麦わらと夜兎   作:人参腎

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19 続けようよ

 

 

 ″砂漠の王″サー・クロコダイル。

 

 海賊王の処刑と共に台頭した海賊たちの一人で、偉大なる航路を瞬く間に駆け上がり20代前半という若さで王下七武海の席についた紛れもないこの海の強者。

 七武海加入前の懸賞金は8100万ベリーと億にこそ届かないものの、かつて個人で国家戦力級と恐れられ今やインペルダウンに収監されている″鬼の跡目″と互角に渡り合った過去も踏まえれば、それだけ早い段階でクロコダイルの力を世界政府は認めていたという証明でもある。

 

「あんまりガッカリさせないでよ?」

 

 しかし記憶喪失のイカゼには王下七武海の名声もクロコダイル個人の経歴も一切関係ない。

 何故ならどれだけ他人の口から話を聞いたところで、そんなものは所詮誰かの物差しで測った偽りの評価に過ぎなくて……今も、そしてきっと昔の自分も、強者か弱者かは全て自分の(物差し)で測っていたに違いないと確信しているから。

 

「クハハ、覇気を使う奴を目にしたのは何年振りだろうな」

 

 砂塵が舞うほどの膨大な覇気をその身から滾らせるイカゼに、世界最強の男(白ひげ)に敗れてからというもののこの前半の海で暗躍に徹して来たクロコダイルは、この肌がひりつく様な緊張感にも似た感覚を前にそれでもなお余裕の笑みを溢していた。

 

 確かに以前よりも覇気が衰えたという自覚がクロコダイルにはある。

 こんなぬるい場所でひたすら雑魚狩りと英雄ごっこに勤しんでいれば、己と同等かそれ以上の強者との戦いでのみ研ぎ澄まされ開花していく覇気が萎びていくのは必然だ。

 覇気だけで言えば目の前の名も知らぬ番傘の男の方が勝っているのは明白、しかし覇気の優劣だけで勝敗が決するような単純な世界ではないと言うことを新世界で酸いも甘いも味わって来たクロコダイルは知っている。

 

「海賊としての格の違いを見せてやろう」

 

 砂嵐(サーブルス)、と能力を行使すれば掌に生み出されるは小型の砂嵐。

 先ほどレインベースに発生した砂嵐は自然発生したものではく、クロコダイルが生み出した能力由来の代物。

 当然ながらその規模も進路も全てがクロコダイルの思うがままであり、この能力によってイカゼだけを砂嵐の檻に閉じ込めこの場所まで誘導することもクロコダイルなら可能である。

 

「砂を操る能力……てことはやっぱり、ユバとかの砂嵐は全部あんたが起こしてたわけだ」

 

「そこまで辿り着いてたか、頭の方も少しは使えるようだな」

 

 関心したように鼻を鳴らすクロコダイルが、それならもう一度体で味わってみるといい、と掌の砂嵐をイカゼ目掛け投擲する。

 あの規模の砂嵐に巻き込まれながらも傷一つ負わずに番傘で打ち払って見せたイカゼからしてみれば、またさっきの砂嵐? とつまらなそうに嘆息して再度打ち払おうと番傘を振り上げるのは道理だが───相手は世界の均衡を保つべく世界政府が選抜した七人の海賊たち、その一角である。

 

砂嵐(サーブルス)───″(ペサード)″」

「ッ!?」

 

 圧縮されたことで遥かに威力を増した砂嵐が、反応が遅れたイカゼの体を間に差し込んだ番傘ごと吹き飛ばし砂漠に叩きつけながら転がしていく。

 

「おれを能力に胡坐をかいた連中と一緒にされちゃ困るぜ、小僧」

 

 クロコダイルからしてみれば、イカゼたちが今まで戦って来たB・Wの能力者など自分と比べることすら烏滸がましい能力者とも呼べない雑魚の集まりだ。

 自身の生み出した砂嵐の中心にいながら傷の一つもつかなかったことには素直に感心するが、それでも新世界で数多の難敵と鎬を削って来たクロコダイルには幾らでも対抗するための手札がある。

 

 これから放とうしている技もその一つ。

 

砂漠の宝刀(デザート・スパーダ)!」

 

 右腕が砂の刃となり、イカゼが転がっていった方向に斬撃が放たれる。

 砂漠を割断するほどの威力を目にすれば並みの相手では防ぎきれないのは必定で、ましてや態勢を崩したところに追撃のように放たれれば尚更だ。

 クロコダイルが英雄ごっこに興じていた側らに相手していた海賊たちは軒並みこの斬撃に倒れて散っていったが、さて一味違うこの覇気使いはどうなることかと視線を送れば───

 

「───一緒にするなって言うのはお互い様だろ?」

 

 砂塵の隙間から覗いた碧眼が開かれるのと同時に、宝刀を冠する斬撃が番傘の一閃により塵となって消えていく。

 ほう、と思わずクロコダイルの口元が緩む。

 

「お互い雑魚狩りはこの辺にしてさ……そろそろ始めようよ、殺し合い(・・・・)

 

 やっと本気で戦れそうだ、と念願の好敵手を前にしたイカゼが修羅の如き佇まいでクロコダイルに呼びかければ、クロコダイルもまたイカゼの力を認めたように、その言葉を否定することなく笑みを携えたまま砂に変わった右手と左手に装着したフックを構える。

 

「「…………」」

 

 イカゼはただ、強者との戦いを心行くまで楽しむために。

 クロコダイルは計画の障害となる″敵″を速やかに排除するために。

 互いにもう、言葉は要らなかった。

 

 太陽が昇り始めた空の下、レインベースのある方角から響き渡った爆発音を合図に砂を蹴り上げて、二人は互いの得物に覇気をまとわせて真っ向から激突する。

 

「ははは!」

「ぐっ……!」

 

 初撃は覇気の強さで上回ったイカゼが、先のお返しだと言わんばかりにクロコダイルのフックごとその体に番傘を叩き込んで軍配が上がるも、即座に全身を砂に変えて砂漠を転がるのを回避したクロコダイルが″砂漠の宝刀″で追撃に動こうとするイカゼを牽制し、斬撃を軽やかに避けていくイカゼを視界に捉えながら態勢を立て直す。

 

「(流石に巨人族と渡り合っただけある、搦め手中心で組み立てたほうが得策だな)」

 

 能力者でもないその体躯のどこにそんな力があるのかは些か疑問に残るが、現に覇気と素の身体能力のみの衝突では自身が圧倒的に不利だと言うことを悟ったクロコダイルは、まるで闘牛のように真っ直ぐ向かってくるイカゼを見てまずはその足を奪う、とほくそ笑みながら再び斬撃を繰り出していく。

 

「(何か狙ってるな? まァ、何だっていいけど……!)」

 

 いきなり単調になり始めた攻撃に疑問を覚えながらも、イカゼは広範囲に及ぶ砂の斬撃の隙間を縫いながら避けきれない斬撃は番傘で振り払いながらクロコダイルへ突貫する。

 先の一合で接近戦では自分に分があることは明白だし元より接近戦は得意分野でもあるため、ならばこそ距離を取って様子を見ることは愚策中の愚策、距離を詰めて一息の内に仕留めるとイカゼは結論付けた。

 そして身体能力に明確な差が存在している以上、幾ら自然系と言えどもクロコダイルの方からイカゼと距離を離すことは不可能に等しく、それを証明するように斬撃と番傘のやり取りが行われる度に彼我の距離は徐々に縮まっていく。

 

 しかし、そんな単純なことを歴戦の強者たるクロコダイルが気づかないわけも、ましてや対策一つもしていないことなどあり得ない。

 

「(獲った!)」

「(甘ェよ!)」

 

 イカゼが自身の勝利を確信したその瞬間、無意識に使用していた″見聞色″と呼ばれる覇気が生命の危機に警告音を打ち鳴らしたことで、その攻撃の予兆が明確な光景となってイカゼの脳へ伝達される。 

 

 足元、地中、側面、大剣。

 

砂漠の大剣(デザート・グランデ・エスパーダ)

 

 砂の大地から飛び出す先の斬撃とは比べ物にならない巨大な刃。

 自身の身体を両断して余りあるその斬撃は正に大剣の名に相応しく、咄嗟に飛び上がって寸前で斬撃を躱していたイカゼは見聞色による予兆がなければ間違いなく喰らっていたと安堵するように息を吐いて、その直後にハッとしたように目を見開く。

 

「(上……!)」

 

 眼下にいたクロコダイルの消失。

 覇気を頼りにその気配を察知すれば、能力の発動と一緒に跳躍していたのであろうクロコダイルが太陽に重なるような姿でイカゼの頭上に存在していた。

 

 その掌に見覚えのある砂嵐を携えて。

 

砂嵐(サーブルス)(ペサード)″」

 

 圧縮した砂嵐が衝撃波となってイカゼに直撃し、その勢いのままイカゼの体が砂漠に叩きつけられる。

 能力だけではなく覇気も同時に込められていたあの砂嵐は、リトルガーデンでのブロギーの一撃をイカゼに彷彿させるほどのものだったが……それでもあの時とは異なり、同じように覇気を使って肉体を強化していた今のイカゼには致命傷足り得ないかすり傷程度のもの。

 しかし、この一連の流れすらクロコダイルにとっては本命を通すための繋ぎ(・・)でしかない。

 

 流砂となってイカゼの背後に回り込んだクロコダイル、三日月のように形を変えたその右腕が無防備な状態のイカゼへと放たれた。

 

三日月形砂丘(バルハン)!!」

 

 それはクロコダイルが食べたスナスナの実の基本能力にして真髄。

 触れた物に乾きを与えるその力は対象の水分をも吸収することが可能であり、その発展系となる″三日月形砂丘″はその刃自体に直接的な殺傷力があるわけではないが、その代わりに三日月の刃に触れた相手の水分を一瞬の内に吸収し尽くすという凶悪無比な力を内包していた。

 その結果が───

 

「───クハハ、勝負ありか?」

 

 右足と左肘から先が枯れ枝の様な無残な姿となったイカゼの姿。

 砂を操るだけの能力と考えていたが故の油断とも言えるし、自身の肉体強度を過信して対応が雑になった結果とも言えるが……こればかりはその能力(乾き)を悟らせず初見殺しを決めて見せたクロコダイルを称えるべきだろう。

 クロコダイル本人としては足のどちらかを奪えさえすればそれでいいと考えていただけに、片腕まで持っていけたのは僥倖だった。

 

「その成りじゃ満足に動けねェだろ、そしてここはおれのホームグラウンド……詰みだ」

 

 一面が砂漠地帯のこの場所は砂を操るクロコダイルにとってこれ以上ないほど有利に働く環境ということも相俟って、自身の勝利を確信したクロコダイルがイカゼの命を奪うべく左手(フック)を揺らしながら余裕を露わにした笑みで近づいてくる。

 

「…………」

 

「死を悟って言葉も出ねェか?」

 

 返答のないイカゼに更に気を良くしたクロコダイルは、冥途の土産だと言ってビビたちがいるであろうレインベースの方角を見据えながら自身の暗躍によって既に反乱が始まったこと、それを止められる可能性のあるビビたちがスモーカー共々今頃レインディナーズで自身の仕掛けた罠によって命を落としているかそうでなくても足止めを受けているということ、これからアルバーナへ向かい作戦の総決算として国王軍も反乱軍も海賊も海兵も関係なく自分以外の全てを爆弾で吹き飛ばすことを語っていく。

 

「そしておれは古代兵器を手に入れ、世界政府を凌ぐ最強の軍事国家をこの国に築き上げる」

 

 それこそが作戦名″ユートピア″───サー・クロコダイルが長い年月をかけて果たそうとしている計画の全貌だった。

 クロコダイルがイカゼの前に姿を現した理由は、この計画を唯一破綻させることが出来る危険因子と他でもないクロコダイル自身が判断したため。

 巨人族に並ぶ膂力に自身を凌駕する覇気の練度は確かに脅威だったが、それも勝敗の決した今となっては過去の話だ。

 

 アラバスタの反乱を止めるただ一度の好機は今この瞬間に潰える。

 

「じゃあな、名前も知らねェ覇気使い」

 

 クロコダイルの左手(フック)がイカゼの心臓を貫かんと振るわれ───

 

「───VIP待遇も悪くないね」

「ッ!!?」

 

 水分を奪われ動かない筈の左手がその刃を真っ向から受け止める。

 あり得ないと驚愕に目を見開くクロコダイルに、わざわざ近づいて来てくれて助かるよ、と言葉を続けるイカゼの番傘へ、この戦いが始まって以来の膨大な覇気が収束していきその密度を示すように番傘が黒く変色していく。

 

「でも、この程度じゃまだまだ不服だからさ───」

 

 番傘に黒い稲妻が迸る。

 まさか、とクロコダイルが咄嗟に全ての覇気を掻き集め防御態勢に移ろうとするも時すでに遅し。

 

 

 ″雷鳴八卦″

 

 

「───続けようよ、殺し合い」

 

 夥しい量の血を額から流すクロコダイルに、まだ誰も死んでないよ、とイカゼは笑った。

 

 

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