Write to reach you ~希望の暁~   作:けんごち

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第21話

 ジョナサンと対峙している光正は漠然とした不安感を覚えている。

 ジョナサンがおとなしく拘束されなかったのは、予想された範囲内であった。しかし、あまりにもジョナサンの態度に余裕がありすぎる。サムが――万字郎が魔法力に直接干渉するという魔導士の天敵とも言うべき能力を有していることは知っているはずだ。現にフィリップは抵抗することを諦めた。さらにこちらには万字郎に加え、検閲官であるチャックもいる。魔導士が魔法で戦う相手としては、ほぼ絶望的なものであるはずだ。

「威勢のいいことを言った割には、なかなか仕掛けてこないね。君たちは所詮見せかけだけなのかい?」

 ジョナサンが光正の頭の中を見透かしたかのように挑発的に笑う。

「……そうやって我々を焦らせてミスを誘発するつもりですか? 悪いが、そんな策には乗りませんよ」

 チャックが鼻で笑ってみせる。

「少なくとも、私たちが有利である状況に変わりはない。貴方が魔導士である限り、サムに勝つことは出来ないでしょう」

「ふん。検閲官ともあろう者が他力本願とはね」

 ジョナサンは嘲りながら、自らの魔術書を開く。

「その代筆屋が魔導士相手に無敵だと? それは大きな勘違いだよ」

 

 ――森に迷い込んだ少年は、自らを嘲り笑う声を聞いた。この深く暗い森には少年以外には誰もいない。しかし、はっきりと声が聞こえる。少年は辺りを見回す。風も吹いていないのに、木々がざわめく。そのとき少年は気づいた。木々の洞と思われた黒い穴、それが蠢いていることを。いつの間にか、少年は木々に取り囲まれている。信じられないが、木々は動いている。樹木の表面、黒い穴がどんどんと大きくなる。穴の向こうから、悲鳴のようなうなり声のようなそんな声が聞こえる。少年の体をばらばらに噛みちぎろうと、獣の口のように、暗い穴が少年に迫る。

 

 ジョナサンが魔法を詠むと同時に、風は吹いていないはずなのにグリーンパークの木々がざわめきだった。

「な! まさか、魔法でこの森を怪物に!」

 辺りを見回し光正が叫んだ。枝を腕のように、そして根を足のように動かし、薄暗い穴の開いた木々がじりじりと近づいてきている。

 ジョナサンが喉の奥でくつくつと笑い声を上げた。

「確かにサムは魔法そのものに干渉することが出来るんだろうが――魔法で変容してしまったものに対してはどうかな?」

 光正はジョナサンの余裕の意味を知った。確かにジョナサンの言うとおりだ。魔法力で起こした現象や顕現させたものに対しては、万字郎の力なら自由自在に干渉することが出来る。しかし、魔法の影響を受けただけのもの――例えば魔法力で巻き上げられた土塊などに対しては、万字郎の能力で干渉することが出来ない。そこには既に魔法力の影響はないからだ。

「ご自慢の能力も私の魔法とは相性が悪いようだ。さぁ、おとなしく悲鳴を上げながら、無様で残酷な死を受け入れるがいい! 愚か者に相応しい末路を!」

 ジョナサンは高らかに勝ち誇る。

「舐められたものだな」

 万字郎は、ふっ、と息を吐き前髪を吹き上げる。

「……確かに俺は魔法力に干渉することが出来る。そして、お前の言うとおり、魔法で変容してしまったものに対しては、この能力は無効だ。――だが、それがどうした?」

 

 ――風がうなりを上げる。それはまるで炎を運ぶ悪魔のようにして、瞬く間に森を火の海に包んだ。初めは木々をこすり合わせたことにより小さな種火でしかなかった。それが風にかき回され、瞬く間に紅蓮の炎と化している。人々はそこに龍を見た。人間の手ではどうしようもない圧倒的な自然という力に畏怖の念を覚える事も出来ず、ただ呆然と立ち尽くすだけであった。

 

 万字郎が魔法を詠んだ。万字郎の魔術書から生まれた炎が、あっという間に万次郎達の周囲で渦を巻き、そして迫り来る木々の怪物達を焼き払う。悲鳴ともうなり声ともつかぬ声を上げながら、木々は真っ赤に染まり、そして黒い影として朽ち落ちていく。

「ただの魔法力の勝負でも、俺はそうそう負けはしない」

 万字郎は表情に自信をみなぎらせ、高らかに魔術書を掲げる。瞬間、炎は最後のきらめきとばかりに周囲を光で染め、そして消える。後には物言わぬ炭と化した木々達の残骸が燻っているのみ。

「ちなみにあの程度の怪物達なら、私の魔法でも問題なく処理できる程度でしたよ」

 灰と化した木々を見ながらチャックが言った。そして、負け惜しみではありませんよ、とチャックは付け加える。

 その様子を見たジョナサンは、やれやれ、といった調子で両手を挙げておどける仕草をしてみせる。

「……実に面倒だな。だがしかし、私の魔法は生きものを別の存在へと変えることが出来る。まだまだここには私の『材料』となる生物たちがいる。貴様ら三流作家がいくら倒したところで、私には痛くもかゆくもないのさ」

 ジョナサンは再び魔術書を開く。さらに範囲を広げて怪物を生み出すつもりだ。その動きを察知した万字郎とチャックも魔術書を開き攻撃しようと構えるが――それらの動きを光正の叫びが止める。

「もう止めろよ、ジョナサン!」

 光正が叫んだことに、ジョナサンは意外そうな表情をした。しかし、それからジョナサンはただ光正を小馬鹿にした笑みを浮かべるだけだ。

「止めろ、と言われて止めるとでも? 空しいなぁ、力のない人間は。そんな空虚な言葉を並べることしか出来ないなんてね」

「……そうだ。確かに僕は落ちこぼれ魔導士だ。けれども、力のない弱い魔導士という意味ではアンタも同じなんだよ」

「なんだと?」

 光正の言葉にジョナサンは不快感を露わにする。しかし、光正はひるまずににらみ返す。

「だってそうだろ? 一度怪物になってしまったものは、もう元へは戻らない。万字郎やチャックの力を持ってしても不可能だ」

「で、それがどうした?」

 光正は首を横に振る。

「アンタは取り返しのつかない事ばかりやってみせて、自分が強いと錯覚しているだけだ」

 光正は真っ直ぐにジョナサンを指さす。

「取り返しのつかない事……だって?」

「あぁ、そうだ! 一度壊れた命はもう元には戻らない! アンタはそうやって命を弄んでいるだけだ! アンタは誰にも出来ないことをやっているんじゃない! 誰もやろうとしなかった馬鹿げたことをやって、自分が特別だと勘違いしているだけの大馬鹿野郎だ! わかるかい? アンタは、弱い! 僕なんかよりもはるかに弱い魔導士だ!」

 光正は声の限りで啖呵を切った。自分の弱さとずっと向き合ってきたからわかる。ジョナサンが強さだと信じているものはまがい物だ。

「取り返しのつかない事、だって?」

 ジョナサンは喉の奥からくつくつと笑い声を漏らす。そして、その笑い声はどんどんと大きくなっていき、最後には月に吠えるようにジョナサンは笑う。

「取り返しがつかないのは、君たちが出来損ないだからだろう? いくらエリート魔導士を気取って見せたところで、所詮人間そのものが出来損ないさ! だからこそ、神が必要なのだよ! 取り返しのつかないことを取り返すためにね!」

 狂気に満ちた目でジョナサンは三人を見下ろす。

 

 ――大地は腐敗した臭いで満ちあふれていた。この下には死体が埋まっている。無慈悲な破壊。ただ作業のように殺された人々。死体は放置され、ただ朽ち果てるに身を任せ、いつしか土の下へと沈んでいた。しかし、その死体は骨となり朽ち果てても、まるでその怨念は消えていないとばかりに腐敗した臭いは消えることはなく、むしろより濃くなっていっていた。そこは地獄の入り口だった。現世と黄泉の狭間、命を失った者達が再びの命を求めて、生あるもの全てを襲う。

 

 ジョナサンが魔法を詠み終えると同時に地面から白い霧のようなものが吹き出す。と、同時に先ほど万字郎が焼き尽くした木々達が、炭になった姿のまま空に舞った。まるで意志を持っているかのように宙を飛び、そして光正達三人へと襲いかかる。

「アンデッド。私の生み出す物語において、安息なる『死』はないのだよ」

 

 ――炎に包まれた家の中、逃げ遅れてしまった子供は、おじいさんの石に祈りました。この石はおじいさんが山で見つけてきたもので『いいかい? この石は私の命を込めたお守りだ。本当に辛いとき危ないときにはこの石に祈りなさい』と少年に遺されたものでした。少年は必死に祈ります。そして、無我夢中で目を閉じて祈りを捧げていた少年は、いつの間にか風の渦の中にいました。風の壁の向こうに炎が見えます。そして風の壁はゆっくりとその炎を押し出し、いつの間にか火は全て消えていました。

 

「サム、赤星さん、私の傍へ!」

 チャックが叫ぶ。指示に従い、万字郎と光正はチャックの元へと走り寄る。すると風の渦が彼らの周囲で巻き起こり、彼らを襲おうとしていた木々の灰を遠ざける。

「厄介な魔法を……」

 チャックが悔しそうに呟いた。

「この灰のようなものを吸い込んだらどうなるかは、推して量るべしだな」

 万字郎が顔をしかめる。

 現状、風の壁で灰は三人には近づけないでいる。しかし、なんとか三人に襲いかかるべく、風の中をおし進もうとしていることはわかる。

「生物や物質の存在定義を書き換える魔法、か。想像以上に厄介だな」

 万字郎はため息をつく。ジョナサンの生み出す怪物達は、魔法力で動かしているわけではない。つまり、ジョナサンが魔法を使えば使うほど、対応すべき問題は増えていき事態は悪化していくことを意味している。

「ジョナサン本体を叩くのが確実ですが――もしその隙を突いてジョナサンの魔法を食らってしまったら終わりです。この三人のうちの誰かが怪物になってしまえば、我々に勝ち目はありません」

「……けど、怪物に変える魔法なら、一度万字郎がチャックにかけられたものを解いたはずだ。万字郎がいればその問題は解決出来るんじゃ?」

 光正の提案に対して万字郎とチャックは首を横に振る。

「あのときは、俺という存在が現れることを想定していなかったからな。一人の人間を完全に怪物へと変える、ゆえに時間がかかり、その隙を突いて俺が魔法に干渉することが出来たんだ」

「先ほどジョナサンが詠んだ魔法からもわかるように、短時間で部分的に変容させるような魔法を掛けることも可能なはず。迂闊に攻めるのは危険なのです。ですから、ジョナサンの隙を突いて攻撃したかったわけですが」

 チャックは辺りを見回す。この風の渦から飛び出せる隙はない。ホラー小説でありがちな、怪物から逃げようとして建物に閉じ込められたような状況だ。つまりはジリ貧である。チャックの魔法力が尽きるとき、三人の命運も尽きる。

「私たちがこのロンドンを守る最後の砦です。私たちが倒れれば、奴の思うがままにこの街は蹂躙されてしまう……」

「確実な一手がない、ってことか」

 光正はうなだれる。ここでもし自分にもっと魔導士としての力があれば、きっと状況を打破出来たはずだ。攻撃を防ぐにしろ、隙を作るにしろ、攻撃するにしろ。なんらかの役には立てていたはずなのに。

「すまない……。僕にもっとちゃんとした魔導士としての力があれば」

 光正が悔しそうに呟いた。曲がりなりにも魔導士でありながら、この局面で通用する魔法がないというのは情けない。もし自分に人並みの魔法力があれば、この状況を打開するきっかけを生めたかも知れないのに。

 しかし、その言葉を聞いた万字郎が目を見開いた。そして光正の肩をがっしりと掴む。

「そうか。光正、その手があった!」

「え? どうしたんだよ、万字郎?」

 万字郎に肩を掴まれて光正は戸惑いに満ちた声を上げる。一体万字郎は何を思いついたというのか?

「今、確実にジョナサンを倒せる方法を思いついた」

「本当ですか!」

 万字郎の言葉にチャックが驚きと期待に満ちた声を上げた。

「あぁ。俺の思うとおりに事が運べば、必ず」

 万字郎の声は落ち着いていたが、自信と確信に満ちていた。その様子に光正は心強さを感じる。

「何かいい方法を思いついたんだね! さすが万字郎だ!」

 光正が万字郎の背中を叩く。やはり万字郎は最強の魔導士だ。そして英雄なのだ。どんな絶望的な状況でも、万字郎さえいればきっとなんとかしてくれる。

「……光正」

「な、何?」

 しかし万字郎は改まって光正に向かい合う。その真剣で思い詰めた様子に光正は面食らってしまう。今、万字郎が改まって自分に話をする理由に皆目見当がつかない。

「俺がこれからやろうとしている方法は、お前が鍵だ」

「え?」

 万字郎の言葉は光正にとって予想外のものであった。万字郎に何を言われているのか、光正には言葉はわかっても意味が理解出来ない。

「全てうまくいくかどうかはお前に――いや、お前の魔法にかかっている」

「一体どういうことだよ?」

 万次郎の発言に、ますます光正は混乱した。自分の魔法にかかっている? いや、自分は落ちこぼれの魔導士で、ろくな魔法も使えない。そんな人間にこの状況で賭ける、だと。この危機的状況で何を言っているのか。

 しかし、万字郎は光正の戸惑いを意に介さず、真っ直ぐに光正の目を見つめる。

「……光正。思い出せ。あのときの光を。俺を――俺という存在を取り戻させてくれたあの魔法を」

「ちょ、ちょっと待ってくれ、万字郎。まさか君は――」

 光正はその瞬間全てを理解した。これから万字郎がやろうとしていること、そして自分が何をすべきかを。

「でも、僕には自信が」

 光正はうなだれる。あまりにも荷が重すぎると思った。あのときは無我夢中だったから、偶然魔法のようなものが発動しただけで、光正自身の魔法など地面に落ちている石を投げた方がよっぽどましな程度の力しかない。

 光正が反論を口にしようとしたときだった。

「やるんだ、光正」

 戸惑う光正を万字郎が一喝した。

「……魔法の本質は、自らの言葉を持ってして世界に働きかけることだ。お前なら、出来る。いや、出来ないわけがない。俺が今、ここにいることが何よりの証明だ」

「……万字郎」

 自分の肩を握りしめる万字郎の手から熱い血潮が感じられる。確かに万字郎は魔法によって生み出された存在かもしれない。しかし、ここには紛れもない生命がある。百千万字郎という男の命が。

「俺は、このロンドンの街を守りたい。力を貸してくれ、光正」

 万字郎は頭を下げる。その様子に光正は面食らった。万字郎という男は傲慢不遜で、こんな風に人に頭を下げる姿など到底想像できない男だからだ。

 光正は思い出す。図らずも万字郎と歩いたロンドンの町並みを。無愛想なくせに、ロンドンの街を紹介するときだけはやけに饒舌になる万次郎の姿を。

 ――覚悟を決めるべき時だ。

「……わかった」

 光正は魔術書を握りしめ、丹田に力を込める。腹は括った。魔法が世界に働きかける言葉とするのなら、全力で言葉を紡ぎ続ける。

 きっと出来るはずだ。自分の命を、魂を、その全てを賭ける覚悟なら出来る。

「万字郎、僕も戦うよ!」

 光正は力強く言い切った。弱気で卑屈だった自分は今はいない。ただ目の前の出来事に、自分にとって大切なものを守るために、ただ全力を尽くすのみ。

 光正の答えを聞いた万字郎は満足そうに柔らかく笑う。

「ありがとう、光正。……俺の命を、全てをお前に預ける」

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