Write to reach you ~希望の暁~   作:けんごち

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第3話

 魔導協会の検閲官と警察官と日本人の旅行者――端から見れば珍妙な取り合わせが街を歩く。レインに案内されるままにチャックと光正はその後ろをついて行っている形だ。

 夜は人っ子一人いなくなる今のロンドンも、昼間となれば活気に溢れている。その様子は、光正に昨日の夜の出来事がまるで夢であったかのようにすら思わせた。

「ところで、赤星。お前さん、ほぼ完璧に英語を理解しているようだが、どこで学んだ?」

 世間話とばかりにレインが光正に話しかける。

「あー、イギリスに行こう、って決めたときからね。日本にいるイギリス文学の研究者とかお雇い外国人に頼み込んで本を借りたりしてね」

「ほう。しかし、それだけだと発音や聞き取りなどまでは学べないんじゃないのか?」

「それはそうだったけど、イギリスに来るまでの一月半の旅路で、大体耳が覚えてくれたよ」

 光正の告白に、レインと内心ではチャックも驚いた。

「お前さん、それは中々にすごいな。言葉の才能があるんじゃないのか?」

 レインの言葉に、光正はばつが悪そうに笑ってみせる。

「だったら、よかったんだけどね」

 まさか自分が魔導書もまともに書けない魔導士なんて、光正には口が裂けても言えない。

「怪物を見たって! そりゃ特ダネじゃないですか!」

 街に響いた男の声で、光正は街の一角に人だかりが出来ていることに気づいた。一人の長髪の男を何人かの男が取り囲んでいる。取り囲んでいる男たちは手にメモを持ち熱心に長髪の男に質問をしている様子だ。どうやら囲んでいるのは新聞記者なのだろう。では、囲まれているスーツ姿の長髪の男は?

「どんな怪物だったか――その全てはこの本の中に」

 悪戯っぽく長髪の男はウィンクをしてみせる。光正は男たちどの建物の前に集まっているかを確認した。書店――つまりは小説家が新作の発表か宣伝でも行っているのだろう。

「全く浅ましいことです」

「え?」

 忌々しげにチャックが吐き捨てたのを光正は聞き逃さなかった。

「あの男ですよ。ジョナサン・ワイルダー、最近売れっ子のホラー作家です」

 視界に入れるのも嫌とばかりにチャックは足を速める。

「ちょ、ちょっと待ってよ。なんでそんなに敵視するのさ? ホラーなんて低俗って言いたいのかい?」

「いえ。私は小説のジャンルでそのような判断はいたしません。ただ、ここ最近の殺人事件、そして怪物騒動――それに乗っかるようなやり方を軽蔑するだけです」

「人間の欲って奴は恐ろしいもんさ。人が殺されようが何しようが、金儲けになると考えれば飛びつく。不安は、人の心を刺激するある意味麻薬だからな」

 チャックの言葉をレインが継ぐ。その様子から、レインも達観しているような態度ではあるものの、ジョナサンを好意的に見ていないことは明らかだ。

「何にせよ、先を急ごうか」

「ええ」

 レインとチャックの二人がさらに足を速めたので、光正は駆け足で二人を追いかける。一瞬、ジョナサンがこちらを見たような気がしたが、それは気のせいだと思うことにした。

 

「では、私は次の仕事があるので、これで」

 愛嬌のある仕草でひらひらと手を振り、ジョナサンは記者達をかき分け足早にその場を去っていく。記者達から不満の声を上がったが、それは一切気に掛けない。

 これ以上ジョナサンに質問しても無駄だと悟った記者達は、我先にと書店になだれ込んだ。質問しても意味がないのならば、ネタにあの本を購入するまで。ジョナサンは自分の本に群がる記者達の姿を満足そうに振り返る。そして、いつの間にか彼の傍らに現れた男に話しかける。

「やぁ、フィリップ待たせたね」

「……いいのか?」

 ゴーグルを書けた無愛想な様子の男、フィリップ・マイルズは視線をジョナサンに向けないまま、無機質に質問した。

「いいのか、って何がだい?」

「さっき、ロンドン警察の捜査官が歩いていた。掃除屋の異名を持つ腕利きの男だ。それと魔導協会の検閲官もいた。あと一人の男はわからないが」

「へえ、それで、僕の本には興味を持ってくれてそうだった?」

「悪意は感じられた。明らかに軽蔑していた」

 フィリップの言葉にジョナサンは腹を抱えて笑う。

「そうか、そうか、軽蔑か。僕のホラー小説なんか、低俗すぎて興味がない、ってことかな?」

「それはおもしろい話、なのか?」

 ジョナサンの反応が意外だったのか、フィリップは至極真面目な顔で問う。

「おもしろい話、だよ、フィリップ。この方が、僕にとってはね」

 ジョナサンはウィンクをしてみせるが、フィリップの表情に全く変化はない。

「なんにせよ、これからお仕事だよ、フィリップ」

「問題ない。準備は出来ている」

「頼もしいね! じゃあ、今日の『取材』も頑張りますか」

 笑いながらジョナサンはフィリップの背中を叩くが、フィリップはまたもや表情一つ変えず、ただゴーグルの位置がずれることだけを気にしていた。

 

 

 本屋を通りすぎて、なお二十分ほど歩き続けている。よく知らない街を、目的地もわからないまま歩かされるのは、収まりが悪い。いい加減、光正は自分たちがどこに向かっているのかを知りたくなった。

「あの、レイン警部補」

「なんだ、赤星」

「あとどれくらい歩くんですか、っていうか僕たちはどこに向かっているんですか?」

 レインは光正を振り返り、含みのある笑みを浮かべる。

「それは着いてからのお楽しみ、だな」

「いえ、私もそろそろ教えていただきたいのですが。レイン警部補。私は貴方の仕事は信頼していますが、貴方の人間性は信頼してはおりませんので。くだらない余興に付き合うつもりはありませんよ」

「やれやれ、辛辣なことだ」

 茶化すレインにチャックが光正に同調して質問を重ねた。レインは仕方がない、とばかりに大げさに両手を広げる。

「目的地はもう目の前だぜ。ユニヴァーシティ・カレッジ・ロンドン、だ」

 レインが指さす先、赤煉瓦囲われた立派な門があった。

「……なんで、大学?」

 光正はぽかんと口を開けて目の前の建物を見る。

「レイン警部補、一体大学と私の仕事と何の関係があるのですか? そもそもこの大学のどこへ向かうというのです?」

 チャックも不信感を隠さずにレインに尋ねる。自分の仕事に関係があるかもしれない、と聞いたから、わざわざ出向いてきたのだ。しかし、どう考えても大学に関係があるとは思えない。

「海洋生物学研究室へ向かう」

「え?」

「は?」

 レインの発言に光正とチャックは声を揃えて問い返した。

「ちょっと待ってください、なぜ私たちが海洋生物学研究室に? そもそも一体貴方とどういう関係が?」

「あぁ。なァに、ご先祖様が海賊だった関係でな。海にはちょっとした縁があるのさ」

「ご先祖様が海賊って……」

 また意地の悪い冗談でも言っているのかと光正はレインの表情を伺うが、特に何も読み取れない。レインのアイスブルーの涼しげな瞳に変化は見られない。

「海洋生物学研究室のジュール・マルティン助手に会いに行く。お前さん達には、それに付き合ってもらいたい」

 

 訳がわからないままも、比較的新しい建物の中を光正とチャックはレインの後に続いて進む。レインはそれ以上何も説明せず、来ればわかる、とだけ言った。そう言われてしまえば、光正もチャックもこれ以上の質問を諦め、おとなしくついていくしかない。

「ここだ」

 海洋生物学研究室と書かれた扉をレインはノックする。数秒後、ぱたぱたという足音が三人に聞こえた。

「はい。どちら様でしょうか?」

 ドアを開けたのは、レインにも劣らずに背の高い男。長い髪にまるで絵画のように整った顔立ちは、ありきたりな研究者像を想像していた光正とチャックを大きく裏切るものであった。ただ一つ、彼の全身から漂う潮臭さを除いては。

「マルティン博士、久しぶりだな」

「レイン警部補!」

 やはり二人は旧知の仲のようである。が、この来訪は意外だったようで、マルティンは目を丸くしている。

「ちょいとお前さんの海洋生物学の知識を借りたくてな」

「それは構いませんが……あ、そちらのお二方は?」

 マルティンが光正とチャックを順番に見る。

「あぁ。そっちのツンツンした美形は、魔導協会の検閲官、チャック・ロウ」

 レイン警部補の紹介が不満だったのか、チャックは顔をしかめたが、おとなしくマルティンに右手を差し出し悪手を求めた。

「はじめまして、ロウ検閲官。と、そちらのお方は?」

「あぁ。そいつは一般人の旅行者、日本から来た赤星光正だ」

「日本人ー! スシー! サシミー!」

 いきなりマルティンはチャックの手を振り払い、叫びながら光正に突っ込んできた。予想外の行動に光正は反応することも出来ず、されるがまま掴まれた両腕をぶんぶんと振られている。

「おお、貴方は日本人ですか! かの有名なスシ! そしてサシミ! 魚を生で食べる技術! ここロンドンではお目にかかれない幻! なんということでしょう、あぁ神様! それだけではありません! 日本の海の話を聞かせてください! どんな魚が、どんな生きものが!」

「おっと、マルティン博士。ちょっと落ち着いてもらえるか? 赤星はまだ少し状況が飲み込めていないようなのでね」

「あ……あぁ、失礼しました」

 ここでやっとマルティンは光正から手を離した。

 レインは『いい土産』と言っていたが、こういうことだったのか、と光正は納得した。

「その日本人とは後でじっくりと話をしてもらったらいいとして、こっちの用件を先に済まさせてもらってもいいかい?」

「あぁ、すみません。つい……こんな素晴らしい巡り合わせがあるなんて夢にも思わなかったもので」

 まだ夢見心地の表情でマルティンは光正を見る。

「……僕、料理人じゃないから、スシもサシミも作れないんだけど」

「今その話はややこしいので、後にしてください」

 光正はチャックに耳打ちしたが、冷たくあしらわれてしまった。

「では、早く用件をすませましょうか」

 ちらちらと光正の様子を見ながら、マルティンは三人を研究室に招き入れた。部屋の中は、本と紙と水槽と標本で埋まっている。テーブルの上の紙の束をマルティンはそのまま横に滑らせ、三人の場所を作った。

「では早速だが、お前さんに見てもらいたいものがある」

 レイン警部補はコートの懐から一枚の写真を出した。それをマルティンは受け取り、しげしげと見つめる。

「これは……今までいろいろな写真を見せられましたが、これはひどいですね。全身、ほとんどバラバラです」

「バラバラ!」

 物騒な言葉に思わず光正が叫んでしまった。黙れとばかりに光正のローブの裾をチャックが引っ張る。

「このマルティン博士は優秀な男でな。たびたび捜査協力をしてもらっているんだ」

「私としてはあまり水死体など見たくはないのですが……警察への協力は市民の義務。いたしかたありません」

 光正とチャックはようやく事情を理解した。しかし、それならさっさと教えてくれればいいものを、と二人は恨めしげにレインを見る。

「テムズ川に遺棄された遺体が北海に着くまでの時間を正確に見積もってもらったり、遺体に付着していた海藻から死亡した場所を特定してもらったりな。助かっているぜ」

 レインは感謝の言葉を述べているとはいえ、この男に次から次へと死体案件を持ち込まれているであろうマルティンに光正は少し同情した。

「先入観なしのお前さんの見解を聞きたい」

「わかりました……これは、サメですね。この傷から察するにホオジロザメによるものではないでしょうか。しかし、ホオジロザメはイギリス近江には生息しておりません。遺体の腐敗が大して進んでいないことから、イギリス近江のホオジロザメの生息している海。ということは、このご遺体はスペインもしくはフランスの海で襲われた――というところでしょうか」

 マルティンの見解に納得した様子でレインは頷く。

「なるほど。ということは、陸上で襲われたのではない、ということだな?」

「ええ。それはおそらく間違いないかと。私の専門ではないので確信を持っては言えないのですが、地上にこれほど大きな顎を持った生物はいないと思います。例えそれが熊やライオンであったとしても」

 マルティンの答えをレインはあらかじめ予想していたようだった。さしたる驚きもなく、写真を再び自らの懐にしまい込む。

「えーと、ってことはレイン警部補は、この写真の遺体がどこで死んだか、っていうことを確認したかったのかな?」

 好奇心から光正が話に割って入った。

「いや、そうじゃないな」

 しかし、レインはあっさりと光正の発言を否定する。では何を訊きたかったんだ、と光正は不満げにレインを見上げた。

「この遺体は――一週間前にロンドンで見つかったものだ」

「まさか、一連の殺人鬼騒動のものですか!」

 レインの発言に思わずチャックが立ち上がった。

「でもそうなると、サメに襲われたっていうのはおかしいんじゃ?」

 光正が疑問を呈する。ロンドンは港町ではない。サメに襲われた死体が街中に現れるなんて事はありえない。

「遺体発見現場の状況と、マルティン博士の証言を矛盾なく合わせれば、こういう解釈になる」

 レインは右手の人差し指と中指を親指に当てて、サメの顎の真似をしてみせる。

「陸を歩くサメに襲われた、と」

 レインの言葉に即座にマルティンと光正が反応した。

「まさか、そんな生物がいるなんて!」

「そうだよ、馬鹿げているよ!」

 レインの言っていることは滅茶苦茶だ。まさか言うに事欠いて陸を歩くサメがいるなどとは。しかし、この中でただ一人、チャックだけが口に拳を当て押し黙っている。

「どうやら、ロウ検閲官には心当たりがあるようだな」

 レインの言葉にチャックは頷きも首を振りもしない。しかし、その場にいた全員がそれを肯定として捉えた。

「さァて、ここから先はお前さん達の領分だぜ」

 レインの言葉に光正は思い知る。あの夜感じた気配は、本物だったのだと――

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