幼馴染、姉、妹、ツンデレ、クーデレ、ヤンデレ、ボーイッシュに男の娘。
近年において属性というものは細分化され、二次元においてはキャラ分けする際に重要なものとなっている。
だが、メイド喫茶などが浸透しアニメなどが日本の文化とまで呼ばれるようになった。
その現代においては三次元にもその要素を求める者は数多く居る。属性なんてものは好みやフェチにも等しいのだから。
故に……俺が働いている喫茶店《スティーレ》にも多少なりとも客足があるのだろう。
ただ今日においてはツンデレ担当しかいない。あとは俺も含めてホールじゃなくてキッチンスタッフだし。
しかもツンデレ担当は根っこが違い過ぎるんだよな。日に日にツンデレを出来るようにはなってきてるけども。
「はやみん、私の顔に何かついてる?」
こちらの視線に気が付いたのか、水色を基調とした制服を着た少女が話しかけてきた。
名前は日向夏帆。現在17歳の現役高校生であり、この店のオープニングスタッフのひとりである。そういう意味では俺の先輩にも当たるのだが、この子を含めてもうひとりのオープニングスタッフは問題があっただけに先輩意識のようなものは皆無だ。
日向の手にはモップを持たれており、現在開店に向けて準備をしていることが分かる。言っておくが俺だってあれこれやってるからな。材料の確認とか色々と。
ちなみにはやみんとは俺のことだ。
本名は速水海斗。まあはやみんなんて呼び方をするのは、今話しかけてきたゲーム好きで友人の少ない金髪ガールくらいだが。
「別に……」
「その言い方は何かしら思ってるでしょ。言ってよ、悪いことだったら直すからさ」
「本当に何でもない。ただ次はやみんって呼んだらぶっ飛ばすぞって思っただけだ」
「それ何でもなくなよね!? ごめん、謝るから殴るのは勘弁して!」
「冗談だ。日向は素直で良い子だと思っただけだ」
「え、もう何急に……そういうこと言われると照れちゃうじゃん、えへへ」
こう素直な反応をされると何で店長はこの子にツンデレを任せたのか疑問を抱いてしまう。セリフの言い回し的に簡単だと思ったのか、それとも金髪だからツンデレにしようと思ったのか。
店長に聞けば簡単に答えてくれそうではあるが、そこまで興味があることでもないのでやめておくことにする。
「おい、まだ開店準備終わってねぇんだからサボんなよ」
注意してきたのは三白眼の青年。日向と同じオープニングスタッフのひとりであり、俺の友人でもある秋月紅葉である。
百合好きであり、女性客同士のやりとりを見てあれこれ考えたりしているらしい。ただ自身の恋愛に関してはヘタレかつ免疫もないので言うまでもないだろう。
他に説明するとすれば、天然なツンデレさんということだ。なので日向は紅葉を見てツンデレを学んだと言ってもいい。
「紅葉、俺も日向もサボってはいない。サボっているのは店長だけだ」
「ちょっ速水くん、さらりと私のことを貶めるのはやめてくれませんか!?」
大げさなリアクションで入ってきたのは、この店の店長である。
名前はディーノと言うらしく、出身地はイタリア。金髪のたれ目で身長は俺よりも高い188センチ。どれほど高いのか具体的に言えば、俺が180センチどなので8センチほど高いことになる。
紅葉は確か170センチほどなので、この店の男性陣は大雑把に言えば10センチずつほど違うということになるだろう。
はたから見た分には非の打ち所のないイケメン店長……なのだが、中身は徹夜で深夜アニメを見たりするオタクだ。しかも店長兼オーナーという責任のある立場にも関わらず、仕事中に居眠りをするサボリ魔である。無論、居眠りする理由は睡眠時間を削ってまでアニメを見ているからだ。
正直に言ってこの人はダメ大人である。
まあそうでなければ、敬語なしに話すなんて真似を年上相手にするはずもないのだが。店長って確か26歳のはずだし。俺はまだ21歳だしな。
「誰も貶めてはない。事実を言ってるだけだ」
「オッフ……!? そう無表情で淡々と言われると心に響きます……前から思ってましたけど、速水くんはもう少し私に優しくしても良くないですか?」
「夜更かしやめてちゃんと働くならそうしますが?」
「深夜アニメはリアルタイムで見なきゃ意味がないんですよ! 速水くんだって二次元にそこそこ理解があるんですからそれくらい分かるでしょう!」
確かに分かりはする。だが……
「それと仕事中に居眠りするのは別だろ? 私的な理由で睡眠時間削るのは自由だが大人なら仕事中くらい真面目に働け」
「ぐふぉっ……!」
「ありゃりゃ……速水くんの言葉で店長ダウンしちゃったね。これじゃ当分回復しないんじゃない?」
「あのな海斗、もう少し手加減しろよ。確かにお前の言ったことは常々俺も思ってるが、今は開店準備してんだぞ。あの店長でも人手は欲しいんだ」
紅葉、お前は気にしてないから気づいていないようだが……今の言葉は確実に追撃になってるぞ。静かに店長が吐血するかのような反応をしていたし。
「ねぇ……あの子何してるんだろう?」
日向の言葉に意識を窓の方に向けてみると、桃色の制服を着た少女が自分の顔を弄っていた。
ひとりで睨めっこの練習でもしているのだろうか……だが見た感じ高校生くらいだ。高校生にもなってひとりで睨めっこなんてする人間がどれほど居るのか……
「紅葉、あれは何だ?」
「いや俺に聞くなよ」
「……萌えです」
復活した店長が発した言葉に困惑……しなかった。
どうやら俺の感覚はここで働き始めたことで多少狂ってしまったらしい。
でもさ、仕方ないと思うんだ。店長は重度のオタクだし。窓越しに見えている少女は綺麗な黒髪をしてて大和撫子って感じの子だから。店長のハートにストライクしてもおかしくないんだもの。
「見つけました……運命の人です!」
店長はそう高らかに叫びながら店の外へ走って行く。
一悶着ありそうな気がしないでもないが、窓越しに居た少女の顔が動いたことからして店長が話しかけたのだろう。こういう時の店長の行動力は実にずば抜けている。正直気づいてから動いても止めることは不可能なほどに。故に時すでに遅しだ。
『す……好きでぇぇぇす!』
『い、いやぁぁぁぁぁぁぁ……ッ!』
鼻血を吹き出しながらの突然の告白に少女は盛大に悲鳴を上げた。いやまあ当然だけどね。
「ん? ……おい海斗、お前何してんだ?」
「念のために警察呼んでおこうかと思ってな」
「いやいや、気持ちは分かるがもう少し待ってやれよ。正直いつものことだし……何より呼んだら俺も事情聴取とかされそうだし。それは面倒くせぇ」
「速水くんも秋月くんも店長に厳しいというか冷たいよね」
冷たい?
何を言ってるのかねこの子は。ああいうタイプの人間は甘やかすとすぐにダメになる……というか、すでにダメになってるんだ。それを更生させるためには多少厳しくするのは当然でしょ。
むしろ俺達は冷たいんじゃなくて温かくて優しいんだよ。店長からしたら別だろうがな。
そんなことを考えている内に店長が先ほどの少女を連れて店の中に戻ってきた。
普通あの状況なら逃げてもおかしくないはずだが、店の中に入ってくるあたり人が良いのか箱入り娘なのか。どちらにせよ少し常識人とはずれているところがありそうな子ではある。まあこの店に真の意味でまともな人間が居るのかと聞かれると怪しいところではあるが。
「すみません、興奮すると鼻血出る癖がありまして」
「あ、いえこちらこそ……お見苦しいところをお見せして申し訳ありません」
何とも丁寧な言葉遣いである。それに慣れない環境で恥ずかしいのか頬が赤い。大和撫子のような外見もあって可愛いのは認めよう。
だが……店長よ、内心で「萌え~」って言ってそうなその緩みきった気持ち悪い顔は今すぐやめろ。見てて不愉快だから。あまり続けてると警察に電話しちゃうよ。
「店長、何か話すことがあったんじゃないの?」
「はっ!? そ、そうでした。……こほん、第一印象から決めてました」
ん? 第一印象……凄まじく嫌な予感がするのだが。
「好きです! お付き合いを前提にこの店で働きませんか!」
「え、ええぇぇぇッ!?」
「そうじゃないでしょ!」
日向、良いツッコミだ。もっと言ってやれ。
「わ、わたしをこの店で働かせてもらえるんですか!」
「そこ!?」
「あぁ?」
やべぇ……天然なのか知らんが一般とは絶対にこの子ずれてるぞ。まあこれくらいのずれならまだ許容できる範囲だけど。だって店長が店長だし……俺、何でここで働いてるんだろう。働く場所なんて他にものに。
「はい、ぜひお願いしまーす。あなたのような方がスタッフに欲しかったところなんです」
「嬉しいです。わたしずっとバイトを探してて……あ、でも接客ですよね? わたし……目つきが悪いんですが大丈夫でしょうか?」
「何を言うんですか。そ、その目が良いんですよ。ゾクゾクします!」
うわぁ……変態も変態、しかもSかMで言えばMだろうと思ってはいたが、やはりこいつ紛れもなく変態だ。しかもドが付くほどの。
確かに釣り目で目つきが悪いとも言える子だけど、この子に睨まれて興奮するとか……年齢的に言えば一回りくらい違いそうなのに。うん、素直に言って気持ち悪い。やっぱ警察呼んだ方がいいんじゃないかな。
なんて思う一方で関わりたくない気持ちもあったのでバイトが終わった後のことを考えていると、その間に話が進んでいたようで、気が付けば黒髪の少女は桃色の制服を身に纏って現れた。
「お待たせしました」
「す、素敵です!」
「うんうん」
「きゃー可愛い! 似合う似合う。はやみんもそう思うよね! ね!」
「あ、ああ」
「ありがとうございます」
とりあえずここで一区切りついただろう。
そう判断した俺はささっとテンションの上がっている日向に近づき頭を掴んだ。その瞬間、彼女は動きをピタリと止める。
「おい日向」
「は……はい」
「お前は何で人のことバンバン叩いた? しかもまたはやみんだと言いやがったよな。お前は俺に恨みでもあんのか?」
「ひぃぃぃごめんなさい! ついノリと勢いでやっちゃいました。別に悪気はなかったんですぅぅッ!」
謝れば何でも許されると思うなよ。俺は相手が女や子供だろうと悪いことをした奴には容赦しないと決めているんだ。
まあ反省しているようだからこれ以上はとやかく言わないがな。
だって下手に追撃して泣かれても面倒臭いし、黒髪の子は俺達のノリみたいなの分からないから困るだろうし。店長に声を掛けられてからここまでの間にすでに色々とあったから今更な気もするが。
「そ、それよりもまだ自己紹介してなかったよね。私は日向夏帆、ホール担当」
「あの……その状態のままでよろしいんでしょうか?」
「そんな細かいこと気にしてたらここじゃやっていけないからね。そういうわけでよろしくね」
日向の言っていることは正しくはあるが、今の流れだと俺が黒髪さんから変人扱いされるのだが。
まあ一般とずれている自覚はあるがな。だってずれてないならこんな店さっさとやめてるだろうし。大体今のご時世、誰でもオタクじみた一面はあるわけだしどこかしらおかしいってもんよ。
「それで今私の頭をホールドしてるのがはやみん!」
「はやみん? 可愛い名前ですね」
「いや、それはこいつが言ってるだけの愛称だから。本名は速水海斗、担当はキッチン」
「感情の起伏があまり顔に出ない人だけど根は優しいから怖がらなくていいからね」
悪気はないんだろうが……凄まじくアイアンクローでもかましたくなる。
でもさすがにそれは暴力になりそうなので、俺は日向の頬を両手で引っ張ることにした。手入れとかをあまりしてなさそうではあるが若さ故か実に張りのある肌をしてる。
「いひゃい! はやみひゅん、いひゃいんだけど!」
「大丈夫、行ける行ける」
「いやいや行けにゃいよ!?」
まるでアニメみたいに伸びてるのに?
と返してやろうかとも思ったが、黒髪さんがオロオロし始めたのでやめることにした。そのあと日向は頬を擦り始め、俺に抗議の声を漏らしてきたが気にしないことにした。だって先にケンカ売ってきたの日向だもん。
「自己紹介の続きだが……俺は秋月紅葉、キッチン担当。よろしく」
「私、ディーノ言いマース! ローマ……キッチン担当! ついでに~店長もやってもやってます。末永くよろしくデース」
「――っ!? さ、桜ノ宮苺香です。こ、こちらこそよろしくお願い致します!」
何で自己紹介するだけになのにクルクル回ったり、包丁を取り出してキャベツの千切りをする必要がある。
それとローマって何だ。何でそこでローマを入れる必要があった。掛け声にしたってまだ別の言葉があっただろ。というか、何よりそのハイテンションがうぜぇ……
「やはり……何度見ても可愛いですね~。あは……あは~は……あは~はは♡」
はたから見た分には普通にストーカーに等しいレベルだよな。桜ノ宮って子は状況を上手く呑み込めてないというか、店長の感情が理解出来てなくて何とも思ってなさそうだけど。
この店長、やっぱ変人だわ……と思いながら眺めていると店長が唐突にスマホを取り出した。そして桜ノ宮の後ろに回ると自分も映るように構える。いつの間にか興奮して鼻血を吹き出しているあたり、実に気持ちが悪い。
「苺香さん、ピースですピース!」
「は、はい」
「いい加減働け!」
紅葉のフライングキックが店長に炸裂。店長が凄まじい勢いで吹き飛んだのは言うまでもない。
普通ならブルやイスにぶつかって何かしら壊れたりしそうだが、何も壊れないあたりこの店にはギャグ補正でもあるのではなかろうか。
「まあいいか」
「うん? 速水くん、どうかしたの?」
「何でもない。それよりお前は店長回収して桜ノ宮に仕事内容教えといてくれ。紅葉、お前は俺とキッチンで今日の分の仕込みな」
「おう。店長、もう1発蹴られたくなかったらちゃんと仕事をしろよ」
「そ……その前に一言謝ってもいいんじゃないでしょうか。結構イイところに入ったのですが……ガク」
「自分で効果音を言う人間が構ってもらえると思うな。というか、さっさと立ち上がって仕事しろ」
「――っ!? サー、イエッサー!」
やれやれ……本当に世話の掛かる店長だ。
桜ノ宮って子が凄まじくこの店の力関係にあれこれ思っていそうな顔をしているが、そこはまあ店長たちに任せることにしよう。多分何もしなくてもここで働くことが決まれば、近い将来に嫌でも理解するだろうし。
さて、今日も気張らずに行きますかね。