Write to reach you ~希望の暁~   作:けんごち

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第15話

 暖かい光景だ。テーブルの上にろうそくが一つ。オレンジ色に揺らめいている。私は椅子を引き、真ん中の席に座る。弟と妹たちは私の隣へ。

 あぁ、このご馳走は何のためだろう? 私の誕生日のお祝い? それはとてもうれしいことだ。

 私の家は貧しかった。炭鉱で働いていた父は早くに亡くなり、母は私と弟妹を連れて、仕事を求めロンドンまでやって来た。それでも生活は楽ではなかった。しかし、幸運にも私には魔導士としての才能があった。本も買えなかった私たち家族は、弟や妹たちに私自作の童話を語って聞かせていた。きっとそのおかげだと思う。

 私は、魔導学校に特待生扱いで入学した後、必死に勉強をした。学校側は私の経済状況を鑑み、様々な援助をしてくれた。そして、私は卒業すると同時に運良く魔導協会に職を得、検閲官にまでなることが出来た。

 これで年の離れた弟や妹たちを学校に行かせてやる事が出来る。食べ物がなくなる心配をすることもない。眠る場所がなくなることに怯える必要もない。

 ――何のお祝いかわからないけど、ありがとう。

 私はフォークとナイフを手に取り、目の前の皿へと手を伸ばす。

 ――違う。

 七面鳥の丸焼きに、ゆっくりとナイフを這わせて、その肉を切り取る。

 ――違う。

 頭の中で何かが囁く。違う、違う、と。何が違うのか。一体私は何を間違えているのだろうか?

 フォークに刺さった七面鳥の肉片を見つめても食欲が湧いてこない。エレメンタリースクールで行った劇を思い出した。あのときは紙をくしゃくしゃに丸めたものを食べ物に見立てて、このようにフォークに刺していたのだ。

 ――違う。私が食べたいのは、これじゃない。

 なぜだろう。これは丸めた紙ではないのに、全く食欲がそそられない。けれども、胃の中に穴が開いたような飢えを感じる。食べたい。食べたい。何か別の――あぁ、そうか。ここにあるじゃないか。

 私はゆっくりと立ち上がり、フォークとナイフを高く掲げた。そして、それを私の隣で笑っている弟へと向かって、力の限り振り下ろす。

 

  *

 

「魔導協会の鍵といっても、全然大したものではなかったね」

 意気揚々とした様子でジョナサンはフィリップに話しかける。しかし、フィリップは返事もせず無表情に歩き続ける。

 二人は、人のいないイギリス魔術協会本部の廊下を歩いている。もう誰も仕事はしていない様子で、どの廊下もどの部屋も外の闇と同化している。

「禁域の場所は、わかっているのか?」

 フィリップが口を開いた。

「大雑把、にはね。大概、こういったものは地下に仕舞われているものさ。火事やその他自然災害に遭ったとしても残れるようにね。ただまぁ、それが素直にわかりやすい場所にあるかどうかは別問題だけど」

 フィリップが足を踏みならす。人気のない廊下に音が響く。

「この下は空間になっているようだ。必要であればこの床をくりぬいてみせるが?」

「それは必要になってからでお願いするよ」

 ジョナサンは笑いながらひらひらと手を振ると、廊下の先にある階段を指さした。

「どうやら床をくりぬく必要はなかったらしい」

「そうか」

「残念だったかい?」

「いや。余計な労力を使わずに済むのなら、その方がいい」

 からかうジョナサンに対し、フィリップは一切の感情の起伏を見せないまま、ジョナサンの指さした階段へと歩いて向かう。

「禁域はどこにあるかわかるかい、フィリップ?」

 周囲を見回しながらジョナサンが訪ねた。

 二人は階段を降りて地下に入った。普段ほとんど人通りがないのか、ほこりっぽい臭いがする。

「確信はないが、一つ興味深い場所がある」

 同じように辺りを見回していたフィリップがそう言って、一つの方向を指さした。

「あそこだ。あの廊下、両側に部屋などはないのに妙に長い。おそらくは侵入経路を細く長くとることで、その先へと向かう人間を捕らえやすくするための工夫ではないかと考えられる」

「なるほど」

 フィリップの説明にジョナサンは納得した。確かにランタンの灯りを向けて見れば、その奥が見えないほど長く細い通路がある。もしもこの通路を進んでいる際に、後ろから追っ手が現れれば、まさしく袋の鼠といったところだろう。

「どれくらいの距離があるのかはわからないけど、確かにこの先に禁域が存在している確率は高そうだ」

 ジョナサンはこみ上げてくる笑いを喉の奥で押し殺しながら、その通路へと入る。

「罠の類いがある可能性が高い。先行する」

 そう言ってフィリップがジョナサンの前に出る。そうやって二人がその通路を十フートほど進んだときだった。

「おやおや。これはまた大きな鼠二匹だこと。けどねえ、悪ぃけど、その奥にはあんたらの喜ぶご馳走はないんだよ」

「やや! これは不可思議摩訶不思議。こんな夜の魔導協会で何をやっているんでにゃんすか?」

 通路の入り口から響いてきた声にジョナサンとフィリップは振り返る。

「テューダー検閲官にウィローハウス検閲官、か」

 フィリップが二人の顔を見て、その名前を口に出す。

「まぁいいさ。何もかもあっさりうまくいってしまうほうが、つまらないからね」

 ジョナサンは舌を出しおどけてみせる。

「そっちのゴーグルのお兄さんは知らねえけど、そっちのアンタ。アンタの顔は知っているよ。ホラー作家のジョナサン・ワイルダーだね」

 テューダーがジョナサンの顔を指さす。

「魔術協会の検閲官様に顔を覚えられているなんて光栄だね」

「そうかい? 生憎アンタの下世話なホラー小説なんて読んだことはねえんだけどねえ」

「それは残念。よかったら、今度、献本させていただくよ。もちろん僕のサインも添えて」

 ジョナサンとテューダーは笑いながら軽口をたたき合う。

「……で、あんたら、その先になんの御用だい? 歩いて行ってもただでっかい扉があるだけで、何一つ楽しい場所じゃあねえんだけどねえ」

「肝試しで化かされたいのなら、そんなところでなくても、いくらでもワガハイたちが馬鹿にしてさしあげるでにゃんすよ?」

 テューダーとウィローハウスは挑発してくるが、ジョナサンはそれには乗らない。

「……どうして我々がここにいるとわかったんだい?」

 チャックが彼らと連絡を取るために放った魔法はフィリップが潰したはずなのに、とジョナサンは訝しがる。

「さぁてねえ。虫の知らせって奴かしら」

 テューダーは鼻で笑ってみせる。しかし、その言葉を聞いてフィリップは気がつく。

「なるほど。ロウ検閲官のキーチェーン。あれに切断などの破壊行為があった場合、それを他の検察官に知らせるアラームのような魔法がかかっていたのか」

「あぁ。なるほどねえ」

 フィリップの思いつきに納得しながら、ジョナサンは懐からチャックから奪った禁域の鍵を取り出して見せた。

「さすがは魔導協会。管理が雑かな、と思っていたけど、それなりにちゃんとセキュリティはつけているんだね」

 そう言ってジョナサンはくつくつと笑う。

「なんだ。ネタがばれちまうとは、お寒い話だねえ。なら、アタシ達が聞きたいこともわかるわよねぇ? ……てめえら、チャッキーに、チャック・ロウ検閲官に何をした?」

 さっきまでのにこやかな態度が一変し、修羅のような迫力を持ってしてテューダーはジョナサンとフィリップを問いただす。

「ここで僕たちが鍵を持っていることから、わからないかい?」

 ジョナサンは茶化すように質問を質問で返してみせる。

「……ボーヤ。アンタは下がってな。こいつらはアタシが始末するよ」

 そう言ってテューダーは自らの魔術書を取り出しウィローハウスを後ろへと押し下げる

「あぁ、そうだ。てめぇらを畳んじまう前に一つ教えておいてやるけど、禁域の扉を開けるにはその鍵と同じやつが三つ必要だよ。鍵穴が三つあってね、それぞれに鍵を差し込まないと開かない仕組みになっているのさ」

「なるほど。そういう形のセキュリティも施されているのか」

 納得した様子でフィリップはジョナサンから禁域の鍵を受け取る。

「三つの鍵がそれぞれ違うものである方がセキュリティとしては強固ではあるが、万が一、鍵の所有者の一人が殺害、失踪などし鍵を紛失した場合、もしくは鍵そのものを破壊されてしまった場合、禁域の扉は永遠に開かないことになる。そのリスクを避けるため、セキュリティレベルは落ちてしまうが、同じ鍵を三つ使うという形にしているのだな」

 フィリップの説明にテューダーは眉をしかめた。

「……この状況でずいぶんと悠長な分析だねえ。まぁ、だからといって、てめぇらに扉は開けられないことに変わりはねぇんだけどね」

「そうでもない」

 言いながら、フィリップは魔導書を開く。

 

 ――光は形を縁取り、その記憶は同じ形を再現する。空間情報を用いれば、どんな形も再現することが可能なのだ。その理屈は二次元だけではなく、三次元にも有効である。固まる粉を使えば、どんな物体も『印刷』できるのである。

 

 魔法を詠みながらフィリップは懐から出した『粉』の詰まっている袋の中へと鍵を入れる。そして、再び彼が袋から手を取りだしたとき、その手には同じ鍵が『三本』あった。

「今の魔法で複製したっていうのかい!」

「にゃにゃ! よく見るでにゃんす! 一本は鍵でにゃんすが、残りの二本は粘土を固めたようなやつでにゃんすよ!」

「材料の強度はオリジナルに劣るが、鍵としての機能を全うするには十分だろう」

 二十一世の未来で三次元プリンターと呼ばれる技術。それに近いものを使って、ほぼ瞬時にフィリップは二本の鍵を複製してみせた。

 フィリップはジョナサンに三本の鍵を渡す。

「ありがとう、フィリップ。じゃあ、僕は一足先に行っているよ。こっちの方はよろしく」

「わかった」

 ジョナサンはひらひらと手を振ると、身を翻し、通路の奥へと進んでいく。フィリップは一切の感情のない声で返事をすると、テューダーとウィローハウスの前に立ちはだかった。

 この通路の構造が、今度はテューダーとウィローハウスにとって逆に悪い方向へと働いてしまった。ジョナサンを追いかけるには、立ちはだかるフィリップをなんとかしなくてはならない。

「ちっ。見通しが甘かったみたいだね……。けどまぁいいさ。ちゃっちゃとアンタを軽くひねらせてもらってから、あっちの三流ホラー作家を締め上げさせてもらうよ」

「協会の検閲官の力、か。実に興味深い」

 魔導書を開きテューダーとフィリップが相対する。

「最後のチャンスだよ。返答次第じゃあ容赦はしねえ。……あの子は、チャッキーは生きているんだろうね?」

「その質問の答えだが、彼はもうこの世にいない」

 刹那、テューダーの長い髪が逆立つ。彼の手に持っている魔法書に膨大な魔力が注ぎ込まれていく。

「チャッキーは――あの子は、くそ真面目で取っつき悪い奴だったけど、弟と妹想いの優しい子だった。てめぇらみてえな三下がどうこうしていい命じゃなかったんだよ!」

 

 ――大地は赤く埋め尽くされていた。その方向は風のように空気を揺さぶり、その行進は地震のように大地を揺らす。赤い鎧に身を包んだ兵士達は一糸乱れぬ行進を続ける。その進む先に破壊をもたらすため。憎しみも過去も何もかもを破壊しつくし、それを自らの国旗で染めるため。もはやそれらは英雄などではなく、洪水の水や雪崩の土砂のようにただその行く先を飲み込み破壊し尽くすだけの道具であった。

 

 テューダーが魔法を詠むと同時に、赤い鎧を着た百人もの中世ヨーロッパの兵士達が通路を埋めるようにして顕現した。彼らは槍と弓矢をフィリップに向け、突撃の合図を待っている。

「……素晴らしい。これほどのものを顕現させてみせるとは、さすがはイギリス魔導協会の最高峰」

「何を感心してやがるんだい。これだけの兵士がてめえを襲う。感心している暇があったら、懺悔でもしてな! 行け!」

 テューダーの指示と同時に兵士達は槍を持って突撃する。フィリップもこの状況では為す術がない。その胴体に十数本もの槍を突き立てられ、その体が宙に浮く。

「……本当はぶっ殺してやりてえところだったけど、アタシ達はまがいなりにも法と秩序を守る検閲官。怒りにまかせて法をないがしろにしたってなっちゃあ、あの子に会わせる顔がねえ。てめえの体中の骨はばらばらになっているかも知れねえけど、命まではとってねえさ」

 そう言いながら、テューダーはフィリップに近づく。

 槍の穂先も金属の鋭利なものではなく、丸く鈍い石にしてある。致命傷を避けつつ身動きを封じられるように関節を狙って攻撃している。おそらくはもうフィリップには何をすることも出来ないだろう。

「……と、気を失っていたら、聞こえちゃいねえか」

 そうテューダーはつぶやき、魔法を解除してジョナサンを追おうかとしたときだった。

「そいつの様子がおかしいでにゃんす!」

 テューダーの背後からウィローハウスが叫んだ。ウィローハウスの指は真っ直ぐに中に浮いたままのフィリップを指している。

「……素晴らしい力だ。もしも最初から私を完全に破壊し尽くすつもりで攻撃されていれば、危なかったかもしれない」

 そう言いながらフィリップは槍から体を外し、地面へと降り立つ。

「馬鹿な! いくら命を取らねえように手加減したとはいえ、そんな風に動けるわけが――てめえの体は一体?」

「答える必要はない」

 目を見開くテューダーに対して無情にフィリップは告げる。

「確かに素晴らしい力だった。しかし、これからの時代、戦争の行方を支配するのは兵士の数ではない。――兵器の質だ」

 フィリップは魔導書を開く。

 

 ――その巨大な銃身は、一列に並んだ何千という弾丸を飲み込み打ち尽くす。毎分六千発発射される弾丸。その前には拳銃などおもちゃに等しい。目の前いる兵士の数などただ死体を増やすだけである。回転し続ける圧倒的な破壊力。人に出来るのは、ただその破壊が自らを楽に死へ導くことを祈るのみ。

 

「ボーヤ!」

 テューダーはウィローハウスの体を掴み、通路の向こうへと投げ飛ばす。

 目の前には、フィリップが顕現させたガトリング砲の銃身が黒く光っていた。兵器について詳しくはないテューダーでも、あれがどのようなものか、それは体感で理解した。

 テューダーは自ら顕現させた兵士達を人の盾になるように自分の前に集める。しかし、一秒間に百発以上も発射される弾丸は無情に兵士達をこの世から消し去っていく。

 槍と銃では、為す術がない。フィリップが顕現させた銃弾が早く尽きることを、ただ祈るのみ。

 長い一分間の連射の後、テューダーは地面に這っていた。顕現させた兵士達は、もう誰もいない。

「……くっ、アタシとしたことが、ドジばっかり踏んじまったねえ」

 テューダーは脇腹を抑える。兵士達を盾にし、とっさに地面に這いつくばったことによりほとんどの弾丸を回避することは出来たが、一発だけ脇腹に食らってしまった。

 右手で押さえてはいるが、血がどんどんと流れ出ている。数千発中の一発。しかし、致命傷に至るには十分だ。

「さすがだ。あの状況下でとっさに生き残れる判断が出来るとは」

 倒れ伏すテューダーにじりじりとフィリップが迫る。

「テューダー検閲官。君を実験材料に出来れば興味深い結果が得られたと思うのだが、この状況では仕方ない。放って置いても君は死ぬと思うが、より確実性を高めるため、今ここで君の脳髄を打ち抜かさせもらう」

 フィリップは懐から拳銃を取り出し、銃口をテューダーに向ける。

 テューダーにはもはや反撃するだけの余力はない。ただウィローハウスの無事を祈りつつ、そして心の中でチャックに謝罪することしか出来なかった。

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