麦わらと夜兎   作:人参腎

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12 想起

 

 

『覇気?』

 

『お前らの国じゃ流桜って呼ばれるやつのことだ』

 

 数多の死体が転がった血だまりの中で、男の言葉を確かめるように子供が拳を握り締める。

 

『流桜なら知ってる』

 

『それなら話が早ェな』

 

 覇気という単語は子供にとっては聞き覚えのない言葉だったものの、流桜は都の人間たちや知り合いの盗賊が日頃口にしていたものだったためか、体の底から湧き上がって来るこの力がそうなのかと何処か満ち足りた感覚を抱きながら、つい先日殺し合ったばかりの男が目の前にいる言うのに、その子供はまるで師から教えを受ける弟子のようにその言葉を素直に受け入れていた。

 

『覚えておけ、■■───この世界は覇気だけが全てを凌駕する』

 

 銃や刃物、悪魔の実の能力、その種族固有の特殊能力……数多の力に晒されながらもその全てを返り討ちにしてきた男の言葉には確かな説得力があった。

 その中には当然ながら自分自身の姿もあって、故にこそ子供は男の言葉を否定せず忘れないよう心の内に刻み付けた。

 

『それなら……この覇気ってやつを極めたら、アンタにも勝てる?』

 

『───……』

 

 そして、その言葉を受けた男の表情も、それから先に続いた男の返答も───生涯忘れないと子供は誓った。

 

 

 

 

 

 

「起きろッ、イカゼ!」

 

 自分の名前を呼ぶ声に意識が引き上げられる。

 何処か違和感の残る体を放って瞼を開けば、普段よりも随分近くに感じる太陽(天敵)と、何故かケーキに刺さってるロウソクのような恰好を晒している仲間たちの姿。

 

「みんなして何してんの? 何かの曲芸の準備中?」

 

「イカゼ! 良かった……!」

 

 宴の前にしては何処か切羽詰まったようなナミの表情に大まかな事情を察したイカゼが周囲を軽く一瞥する。

 動けなさそうなゾロとナミとビビ、見覚えのある爆弾男と斧巨人、そしてこの珍妙な物体と粉雪のような謎の粉末を操る首謀者と思わしき眼鏡の男。

 

「お、おい、本当に大丈夫なんだろうなMr.3!?」

 

「問題ないとも。彼にはより強いサービスを施してある、満足に体を動かすどころか体内に入った″ろうの霧″で呼吸一つするだけで激痛が走る特別仕様だガネ」

 

 先ほどから感じていた違和感の正体を暴露する男───Mr.3にイカゼは思うように体が動かないのはそういうことかと嘆息する。

 どうやら自分が斧巨人に伸されている間にやりたい放題していたのだろう、呑気に寝ていたイカゼに仲間たちを責める資格はないしイカゼ自身責めるつもりは毛頭ない。

 

「おーい、イカゼ!」

 

 どうしたもんか、と思考していると眼下のゾロが悪巧みを思いついた子供のように口元を歪めていた。

 

「おれと巨人のオッサンは腕と足斬り落として(・・・・・・・・・)こいつらぶっ潰すけどよ……お前はどうする?」

 

「ちょっとゾロ! あんた本気でやるつもりなの!?」

 

 ナミの言葉に動揺はおろか笑みすら絶やさないゾロを前にして、ゾロが現状を打破すべく冗談ではなく本気で言っていることを理解する。

 続くようにその視線を地面に縫い付けられている斧巨人へ向ければこちらからも同じような笑みと眼差しを返され、ゾロが自分を呼び起こしたのは自分もその行為に参加するか問いかけるためだったのだとイカゼは悟った。

 

「待って! 私も一緒に戦うわ!!」

 

 更にはその覚悟に充てられたのか、ビビも脳裏にイガラムの姿を思い浮かべながら参加を表明する。

 残るはナミとイカゼのみだったが、ナミは先の言動から参加しないことは分かりきっているため残るはイカゼのみ。

 当然、イカゼの答えは決まっている。

 

「いいね、乗った───」

 

 ただし、と言葉を付け加えたイカゼが、降り注ぐろうの霧など関係ないと言わんばかりに大きく息を吸い込む。

 

「ば、バカだガネ!? そんなに大量に摂取すればすぐにろう人形に」

 

 業を煮やしたMr.3がこれ幸いと言わんばかりにイカゼの行為を嘲笑するが即座にその表情が凍り付く。

 あれだけのろうを体内に取り入れたと言うのに、Mr.3の視界ではイカゼの体はろう人形になるどころかむしろその活力を増しているようにさえ映っていた。

 同時に、その肉体を中心に体の芯から震え上がらせるような悪寒がMr.3たちに叩きつけられその表情が驚愕に染まる。

 

覇気は全てを凌駕する(・・・・・・・・・・)

 

 イカゼの脳裏を過ぎったのは顔も名前も思い出せない夢の中の男の言葉。

 普段から自分が扱っていた力の正体を知った───否、思い出したイカゼが、今まで体外に撒き散らしていた覇気を体内へと収束させ自らの力へと変換する。

 

「腕も足もくれてやる必要ないよ」

 

「あ、あり得ない! 巨人族さえ手も足も出ない私の美術を!?」

「小僧、まさか覇気を……!?」

 

 イカゼを拘束するろうの拘束がひび割れていく。

 Mr.3は目の前の巨人よりも遥かに強く固定したイカゼの拘束が破られていくことに顔を蒼白にし、ゾロたちはイカゼから溢れ出す謎の力に冷や汗を流しながら目を皿のように丸くして、唯一その力に心当たりのあるブロギーはこの短時間で覇気を自覚し(あまつさ)えそれを制御するイカゼに驚愕を隠せない。

 

「こんな玩具じゃ俺たちは止められない───そうだろ? 船長」

 

 ろうの塔がイカゼの覇気をまとった蹴りで崩れ落ちるのと同時に、麦わらのルフィの怒りの鉄拳がMr.3の顔面に突き刺さった。

 

 

 

 

 

 

 ルフィがMr.3に勝利を収め、サンジがアラバスタ王国への永久指針(エターナルポース)を手に入れたことでリトルガーデンでの動乱は幕を閉じる。

 そしてMr.3の謀略により巨人の片割れ、ドリーは命を落としたかにも思われたが、イカゼとの二度に渡る得物の打ち合いによってブロギーの武器が消耗し切っていたこともあり致命傷を免れていたことで一命を取り留める結果となった。

 

「友の、そして恩人の船出だ」

 

「その海賊旗(ほこり)は何者であっても決して折らせぬ」

 

 たとえ何が起ころうともまっすぐ進め、出航の前に二人から告げられたその言葉を信じて海を進む麦わらの一味の前に立ち塞がる大きさだけで言えば海王類をも凌駕する怪物金魚───島食い。

 リトルガーデンを後にした船を数え切れないほど食い潰し育ちに育ったその巨体がメリー号を呑み込まんと大口を開けて迫り来る。

 事情を知らないサンジと疑心暗鬼に陥ったナミとビビが船上で騒ぎ立つが、冷や汗一つ流さないルフィは二人を信じてまっすぐに船を進ませ続ける。

 

「奴らを見ているとどうも昔を思い出す」

 

「懐かしい冒険の日よ……ドリーよ、イカゼはあいつによく似ていると思わんか」

 

「ゲギャギャギャ! ちょうど、同じことを思っていたところだ」

 

 脳裏を過ぎるのは、幼少の頃に共に故郷で暴れ回った古代巨人族の血を引く友の姿。

 後の妻との会合を機に丸くなったものの、その暴れっぷりと荒れ狂う覇気は今でも二人の記憶に色鮮やかに刻まれている。

 見た目も種族もまるで異なる両者ではあるが、それでも二人はイカゼに(ハラルド)の面影を感じずにはいられなかった。

 

 ならばこそ───

 

「カッコ悪いところは見せられまい」

 

「応とも……見せてやろうではないか、エルバフに伝わる巨人族最強の槍を」

 

 島食いに呑み込まれたメリー号を前にそれでも両者の目に焦燥の色はない。

 この一撃に全てを乗せると言わんばかりに得物を引き絞り、二人は先のイカゼにも負けないありったけの覇気を集約していく。

 

「行くぞ、島食い!」

「我らの全霊、受け取るがいい!」

 

「「覇国ッ!!」」

 

 互いの得物を打ち付けるように放たれた一撃は、一瞬の静寂の後に海を割るほどの衝撃波となって島食いへ直撃し、その巨体に風穴を空けて吞み込まれていたメリー号を救出すると同時に彼らの航海を祝福するように彼方へと船体を運んで行った。

 

「「さァ、行けェ!!」」

 

 

「───ハハッ」

 

 風に揺られながら、イカゼは心の底から笑っていた。

 

 

 

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