額を滝のように流れる汗、荒くなる呼吸。虹村邸の屋上にいた〈レッド・ホット・チリ・ペッパー〉の本体である音石明は焦っていた。
こんな状況になると誰が予想するか。なんの力もないと思っていたスタンド使いに逃走経路を絶たれ、戦況が一気にひっくり返るなんて。
彼は自身の力を過信していたことを痛感する。そして反省した。彼には「反省した俺は強い」という自信があった。これは自惚れではない。
「バッド・カンパニーッ!」
コンセントを破壊されたことにより、しばらく固まっていたレッド・ホット・チリ・ペッパー(以後、レッチリ)に、形兆先輩のスタンドが襲いかかる。形兆先輩の肩に現れた数名の兵士たちが放った弾丸は、正確にレッチリの瞼のところを傷つけた。
「うが〜〜ッ!」
その痛みに、レッチリは腕を形兆先輩から引き抜き、後ろに下がった。そして何も支えるものがない形兆先輩は、前かがみに地面に倒れ伏す。
一歩、仗助が前へ出ようとした。レッチリがどんな行動を起こすが予想がつかないために、再起不能にしておこうと思ったのだ。しかし、それを億泰が止めた。
「仗助〜、お前は兄貴の傷を治してやってくれ。アイツとの決着はオレがつけるぜ」
そう億泰が言い放つと、仗助は頷いて形兆先輩の元に駆け寄る。億泰は黙ってレッチリとの距離を詰めた。
「もうテメェに逃げ場はねえぜ、〈レッド・ホット・チリ・ペッパー〉! おとなしく、オレの〈ザ・ハンド〉で――」
億泰は最後まで言い切ることができなかった。それはまさに相手の不意をつく行動。窮地に立たされたレッチリの行動は、この場にいた誰の予想にも反していた。
レッチリはあろうことか突進してきたのだ。それを自殺行為とも呼べる行動だが、それは計算の上での行動だった。レッチリが向かった先に億泰はいない。階段の上で未だ傍観していた俺の元へ突進したのだ。
「させるかよ〜ッ! 〈ザ・ハンド〉で引き寄せてやらァ〜!」
虹村億泰のスタンドは〈ザ・ハンド〉。右手で触れた物を何でも削り取る事が出来る。削り取られた切断面は、元通りだったようにぴったりと閉じる。
それを利用して、億泰は前方の空間を削り取り、レッチリを引き寄せようとした。しかし、それは叶わなかったのだ。
「な、何ィ〜〜ッ!」
響く億泰の叫び。しかし、それは無理も無いだろう。気づいたときには既に俺は空中を舞っていた。つまりは俺はレッチリに投げ飛ばされたのだ。
そう、億泰の方向に味方を投げれば、億泰は〈ザ・ハンド〉で削り取ることができない。そして、俺のスタンドは弓。防衛手段に乏しい俺なら、利用するにはちょうどいいと考えたのだろう。
そして、次の瞬間に身体に走る衝撃。億泰は自身のスタンドで防御したらしいが、俺はそのまま〈ザ・ハンド〉に激突したわけだ。しばらくの間、痛みで呼吸もままならなかったが、そんなことをしている場合ではない。レッチリが階段を使って下の階に降りたのだ。
「億泰……、〈レッド・ホット・チリ・ペッパー〉を追え……!」
そのかすれた声を億泰は聞き取り、急いで階段を降りていった。俺も壁にもたれかけながら、あとを追いかける。
しかし、二階にレッチリの姿は既になかった。部屋の真ん中で佇んでいた億泰がある方向を見つめていることに気づいた。
視線の先は窓。形兆先輩との戦いで、木のバリケードが吹き飛び、外の景色が顕になっている。
電線が通っていた。なんともない光景だが、俺達にとってそれは最悪の位置にあった。窓のすぐ近くの電線。レッチリはここから電流になって逃げたに違いない。
「逃げ切りやがった」
ギシギシと、歯が軋む音がする。
ジョースターさん呼ぶには、やつには逃げてもらわないといけないんです。