麦わらと夜兎   作:人参腎

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17 それぞれの思惑

 

 

 エルマルを発ちユバへ向かう道中、イカゼは番傘の中に仕込んだ紙片を思いながらどこか心ここにあらずと言った雰囲気で砂漠を歩いていた。

 

『絶対になくすなよ』

 

 思い起こすのはメリー号で別れたエースの言葉。

 ビブルカードと呼ばれるこの紙片は別名″命の紙″と呼ばれる代物でこの紙の持ち主が提供した爪の欠片や髪の毛を利用して作成するらしく、どんなに細かく引きちぎっても紙片は必ず提供者の下へ戻ろうとする機能が備わっているとのこと。

 それを確かめるようにイカゼが立ち止まって番傘の中に仕込んだビブルカードに意識を向ければ、確かに紙片は僅かではあるが動き続けているのが分かる。

 

「大丈夫かイカゼ? 辛かったらいったん休憩にするか?」

 

「ごめんごめん、ちょっと考え事しててさ……体力は有り余ってるから心配ないよ」

 

 立ち止まってしまったからか気遣うように駆け寄って来たチョッパーに罪悪感を抱きつつ、心配かけないようにと頭を振って答え事なきを得たものの、それでも頭の中は依然としてこのビブルカードの持ち主のことでいっぱいだった。

 

「(たしかエースはヤマトって言ってたっけ……)」

 

 改めてその名前を思い返してみるも、やはりと言うべきかイカゼにはそのヤマトなる人物が皆目見当もつかない。

 自分のことを待っているとエースは言っていたが、きっとその人物が待っているのは記憶を失う前の自分であって今の自分でないことはイカゼ自身よく分かっているため、記憶を思い出すヒントは貰えたもののこの状態で会うのは流石に気まずいよなァと珍しく頭を悩ませていたりする。

 

「(…………うーん、やっぱり無理だ)」

 

 思い出せない、と大きく息を吐き出したイカゼが、これ以上は時間の無駄だと判断を下し気持ちを切り替えるように水樽を呷る。

 今ここで考えていても思い出せないなら仕方ないことだし、これからクロコダイルと戦うというのに余計な思考を張り巡らせていては動きを鈍らせる雑念になるだけだ。

 

「(今度エースに会った時にでも詳しく聞けばいいや)」

 

 何か知ってそうだったし偉大なる航路を逆走しているというのならばエースの帰り道にでも会う機会はあるだろう。

 加えて島を渡るたびに少しずつ記憶を思い出せてきていることを考えればこのアラバスタでも何か思い出せるかもしれないし、それが件のヤマトに関する記憶に繋がるかもしれない。

 だから何も問題なしと自分を納得させれば、冷たい水で頭の中がクリアになったのか不思議と先ほどよりも足取りは軽くなっていた。

 

「ユバまであとどれくらいかなー」

 

 燦々と照り付ける太陽を見上げながら、イカゼは岩場を発見したから一度休憩にしようと駆け出すルフィを視界に収め、呆れるゾロと共にその後に続いていく。

 

「……は? 荷物全部鳥に盗まれただァ!?」

「あらら」

 

 しかし一難去ってまた一難。

 アラバスタの大地はまるで麦わらの一味を試すかのように様々な試練を与え、時に積荷を奪われ、時に怪物に襲われ、時に幻覚にかかった仲間を気絶させ引き摺りながら……たった一日で全ての水と食糧を消費してしまうことになったものの、一味は現地の動物たちの助けも借りることでどうにかこうにか砂漠を越えてユバへ辿り着くことが出来たのだった。

 

 

 

 

 

 

『番傘の男、奴は余りにも危険過ぎるガネ……』

 

 レインディナーズの総支配人室にて、部下たちにユートピア作戦の決行を告げ明朝を待つクロコダイルは、ビビと麦わらの一味暗殺の任務に失敗しながらのこのこ帰って来たMr.3の最期の言葉を思い返し嘆息する。

 

「たかだか懸賞金3000万の小物海賊、そう思ってたんだがな」

 

 曰く、ウィスキーピークでMr.5ペアを完膚なきまでに叩きのめし。

 曰く、1億の賞金首でもあった巨人族と互角に渡り合うほどの力を持ち。

 曰く、その巨人をも拘束したMr.3の能力を″覇気″と呼ばれる謎の力で粉砕。

 

 Mr.5ペアの件は置いておくにしても、それ以外は流石のクロコダイルでも無視することが出来ない報告だった。

 

「巨兵海賊団の二大船長()と張り合える覇気使いか……」

 

 面倒だな、とアンラッキーズが撮って来た一枚の写真を見据えながらクロコダイルは葉巻を燻らす。

 王下七武海ほどの海賊であれば巨人族の力は身に染みて理解しているし、それこそ海賊王の名が知れ渡る以前からこの海で活動していた巨兵海賊団ともなればエルバフの戦士の時代を生きて来た傑物たちなのだから尚更だ。

 どういう状況だったのかは定かではないが、それでも新世界でもないこんな弱小海賊の渦巻く前半の海で、ただでさえ希少な覇気使いがエルバフの戦士と真っ向から打ち合えるレベルにあると言うのならば警戒して然るべき相手であることは明白。

 

「そんな奴が何で3000万程度の雑魚の手下になってるのかと思えば……まさか海軍の英雄が絡んでくるとはな」

 

 モンキー・D・ルフィ。

 決定的な証拠こそないものの、その名前と面影を感じさせる顔立ちを目にすれば彼が海軍の英雄(モンキー・D・ガープ)と血縁関係にあると疑うのは当然のことだ。

 覇気を使えるか否かは報告に上がらなかったが、それでも海軍の英雄と関わりがあると言うのはそれだけでも警戒に値する。

 

 そんな海賊たちがビビの護衛をして反乱を阻止しようと動いているのだから、それを黙って見ているほどクロコダイルは甘くないし、対策を打たないほどの能無しでは王下七武海の座は務まらない。

 

「ナノハナで騒ぎを起こしたのは不注意が過ぎたな」

 

 Mr.2のメモリーを使って収めた写真を配下のビリオンズたちに見せたところ、ナノハナでそれらしき人物たちが海賊船に乗り込みエルマルへ向かって行ったという報告をクロコダイルは受け取っている。

 大方その足でかつての反乱軍の拠点だったユバへ向かったのだろうが、今の反乱軍はユバではなくナノハナの隣町カトレアにその拠点を移しているため無駄足と言わざるを得ない。

 そしてユバへ向かったと言うのなら、例えこれからカトレアへ向かったとしても反乱軍と合流することは時間的に不可能。

 

 そうなれば彼らの行く先は自ずと一つに絞られる。

 

「奴らは必ずレインベースにやって来る……クハハ、王女様の出迎えの準備をしてやらねェとな」

 

 唯一の懸念はビビたちがレインベースを経由して直接アルバーナへ向かうことだが、その対策は既にMr.4ペアを動かすことで手を打っている。

 故にこそクロコダイルは、このレインベースでただ麦わらの一味とビビを待っているだけで事足りるのだが───

 

「───ミス・オールサンデー、少し店を空ける」

 

「あら、あなたが直接出向くなんて珍しいのね」

 

「命からがら帰って来た部下からの涙ぐましい忠言なんでな」

 

 バナナワニの餌になったMr.3を一瞥し、念には念をと高笑いと共にレインディナーズを後にするクロコダイルに意地の悪い人ねと言葉を返しながら、しかしミス・オールサンデーはこれからレインベースへやって来る彼らとのメリー号で交わしたやり取りを想起して笑みを溢す。

 

「あなたたちにクロコダイルを超えられるかしら……」

 

 どれだけ耳障りのいい言葉を並べても結果が伴わなければただの理想論。

 反乱を止めてアラバスタを救うと彼女の前で吠えて見せた麦わらの一味を、ミス・オールサンデーは敵対している立場の筈なのにどこかクロコダイルの敗北を期待しているかのような眼差しで手元にある彼らの写真を弄んでいる。

 

 それは悪魔の子として数え切れないほどの裏切りを重ねてきたが故にか、はたまた考古学者として歴史ある国が滅んでしまうことを憂いてのものか、それとも───かつて燃える故郷を前にただ泣くことしか出来なかった幼い少女を重ねてのことか。

 

「結果を楽しみにしてるわね、モンキー・D・ルフィ」

 

 その胸に渦巻く期待がどのような感情なのか、ミス・オールサンデーは───ニコ・ロビンは近いうちに知ることになる。

 

 

 

 

 

 

 数え切れないほどの砂嵐によって干上がってしまったユバのオアシス、既にユバを発ちナノハナの隣町でアルバーナへ進行する準備をしている反乱軍、そして未だに仲間を頼らず自分の命一つで戦い続けているビビ。

 雲行きが怪しくなってきたことを各々が明確に理解しながらも、一先ずは旅の疲れを癒そうとユバで夜を越すことを決め一人一人寝床に潜っていき、最後まで水掘りに勤しんでいたトトも限界まで手伝ってくれたルフィを抱えて宿に戻り眠りに就いて行く。

 

 それを見計らったように、雲一つない月夜の空の下、氷点下まで落ち込んだ砂の大地を平然と薄着で出歩く影が一つ。

 

「おー、本当に地面が湿ってる」

 

 先ほどまでトトとルフィが掘っていた穴の中を覗き込みながら感心したように言葉を溢すのは、ユバについてすぐに宿へ向かい眠りに就いていたイカゼ。

 とは言えそれもビビたちより一時間早いかどうかという程度だったためそこまで就寝時間に差があるわけではないが、元より特殊体質で回復が早いイカゼは三時間も眠れば一日に溜め込んだ疲労なら払拭される。

 ルフィが水と食糧を盗まれたこともあって、反乱軍の下に向かうにせよクロコダイルの所へ向かうにせよ、何にしても水だけは確保しておこうと考えたイカゼはトトとルフィの水掘りを引き継ぐようにその穴の中へ飛び込んでいく。

 

「陽も出てないし、このくらいまで掘り進めるだけでいいなら楽勝楽勝」

 

 持ち前の怪力を駆使し番傘をツルハシのように振るって砂を掻き出していくイカゼ。

 

『ユバのオアシスはね、″砂″なんかには負けないよ』

 

 宿の壁に背中を預けながら耳にしたトトとルフィの会話を思い返しながら、まるで見計らったかのようにユバを襲う砂嵐にイカゼは何者かの思惑をひしひしと感じさせられていた。

 ビビ曰く、この国の反乱の原因はダンスパウダーという雨を奪う粉末が端を発していると言う。

 どんな思惑でクロコダイルが雨を奪っているのかなどイカゼには知る由もないが、()を操作して反乱の気炎を高めようとするクロコダイルが各地に点在するオアシスに目を付けないとは考え辛い。

 十中八九、ユバやエルマルを襲った砂嵐はクロコダイルが人為的に引き起こしたものだろう。

 

「謀略の類は専門外だし、国を落とそうとするならそれは大層な計画があるんだろうけどさ……」

 

 振り下ろすごとに穴の深さを増していくイカゼの番傘に応えるように、砂に広がる滲みが徐々にその勢いを増していく。

 

「結局、最後に物言うのは純粋な力でしょ」

 

 覇気をまとい渾身の力で振り下ろされた番傘が、一面の流砂を吹き飛ばしてまるで隕石でも墜落したかのような巨大なクレーターをユバの大地に刻み込む。

 

「───胡坐かいて待ってなよ、その計画ごと叩き潰して上げるからさ」

 

 敵襲かと宿から飛び出してくるビビたちが目にしたのは、凄まじい勢いで地面から噴出し乾ききったユバの大地に雨の様に降り注ぐ湧水と、その中心地で獰猛な笑みを浮かべるイカゼの姿だった。

 

 

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