麦わらと夜兎   作:人参腎

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20 海賊王になるから

 

 

 意識が朦朧とする。

 能力(砂化)が思うように使えない。

 立ち上がるどころか体を動かすことさえままならない。

 

「(一撃、たった一撃喰らっただけだぞ……ッ!?)」

 

 武装色で頭部を硬化することが間に合わなかったとは言え、相手も五体満足の状態とは言えない体で放った不完全な一撃だった。

 確かに覇気使い相手の戦闘は久方ぶりで勘が鈍っていたことは認める、それでも同僚(ゲッコー・モリア)のように完全に一線から身を退いて明確に力が衰えたわけでもなければ、これまでに積み上げて来たもの(痛み・敗北・挫折・絶望)を忘我の彼方に置いてきてしまった覚えもない。

 むしろそれらを経験したからこそ今の計画が生まれたと言っても過言ではなく、だからこそ力の衰えなど微塵も感じていなかった己をたった一撃でノックアウトしたイカゼにクロコダイルは戦慄を隠せなかった。

 

「(おれがこの計画にどれだけの労力と時間を費やしたと思ってやがる……!)」

 

 社員集めから始まりダンスパウダー製造による資金集め、滅びかけた町を煽る破壊工作に部下を使った国王軍濫行の演技指導……そして今や目前に控えた古代兵器。

 それらの過去を振り返ったクロコダイルが、この程度で倒れていられるかと執念を燃やし震える体に鞭を打って立ち上がる。

 

「立った立った! そう簡単にくたばらないでよ? 俺はまだまだ満足してないんだからさ」

 

「(この、バケモノが……ッ)」

 

 自身が起き上がるまで緩んだ包帯を巻き直していたイカゼを前に既にクロコダイルの胸に油断や慢心の類は皆無。

 イカゼを己と同等かそれ以上の相手と見定めたクロコダイルは、どうやってこの窮地から脱する(・・・)かという一点にのみ思考のリソースを回していく。

 ″三日月形砂丘″でイカゼの右足と左手が使い物にならなくなったことは明白で、下手に動かそうとすれば半ばから折れてしまってもおかしくないほどの状態だと言うのに……しかしそれがどうしたと言わんばかりに、目の前の相手は右足を軋ませながらも悠然とその歩みを進めて来る。

 痛みを感じさせず狂気すら内包していそうな笑みを浮かべるこの存在をバケモノと呼ばずしてなんと呼べばいいのか、そんな相手に付き合っていられるほど今のクロコダイルには身体的余裕も時間もない。

 

「(幸いMr.4ペアがコブラの身柄を既に抑えてる、反乱軍がアルバーナに発った時間を考えればどう足掻いてもこいつらに王国軍と激突する反乱軍を止める術はねェ)」

 

 戦いさえ始まってしまえば仮にビビが反乱軍のリーダー(コーザ)と合流したところでB・Wの社員を潜めている以上どうとでもなる、加えてプルトンを手中に収めれば目の前の覇気使いが相手だろうと恐るるに足らない。

 最悪なのは今ここでクロコダイルがイカゼに敗れること、そうなってしまえば計画も何もかも水泡に帰すことは想像に難くない。

 わざわざ自分から出向いておいて逃げ帰るように撤退するのは癪に障るが、大局を見誤って下らない自尊心(プライド)に身を捧げて再び敗北に沈むことの方が今のクロコダイルには耐えられなかった。

 

砂漠の向日葵(デザート・ジラソーレ)!!」

 

「お?」

 

 地下の水脈を刺激してイカゼの足元に巨大なアリジゴクの流砂を生み出す。

 常態のイカゼであればこの程度の拘束など難なく抜け出すことが出来ただろうが、今の片足片腕の状態ではそれも困難。

 自身を地中に引き摺り込もうとする流砂にイカゼが僅かに動きを止めたことを見逃さず、クロコダイルは三度砂嵐を掌に生み出してそれを流砂に足を取られたイカゼ───ではなく、その遥か後方にあるレインベースへと投擲する。

 

「何を……あー、そういうこと」

 

「クハハ、察しのいい奴は嫌いじゃねェ」

 

 一瞬クロコダイルの行為に首を傾げたイカゼだったが、すぐにクロコダイルの思惑を察してため息を溢す。

 

 現在レインベースには海軍と交戦中のルフィたちがいる。

 向こうが今どういう状況なのかイカゼには定かではないが、分からないからこそレインベースを呑み込んで余りある大きさにまで成長するであろうあの砂嵐をイカゼは野放しに出来ない。

 自分はまだしもあんな災害に巻き込まれては死者の一人や二人出ない方が不自然であるし、まァ大丈夫でしょと楽観的に構えられるほどの規模ではないのも確かなのだから。

 

「残念、勝負はお預けか」

 

「……一端の海賊ではある様だな」

 

 海賊の世界に卑怯という言葉は存在せず、常に生き残りを賭けたこの世界では敗者に言葉はなく勝者こそが正義だと称えられる。

 騒ぎ立つどころか非難の視線すら向けないイカゼにクロコダイルは感心したように言葉を溢すも、だからこそ解せないと言わんばかりの眼差しで頭をかくイカゼを射貫く。

 

「一目で分かった、あのガキどもは覇気はおろか海賊としての心構えもなっちゃいねェ甘ちゃんの集まりだってな」

 

 お前みてェな目の奴(修羅)がいる場所じゃねェだろ、と語るクロコダイルは何故イカゼが麦わら(格下)の部下に甘んじて船に乗っているのかほとほと見当がつかないと嘆息する。

 対してイカゼは仲間を無下に扱われたにも関わらず腹の一つも立てないで、甘ちゃんっていうのは否定できないね、とむしろクロコダイルの言葉に肯定すら返していた。

 だったらなぜ、そんな言葉が込められた眼差しを前にしかしイカゼは一切の迷いなく言葉を返す。

 

「ルフィは海賊王になるからだよ」

 

「何……?」

 

 まさかそんな言葉が帰って来るとは思いもしなかったと表情を歪めるクロコダイルに、イカゼは分かってないなァと呆れた眼差しを向ける。

 

「海賊王の船にいれば強い奴といっぱい戦えるじゃん」

 

「……あんな小僧如きが海賊王になれると本気で考えてるってのか?」

 

「考えてるんじゃない───ルフィは海賊王になる(・・)って言ったんだよ」

 

 まるで未来からやって来たかのように断言するその姿にクロコダイルは言葉を失う。

 海軍の英雄と関わりがあるかもしれないとは言え、あんな偉大なる航路に入って間もないルーキーが海賊王になるだと? と。

 過去どれだけ手を伸ばしてもその椅子には届かなくて、だからこそ古代兵器に頼ってまで自分はその野望を果たそうとしていると言うのに。

 

「……失望したぜ、覇気使い」

 

 この海を知れば知るほどそんな夢は見られなくなる、目の前の男はそれくらいは分かっていると思っていただけにクロコダイルの落胆も一入だった。

 

「どのみちその体じゃてめェはもう間に合わねェ……おれの計画が完遂するのをせいぜい指を咥えて眺めてるんだな」

 

 その後は真っ先に全てを消し飛ばす古代兵器の力を味あわせてやる───そう言葉を残し砂となって宙へ消えていくクロコダイルを見送りながら、イカゼは未だに自分の体を引き摺り込もうとするアリジゴクの流砂を番傘の一撃で吹き飛ばし脱出する。

 

「さて、と……一先ずあの砂嵐をどうにかしないとね」

 

 クロコダイルとの会話に時間を取られてしまったせいで随分と先まで行ってしまった砂嵐を眺め嘆息しながら、イカゼは軽く足の感触を確かめた後に片足のままでも問題ないなと判断すると、クレーターが生まれるほどの力強さで砂の大地を踏み込む。

 

『てめェはもう間に合わねェ』

 

「間に合わせて見せるさ」

 

 たかが体の半身の水分を奪われただけのこと、この程度で自分を止められると考えているのなら目に物を見せてやろうではないか。

 

「水分補給しに行きたかったところだし、むしろちょうどいいや」

 

 空になってしまった水筒に想いを馳せながら、イカゼの体が一陣の風となって砂漠地帯に吹き荒れる。

 仲間の無事と反乱の阻止、そしてクロコダイルの計画を必ず叩き潰すと決意を露わに、イカゼはレインベースを目指して疾走するのだった。

 

 

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