麦わらと夜兎 作:人参腎
『ペル! 私は大丈夫だから、あなたはイカゼさんを探して!』
大切な仲間なの! と語り他の仲間たちと共にアルバーナへ向かったビビの姿を思い返しながら、ペルはいつの間にか立派に成長していた王女からの任を果たすべくミス・オールサンデーから受けた傷に目を瞑りながら砂嵐に攫われたというイカゼを上空から探していた。
「朱色の髪に菫色の番傘……くっ、ただでさえ時間がないというのにこうまで視界が悪いとッ」
ミス・オールサンデーから話を聞いたビビ曰く、既に反乱軍はアルバーナへと進軍しており一切の予断を許さない状況にまで発展してしまっているとのことで、ペル自身も一刻も早く探し人を見つけてアルバーナへ向かいたいところではあるのだが、先ほどから突風が吹き荒び満足に飛ぶことすらできない状況ではそれも困難。
「まさかこれまでの砂嵐もあの男が操っていたとは……どこまで我々を虚仮にすれば気が済むと言うのだ……ッ」
ユバを筆頭に各地のオアシスを砂嵐が襲ったことでこれまでに多くの民が家を追われ、砂漠をさ迷い倒れて行った。
中には枯れるオアシスを思いアルバーナへ訪れ、ダンスパウダーの件が既に国中に広まっていたこともあり、いつになったら雨が降るのかと国王に直談判しに来たものもいる。
その度に国王はいつか必ず雨は降ると言って、日に日に痩せ細っていく彼らに胸を痛めながらまるで祈るように空を見上げ続けていたと言うのに。
「クロコダイル……!」
ネフェルタリ家に仕える護衛軍の一人として、ペルは断じてクロコダイルの所業を許すつもりはないと日々鍛錬を重ねて来たと言うのに、その結果はレインベースでのミス・オールサンデーと戦闘の末に大敗。
間一髪麦わらの一味の一人が間に合ったから良かったものの、そうでなかったら今頃ペルは何も守れないままビビと共にレインベースの湖に沈んでいたことだろう。
『あなたたちの王様にどうしても聞きたいことがあるのよ』
「ビビ様、コブラ様……どうかご無事で」
戦う前に言い放ったミス・オールサンデーの言葉を想起してペルは拳を握り締める。
チャカが宮殿に控えていると言っても、相手はこれまでビビからの手紙がなければ終始その正体を掴むことが出来なかったクロコダイル。
何も心配いらない、とは既にクロコダイルの手の者によって煽動された反乱軍がアルバーナへ侵攻してしまった以上、どうしてもペルには断言出来なかった。
胸中に焦りと不安が広がっていく。
捜索はここで打ち切って今すぐアルバーナへ向かった方がいいのではないか、他でもない
「私は───ッ、なんだ!?」
そんなペルの焦燥を晴らすように、地響きすら伴う轟音と共に砂塵で覆われていた空が突如として霧散する。
気づけばあれほど吹き荒んでいた砂嵐は見る影もなく、雲一つない快晴を覗かせる空の下で一つの人影を視界に収めたペルは目を見開く。
「まさか、あの砂嵐を撃ち払ったと言うのか……?」
到底人の身で成せるものではないと唖然とするペルに、別れ際に告げられたビビの言葉が脳裏を過ぎる。
『ここにいるみんなも、そしてあなたに探してほしいイカゼさんも───私が今まで見てきた誰よりも強い人たちだから!』
「ビビ様……」
朱色の髪を風に揺らし菫色の番傘を携えて片足で仁王立つ
「わーお、でっかい鳥が人になっちゃった」
「ビビ様のお仲間の方ですね? 詳しい話は移動しながらさせていただきますので、今はどうか私の背中に」
ビビたちが既にアルバーナへと向かっていることと自分と共にアルバーナへ向かってほしい旨を簡潔に伝えたペルは、了承の意を返すイカゼに深く頭を下げてクロコダイルたちB・Wが待つアルバーナへと飛び立っていく。
反乱軍がアルバーナと衝突するまで、あと3時間───
▽
「あら、ずいぶん手酷くやられたのね」
「……今のおれは虫の居所が悪ィ。言葉には気を付けろよ、ニコ・ロビン」
合流場所に指定していたスパイダーズカフェにて、額から血を流し覚束ない足取りで扉を潜って来たクロコダイルにミス・オールサンデーことニコ・ロビンは、脳裏に麦わらの一味の中でも別格の強さを誇っていた船員の姿を思い返してクロコダイルの言葉に嘆息する。
「その名は呼ばない約束よ……それで、彼は始末できたの?」
海軍の包囲網から抜け出しクロコダイルを打倒すべくレインディナーズにやって来た麦わらの一味と彼らを追いかけ辿り着いたスモーカーは、クロコダイルが事前に仕掛けていた罠に嵌められ檻に閉じ込められたもののサンジの活躍とクロコダイルの詰めの甘さが災いし脱獄。
元々は彼らをレインベースに繋ぎ止める時間稼ぎが目的だったので脱獄されたところでそれほど問題ではなかったが───クロコダイルがイカゼを始末出来なかったというのなら話は変わってくる。
自身の問いに口を噤む姿にそれが叶わなかったことをクロコダイルと長い付き合いのロビンは察したが、今のクロコダイルの機嫌を損ねれば契約など関係なしに殺されてしまうと理解していたため喉元まで出かかった言葉を飲み込んで閉口せざるを得ない。
そもそもロビン自身もあのクロコダイルをここまで追い詰めたイカゼに内心では驚愕を隠せておらず、Mr.5ペアとの戦いを踏まえれば良くても善戦が精々だろうと高を括っていたのだが……それがまさかクロコダイルの敗戦に近い痛み分けに終わるとは思いもしなかった。
「だが反乱軍は既にアルバーナ目前、奴がどれだけ急いでもまだサンドラ河にすら辿り着いてないはずだ……計画遂行には何も問題はない」
「……そう、それなら安心ね」
どこか胸騒ぎを覚えつつも、クロコダイルの言葉の通りなら確かに事を終えるまでにイカゼがアルバーナへ辿り着くことはそれこそ地形に左右されない
クロコダイルと違ってこの国の行く末や古代兵器などにはロビン自身興味も関心も一切なかったが、代々アラバスタ国王だけが知るという
故にこそロビンはクロコダイルの言葉を受けて本心から胸を撫でおろしたし、それなら後はMr.4ペアが捕らえた国王を尋問し歴史の本文の在り処を吐かせれば全て片が付くと安堵さえしていた。
「Mr.1たちを西門に控えさせておけ、あの小僧たちがやって来るとしたらそこ以外に道はない」
「ええ、伝えておくわ」
気持ちを切り替えるようにロビンから能力で差し出されたタオルで額を拭ったクロコダイルは、それなら向かおうかと再びその顔に笑みを携えてスパイダーズカフェを後にする。
「古代兵器が待つアルバーナ宮殿へな」
作戦名″ユートピア″、その総仕上げを果たすために。
▽
「───お前ら最後の確認だ」
カルー率いる超カルガモ部隊の背に跨りながら、目と鼻の先に迫ったアルバーナを視界に収めたゾロが覚悟は出来たかと言わんばかりに周囲の仲間たちを見渡して言葉を続ける。
「奴らはビビと反乱軍を合流させたくない以上、必ずこの先で待ち伏せしているはずだ。おれたちは出来る限り奴らを引き付けて各個撃破、宮殿にいるクロコダイルの相手はルフィに任せる」
「おう! クロコダイルはおれがぶっ飛ばす!!」
レインベースで虚仮にされた一件を思い返し気炎を上げるルフィに異を唱える者はおらず、皆一様にゾロの言葉に頷いて前を見据える。
既にビビは後方で成り行きを窺いながら身を潜めており、もしもこの先にB・Wのエージェントたちがいなければその時はビビが後に続いて国王軍を率いているというチャカを説得し、アルバーナでコーザと呼ばれる反乱軍のリーダーを待つ手筈になっていたが……無論そんな甘い話が通るわけもなく、麦わらの一味は門の前で自分たちを待っていたかのように佇むオフィサーエージェントの一団を見て開戦の気配を察知してその身を引き締める。
「先に始めてるぞ、イカゼ」
レインベースで行方が分からなくなった仲間を想起するゾロの双眸に、しかし心配の類の感情は絶無。
一味の中でも人一倍仲間思いなウソップとチョッパーはレインベースを発つ前にイカゼの捜索を主張していたが、既に反乱軍がアルバーナへ侵攻しタイムリミットが迫っていることを考えればイカゼの捜索に時間をかけている余裕は欠片もなく、ビビが信頼できる家臣に捜索を一任したこともあって一味はイカゼの無事を信じてアルバーナへ向かう決断を下し今この場所に立っているのだ。
「ウィスキーピークの賭け……負けたお前にはたんまり酒を奢って貰う予定なんだからよ」
勝手にくたばってたらしょうちしねェぞ、と悪どい笑みを浮かべながら、ゾロたちはMr.4が放ったバズーカとウソップの火炎星の衝突によって生じた爆発を合図に各地へ散らばり、ルフィはカルガモの背中から宮殿の外壁へ手を伸ばし″ゴムゴムのロケット″で一気にアルバーナ宮殿へと向かって行く。
「始めようぜ、バロックワークス───」
自身を追って来たMr.1を視界に収め、三刀流の構えを取ったゾロがアラバスタ王国の存亡を賭けた戦いの開戦を宣言した。