Write to reach you ~希望の暁~ 作:けんごち
深夜のパトロールを終えたばかりと思えないほど毅然とした足取りでチャックは歩く。右手には魔導書、そして左手には鍵束。魔法協会本部の階段から、地下へと降りる。かび臭さが鼻を突き、チャックは顔をしかめる。長居などしたくはない場所だ。
「おはようございます」
目的の部屋の前に立ち、チャックは中に声を掛けた。眠っているのか起きているのかはわからないが、目的の人物が部屋の隅でローブにくるまって寝転がっているのは見える。
「……おはようございます、だって?」
「ええ。あぁ、失礼。ここには日が射しませんから、わかりませんでしたかね?」
「わかりませんでしたかね、じゃないよ!」
憤懣やるかたなしといった様子で光正は立ち上がった。そして、つかつかとチャックに歩み寄る。
「おや? ご機嫌斜めですか」
「こんの……すっとぼけて」
憤りに光正は顔を歪める。
「何が今晩はここにいるといいです、だ! ここは……ここは……」
怒りに唇を震わせたまま、光正は部屋の四方を指さす。赤いレンガで覆われた地下室。当然、窓などあるはずもない。部屋の隅にはトイレとおぼしき溝が一つ。いつからそこに転がっているのかわからないぼろ切れが異臭をなっている。そして何よりも問題なのは――外からしか鍵が掛けられない鉄格子。
「ここは、牢屋じゃないか!」
「ええ、そうですが?」
「ええ、そうですが、じゃないよ!」
協会の施設に泊めてやる、というチャックの言葉に感謝した自分を光正は呪った。
「何か勘違いしていたようですが、ここも立派な協会の施設です」
「だったら、恩着せがましく言わないでよね!」
「でしたら、あのまま野宿して殺人鬼に殺されていた方がよかったですか?」
そう言われると光正は反駁できない。悔しげに唇を噛みしめると、せめてもの抵抗、とチャックを睨みつける。
「勘違いされては困るのですが、私たちにとって貴方が不審人物であるという事実は変わらないのですよ。特に最近はつとに物騒。この程度で済んでいることに感謝してもらいたいものですね」
「偉そうに……これから僕はどうなるのさ?」
「一応、上には報告しました。今回はお咎めなしということになりそうですが、このロンドンをうろつき回られると迷惑であることは変わりません。即、日本へとご帰国願いたいのですが」
慇懃な態度であるが、チャックの発言の要旨は、とっとと日本へ帰れ、ということだ。そんなことを言われておとなしく帰る程度なら、光正はわざわざ人生を賭けてこんなところへまで来ていない。
「……帰らないぞ、という顔ですね」
「あなたにそんな権限はない」
鉄格子を握りしめながら光正はチャックを睨み続ける。しかし、チャックはそんなことはどこ吹く風と涼しい顔だ。
「いいんですよ? ロンドンに滞在したいというのなら、ここでもう数日泊まっていただいても」
「宿泊施設でもないのに泊めてやるとか言うな!」
チャックとの押し問答。このままでは埒があかない、と光正が思った時だった。
「あら、チャッキー、アンタが拾ったっていう日本人の子、結構かわいい顔立ちしてるじゃない」
「やや、チャックくんいじめはよくないぞな、もし」
チャックの後ろから二人の男が現れた。一人は身長が高く、長い金髪が印象的な美丈夫だ。もう一人はチャックよりも身長が低く、また幼く見える。この状況を悪戯っぽい笑みを浮かべ面白そうに見ていることから、大体の性格は察せられる。そして二人ともローブ姿で魔法書を携えているということは、魔導士だ。
「テューダーさんにウィローハウスさん……」
チャックの目線の動きで、光正は髪が長い美丈夫がテューダー、そして背の低い少年の方がウィローハウスだと判断した。
「一体何のご用事ですか?」
「何の用だとはつれないねえ。同僚を見舞っちゃあいけねえのかい?」
「そうでにゃんすよ、チャックくん! 面白そうな話なら、ワガハイも混ぜるでにゃんす」
「面白い話も何も、貴方方は全く……」
チャックは右手で額を押させ俯いた。どうやらこの二人はチャックの同僚――つまりは協会の検閲官もしくは関係者らしい。そして、チャックの様子から、生真面目な彼はよくこの二人にからかわれているであろうことが察せられた。
「それだけのためにこんなかび臭い場所まで来られたのですか」
「そのかび臭い場所に人を一晩押し込んだくせにー」
茶化す光正は無視してチャックはテューダーとウィローハウスを問い詰める。
「そんな怖い顔しなくてもいいじゃないか。アタシ達はアンタのお客さんを連れてきてやったんだよ?」
「私に、客?」
「ええ、そうでにゃんす。協会内は部外者一人でうろつけないでにゃんすからねえ、ワガハイ達が案内役をお務めしたということで」
誰かを案内してきたということは、彼ら二人の他にも人がいるということか。光正は背伸びして二人の背中越しに人影を探す。そうすると暗がりから一人の男の影が浮かび上がってきた。
「お二人とも、案内ありがとうさん」
距離感がとれるにつれて、その男の身長が高いのがはっきりと見て取れた。チャックの頭一つ分は余裕で背が高い。そして、えんじ色のコートに身を包んでいる。手に魔導書を携えている様子はない。テューダーとウィローハウスの話からも察するに、この男は魔導士ではないようだ。
「やぁ、ロウ検閲官、息災かい?」
その大男は気さくにチャックの名前を呼んだ。旧知の間柄のようである。
「ほう。お前さんが拾ったっていう日本人は、この御仁かい?」
「……昨日の今日ですっかり噂になっていますね」
「例の殺人鬼のおかげで、ここんところは退屈なニュースばかりだ。どいつもこいつも面白いネタには飢えているということだろうよ」
「これが面白いネタですか?」
「堅物のお前さんが人を拾うなんて、まぁ中々に興味深いネタじゃないかい?」
そう言って大男は笑う。その表情を見て、中々に食えない男だな、と光正は思った。生真面目なチャックにとっては相性の悪い相手だろう。
「彼が犯罪者か不審人物ということですか?」
チャックの言葉に光正は慌てて顔を横に振る。
「いや、用があるのはその日本人じゃない。お前さんさ」
「私、ですか?」
「あぁ。少し、お前さんに付き合ってもらいたい場所があってな」
「しかし、私には仕事が」
「そのお前さんのお仕事に関係するかもしれない話だ」
そう言って、大男はテューダーとウィローハウスに目配せをした。どうやら席を外せ、と伝えたらしい。
「えー! ワガハイ、仲間はずれでにゃんすか!」
「まぁまぁ、ボーヤ、人にはてめえの領分があるってことさ。てめえの分際はわきまえないと痛い目見るよ」
不満そうな顔をしたウィローハウスをテューダーが引っ張っていく。
「ご協力、感謝する」
二人の背中に大男が感謝の言葉を述べた。そして、大男はチャックに向き直る。
「さてと、その話っていうのは、ここで出来るものじゃないんだ。少しばかりご足労願おうか」
「構いませんが……しかし、その前に彼をどうにかしないと」
チャックは光正を指さす。一応、このまま置いてけぼりにするつもりはないらしい。
「あぁ、その日本人か。なァに、ちょうどいい土産になる。そいつも連れて行こう」
「え! ちょ、土産って!」
大男の言葉に光正は慌ててチャックの顔を見た。人をモノのように言ってのけるその口ぶり……まさか。
「あんた! 人身売買に手を染めていたのか! だから、僕を捕まえて、そしてそいつに売り飛ばすつもりなんだな!」
「な! 何を失礼なことを!」
光正の叫びにチャックは初めてうろたえるような姿勢を見せた。
「だって、そうじゃないか! 人を土産だの……このイギリスで日本人は珍しいからな! そうやって、そのうさんくさい男に売り飛ばすんだろう!」
「何を勘違いしているんですか! というか、そもそも貴方がそんなことを言い出すから……って、何を笑っているんですか、レイン警部補!」
してやったりという表情で笑っている大男にチャックは遠慮なく怒りをぶつける。
「え? ちょっと待って……警部補?」
光正は大男を指さした。大男は光正に対して鷹揚に頷いてみせる。
「えぇ、そうです。この方はこう見えても警察官なのですよ」
誤解が解けたことに安堵したのか、忌々しげにチャックは吐き捨てる。
「おいおい、お前さんたちが勝手に勘違いしただけのことだろう」
レインはそう言うが、明らかに目が笑って楽しんでいる。食えない大人だな、と光正は思った。
「うさんくさく思えるかもしれませんが、こう見えても彼は『掃除屋』の異名を持つ腕利きなのですよ」
不満そうではあるが、しっかりと捕捉してくれるあたり、チャックは意外といい人なのかもしれない、と光正は思った。
「そういうことだ。えっと、日本人の――」
「赤星光正です」
「じゃあ、赤星でいいな。まぁ、これからお前さんたちに付き合ってもらうわけだが、それは赤星にとっても悪い話ではないさ」
二人のやりとりを見ていたチャックがため息をついた。
「わかりました。ではさっさと行きましょうか。こんなかび臭い場所で長話なんてしたくないですし」
「だったらさっさと僕を出してよね」
口を尖らせる光正に対して、やれやれという様子で大儀そうにチャックは鉄格子の鍵を開ける。さびた金属がこすれる音を立てて扉が開く。
牢屋の外へ一歩出て、光正は深呼吸をした。扉一つ出ただけのことだが、解放感はある。
「まったく、一晩泊まるところを貸してくれるっていうから付いていったら、牢屋に放り込まれるなんて……」
光正は愚痴る。こんな場所で一晩を過ごすくらいなら、あの霧の中、橋の下にでもいたほうがましだった。
「まぁ、そう言うな、赤星」
レインはなだめるかのように光正の頭を叩く。
「今朝、また街で死体が発見された」
「え?」
光正はレインの顔を見上げる。
「要はここにぶち込まれたおかげでお前さんは命拾いしたかもしれない、ということさ」