麦わらと夜兎 作:人参腎
26 嘲りの町
行く当ても帰る場所もないから身勝手に助けた責任としてメリー号に置いてほしい、要約すればそんなことを言って、それならしょうがねェとルフィが許可したこともあり無事ニコ・ロビンを仲間? に加えた一同は、次の
「加入早々大活躍だね、ミス・オールサンデー」
「ふふ、お役に立てたなら何よりよ」
だけどその名前で呼ぶのは止めてくれるかしら? と怪しく微笑むロビンに、番傘を差しながら近づくイカゼはもうちょっと好感度上がったらねとはぐらかすと、先ほどロビンがとあるサルベージ集団から能力でこっそり拝借した″ジャヤ″と記された″
「船が降ってきたかと思えば急に夜になって怪物が現れるなんて、空島って言うのはさぞかし賑やかなところなんだと思わない?」
好奇心を隠せないと言った様子のイカゼの言葉に肩を竦めつつ、ロビンはあながちその考えも間違いでないかもしれないわねと一人思考する。
ロビン自身も空島が未知と言うこともあって断定出来ないところではあるが、空から落ちて来たガレオン船はまるで何者かに襲撃されたような破壊の痕跡が多々見受けられたし、白骨化した死体も落下の衝撃だけでは説明がつかない不可解な傷を残していたので
果たしてそれがルフィがサルベージした地図に描かれていたスカイピアという島であるかは不明瞭だが、その真偽を確かめるためにもジャヤへ舵を切るという判断が間違いではないことは確かだろう。
「何だか町の方角も騒がしそうだし……いやー、腕が鳴るなー」
徐々に近づいてくるジャヤの港町からはとても穏やかとは言えない殺伐とした空気と荒くれものたちの喧噪が木霊しているが、震え上がるナミたちとは裏腹にイカゼはくつくつと喉を鳴らして楽しそうに闘争心を滾らせるばかり。
組織のNo.2に君臨し長年クロコダイルの右腕として彼に仕えていたロビンは、対策こそすれども自分では手も足も出なかったクロコダイルの力を身を以って理解しているため、そのクロコダイルを実質敗走に追いやったイカゼの力量を高く評価している。
故にこそ、これから上陸するジャヤでイカゼに喧嘩を買われるであろう住人たちにはロビンをして思わず同情の念を抱かずにはいられなかったが、逆に味方という観点から考えればこれ以上に頼もしい存在もそうはいないわねというのが彼女の本音でもあった。
「それなら私の護衛をお願いしてもいいかしら?」
「おー、うぃんうぃんって奴だね」
札付きで困ってるの、ととても困っているようには見えないロビンの誘い文句も、しかしイカゼからしてみれば望むところというもの。
もしサンジが今のやり取りを聞いていたら嫉妬の炎を燃やしてイカゼを激詰めしていたのは間違いないが、生憎と当の本人はウソップとチョッパーに船に残ってくれと泣き縋られておりそれどころではなく、結果として不承不承と言った雰囲気ではあるが船番の任に就くことになった模様。
他にもルフィとゾロ、そしてそのお目付け役としてナミが上陸を志願して、一行は港町───嘲りの町と称される無法地帯″モックタウン″に足を進めていくのだった。
▽
「ウィーハッハッハ! 中々いねェもんだな、億越えの賞金首ってのも!」
モックタウンの中央広場で数え切れないほどの海賊と賞金稼ぎを地面に転がして高笑いを上げるのは、黒ひげ海賊団の操舵手″チャンピオン″ジーザス・バージェス。
無名ではあるが数多の挑戦者を相手に無傷で佇むその姿はバージェスが確かな実力者たる他ならない証明であり、バージェスは船長である黒ひげのとある目的のため、手配書の額が億を越えている大物を探すべく無法者が集まるこのモックタウンにしばらく滞在していたものの、しかしバージェスの前に現れるのは誰も彼も名も知れぬ腹の足しにもならない小物以下の雑魚ばかり。
気づけば船長の黒ひげや他の船員たちも思うがままに行動を始めてしまったこともあり、何だかんだ真面目なバージェスはそんな仲間たちに嘆息しつつこうして一人当初の目的を果たすべく手当たり次第に喧嘩を売っては相手を叩きのめすという日々を送り続けていたが……今のところ5000万付近の船長率いる海賊団が精々と成果は得られていなかった。
「それにあいつらは曲がりなりにも七武海の傘下───
一時は5000万でも何もしないよりはマシかと考えていたバージェスだったが、黒ひげから今モックタウンを牛耳っている海賊団が世界に名高き王下七武海の一人″天夜叉″の傘下だと告げられたこともあってそう言うことならと放置することを決め、今日も今日とてバージェスは鍛錬と暇つぶしも兼ねて雑魚狩りに精を出していく───
「んん……? あの女はまさか……」
───はずだった。
「ウィーハッハッハ! 億越えの首なんざよりもよっぽど政府が気に入りそうな奴がいるじゃねェか……」
船長行きつけの酒場が騒がしくなってきたのを他所に、バージェスは離れの服屋で買い物に勤しむ女を目にして口角を吊り上げる。
手配書に映る姿は20年も前の子供の姿であるため自身の眼前に映る女がそうだと言う確固たる証拠はバージェスにはないが、非常に残念なことにここは政府の介さない無法地帯、女の一人や二人消えたところで何の罪にも問われることはないし、元より海賊のバージェスがそんなことを気にする性質でもない。
「一端に男を連れてデートってか? それともどこぞで手籠めにした新しい駒か何かか?」
何にしてもこのモックタウンで呑気に買い物を楽しむなど愚の骨頂、そう考えれば目の前の女が20年以上も世界政府から逃げ続けている″悪魔の子″とは到底思えなかったが、バージェスはこいつで間違いないという自身の直感に従って大股で女───ニコ・ロビンの下へ近づいていく。
「ねー、ミス・オールサンデー……もう買い物なんてやめてさっきの酒場に行こうよ、何だか騒がしくなってきたしあっちの方が面白そうだ」
「ふふ、あなたがその呼び方を改めてくれるなら考えてあげてもいいけど」
店内にはニコ・ロビンの他には店主と仲間らしき番傘を肩に担ぐ青年が一人のみ、加えて野次馬をすべく広場から酒場に人が移ったことで周囲に邪魔者は皆無。
こんなにおいしい状況はそうそうないと笑みを深めたバージェスは、射程範囲に入ったニコ・ロビンへ無言のまま容赦なく覇気をまとわせた右腕を振り被る。
「……いや、どうやらそうでもなさそうだ」
「え?」
呆けるニコ・ロビンを他所にバージェスに気づいた番傘の青年が守るように彼女の前に立つも既に遅い。
「″波動エルボー″!!」
圧縮された衝撃波が青年はおろか店ごと巻き込むように放たれ驚愕に目を見開いたニコ・ロビンへ牙を剥く。
凶暴な海王類さえ一撃で沈める威力を持つその衝撃波を前に一般人の店主は当然としてニコ・ロビンにも対処する術は何もない。
唯一その可能性があるとすれば飄々とした表情で店の入り口に立った仲間と思わしき青年くらいのものだが……億越えの大物たちの手配書を頭に叩き込んだバージェスの記憶に目の前の青年の姿が見当たらない以上、そんな可能性が万が一にも存在しないと言うことは明白。
ニコ・ロビン確保だ、とバージェスが勝利を確信した、その瞬間───
「″雷鳴八卦″」
───雷が落ちたかのような轟音と共に振るわれた番傘が、迫り来る衝撃波を軽々と薙ぎ払う。
「は? 何が───」
心の底から絞り出したようなその言葉の続きは、しかし瞬きの後には視界一杯を菫色の番傘が埋め尽くしたことで紡がれることはなかった。
▽
「ありゃ? 気絶しちゃった……少しは骨のある奴が出て来たと思ったんだけどなァ」
見込み違いだったかな、と頭を掻いて気絶した
「(間違いなくこの男は私を狙っていた……彼がいなかったら、今頃私は……)」
油断していたつもりは毛頭なかったが、それでもロビン自身が反応出来た時には既に手遅れだったことも事実。
あの衝撃波にこの店一帯を更地にするほどの威力が込められていたことは一目で理解していたが、まさかその衝撃波をただの番傘の一振りで掻き消して、その勢いのままに紛れもなく強者と断言出来る眼前の男を一撃で伸してしまったイカゼの姿に、ロビンはあのクロコダイルをして怪物と言わしめたその実力に偽りなしと、その力の片鱗を垣間見たような気がして戦慄を隠せなかった。
「(彼は一体何者なの……?)」
自身とも関わりの深い麦わらのルフィのような″Dの一族″でもなければ、クロコダイルのようにかつて新世界で名を馳せた経歴があるわけでもない。
だと言うのに少なくともロビンが今まで出会ってきた者たちの中でイカゼに並ぶか明確に越えると断言出来る存在はただの一人しか思い浮かばず、それすらも今や″海軍大将″にまで登り詰めた世界政府の最高戦力である以上、比較してしまっている時点でイカゼの力が他と隔絶していることを如実に表していることは明白。
「(本当に、底の知れない人)」
ルフィたちのように単純でもなければゾロのように明確に自身を警戒しているわけでもない。何もかもを見透かすようで、けれど何も考えていないようにも思えるイカゼの眼差しの真意がロビンには分からず、分からないが故にその眼差しを怖いと思ってしまうのは人として当然の感情でもある。
「お! 見て見てミス・オールサンデー、この人結構お金持ってるよ」
しかしバージェスの懐から抜き出した札束を手にお腹減ったしご飯食べに行こうよ、と無邪気に笑いながら飯屋に直行していくその後ろ姿を前にすれば、そんな胸に巣食う恐怖の感情も一瞬で霧散してしまう。
「もう……護衛対象を残して先に行かないでちょうだい」
そんなイカゼの姿に嘆息しながらも小さく笑みを溢したロビンは、麦わらの一味に加わってから胸に漂い始めた言葉に出来ない不思議な感情に違和感を覚えつつ、先に行ってしまったイカゼを追いかけるように足早にその歩みを進めていくのだった。