麦わらと夜兎   作:人参腎

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23 花火のち雨

 

 

 コブラ王の手によって崩壊が始まった葬祭殿。

 宮殿広場に放たれる砲弾も加味すれば残された時間はもう僅かという緊迫した状況の中、覇気を覚醒させたルフィはクロコダイルと互角以上に渡る戦いを繰り広げていた。

 

「ゴムゴムの槍!!」

砂漠の(デザート)───ぐっ……!?」

 

 覇気をまとった両足がクロコダイルの砂化を上回る速度で放たれその実体を捉える。

 腹部に強烈な一撃を貰いそのまま吹き飛ばされ葬祭殿の床を転がっていくクロコダイルは、技を交える度に覇気を研ぎ澄ませていくルフィに自分が押され始めている事態に驚愕を隠せず、またそれはこの葬祭殿でクロコダイルと共に心中する腹積もりだったコブラ王も同様だった。

 

「彼は、一体……?」

 

 一介の海賊、それもルーキーが王下七武海のクロコダイルと渡り合う光景に、コブラ王は娘のビビが連れて来た仲間たちがこれほどの力を持つ者たちだとは予想だにせず、葬祭殿にルフィが現れて二人の戦いが始まってからというものの瞠目を露わにするばかりだった。

 クロコダイルの裏切りに合い共に倒れたニコ・ロビン曰く、ここに来るまでにもクロコダイルはルフィの仲間の一人から手痛い反撃を受けておりとても十全の状態ではないとのことだったが、それを差し引いても国王軍の兵士たちの誰もが手も足も出なかったクロコダイルをこれほどまでに追い詰めている光景はその経歴を考えれば異常と言わざるを得ない。

 

「覇気に目覚めたてのゴム人間が……ッ、サソリの毒を喰らってなぜそこまで動ける!?」

 

 更に驚愕の事実として、今のルフィはクロコダイルのフックに仕込まれていた毒に侵されている状態であり、その毒の効果は岩をも融解させるほどの猛毒であると言うのにそれでもルフィの攻撃は留まることを知らずむしろその勢いは増していくばかり。

 ゴムに毒を緩和する力などなければルフィ自身に強い毒の耐性があるわけでもない、しかしまるで動物系の能力者(・・・・・・・)を相手にしているかのような驚異のタフネスでルフィはクロコダイルの前に立ち塞がっている。

 

「ハァ、ハァ……やっぱり、お前は何も分かっちゃいねェ」

 

 苛立ちを募らせるクロコダイルに肩で息をするルフィが脳裏に仲間たちを、そして故郷に辿り着いたにも関わらず一度として心からの笑みを見せることのなかったビビの姿を思い浮かべ言葉を返す。

 

あいつ(ビビ)が国を諦めねェ限り、おれたちも戦うことをやめねェ……この力(覇気)がおれの仲間たちは今も上で戦い続けてるってちゃんと教えてくれるから……だからおれも、お前をぶっ飛ばすまでは……絶対に倒れねェ」

 

 瞼を閉じれば地上で仲間たちがビビと共に戦場を駆け回っており、その全員がルフィがクロコダイルを打倒することを心から信じている。

 ならばこそ、たかがサソリの毒如きでルフィの意思は挫けないし、意思が揺らがなければ覇気も揺らがないのは道理。

 クロコダイルとの戦いで目覚めた覇気に慣れていくルフィと、イカゼから受けた額の傷がルフィの一撃で完全に開き徐々に覇気の出力を落としていくクロコダイル。

 

 今どちらが優勢であるかは言うまでもなく───

 

「───終わりにするぞ、クロコダイル」

 

 目いっぱいの空気を取り込んで風船のように膨らんだ体を捩じり上げルフィが戦いの終わりを宣言する。

 自身の勝利をまるで疑っていないその佇まいに、クロコダイルは歯軋りと共に空中に跳躍すると言葉なく右腕を流砂に変えルフィの勝利を否定するように大技を構える。

 

「″ゴムゴムの″───」

「″砂漠の(デザート)″───」

 

 溜め込んだ空気を一気に放出して嵐のように突撃するルフィと、迎え撃つように四つの巨大な斬撃を放つクロコダイル。

 

「″暴風雨(ストーム)″!!」

「″金剛宝刀(ラスパーダ)″!!」

 

 ウィスキーピークから続く戦いについに終止符が打たれる。

 

 

 

 

 

 

 クロコダイル麾下の全てのオフィサーエージェントを降しアルバーナ宮殿に辿り着いた麦わらの一味を待っていたのは、この国を敵味方共々爆弾で丸ごと吹き飛ばそうと目論むクロコダイルの恐るべき計画だった。

 宮殿広場で合流したビビからその全容を聞いた一同は各々重傷の体を引き摺って必死に爆弾の在り処を捜索し、紆余曲折の末ついに時計塔に隠された爆弾を見つけ出してそこに潜んでいた砲撃手のMr.7ペアを仲間の力を借りたビビが倒したことで無事一件落着かと思われたが───

 

「───砲弾が時限式なの!!」

 

「「「何だとォーーー!!?」」」

 

 端から自分以外を信じていなかったクロコダイルは周到にもMr.7ペアが万が一行動不能になってしまった時のための保険を用意しており、それこそが先のビビの言葉の通り時限式の砲弾。

 その時差は僅か数十秒で、このままでは砲弾が爆発してしまうと焦燥を隠せないビビが必死に頭を回して対処する術がないか思考の海に没頭するも、一分にも満たない時間でそんな都合のいい策が思いつくわけもなく仮に思いついたところで実際に行動に移すには刻一刻と迫る制限時間を考えれば不可能だった。

 

「どこまで人をバカにすれば気がすむの……どこまで人を嘲笑えば気がすむのよ……ッ」

 

 クロコダイル!! と悲痛な叫びを上げ悔し涙を流すビビだったが、どれだけ泣き喚いたところで無常にも時間はその針を進めていく。

 万事休すか、と時計塔の下で待機するゾロたちもビビの様子を見て唇を噛みしめたその時───アラバスタの守護神が一人の青年を背に砲弾の前で蹲るビビの下に舞い降りる。

 

「懐かしい場所ですね、砂砂団の秘密基地……」

「……なんとか間に合ったかな?」

 

 塵旋風で靡くフードと取れかけの包帯から覗く碧眼に、雲一つない快晴にも関わらずその頭上で掲げられている菫色の番傘───そんな見覚えしかない姿に麦わらの一味は各々様々な感情を抱きながらも、皆一様に無事で良かったと安堵の表情を浮かべて歓声と共に青年の名を叫ぶ。

 

「「「イカゼ!!」」」

 

「ったく、遅ェんだよあのバカ!」

 

 人並外れた聴覚で仲間たちからの歓喜の混ざった罵倒を受け取った青年(イカゼ)は、あとで覚えてろと心の中で悪態を吐きつつ干乾びた左手を掲げ唖然とした表情で涙を流すビビに笑いかけた。

 

「や、ビビ───ちょっと遅刻しちゃった」

 

「イカゼさん……それにペルも……ッ」

 

 無事でよかったと安堵する気持ちと、両者共に一目で重傷だと分かる体に対する心配の念、そして今にも爆弾が爆発してしまうという焦燥感で感情がぐちゃぐちゃになって言葉を失うビビに、イカゼは事情はこの人から聞いてるよとペルを指差すと時間がないんでしょ? とその目を覚まさせるようにビビへ問いかける。

 ハッとしたビビはその問いかけに確かな頷きを返しながらも、でももう爆弾を対処する方法がと言葉を発しようとしたところをイカゼの手で遮られ口を噤む。

 

「後は俺に任せてよ」

 

 遅れた分はキッチリ取り返すからさ、とこんな事態にも関わらず普段通りの飄々とした笑みを浮かべるイカゼの姿にどこか安心感を覚えつつも、だけどどうやって? とビビは疑問の言葉を隠せない。

 しかし一から説明出来ればそれに越したことはなかったのだが、如何せんそんな時間が残されていない現状ではイカゼはビビにたった一言の言葉を返すことしか出来なかった。

 

「大丈夫」

 

 何てことないと言わんばかりの自信に満ち溢れたその言葉に、これまでの航海で幾度となく目にしてきたイカゼの無法振りを思い返しその双眸に再び光を宿したビビは、頼れる仲間の言葉に力強く頷いて万が一巻き込まれたら危ないからと傍に控えていたペルと共に地上へ降って行く。

 

「(ルフィさん、イカゼさん……あとはお願い……!)」

 

 仲間たちから託されたバトンを確と繋いで、ビビは葬祭殿と時計塔という対極に位置する場所で最後の戦いに臨む二人に想いを馳せながら眼下で待っていた仲間たちと合流を果たすと、事情は説明されなくても分かってると言わんばかりに頷く一同と共にイカゼの動向を見守るべく時計塔を見上げる。

 

「───さて、それじゃこっちも始めようか」

 

 タイムリミットまでもう間もなくだと言うのにイカゼの表情に焦燥は皆無。

 常人であれば直径5kmにも及ぶ爆弾を処理することなど到底不可能だが、ドリーとブロギーと渡り合った怪力を持つイカゼであればそれも数秒で事足りる。

 そして今イカゼの立っている場所はアルバーナで最も高い時計塔、しかも自身を邪魔する者が誰一人としていない状況であれば失敗する方が逆に難しいと言うものだ。

 

「ルフィの方も問題なさそうだね」

 

 地中からひしひしと伝わってくる覇気の気配にイカゼは笑みを溢す。

 事細かに分かるわけではないが、それでもルフィがクロコダイルの覇気を押していることは明白なのでそう遠くない内に地下の戦いの勝敗は決することだろう。

 ならばこそ自分も自分の役割を全うしなければとこの戦いの終わりを察したイカゼは、砲弾を取り出し持ち手の部分に手をかけ背負うようにして肩に担ぐ。

 

「それじゃあ、特大花火の時間だ」

 

 もしかしたらサプライズもあるかもね、と言葉を続けたイカゼは、クロコダイルとの戦いで支障の出なかった右手と左足の力を存分に発揮して、自分自身が大砲の役割を果たすことで担いでいた砲弾を遥か彼方の上空まで力一杯投擲する。

 

「たーまやー!」

 

 地上が爆発範囲から優に外れるくらいまで打ち出された砲弾が、上空で大爆発を起こして両軍の衝突によって生まれていたアルバーナを覆う砂塵をその余波で跡形もなく吹き飛ばし霧散させていく。

 突如発生した爆発とそれによって生じた爆風で国王軍も反乱軍も関係なく皆が一様にその動きを止めさせられ空を見上げれば、まるで見計らったかのように二つの奇跡が彼らの視界に映り込む。

 

「あれは……クロコダイル!?」

 

 一つは、葬祭殿の戦いの決着を示すかのように崩壊した地盤から突き上げられてきたクロコダイル。

 そしてもう一つは、この国の誰もが待ち望み焦がれ続けていた───

 

「…………雨だ」

 

 長きに渡るアラバスタの反乱、その終結の瞬間だった。

 

 

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