ブレンド・S ~凸凹な軌跡~   作:夜神

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第3話 「構って欲しいお年頃」

 わたしは新人の子と夏帆と一緒に更衣室に向かった。仕事着に着替えないといけないしね。

 

「あの麻冬さん」

「なに?」

「私、まだ分からないことばかりで」

 

 まあ昨日が初めてだったみたいだし、1日で全部の仕事を覚えろってのも無理な話よね。わたしが働き始めた頃よりも客足も伸びて忙しくなってきてるし。

 

「うん、何でも聞いてちょうだい」

「ありがとうございます」

 

 店長が引っ張ってきたらしいから少し心配だったけど、第一印象としては礼儀正しい良い子ね。ドSキャラ担当らしいけど、こういう子ってあれこれ悩むんじゃないかしら……

 でもそういえば、店長達の評価は良いみたいだし意外と演じるのが得意なのかも。そうならそこまで心配する必要はないのかしら。まあわたしは担当するキャラがこの子とは違うから教えられるのはそれ以外の部分になるだろうけど。

 

「よかったね麻冬さん」

「何がよ?」

「これで妹が2人になったじゃん」

「妹……ですか?」

「麻冬さん、昔から妹が欲しかったんだって」

 

 夏帆、あんたは余計なことをべらべらと。

 確かにわたしは妹が欲しいと思ってるわよ。弟はいるけど妹はいないし……何より弟はわたしよりも身長が高いし。

 まあそれは置いておくとして……夏帆、たとえわたしが一人っ子だったとしてもあんたを妹なんかには絶対しないわ。

 その気持ちを込めて夏帆のお尻を1発叩く。

 

「――ひゃん!?」

 

 ……何で可愛らしい声出してんのよ。わたしに叩かれて発情でもしたわけ?

 というか、前々から分かってたことだけどあんたって本当に憎たらしいほど良い尻してるわよね。張りも弾力もあって引き締まってて……そのくせくびれはちゃんとあるし、おっぱいも大きいし。あぁ~見れば見るほど苛立ちを覚えてくるわ。

 

「ま、麻冬さん急にどうしたの?」

「どうしたもこうしたもないわよ。何でわたしがあんたを妹にしないといけないわけ? こんなどこもかしこもデカい妹は対象外よ。ロリになって出直して」

「もう、照れちゃって~」

「――ふん!」

「あぅ!? ごめん、ごめんなさい! ふざけすぎました。だからそんなに強く叩かないで~!」

 

 分かればいいのよ分かれば。

 まったく……これから仕事なのに余計な体力使わせないでほしいわ。

 

「ふふ、おふたりは仲良しなんですね」

「仲良し? この子が構ってちゃんなだけよ」

「ちょっ麻冬さん、いくら何でもそれはひどくない?」

「構ってほしいなら速水のところでも行きなさい」

 

 あいつは無愛想なように見えてお人好しというか世話焼きだし。

 まあ言い方を変えたら貧乏くじを引いてるとか、他人の後始末に追われるってなるんでしょうけど。それが分かってるからわたしも特別に頭を撫でるのを許してるわけで。

 

「えー、はやみん」

「何で嫌そうなのよ? あんた、いつもあいつに構ってもらってるでしょうが」

「そうだけど~……はやみん、私には厳しいというか冷たいんだもん。麻冬さんみたいに頭撫でてもらったりしてないし」

 

 その言い方だとわたしの方からあいつに撫でてって頼んでるように聞こえるんだけど。

 言っておくけど、わたしから撫でてなんて言ったことないからね。始まりだって疲れてる時に癒しが欲しいなんて話題で話してて、それで唐突にしてきたわけだし。

 おかげで反射的にボディブローしそうになったけどね。癒されるわ~って顔してるのが見えたから踏み止まったけど。別に体格差的に無理だったわけじゃないから。

 

「羨ましいのなら自分にもしてって言えばいいでしょ」

「いや、さすがにそれは……ノリと勢いで言うのは平気だけど、頼むような感じだと恥ずかしいというか」

「……ヘタレ」

「ヘ、ヘタレじゃないし! ただ単純に年の近い異性に慣れてないだけだし!」

 

 いや、あんたと速水って年離れてるでしょ。あいつはわたしと同い年なんだし。

 確かに店長とか一部の客と比べると離れてはないけど……というか、年の近い異性に慣れてないってこの子学校に友達いないのかしら。性格的には友達多そうに思えるけど。

 ゲームとかのやりすぎで会話に参加できてないとか?

 簡単に想像できるだけに、もしそうだとしても自業自得としか思えないわね……って、こんなこと考えてる場合じゃないわ。早くホールの方に行かないと。

 

「そんなことよりさっさとホールに行くわよ」

「そんなことって……」

「もうすぐバイトの開始時間でしょ。夏帆、あんた給料泥棒って言われたいの?」

「それは嫌!」

「じゃ、行くわよ」

 

 ★

 

 ホールに不備がないか確認しキッチンに戻ろうとしていると、制服に着替えた星川達が出てきた。

 桜ノ宮が入ったせいか大、中、小といった感じに差のある構図が出来上がっているな。まあバランスは取れているが……考えるのはこのへんにしておこう。星川から何かされるかもしれんし。

 

「さあ、今日もお仕事頑張ろう!」

「はい!」

 

 日向と桜ノ宮は元気だな。これが若さってやつか……いや性格の問題だな。俺が高校生だったとしても今のそんなに変わってる気がしないし。

 

「はやみんも頑張ろう!」

「…………」

「無視はひどくない!?」

「やかましい」

 

 そこそこの力でデコピンを放つと、なかなか良い音が響いた。日向がでこを押さえたのは言うまでもない。

 

「は、はやみん……さすがに痛いんだけど!」

「だったら少しは声量とテンションを考えろ」

「うぅ……」

「速水、気持ちは分からなくもないけどもう少し優しくしてやんなさいよ」

 

 星川……お前は少し日向に甘くないか?

 そうやって甘やかすから日向が「麻冬さ~ん♪」みたいな甘ったれた声を出すんだぞ。

 

「構ってちゃんなのはあんたも知ってるでしょ? その子はあんたに相手してほしいだけよ。具体的に言えば……」

「麻冬さんスト~プ! 今からちゃんと意識を切り替えるから。お仕事のことだけ考えるから。だからそれ以上は言わないで!」

 

 日向はタックルに等しい勢いで星川に抱き着く。

 ある意味可愛いものに興奮して愛で始めた変態のように見えなくもないが、今の流れでそう思うのはさすがに良心が痛む。

 それに……どうやら星川なりに俺のことを助けてくれたみたいだしな。これでとりあえず一段落と言いたげに、こっちに向かって親指を立ててるし。まあ単純にバイト始める時間だから最短で解決する方法を選んだだけかもしれないが。

 

「時に桜ノ宮」

「は、はい!」

「……大丈夫か?」

「だだだ大丈夫です。少し考え事をしていたので驚いただけで」

 

 考え事?

 まだ2日目だから仕事に関して分からないことはあるだろう。それに対して不安を持つのは自然なことだ。しかし、この子の場合は分からないことがあればすぐに聞きそうではある。

 ということは……先ほどから桜ノ宮の視線が星川の方に向いている。つまり星川に対して何か考えている可能性が高いということになる。

 星川がどういうキャラ担当なのか気になってるのかね。まあ外見に合ったものだからしっくりは来るだろうが、あいつの変わり映えの速さには驚くだろうな。

 そんなことを考えている内に星川は抱き着いていた日向を言葉巧みに引きはがし、意識を切り替えようとしているのか自分の頬を両手で何度か叩く。

 

「仕事モード……オン」

「あの速水さん……」

「見てたら桜ノ宮のの疑問は解消されるさ」

「え……」

「さあてお兄ちゃんたちをお迎えに行かなきゃ~♪」

 

 無表情と落ち着いたトーンはどこへやら。

 一瞬にして星川の雰囲気が妹キャラへと変わった。心なしか彼女の周囲が煌びやかに光っているようにさえ見える。その代わり映えに初めて見る桜ノ宮は盛大に驚いている。

 

「お兄ちゃん♪ 待っててね~♪」

 

 と言いながら星川は店の入り口の方へ向かう。客を出迎える準備は完璧のようだ。

 

「……ん?」

 

 隣からペチペチと音がしたので意識を向けてみると、桜ノ宮が自身の頬を叩いていた。

 わ、私も頑張ってキャラを演じなきゃ! と気合を入れているのだろう。そのやる気が空回りしないことを祈りたいものだが。

 

「あ、苺香さん。ホイップの補給を……」

「――ハァ? 無駄吠えうるさいですよ駄犬」

「駄犬……♡ す、すみません……♡」

「あわわ、店長さん!? ご、ごめんなさい!」

 

 うん、どうやら心配するだけ無駄なようだ。この子の場合、空回りすればするほど自分自身はともかく店にはプラスのことが起こりそうだし。

 さて、ぼちぼちキッチンに入りますかね。紅葉にサボってるって思われたら面倒だし、多分そろそろ客も入り始めるだろうからな。

 

 

 

 あれから開店し次々と客が入ってきている。俺はキッチンからホールの様子を窺っていたが

 

『わーい、お兄ちゃんおかえり~♪』

『別に待ってたわけじゃないけど、たまたま席が空いてるから座れば』

『また帰ってきたんですか? 邪魔にならないところで黙って座っててください』

 

 このようにホール組がそれぞれのキャラできちんと出迎えをしており、今のところ大きな問題は起こっていない。

 まあここに来る客は一般とはどこかズレている部分はありそうなので、多少のことでは問題にならないとは思うが。昨日なんか桜ノ宮はケチャップを客にぶちまけたが問題にはならなかったし。

 

「いや~賑やかになりましたね」

「優しさ成分が足りない気がするがな」

 

 紅葉、それは仕方がないだろ。だって店長がMなんだから。さっきも桜ノ宮に駄犬って言われて興奮してたし。

 

「店長、暇なら裏から材料持ってきてくれません?」

「はい、いいですよ……って速水くん、普通店長をあごで使いますか!? そういうのは普通スタッフである君が」

「は? 別にあごで使ってないだろ。持ってきてくれって頼んでただろ。指示しなかったらすぐサボるんだからさっさと行けよ」

「行きます、行かせていただきます! でもこれだけは言わせてください。私は……男から罵声を浴びても嬉しくなんてありませぇぇ~~ん!」

 

 急ぐのはいいがドタバタ走っていくじゃない。ここキッチンだぞ。埃が舞ったらどうするんだ。

 それと……俺だって興奮されたら困る。俺だって普通に異性の方が好きだし。大体店長からケツを狙われるなんて展開になろうものなら即行でこんな店やめるわ。

 

「海斗、何か今日は気が立ってんな。いつもならまだ流してやってる時間だろうに」

「今日は店に来てから一段と絡まれるからな。多少はストレスも溜まる」

「始まる前に星川の頭撫でてたじゃねぇか?」

「あれくらいで足りるわけないだろ」

 

 個人的にはひざの上に乗せて抱き締めながらナデナデしたい。

 でもさすがにセクハラだからやらないけどね。というか、そんなことしようものなら星川の鉄拳が飛んで来そうで怖いし。ストレス発散はしたいけど痛い思いはしたく。だって俺はMじゃないから!

 

「ふーん…………俺からしたら結構撫でてるように見えるけどな」

「もしかして……羨ましいのか?」

「バっ――!? バカ野郎、そんなんじゃねぇよ。俺は百合が好きなんだよ。べべべ別にお前が女子陣と何してようが関係ねぇし。むしろお前と星川は見てて微笑ましい気持ちになるからありだし!」

 

 それはつまり普通に男女の恋愛にも興味があるということでは?

 これ以上突っ込むと手を出してきそうだからやめておくけど。いや~今日も紅葉は良きツンデレだね。日向に見せてやりたかった。

 ちなみに俺と紅葉がサボってると思ってる人に言っておくぞ。俺達はちゃんと手を動かしながら話してるからね。俺はセット分のサラダを作ってるし、紅葉はパスタ作ってるからね。

 居眠りしたりする店長とは違うのだよ店長とは。

 

「鬼って……私、苺香さんに何かひどいことしたでしょうか」

「何やってんだ遅いぞ! ただ持ってくるだけなのにいつまで掛かってんだ!」

「……鬼は私ではなく秋月くんですね」

「さっさと皿洗え、溜まってんだろうが!」

 

 確かにそのとおりだが……紅葉、お前も今日は一段と怒ってないか?

 これはあれだろうか。俺がツンデレを引き出してしまっただけにそのしわ寄せが店長に……そうだと少し店長に申し訳ないとも思うが、結果的に店長が働くわけだから気にしないでいっか。

 

「速水く~ん! 秋月くんが私のことをいじめます~!」

「男にそんな言い寄られ方しても嬉しくないんですが。むしろ気持ち悪いです」

「ぐはっ!? そ……そこまで言わなくても。私、これでも結構可愛いところあると思うんですが」

「桜ノ宮~、店長が自分はお前と違ってたれ目で可愛いって言って」

「ぬおぉぉぉぉぉぉっ! ななななな何てことを言おうとしてるんですか君は。そんなこと言われたら私が苺香さんに嫌われるじゃないですか。働きます、働きますよ。だからそういうことやめてもらえませんか!」

「口だけでなく手を動かせ」

「これからやりますから少しくらい待ってくれませんかね!」

 

 

 


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