お帰り勇者様、歓迎戦興行。
現在進行形で行われている国民参加型運動イベントを、俺は七海とレオンミシェリ・ガレット・デ・ロワ――周囲からレオ様、閣下と呼ばれている人物と共に見ていた。
戦なんて物騒な名前が付いているとおり、犬っぽい人や猫っぽい人は武器を持っている。ただどういう原理かは分からないが、強い衝撃を受けた人は玉っぽい何かに変化していた。そのへんのことを詳しく聞いてみると、フロニャ力という不思議な力による加護があるので怪我はしないとのこと。
レオ様、閣下……まあ内心では何でもいいか。彼女は足りない知識をすぐに補足説明してくれているのだが、正直な話あまり耳には入ってきていない。
「え……シンクが勇者?」
「そう。ビスコッティの勇者としてビスコッティを救ってみせた」
「へぇ……でも確かにこういう競技ならシンクは活躍できそうですね」
あのアホが……などと思いもするが、映し出されている戦の映像を見る限り、アスレチックにチャンバラが加わったようなものにも見える。アスリートであり、棒術を扱えるシンクならば七海の言うように活躍できてもおかしくはない。
「うむ、あやつはなかなかに良き勇者であった」
「でもいいなぁ……楽しそうだなぁ」
えぇ……いや、確かに参加者はみんな楽しそうだけどさ。
でも訳の分からん方法で呼ばれて、部分的な説明だけされてこんなもの見せられてるのに何でそんなワクワクした顔ができるの。俺、軽くパニックを起こしたままなんだけど。
「ならば、おぬしも参加するか?」
「いいんですか!」
「ああ……実はそのつもりでおぬしを我が国に呼んだのじゃ」
なるほど……確かに七海ならシンクに当てるにはちょうどいい。実力も現段階では七海のほうが勝っているし……
「タカツキ・ナナミよ、ガレットの勇者……やってみるか?」
マントを翻したレオ様は、笑みを浮かべながら七海に手を差し出した。それを見た七海は、同じような笑みを浮かべて彼女の手を握り締める。
この瞬間、ガレットの勇者が誕生したのだ!
……うん、俺って別にいらないよな。
この世界に七海ほどすんなりと馴染めてもいないし……すっげぇ場違いの気分。今すぐ帰れないかなぁ。
なんて思いながら、ふと画面に視線を戻すとガウルとかいうレオ様の弟にシンクが一撃繰り出したところだった。
勇者の名にふさわしいほど登場が実に派手である。
近くに居た親衛隊の猫っぽい少女3人組が声をかけようとした瞬間、彼女達の武器や防具が壊れる。
おぉ……会わない間にずいぶんと鍛えたんだな。それに……凄いなあいつ。あんなに気軽に女の子に触れられるなんて。俺はスポーツでもあんなに簡単に異性には触れられないぞ。
『え……一瞬で』
『うーん、お見事』
『せやけど、これくらいのダメージやったら……』
身構えながら話す3人組に降り注ぐ集中砲火。
直後、画面に映る3人はすっぽんぽんになっていた。怪我をしていないことに安堵する一方で、このまま見てはいけないと思った俺は視線を逸らす。
……スポーツだから……安全面は考慮されてるからといってもこれはやりすぎだろう。サービス精神としては素晴らしいけどさ。俺も年頃だから興味はあるし。
今やったの……小さな女の子と忍者っぽい格好の女の子みたいだば。それにしても……あの忍者の子、実に胸でかい。
「時にウエスギ・アオバ」
「は、はい!?」
「ん、どうしたのだ。そんなに慌てて?」
「え、あっ、その……七海ほど状況についていけてないというか」
嘘は言っていない。嘘は言っていないぞ。
いやらしい視線を向けてしまったことがバレたのかと思って慌てたわけだけど、決して嘘は言ってない。言ってないことがあるだけだ。誰に向かっての言い訳なのか分からんが。
「まあ無理もないと言えばないが……おぬしも戦に参加してみぬか?」
まさかの誘いである。思わずフリーズしちゃったね。
だってさ一応七海の影響でアスレチックの経験はあるものの、彼女やシンクに比べれば劣るもの。それに……そもそも楽しむ余裕なんて今の俺にはない。だってまだ受け入れられてないことばかりだから。
「え……いや俺はちょっと」
「え、アオバも一緒にやろうよ。何ならアオバが勇者になってもいいからさ」
「いやいや、別に勇者とかに拘ってないから。というか、そのへんの決定権は俺達にないだろ。俺はここで見てるから、七海は楽しんでこいよ」
「えぇ、アオバもやろうよ。あれ、絶対楽しいって。やろう、やろう!」
駄々こねるみたいに誘う……何で引っ付いて来るんだよ。
もう俺達ガキじゃないんだぞ。お前、本当は俺の気持ち知ってて弄んでるんじゃないだろうな……それはないよなぁ。
だって七海だもん。あのシンクの従姉だもん。
「やろうってば!」
「あぁもう、分かったよ。やるよ、やればいいんだろ」
「さっすがアオバ。なんだかんだで言いながらも付き合ってくれる。大好き!」
などと言って抱きついてくる七海さん。
大好きという言葉に込められているのは友人としての意味しかないと分かってはいる。が、それでも嬉しいと思ってしまうのが惚れてる者の宿命。きっと身体的距離も相まって俺の顔は赤くなっていることだろう。
もうこいつは……うわぁ、レオ様凄くにやけてる。
絶対俺が七海のこと好きなのバレたよ。いや、まあ普通はバレると思うけどね。七海やシンクが鈍感すぎるだけで。
「離れろ、離れろって!」
「む……それってあたしなんかに抱きつかれても嬉しくないってこと」
バカ、アホ、鈍感。嬉しいから逆に困るんだろうが!
「まあ確かに、あたしはスポーツバカって感じの女の子で魅力ないかもしれないけどさ。それでも女の子なんだけどなぁ」
チラチラ見るな。
お前は俺にとって現状では誰よりも魅力的な奴なんだよ。人の好意には全く気づいてないくせに、こういうときだけそんな態度取るな。
「……女の子扱いしてほしいならシンクのところに行けよ」
「シンクは従弟じゃん。もう、そんなんだからアオバは女の子にモテないんだよ」
モテないってそんなの当たり前だろうが。
身近な友人達には、俺がお前のことが好きだってバレてるんだから。俺から他の女子にアタックすることはないし、好きな奴がいる男子に声を掛ける女子なんてそうそういないだろ。
「ほっとけ」
「だから、そういうところがダメなんだってば」
「別に俺の色恋とかお前には関係ないだろ」
「関係あるよ、アオバは親友だもん」
親友……親友……親友ね。
うん、これまでに何度も言われてきた。そんなに気にしてない。
だって相手はこちらがLoveで告白してもLikeの返事を返してくる鈍感な七海さんだよ。七海さんが1番悪いとは思うけどさ、そんな彼女をいつまでも好きでいる俺も悪いのさ。ハッハッハ……。
「……はぁ~」
「…………」
レオ様、ここで何も言わずに優しく肩を叩いてくれるあなたは良い人だよ。良い女だよ。俺もこういう物分かりが良い人を好きになってたら今みたいに苦労しなかったのかな。
そんなことを考えている間にも参加すると意思表明したので準備は進んでいく。
俺は勇者である七海とは用意するものが違うということで別の場所に案内された。その間にどういう得物や色が好みか聞かれ、侍女達は要望にあったものを瞬く間に準備してみせた。さすがは王家に使える侍女さんである。
「……お~」
思わず声が漏れたが、これは感嘆の声ではない。
用意してもらった衣類に着替えているわけだが、何ていうか……コスプレしているようで恥ずかしい。そう自分を見ている客観的な自分が声を漏らしたのだ。こっちではこういう騎士っぽい服が当たり前なんだろうけど。
用意された衣類は黒のぴったりとしたレザーパンツに同色のロングコート。ブーツに至るまで黒一色である。
俺は黒髪黒目であるため、これでは全身黒ずくめ。あちらの世界ならコスプレや厨ニ扱いされてもおかしくない。
だが戦に出ると言ったのは俺であり、シンク達も似たような格好をしているのだ。恥ずかしさを我慢すれば、切れないことはない。でも……
恥ずかしいものは恥ずかしい! だって俺、あの従姉弟とは感性違うもの!
内心でこの状況を誤魔化すように叫びながらも着替え終わった俺は、用意してもらった得物を左腰に着ける。
「これでどれくらいやれるか……」
今身に着けているのは、反りのある片刃の刀剣。まあぶっちゃけ太刀である。
扱う武術の関係上、日本刀のような形状が好ましかったからだ。まあここは異世界なので日本刀とは厳密には違うだろうが。
それでもこの刀は、刀身を見る限りなかなかの逸品だ。
王家が用意してたものなのだから当たり前かもしれないが、まずは刀剣を打つ者がいなければ存在しえない。この世界にも優れた刀匠が居るということなのだろう。
もっと自分好みのものが欲しければ、ビスコッティ側のダルキアン卿と呼ばれる人物に相談してみると良いと言われた。
とはいえ、今後も戦に参加するかは分からない。何より今すぐ相談するのは無理な話。まあ手に馴染んでないものとはいえ、多少違和感があるだけで
「戦えないわけじゃない」
紅色の鞘から太刀を抜き放ち、軽く体に馴染んだ型通りに振ってみる。
よし、と小さく声を漏らした直後に侍女達に見られていることに気づいた。視線が合うと「お見事です」や「ご武運を」などと声をかけられる。
恥ずかしさを感じながらも返事をした俺は、少し急ぎ足で戻る。
元居た場所に戻ると、ちょうどレオ様が演説を行っていたところだった。どうやら七海の準備も整っていたようだ。
「これがガレットの勇者だ!」
直後、砦の塀の近くに高台が現れる。だがそこに七海の姿はなかった。
まさか段取りに狂いが、と思った矢先――花火が塀沿いに上がっていき、その先に七海の姿があった。
塀の上をバック転などで移動しながら盛大に飛び上がると、空白だった高台の上に見事に着地してみせる。
「レオ様のお呼びに預かりガレットの勇者、高槻七海。華麗に見参!」
うん……ノリノリだなぁ。
七海の登場の仕方に俺は感心しつつもどこか呆れた。七海らしいといえば七海らしいのだが、だがそれでも何であそこまで楽しめるのだろう。
このように思う俺のほうがおかしいのか、と思っていると、画面に桃色の髪の犬っぽい少女の姿が映る。アナウンスによると、どうやらガレットと現在敵対中の国のお姫様らしい。
へぇ、あれがあっちのお姫様ね。
ってことは、シンクを呼んだ人物ってことになるのか……どうせあいつのことだから誑し込んでるんだろうな。
もっとベッキーだけを見てやれ、と内心で呟いていると、画面にベッキーの姿が映る。あちらの姫様の目的は、戦に参加していないベッキーの紹介のようだ。
『現場はすごい盛り上がりですね。ですが、こちらにも両勇者の幼馴染レベッカ・アンダーソンさんが来てくれています』
『あ……えっと、あの……こんにちわ』
ベッキー……やっぱりお前は俺の仲間だよ。
いきなりこんなところに連れて来られて、戦なんて名のスポーツ見せられて、紹介とかされたら恥ずかしいよな。
俺とは少し立場が違うけど、お前だけだよ俺と似た感性で居てくれるの。お前の存在に超感謝だね!
「……いや待てよ。この流れからして次は俺か?」