麦わらと夜兎   作:人参腎

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22 笑われちまう

 

 

「ゴムゴムの銃乱打(ガトリング)! ───ッ……くっそー! サラサラして全然当たらねェ!」

 

「クハハ! 覇気を使えねェてめェに自然系(おれ)の実体は捉えられねェ!」

 

 葬祭殿に続く渡り廊下でついにクロコダイルと会敵したルフィだったが、クロコダイルのスナスナの実の能力を前に自然系の最大の特徴とも言える原形を留めない流動する肉体を捉えられず、ルフィはクロコダイルに有効打を与えられないまま現在進行形で苦戦を強いられていた。

 

「それならこれでどうだ! ゴムゴムの網!!」

「学習しねェ奴だ……」

 

 既に反乱軍と国王軍が激突したことでアルバーナは敵味方乱れる大乱闘の様相を呈しており、今この瞬間にも生まれ続ける負傷者とそれを見る度に傷ついていくビビを思えば一刻も早くクロコダイルを打倒しなければならないのは明白でルフィ自身そのことを理解しているものの……相手は自身の攻撃が一切通じなかったスモーカーと同じ自然系の能力者。

 どれだけ殴り続けてもその拳はクロコダイルの体をすり抜けてしまい、それならばと趣向を変えて他の方法を試してみるもやはりどれだけ試しても手応えはなく、指の隙間から流砂となって消えていく体にルフィはもどかしさを隠せず、その姿を嘲笑うようにクロコダイルが鼻を鳴らす。

 

「どうした小僧、おれを倒すと息巻いておきながらこの程度か?」

 

 ルフィが砲弾もかくやと言わんばかりに宮殿の外壁に突っ込んできた時は思わず目を見張ったが、所詮は自分に傷一つ与えられない偉大なる航路に入ったばかりの弱小海賊団の船長と言うことか。

 どれだけ啖呵を切って反乱を止めるだの国を救うだの綺麗事を並べたところで結局は能力はおろか覇気すらも習得していないただのルーキー、あの覇気使い(イカゼ)が例外に過ぎただけで本来であれば王下七武海の自分がこの程度の相手に負ける道理は存在するはずがないのだ。

 

「(ニコ・ロビンが歴史の本文を解読するまではまだ時間がかかる……その間に海賊王だ何だとほざくこの小僧には現実を教えてやるとしよう)」

 

 かつての己が世界最強の男に挑み、まざまざと敗北という名の現実を突きつけられたあの時のように。

 そしてこんな取るに足らない弱小海賊を海賊王になると断じたあの覇気使いにも、お前が祀り上げていたガキは夢の中でしか生きられないただのバカだったと知らしめてやろうと、仲間たちの屍を前にして絶望に打ちひしがれる怨敵の姿を想像したクロコダイルは口端を吊り上げる。

 

「ハァ、ハァ……″()″も″()″もバクバク()″も効かねェなんて困ったな」

 

 当のルフィはと言えば思いつく限りの技と戦法を一通り試してみたがどれもクロコダイルには触れることすら叶わなかったことを思い返し、油断なく拳を構えつつこのままじゃダメだと頭を振って何か打開策はないかと必死に考えを巡らせていく。

 ローグタウン、ナノハナ、レインベース、そして今このアルバーナで既に自然系の相手は四回目にもなる。

 それなのに自分はまだ一度たりとも勝利を掴めず、それどころか対自然系の突破口すら見つけられず遁走を繰り返すばかりだ。

 身体能力も戦闘技術も、他の面では一切負けてないと自負しているのに……ただ相手が″自然系″だからという理由だけで自分はまた何も出来ないまま終わるのか? とルフィは他でもない己自身に問いかけ───そんな己の姿に呆れるように、ルフィの脳裏に事戦闘面に関しては他の誰よりも頼りになる仲間の姿が過ぎっては消えていく。

 

「はは……こんなんじゃ、船長失格だってイカゼに笑われちまう」

 

『疑わないこと、強いて言えることがあるとすればそれくらいかな』

 

 いつかのゾロとイカゼの会話を思い返しながら、大きな深呼吸と共に思考を切り替えてローグタウンでスモーカー(自然系)相手に立ち回っていたイカゼの姿を、リトルガーデンでのブロギーとの激突の際に生じた肌を突き刺すようなあの忘れ難い感覚を想起する。

 きっとあの感覚こそが自然系の実体を捉える鍵なんだと判断したルフィは、己の中にあるその鍵を引き出すべく極限までその意識を研ぎ澄ませ思考に没頭していく。

 

「腕と脚、好きな方から砂に還してやる!」

 

「───……よし」

 

 触れたものを干涸びさせるクロコダイルの魔手がルフィに迫る。

 万物から水分を奪い尽くすその力は対象が人であっても遺憾なくその効力を発揮するため、その手に触れられれば一秒にも満たない一瞬の間でルフィの体をミイラに変貌させてしまうだろう。

 瞬きの後には死が訪れる状況を前に、しかしルフィの目には死への恐怖は微塵もない。

 

 既に答えはその目で見定めた、ならば後は疑うことなくそれを実戦で試すのみ。

 

「″ゴムゴムの″───」

「フン、何度やっても結果は」

 

「───″(ピストル)″!!」

 

 変わらない、そう言葉を続けようとするクロコダイルの顔面に───それを真っ向から否定するようにルフィの鉄拳が突き刺さる。

 イカゼから受けた渾身の″雷鳴八卦″と寸分違わぬ場所に放たれたその一撃は、ようやく落ち着いて来た額の傷を再燃させその顔を流血で真っ赤に染め上げて、クロコダイルの体を葬祭殿に続く扉を突き破る勢いで吹き飛ばし岩盤へと叩き付けた。

 

「うん、出来た……こんな感じでいいんだな」

 

「てめェ……覇気を……ッ!?」

 

 今の感覚を忘れないようにと拳を開いては閉じるルフィの姿に、まだまだ未熟も未熟に過ぎるが、けれど明確に覇気が宿ったその右手を見据えてクロコダイルはあり得ないと目を見開く。

 幾ら油断していたとは言え、先ほどまで手も足も出ていなかった相手がこの土壇場でいきなり覇気に目覚め自身に牙を剥いてくるなどさしものクロコダイルと言えど予想出来るわけもなく、クロコダイルが額の痛みよりも先に困惑で表情を歪めるのも無理はないが……しかし覇気とは己と同等か、それ以上との強者との戦いでこそ磨かれ開花していくもの。

 幼い頃から祖父の手によって死地に放り込まれ続け今まで力を磨いて来たルフィの体は既に覇気を扱う下地は出来上がっており、故にこそイカゼという明確な手本が身近にあった以上、クロコダイルという強敵を前にして覇気を開花させたことは何ら不思議なことではなかった。

 

「覇気……そうか、これが巨人のおっさんたちが言ってた覇気ってやつか」

 

 詳細は分からないが、今はこの力の名前とクロコダイル(自然系)が相手でも攻撃が通じるということだけが分かればそれでいい、とルフィが拳を構え直す。

 そんなルフィを前に額から流れる血を拭ったクロコダイルは、明滅する視界を振り払うように頭を振って立ち上がると、目の前の小僧を海賊王になると断言した覇気使い(イカゼ)の言葉を思い返し流石に舐め過ぎていたとルフィへの認識を改める。

 

「たかだか覇気に目覚めた程度で粋がるなよ? てめェの様な奴はこの海にはいくらでもいる……能力も覇気もこのおれには遠く及ばねェってことを教えてやる」

 

 あくまでも条件が同じになっただけで自身と同じ土台に立っているわけではない。

 クロコダイルの脳裏を過ぎる数多の強者たちと比較すれば目の前の小僧の何と矮小なことか……この程度の相手に敗れてはそれこそ王下七武海の名折れだろう。

 集中状態に入ったのか言葉を返すことなく拳を構え続けるルフィに、クロコダイルも応えるように右腕を砂化させ戦闘態勢に入る。

 

「ゴムゴムの(ピストル)!」

砂漠の宝刀(デザート・スパーダ)!」

 

 互いに自身の代名詞とも言える技に覇気をまとわせて、アラバスタ王国の命運を握る葬祭殿の戦いが幕を開けた。

 

 

 

 

 

 

 

「あちゃー、こりゃ随分出遅れちゃったね」

 

 ペルの背中に乗ってどうにかアルバーナへ辿り着いたイカゼが目にしたのは、既に宮殿前の広場で狂気さえ感じるほどの熱量で命を奪い合う国王軍と反乱軍の姿。

 大遅刻だ、と笑みを浮かべながら頭をかくイカゼとは対照的に、代々アラバスタ王家に仕える一族の出自のペルはコブラやビビがどれだけ国民を大事にしているか理解してるが故に反乱が始まってしまった事実に歯軋りを隠せない。

 

「おのれクロコダイルッ……国王やビビ様は無事なのか!?」

 

 必死の形相でビビたちを捜索するペルだったが、アルバーナを覆い隠すように舞っている塵旋風と広場を埋め尽くすほどの膨大な人の数を思えばそれが如何に困難なものであるかは明白。

 せめて背中の彼の仲間たちさえ見つけられれば、と焦燥感に駆られながら空から広場全域を見渡すがそれらしき影一つ確認できず、まさかもうクロコダイルにやられてしまったのかと最悪のシナリオが脳裏を過ぎったが───不意に眼下からペルと、そしてその背中に乗るイカゼを視認した女性が空の二人に呼びかけたことで状況は一変する。

 

「あれは護衛隊副官の……それにスモーカーさんを止めていた麦わらの一味の一人……ッ!」

 

 おーい! とどこか切羽詰まったような声を上げるのは、ローグタウンで得物を交えた海兵(スモーカー)の隣に立っていたゾロと因縁のありそうな海兵。

 海賊の自分を海兵の彼女が呼び止めるなど常識的に考えれば立場上その用件は一つしか思い至らないイカゼだったが、その雰囲気から察するにどうも海賊の自分に協力を仰いでしまうくらいには緊迫した事態のようだと理解したイカゼは、このまま闇雲に探し回っていても埒が明かないからとペルと共に地上へ降下していく。

 

「───もう爆弾を!? まだ味方がいるかもしれないこの状況でだと!?」

 

 海兵───たしぎから聞かされた内容に、ペルは刻一刻と迫るタイムリミットを前にここ一番の驚愕を露わにする。

 ここに来るまでに事前にイカゼからクロコダイルの計画の全容を聞いていたペルは当然爆弾の件は認識していたが、まさか自分や味方ごと巻き込んで既に決行しているとは思いもよらず爆発までもう5分と残されていない状況に拭いきれない焦燥感が募っていく。

 

「あーあー、ルフィに先越されちゃったか」

 

「え……?」

 

 どうりで地下から覇気の気配がするわけだ、と爆弾の件などどうでもいいと言わんばかりに嘆息するイカゼにたしぎは目を見開く。

 既に麦わらのルフィはクロコダイルと戦っておりその仲間たちは爆弾を防ぐために王女と共に奮闘している中で、それを意に介さないどころか自分がクロコダイルと戦いたかったと肩を竦める余裕に満ち溢れたこの青年の佇まいは何だと言うのか。

 

「イカゼくん、まさか爆弾の在り処が分かったのか?」

 

「まァね」

 

 見聞色を澄ましてみれば、爆弾の所在こそ不明ではあるがここからそう遠くない時計台の頂上で二つの気配を感知できる。

 地上は人の数が多すぎてイカゼの見聞色ではまだ仲間の位置まで判断することは出来ないが、この状況で時計台から身を隠すように潜み宮殿広場を窺う気配があれば嫌でも気づくし勘ぐるなという方が不自然というものだ。

 

「あー、そうだ海兵さん」

 

「え……は、はい?」

 

 時間もないし行こうか、とペルに獣型への変化を促しつつ、思い出したように振り返ったイカゼがその碧眼でたしぎをまっすぐ射貫く。

 

「ルフィはクロコダイルと戦う前に何か言ってた?」

「何かって……あっ」

 

『クロコダイルがどこ行ったか知ってたら教えてくれ! あいつは必ずおれがぶっ飛ばすから!!』

 

 コブラ王を拘束するニコ・ロビンを止められず倒れていた折に、クロコダイルを追って現れたルフィの言葉を思い返したたしぎはその内容を一言一句違えずイカゼに伝える。

 僅かな沈黙の後、たしぎの返答を聞いたイカゼはそっか、とどこか嬉しそうな声音で頷いて変化を終えたペルの背中に飛び乗っていく。

 

「ありがとう海兵さん。 ……それじゃ俺も、もうわがままは言ってられないかな」

 

 爆弾はこっちでしっかり処理しておくから任せてよ、そう言葉を残してペルと共に再び空へ飛び立っていくイカゼに、たしぎは目の前の海賊に全てを託すしかない己の不甲斐なさと正義の脆弱さに再び打ちひしがれそうになるが、今はそんな後悔をしている場合ではないと挫ける心を奮い立たせこの戦いから少しでも無駄な血が流れないように戦場を駆け回るのだった。

 

 

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