこからか声が聞こえた。霧島だ。どこから、と、無線機を持っていたんだった。緊急事態だろうか。
「はいはい。どうかしたかしら?」
「艦隊の皆さんが帰投しました。報告書の提出がありますので戻ってきていただけますか。」
「了解。すぐに戻るわ。…そっか、そんな時間だったわね。」
時計を見ると、確かに帰投予定時刻を数分過ぎている。
「それじゃ、私は行かないとだから。秘書艦の話ありがとう。少し考えてみるわ。」
「そうか、役に立ったのなら光栄だ。もし今後相談事があったらぜひ頼ってくれ。」
「そうさせてもらうわ。」
艦隊をまたすわけには行かないので、少し小走りで向かう。妖精さんには頭が揺れて危ないので胸ポケットに移動してもらった。
ノックして入る。
「失礼。少し遅れたわ。」
「大丈夫です。こちら、報告書です。」
「ん、了解。聞きたいことあったらあとでまた呼ぶからとりあえず交代してきてちょうだい。」
「了解しました。」
前線には交代で1日2艦隊が哨戒に向かっている。今は南西の方にあるようだ。現在、この鎮守府は提督が代理である暁なので前線でもあまり敵が多くないところを任されている。報告書には艦隊の動き遭遇した敵艦隊の構成などが詳しく書かれている。これだけ見ても昨日着任したばかりの暁には何もわからないので予め机に出しておいた過去の報告書をまとめたファイルを開く。最後の日付は約一週間前…一週間も喧嘩してたのかこいつら。そう思って霧島を見ると、同じことを考えたのかはたまた伝わってしまったのか申し訳なさそうに少し顔をそらす。
パラパラと報告書を見る。数字だけを見る限りでは回数を重ねるごとにビックサイズ級、母艦の数が減っているようだ。こっちの報告書では…あ、待てよ。そうか、哨戒の場所が変わっているのか。それじゃあ、これらはちょっと役には立たないな。
これは、むしろ別に集めたほうがいいかもしれない。霧島に新しいファイルを取ってもらう。『前線哨戒報告書(代理)』と表に書き、馳せておく。比べるのは1週間ほど時間を開けるのがいいだろう。また暇になってしまった。かと言ってもう散歩をする気にもならない。あと数時間なんとか耐える必要がある。今日は折角報告書のまとめを出しているわけだし、これで暇をつぶそう。
最後のページからめくりめくり見る。めくるごとに発見した深海棲艦の数と種類が増えていく。つまりここ最近深海棲艦の発生事態が少なくなっている。理由は想像できる。おそらくはビックサイズ級、母艦のせいだろう。昔、鹵獲したものを研究した結果かなりの資材がつぎ込まれていることがわかった。駆逐級や軽巡級程度しか載せられないものの、防御面ではかなりのものがあるし盾としての役割もあったのだろう。数が減ったとなれば母艦を作るほど余裕がなくなったのか、もしくは少し飛躍した考えだが母艦を作る資材で他のものを作っているかだ。それが別の艦にシワ寄せが来るほどなのかはわからないが。
これで潰せた時間はたったの15分。雀の涙程度だ。
「…暇ぁ!」
「うぉあ!?び、びっくりさせるなよ…。」
「だってぇ、暇なんだもの…。」
「暇だからって叫ぶなよ。」
「じゃあ、妖精さんなんか面白い話してよ。45分。」
「なんでそんな中途半端に長い時間はなさなくちゃいけないんだ。」
それは勿論18時が一応の定時だからだ。ここは普段定時などあってないようなものなのだろうが彼女がいる間はその存在は一番強調されるものだ。やることがないのだから。
「えー、じゃあ霧島ぁ。」
「え、わ、私ですか?」
「暇なの。」
「そうは言われましても…。」
結局18時なるまで、ずっとこの押し問答が続いた。18時になった途端暁は霧島を返し、制服を脱いでその下の私服を晒しソファにもたれ掛かった。
「うえぇえ、これがあと30日…。」
「おいおい、脱ぎ捨てるなよ2100にまた来るんだから。」
そう、いま哨戒に行っている艦隊が21時に戻ってくるのだ。その報告を聞かなきゃいけない。因みに夜間は別の鎮守府が持ってくれる。
「あああああ、提督ってもうちょっと楽しいかと思ってたのにせめて忙しくありなさいよ…。」
「忙しくてもお前は愚痴こぼすだろうに。」
その時、ノックが聞こえた。誰だ、定時はすでに迎えたぞ。
「んー、どうぞー。」
答えた瞬間気づいた。多分あいつらだ。
『失礼します同志。』
もはや最初から祖国の言葉で話しかけてくる。やはりあの二人だ。
『あー、うん。続きよね。そこ座って話しちゃって。』
『…分かりました。』
「うお…またその言葉かよ。」
二人は昨日と違う暁の雰囲気に少し戸惑ったがソファに座った。
『同志。単刀直入に言います。あなたを本当のあなたを取り戻したい。』
『うん、泉から全部聞いたわ。』
『それでは…!』
『申し訳ないけど、今は決められない。』
『なぜ、ですか。』
『約束よ、約束。特別なこと以外には使わないって。』
『それでは、その特別なこととは?』
『それを忘れちゃったから…あと3週間。下旬に入るまでに思い出せなかったらもうあきらめて一度帰るわ。』
『結局帰るのでは今からでも変わりはないのでは。』
『馬鹿言いなさんな。約束って言うのは可能な限り守るものよ。ましてそれが近親者ならもっとね。』
『…紛い物でもですか。』
『ええ…ねぇ、これ妖精さんに話しちゃダメ?そろそろかわいそうなんだけど。』
『かわいそうって、昨日は処分しようって…。』
『昨日のは無し。妖精さんは私の仲間だもの。』
『は、はぁ…その妖精が仲間になると約束してくれるならば、話しても大丈夫かと…。』
『そう、分かったわ。さあ、今日はおしまい。私は今から暇つぶしで寝ることを思いついたわ。』
『…そう、ですか。では明日もまた来ます。その約束とやら思い出すまで聞きますからね。』
『ちっ、しつこいわね。』
「お、終わったのか?」
「ええ、ごめんね妖精さん。今度色々話すわ。とりあえず今は暇つぶしに寝ることを思いついたから今から寝るわ。」
「唐突だなお前。」
「21時になっても起きなかったら起こしてー。」
「おいこのまま寝るのかって、もう寝たのかよ早いな。はぁ仕方がない…。」
時計の針の音が淡々と流れ続ける。暁の寝息もまた静かに響いていた。
しっかりした暁ちゃんもかっこよくて好きですが、ダルダルになった暁ちゃんもかわいくて好きです。結婚させてください。