麦わらと夜兎   作:人参腎

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15 恐ろしく速い食い逃げ

 

 

 Mr.2ボンクレーとの不慮の事故のような出会いから半日。

 マネマネの実に翻弄されないようにと仲間の証を左手に印して、ついに一同はアラバスタへ辿り着き砂漠を越えるための補給をすべく港町ナノハナへと上陸した。

 

「お先、ルフィ」

「あ、ずりィぞイカゼ! おれも飯ー!!」

 

 メリー号での絶食生活を経て既に空腹の限界だったルフィとイカゼが、ナノハナの飲食店へ一目散に駆け出していくのをナミは呆れながらももう慣れたと言わんばかり頭を振って、ビビは苦笑を浮かべながらもどこか心配そうな眼差しで見送る。

 アラバスタの海域に突入した時点で番傘と包帯、更にチョッパーお手製の日焼け止めに似た効能の試験薬を塗ってフル装備のイカゼだったが、やはりアラバスタの陽射しは今までになく強かったようで、普段なら一日は持つであろうこのフル装備もアラバスタの環境下では半日持つかどうかという程度だった。

 

「……大丈夫かな、イカゼ」

 

「トニーくん……」

 

 冬島育ちのチョッパーもこの環境には堪えているが、それよりもこの数日間でイカゼの体質を何度も目の当たりにしてきたためか今は医者としての心配の方が勝っている様子。

 万能薬になる、という夢を持つチョッパーにとっては、身近な仲間一人治せないでその夢が叶うわけもないと、一味に加入してからはよくイカゼと行動を共にしているのをビビ自身よく目にしている。

 試験薬を何度も調合して試して貰っては失敗し、その度に落ち込んでいるがそれでも諦めずに挑戦し続ける姿にはビビも勇気を貰っているしその努力が報われて欲しいとも思う。

 けれど材料も限られ時間的な余裕もなかった現状では満足行く結果を出すことは叶わず、使わないよりはと言う苦し紛れに出来上がったのが今の試験薬なのだからチョッパーの心配はビビのそれの比ではないだろう。

 

「薬以外にも力になれることはあんだろうが」

 

 傍目からでも落ち込んでいると分かったのだろう、ぶっきらぼうな口調ながらどこか励ますようにチョッパーの帽子を押し込む影が一つ。

 驚いたような眼差しでチョッパーが顔を上げれば、そこには心配なんて微塵もしていないと言わんばかりの表情のゾロが立っていた。

 

「あいつは強ェよ、それに引き際を見誤るほどバカじゃねェ」

 

 飄々として掴みどころのない性格のイカゼは、一見何を考えているか分からず気づけば何処かへ飛んで行ってしまいそうな危うい印象を抱きがちだが、同じ一味の戦闘員として共に戦い拳と刀を交えたこともあるゾロはイカゼがただの美味い飯と強い相手を求めるだけの単純な人間だと知っている。

 そして、何だかんだでそんな自分の欲望よりも仲間のことを第一に考えて動く優しい人間だと言うことも。

 

 だからこそ───

 

「それでもあいつがぶっ倒れたら……そん時は手の一つでも貸してやりゃいい」

 

 仲間なんだからよ、と言葉を締めたゾロに不安に揺れていたチョッパーの瞳に活が宿る。

 うん! と大きく頷いたチョッパーに満足そうな笑みを浮かべながら、それにな、とナノハナへ歩き出したゾロが思い出したようにチョッパーへ振り返り言葉を残す。

 

「あいつはお前の薬、よく効くって褒めてたぜ」

 

 話は終わりだと言わんばかりに遠ざかっていくゾロの背中を滲み出す視界で見据えるチョッパーの姿に、良かったねトニーくん、とビビも言葉を残してナノハナへ歩き出していく。

 

「クエー」

 

「ッ……うん、おれたちも向かおう!」

 

 準備は出来た? と問いかけるカルーの言葉に、込み上げてくる思いをぐっと呑み込んだチョッパーが確と頷き、置いてかれないようにカルーと共に駆け出していく。

 もっともっとみんなの力になれるように頑張ろうと、改めて強く心に誓いながら。

 

 

 

 

 

 

「おいおい……」

「どっかのフードファイターか?」

「店主の方が先にぶっ倒れそうだぞ」

 

 ナノハナのアラバスタ名物料理が自慢のとある飲食店にて、四日にも渡る絶食の影響か周囲の奇怪な眼差しなど気づいてすらいない様子のイカゼが、店主から差し出された料理を凄まじい勢いで平らげていく。

 メニューにあるもの全部、と真顔で注文された店主は当然己の耳を疑いつつも金を払うなら何でもいいかと半信半疑で料理を作っていたが、全メニューを網羅し今や二週目(・・・)に突入しているイカゼを前にすればそんな雑念は塵も残さず消え去り、ひたすらに最高速度で料理を作り続ける一種の舞台装置と成り果てていた。

 

「うん、美味しい! ルフィもこっちに来れば良かったのに」

 

 特盛の炒飯を十秒とかからずに食べ尽くしたイカゼがナノハナに入ってすぐに別れたルフィの姿を想起するが、店側からすればここにもう一人大食漢が追加されるなど悪夢以外の何物でもないため、むしろイカゼと早々に別れてくれたルフィには感謝してもしきれない。

 

「そう言えば海軍が町にいたけど、あいつらもクロコダイル狙いで来てんのかな?」

 

 ルフィは気づいていない様子だったが、イカゼはナノハナ周辺で海兵が警邏に勤しんでいるのを確認している。

 その中には一度戦ったことがある煙の海兵(スモーカー)の姿もあったが、イカゼは海軍の狙いが自分たち麦わらの一味であるということまでは思い至らず、当然ながらルフィを見かけたスモーカーがルフィの入った飲食店へ急行していることなど知る由もない。

 

「いい食いっぷりだな、兄ちゃん」

 

「んむ?」

 

 不意に頭上に影が差し視線を向ければ、そこにはテンガロンハットを被った半裸の男が機嫌良さそうにイカゼの背後に立っていた。

 記憶にない相手の姿に自分に何か用かという意味も込めて首を傾げるイカゼに、半裸の男はイカゼの隣に立て掛けられた番傘に一瞬視線を移すと、必死の形相で料理を作り続ける店主に飲み物だけを注文してイカゼの隣の席に腰を下ろした。

 

「おれはエースってもんだ、あんたの名前を聞いてもいいかい?」

 

 どうやら自分に何か話があるらしい、危害を加えようとしている訳でもないしどこかルフィを思わせる雰囲気を前に飯を食っている間くらいなら話を聞いてもいいかなと判断したイカゼは、特に躊躇う様子もなく言葉を返す。

 

「俺はイカゼ。初対面だと思うけど、どっかで会ったことある?」

 

イカゼ(・・・)ね……いんや、ちょいとダチの探してる相手に似ててな、つい声を掛けちまった」

 

 どこか含みのある言葉にイカゼが違和感を覚えたのも束の間、店主から差し出された飲み物を口に含んだエースがもう一つだけ聞きてェんだが、と言葉を続けイカゼに問いかける。

 

「さっきルフィって言ってたが、あんたそいつの連れか何かか?」

 

「連れって言うか、ルフィはうちの船長だよ」

 

「船長……ってことは、アイツは今この町に来てんだな?」

 

 瞬間、エースの表情が破顔して、失礼失礼と改めてイカゼに頭を下げると彼はルフィと自分の関係をイカゼへ告げた。

 

「おれはポートガス・D・エース───ルフィはおれの弟なんだ」

 

 弟共々よろしく頼むよ、と語るエースに思ってもみなかった関係性にイカゼが目を丸くする。

 そんなイカゼの表情に(ルフィ)が一味でどういう立場なのかある程度察したエースは、昔と変わらなそうな弟の姿に嬉しそうに目を細めると、店の外が騒がしくなってきたことと遠くで響く爆発音を聞くとごちそうさまと店主に一言残し立ち上がる。

 

「相変わらず落ち着きのねェ奴だぜ……ここで会ったのも何かの縁だ、一緒にルフィを迎えに行かねェか?」

 

 その言葉で騒ぎの元凶がルフィだと気づいたイカゼは、先の海兵の件とルフィ自身が賞金首なこともありそれに関しては特に驚くこともなくルフィなら大丈夫だろうとも思っていたが、目の前のルフィの兄だと名乗る男がどれほどの強さなのか気になったイカゼは、それを確かめるためにも机の上の料理を一瞬で平らげるとエースの提案に頷いて言葉を返す。

 

「それじゃ行こうか。案内頼むよ、お兄さん?」

 

「ははっ、食えねェ奴だな」

 

 あくまで自分はついていくだけ、そんなイカゼのスタンスを察したエースは、お手並み拝見と言わんばかりのイカゼの眼差しに愉快そうに口元を歪めると、だったらついてきてみろと言い返すように炎となって飲食店を飛び出して行く。

 

「いいね、楽しくなってきた」

 

 そして包帯を巻き直し番傘を手に取ったイカゼも、置いて行かれまいと一陣の風となってエースの生み出した炎を追走する。

 

 

 

「───……え、お代は?」

 

 後に残ったのは、恐ろしく速い食い逃げに唖然とする店主のみであった。

 

 

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