麦わらと夜兎   作:人参腎

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11 狂騒

 

 

 ───いい覇気だ!

 

 番傘を受け止めながら、ブロギーは乱入者───イカゼの纏う覇気を見て舌を巻く。

 偉大なる航路の前半も前半のこの辺境の島で、まさか覇気を扱う人間に出会うとは思ってもなかった。

 今まで二人が出会って来た人間たちは誰もが偉大なる航路に入って間もない未熟な海賊たちばかりで、悪魔の実を食べた能力者たちは少なからずいたがやはり覇気を扱う者は誰一人としていなかった。

 

 ───いやはや、全く以って懐かしい

 

 久しく忘れていたその感覚にブロギーの戦士としての本能が鎌首をもたげる。

 ドリーとの決闘を始めてもう100年、損傷の酷くなってきた武器を鑑みていつしかお互いに覇気を使わなくなったこともあり、今やすっかりブロギーの覇気は錆び付いてしまっている。

 ドリーとの決闘の後ということもあり疲労困憊の我が身では、とてもではないがこの荒れ狂う覇気と同等の覇気を放出することは不可能だろう。

 

 しかし覇気の強弱だけが勝敗を左右することはないと、かつて偉大なる航路を震え上がらせた海賊団の船長だったブロギーは知っている。

 

 ───まだまだ覇気も技術も粗削り

 

 台風の如く吹き荒ぶ覇気は確かに強大だが、イカゼ自身も自覚があるのかないのかその覇気を全く制御出来ていない。

 また覇気を乗せ人間離れした膂力から放たれた一撃は力任せの一辺倒で、巨人族の膂力に匹敵こそすれ内包した技術は雲泥の差だった。

 

 歴戦の猛者たるブロギーは瞬時にその弱点を見抜いて拮抗していた状況から一転、戦斧を番傘から滑らせるように側面へ潜り込ませると、そのまま番傘を叩き上げ攻撃の軌道をずらすことに成功する。

 意表を突かれたイカゼが呆けた表情を浮かべるのを目にしながら、ブロギーは錆び付いた覇気を掻き集めて掲げた右拳を黒く染め上げる。

 

「ガバババ! いい一撃だったぞ小僧! これは返礼だ───!」

 

 遠慮せずに受け取れ、その言葉と共に振り降ろされた拳がイカゼを撃ち抜く。

 防衛本能が咄嗟に全身に覇気を纏わせ何とか直撃は免れたイカゼだったが、轟音と共に再び密林を巻き込んで吹き飛ばされ、ブロギーが住処にしている骨塚に直撃しそのまま意識を失ってしまう。

 

 ブロギーの家に招待され家主の帰りを待っていたナミとウソップが、突如吹き飛ばされてきたイカゼに血相を変えて駆け寄って安否を確かめていることなど露知らず、ブロギーは座って決闘を眺めていたドリーに楽しそうに声を掛ける。

 

「あいつはいい戦士になるぞ、ドリーよ」

 

「ああ……久方振りに見た、いい覇気だった」

 

 昔を思い出す、と昂った気持ちを抑え込むよう剣を握る手に力を込めたドリーを見て、ブロギーは分かるぞと大きく頷く。

 あれほどの覇気はこの場所では早々お目にかかれない、それこそ数十年振りともなればさぞかし戦士としての本能を刺激されたことだろう。

 決闘をしたばかりなのに、ドリーは早く戦わせろと言わんばかりに真ん中山の噴火を待ち侘びていた。

 

「ガバババ! そう焦るなドリーよ。客人から酒を貰ったんだ、この出会いを祝してお前も一杯どうだ?」

 

「ゲギャギャギャ! それを早く言わんかブロギー、そう言うことならありがたく頂戴しよう!」

 

 エルバフの神に感謝を、そう天に祈って二人はナミとウソップの待つ骨塚へ歩みを進めていく。

 

 

 

「───なるほど、確かに脅威だガネ」

 

 その背後で、眼鏡を持ち上げ嘆息する男に気づかないまま。

 

 

 

 

 

 

 Mr.5が任務を失敗したという報告を受け、Mr.3は大して驚きもせずむしろやっと失敗したのかと納得していた。

 彼が持つボムボムの実という悪魔の実は確かに強力だ、それはMr.3も認めているが結局のところその力は活かすも殺すも能力者次第。

 そしてMr.5は能力に胡坐をかくだけの後者だった、だから何れ任務失敗の報が来るだろうと考えていただけのこと。

 任務を失敗したからには組織の掟に従って排除する、そう考えMr.5の始末に向かったMr.3はそこで予想外の光景を目にした。

 

『番傘の男、あいつはヤバすぎる……』

 

 任務を失敗して排除されるという恐怖を遥かに上回るたった一度の敗北、植え付けられたその恐怖は尋常なものではなかったようで、始末に訪れたMr.3が目の前にいるというのに最後までその恐怖の矛先が向かなかったほどだ。

 

 Mr.3はMr.5をバカだと言うが、それでも今までの仕事の働きぶりは正当に評価しているしオフィサーエージェントに相応しい力は最低限持っていると認識していた。

 そんな彼が任務失敗を呆気なく認め、標的を追うことなく未だにウイスキーピークで膝を抱え震えていた事態に、Mr.3は冷静に状況を見極めて一先ずMr.5の始末は見送ると彼らを連れて標的が向かった島───リトルガーデンへ上陸する。

 

 そして、Mr.5の言葉は確かに事実だったと先の光景を思い返し嘆息していた。

 

「ただの人間が1億の賞金首の巨人と渡り合う? ……全く化け物染みているガネ」

 

 普通の人間が力で巨人族に勝ることは不可能、能力者であれば話は変わってくるがあの番傘の男は無能力者だと聞いている。

 しかし現実は、巨人が真っ向からの撃ち合いを避けて搦め手を取らなければ力負けするほどの怪物。

 先ほどの悪寒がするほどの謎の気配のこともあり、Mr.5が戦意を失うのも納得だとMr.3が理解を示すのも当然の反応だった。

 

「ヤツは麦わらの一味の戦闘員。船長は3千万の首の麦わらのルフィに、ウイスキーピークで100人斬りを成した海賊狩りと他にも目ぼしい人材はちらほらと」

 

 手配書とアンラッキーズから齎された情報を吟味しながら、Mr.3は密林には似合わない真っ白な家屋へ辿り着き周囲に人影がないか探り終えると扉を開き中へ足を進めてていく。

 

「……言わんこっちゃなかったろ?」

 

 ソファの上で肩を抱いて震えるのは連れてきたMr.5とミス・バレンタイン。

 遠く離れたこの場所にいてもイカゼと巨人の戦いの余波が伝わってきたのだろう、二人の顔はウイスキーピークでの敗北を想起させたのか蒼白に染まっていた。

 思わずとMr.5が言葉を投げれば、Mr.3は嘆息しながら反対側のソファに腰を下ろす。

 その様を見て同情的な視線を向けるMr.5だったが、直後にそれは間違いだと言わんばかりにMr.3の顔に不敵な笑みが浮かび上がる。

 その眼差しには一切の恐怖はなく、確かな勝算の色が宿っていた。

 

「正面からは勝ち目がない、そんなことはバカでも分かるガネ」

 

 何も力押しだけが全てではない。

 Mr.3にはMr.5たちや相方のミス・ゴールデンウィークという手駒、そして何より巨人が相手だろうと封殺出来ると断言するほどの悪魔の実の力があった。

 勝利の方程式を思い描くMr.3は、Mr.5から事前に受け取っていた火種が今どこにあるのかと今まで伏していた作戦の全貌を打ち明ける。

 

「私のモットーは姑息な大犯罪だガネ。犯罪組織らしく狡猾に事を進めていこうではないか……戦わずに敵を落とす方法なんて幾らでもある」

 

 ミス・ゴールデンウィークの淹れた紅茶を嗜みながら、Mr.3はその魔の手を麦わらの一味へと伸ばしていく。

 爆発音が響き渡った時、その瞬間が次の行動の合図だとほくそ笑みながら。

 

 

 

 

 

 

「すごい衝撃だったわね……」

 

 怯えるカルーを宥めながら、ビビは風除けに隠れていたドリーの住処から顔を出し窺うように周囲を見回す。

 

「ドリーさんたちに何かあったのかしら?」

 

 彼らの決闘が終わった矢先に発生した立っていられないほどの轟音と衝撃。

 薙ぎ倒され荒れ果てた密林と逃げ惑う恐竜たちの地鳴らしは、まるで隕石でも落下したような酷い有り様だった。

 咄嗟にカルーを引っ張って骨塚に避難したのは英断だったと胸を撫で下ろし、ビビは一緒に来ていたルフィは無事だろうかとその姿を探し始める。

 

「───イカゼをぶっ飛ばすなんて向こうのおっさんもやっぱり強ぇなあ」

 

 ゴム人間のルフィならば問題ないだろうと思い捜索していると、ビビたちのいた骨塚の上で腰を下ろすルフィが楽しそうに笑っていた。

 あんな所に、と呆れたビビだったが一先ず怪我などはなさそうで安心する。

 

「ルフィさーん! 何があったのー!?」

 

 事情を知っていそうなルフィに説明を求めれば、ビビに気づいたルフィが骨塚から飛び降りて一部始終を話し始める。

 その内容はビビに筆舌に尽くしがたいほどの驚愕を与え、ルフィは仲間の強さに誇らしげに胸を張っていた。

 

「巨人族と渡り合うなんて……イカゼさんは一体何者なの?」

 

 双子岬とウイスキーピークの件でその強さは確かなものだと理解していたビビだったが、それでもこれほどだとは思わなかったと戦慄が走る。

 そんなビビを見て思い出したようにハッとしたルフィが考え込むビビに問いかけた。

 

「なぁビビ、太陽に弱い人間って知ってるか?」

 

「突然どうしたの? ……んー、特に心当たりはないけど」

 

 大雑把に過ぎるルフィの質問だが、砂漠の国と呼ばれるほど強い陽射しの下で暮らしていたビビからしてみれば、太陽に弱い人間など全く想像出来ないものだった。

 

「イカゼは太陽に弱ぇんだ。だけど記憶喪失ってやつで、何も思い出せないから困ってるんだよなぁ」

 

「えぇ!? イカゼさん記憶喪失なの!?」

 

 大変なことじゃない! とここ一番の驚きを見せるビビ。

 聞けばルフィはイカゼの記憶探しに付き合っているらしく、心当たりがないというビビの答えに残念そうに肩を落としていた。

 そんなルフィを見て申し訳ないなと思いながらも、ビビは何故イカゼが普段から番傘を差しているのか、その理由に納得がいくのと同時にアラバスタに向かってもいいのかと疑問が過ぎる。

 

「アラバスタの陽射しはこことは比べ物にならないほど強い……イカゼさんは大丈夫なのかしら」

 

「水たくさん持ってけば大丈夫だろ」

 

「そういう問題じゃないと思うけど……」

 

 仲間のことなのに何故か楽観的なルフィに呆れながら、ビビはアラバスタに到着するまでに何とか対策を考えておこうと思案する。

 

 そうこうして時間が過ぎていくと、上機嫌そうなドリーがブロギーとの決闘から帰って来た。

 その手には巨人族のサイズにはとても見合わないが酒樽が握られており、どうやらブロギーの客人から分けて貰ったとのこと。

 

「鼻の長いのと女が一人、きっとウソップさんとナミさんのことね」

 

 客人の特徴を聞いてビビが船で待機すると言っていた二人のことを思い出す。

 どういう経緯かは分からないがどうやら二人は今ブロギーの拠点に招かれているらしい。

 

「イカゼと言ったか、凄まじい覇気だったぞてめェらの仲間は」

 

「覇気ってなんだ?」

 

「何だ、てめェは知らねぇのか。ゲギャギャギャ! それならこの海を進んでいけば何れ分かる!」

 

「それならいいか!」

 

「ゲギャギャギャ! 相変わらず面白ぇチビ人間だ!」

 

 僅かな時間で打ち解けてしまったルフィの人柄に感心しつつ、ビビはドリーから聞いたこの島の記録は1年でたまるという事実に頭を抱える。

 1秒でも早く国に戻らなければならない事態なのに、この島で1年を過ごさなければ先に進めないというのだから無理もない。

 

「取り敢えずみんなと話し合わないと」

 

 先ずはブロギーの所にいるナミとウソップと合流しよう、そう考えドリーの酒と恐竜の肉を交わすルフィへ声を掛けようとして───ドリーの呷った酒が勢いよく爆発した。

 

 

 

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