麦わらと夜兎 作:人参腎
「なんだイカゼ。お前船持ってたのかよ」
「船って言っても小船さ。海岸沿い歩いてたら偶々見つけたんだよ。魚獲りに行く時ぐらいしか使ってなかったけど」
ルフィの一味への勧誘を快諾したイカゼは、ルフィの仲間たちが乗る海賊船を探すべく漁に出るときに愛用していた船の元を訪れていた。その船は人一人乗る分には余裕があるが精々が二人乗れるか乗れないかと言う言葉の通りの小船で、所々に亀裂の入ったその姿は高波に呑まれれば即座に転覆してしまいそうなほどに弱々しかった。
「これ、乗れんのか?」
「大丈夫でしょ。かれこれ十回以上乗ってるけど特に問題なかったし」
カナヅチ故に不安そうに首を傾げるルフィにイカゼは笑みを浮かべそう返答する。確証性のない言葉に一抹の不安が残るが、思考回路が単純なルフィは仲間が大丈夫と言うなら大丈夫だと思考を切り替え勢いよくその小船へ乗り込む。
「そういや腹減ったなー。なーイカゼ、弁当作ってくれよ」
小船に背中を預けながら腹を擦るルフィにイカゼは料理なんて出来ないから無理だと首を振る。仮に今から獲物を獲って来るとしてもこんな小さな船に食料を置く場所など何処にもないし、木材で出来た小船の上じゃ火も起こせないから調理も不可能だ。そうルフィに伝えるとあからさまに不満気な顔で文句を垂れ始めた。
「んー。でも確かにお腹減ったなー」
ルフィに負けず劣らずの大食漢のイカゼは、いつルフィの仲間の海賊船が見つかるか分からない以上は食料も必要なのではないかと考え、無人島内に何かなかったかと一人思考する。
「あ。そうだそうだ。アレならこの船にもたくさん積めるか」
「なんだイカゼ。なんかあるのか?」
「あった。取って来るから出航の準備しといて」
「ホントかー!? おう任せとけ!」
先ほどまでの不満顔が嘘のように消え去り、楽しみだなーと笑みを浮かべながら出航の準備をしていくルフィを尻目にイカゼは砂浜を蹴り森の中を駆けていく。
数分もしない内、森の中ほどまで来たイカゼは目的の物を見つけその足を止めた。
「あったあった」
その視線の先には果汁を目一杯溜め込んだ丸々と太った真っ赤な果実。名前は不明だが小腹が空いたときによく食べていたイカゼはこの果実の存在を思い出し、こうして足を運んで取りに来ていた。
「よし。これだけあれば充分か」
予め持ってきていた身の丈ほどの革袋がパンパンに膨れ上がるまで詰め込み、イカゼはルフィが待ってるであろう小船の元まで再び駆け出す。
「うっひょー! うんめーなーコレ!」
「それは何より。さて、それじゃ探しに行こうか」
既に出港準備を終えていたルフィに果実の入った革袋を渡しイカゼは小船に乗り込んだ。果実の入った革袋を合わせたら凡そ人間三人分の重さだが、小船が転覆するような様子は見られなかった。その様子に一安心しながら、イカゼはルフィから聞いていた海賊船の特徴を復唱していく。
「羊の船首に麦わら帽子を被った海賊旗、これでオーケー?」
「そうだぞ。ゴーイングメリー号って言うんだ」
早くメリーに会いてぇなーと物思いに耽るルフィを尻目に、イカゼは小船を固定していたロープを外し長棒を砂浜に押し付ける。
「さ、行こうか船長」
「おう! 出航だー!!」
ルフィの言葉と共に、イカゼは長棒を握る手に力を入れ波に流されようとする小船を後押しする。すると波に流されるがまま小船はぐんぐんと前へ前へ進んでいく。徐々に離れていく無人島を見据えながら、番傘を頭上に翳すイカゼは小さく別れの言葉を呟いた。
「──いってきます」
▽
東の海の海上。
ローグタウン周辺の海を漂う海賊船ゴーイングメリー号は騒動に包まれていた。
「もー! アイツどこまで流されたのよ!」
「これから偉大なる航路に入るってのに、何やってんだルフィのヤツは!」
「も、もしかしたらもう海獣たちの餌食に……うおー! ルフィー何処行っちまったんだよー!!」
「縁起でもねぇこと言ってんじゃねぇ! ったく、ちょっと目を離した隙にあのバカはッ」
船上で目を皿にして船長を探す彼らは、今東の海を賑わす麦わらの一味の船員たち。事の発端は数日前。一味の船長、麦わらのルフィが暇つぶしにと海獣と戦っていた時に起きた。
「暇つぶしに海獣に喧嘩売ったことだってバカげてるのに、足を滑らせて海に落ちたってもうホント何やってんのよあのバカはッ!」
「すまねぇナミさん。おれがあそこでルフィを引き止めてれば……つうかマリモ、ウソップ! テメェ等は一体何してんだよあの時!」
「寝てた」
「右に同じく」
「ッッ、ホントこの船の男どもはバカばっかりなんだから!!」
「おれもかいナミさん!?」
気苦労の募るこの一味の航海士ナミは、ルフィが既に3000万ベリーの賞金首という事実に苦虫を噛み締めるような思いで海の先を見据えている。
ナミ自身ルフィのことだから心配ないと心の底では信じているが、それでも今のルフィは賞金首。仮に何処かの島に流れ着いたとしても賞金首である以上は賞金稼ぎたちに命を狙われるし、島の住民たちが海軍に通報することだってありえない話ではない。そうなった場合は幾らルフィと言えども一人でやれることには限度がある。故にこそ一分一秒でも早くルフィを見つけなければならなかった。
「潮の流れから見てそこまで遠くには流されていないはず……サンジくん進路変更! あの孤島へ向か──」
既に周囲の海を隈なく捜索したナミが次の場所に指示を出そうとした、その瞬間だった。
「羊の船首に麦わら帽子を被った海賊旗……やっと見つけた」
メリー号の前方数メートル先にある小船から飛び出し、見慣れた姿の少年を肩に担いだ青年がメリー号の甲板に着地する。突然の第三者の乱入に一同が目を見開き、そして肩に担がれている少年を見て言葉を失った。
「君たちが麦わらの一味であってるよね?」
番傘の下から覗く青い双眸が一味を見通す。その雰囲気にただものじゃないことを肌で感じ取ったゾロが刀を抜き一歩前に出る中、ウソップが他二人の心情を現すかのように目を驚愕に見開いたまま青年に担がれてる少年の名を叫んだ。
「ルフィ!!」
青年が担いでるのは他でもない。彼らの一味の船長にして数日前から行方不明だった麦わらのルフィだった。目を閉じたまま動かないルフィは意識を失ってるのか死んでるのかの判別がつかず、突然船長を担いで船に乗り込んできた青年のことも相俟って一同は警戒態勢を取り青年を睨みつける。
「テメェ何者だ。ルフィをどうした」
サンジがいつでも足技を繰り出せる状態で問いかければ、青年はサンジを挑発するように薄く笑みを浮かべた。
「さぁ? 確かめてみなよ」
その言葉を皮切りにサンジとゾロの姿が甲板から消える。地を蹴り上げ駆け出した二人は視線の先に立つ青年目掛け刀と足を一切の手加減なく振り上げた。
「ちょ、二人とも何やってんの!?」
ナミの言葉が轟音にかき消され空気に溶ける。もしかしたらルフィを助けてくれた恩人かもしれないのに、そう言葉を続けようとして目を見開いた。
「うそ……」
「傘で、受け止めた!?」
ウソップとナミの驚愕は当然だった。サンジもゾロも互いに魚人を相手に引けを取らない実力者。そんな二人の攻撃をまともに受け止められるのが最弱の海と称されるこの東の海になどいるわけがない。普通なら手も足も出せず意識を刈り取られるはずなのに、青年はそんな二人の攻撃をルフィを肩に担いだまま翳していた番傘で容易く受け止めて見せたのだ。
「コイツ……!」
「なんだこの力、押し返されるッ」
それどころか、青年は二人の攻撃を受け止めた上で傘の一振りで弾き飛ばした。今まで戦ってきた相手とは文字通り格が違う。否応なくそれを理解させられた一味が全員戦闘態勢を取り青年を囲もうとした──その瞬間だった。
「んあ?」
今まで意識を失っていたルフィの目が開かれ、青年とその周囲を囲む仲間たちを見据えた。
「よーみんな、元気にしてたか? にっしっしっ」