麦わらと夜兎   作:人参腎

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30 春雷

 

 

『面白そうだし、ちょっと様子見てくるよ』

 

「イカゼってば、さっさとこの島から離れなきゃ行けないってのに勝手なことして……!」

 

 偶然辿り着いてしまった″神の島(アッパーヤード)″で、天の裁きと見間違うほどの光の奔流に呑み込まれ消えていった侵入者を目にしてしまったナミとイカゼ。

 周囲の神官たちとそれに敵対するゲリラのただならぬ雰囲気と、スカイピアの入り口で入国料を払わず不法入国を果たしたことで自分たちにもあの裁きが下されると耳にしたナミは、冒険の匂いがするなァと上機嫌で島の散策へ飛び出して行ったイカゼを他所に、一刻も早くこの危機的状況を共有すべくルフィたちと合流を果たそうとコニスたちの下へと全速力でウェイバーを走らせていた。

 

「エクストルっていう空島独自の通貨はイマイチ分かってないけど、払えそうなら最悪払っちゃえばいいんだし……お願いだから問題事だけは起こしていませんように!」

 

 そんな一縷の望みを抱いて海雲を疾走するナミであるが、既にイカゼがそれを上回る罪を″神の島(アッパーヤード)″で犯している時点で手遅れだという事実には未だ気づいていない。

 

「見えた! おーい、みんなー! って──!?」

 

 そうしてメリー号が停泊するビーチに帰還したナミは、ちょうど良いタイミングで船の前に揃っている仲間たちの姿を目にして喜色の声を上げるも、しかしその周囲を武装した衛兵たちが取り囲んでいるというただならぬ事態に目を丸くする。

 

「ルフィ、その人たちに逆らっちゃダメ! 不法入国した私たちが悪かったの!!」

 

「ナミさーん! 無事だったんだねー!!」

「ナミ! あれ、イカゼはどうしたんだ?」

 

 ナミの無事に歓声を沸かせるルフィたちだったが、しかしすぐに一緒にいたイカゼの姿がないことに首を傾げるのも無理からぬ話。

 当の本人は″神の島(アッパーヤード)″で歴史的大犯罪の真っ只中であるが、それを知る由もなく説明している時間もない現状ではそんな話をしている暇はないと、ウェイバーを吹かしたナミが衛兵の代表らしき男へ言葉を投げる。

 

「そこの人! 入国料は幾ら払えばいいの!?」

 

 ″空の騎士″曰く500万エクストルで格安とのことなのだからベリーに換算すればそう高くはないはずと考えるナミであったが、しかし男───マッキンリーから告げられた返答は想像を絶するものだった。

 

「それでいいのです。では、不法入国の罰として一人10億エクストルの10倍……報告では八人とのことでしたので800億エクストル、青海換算で800万ベリー支払っていただきます!」

 

「はっぴゃ!!?」

 

 人知れず溜め込んでいたへそくりを含めてもまるで足りない法外なその金額に、驚愕と共に限界まで目を見開いたナミの表情がマッキンリーたちに近づくにつれ徐々に憤怒の形相に染まっていく。

 あ、ヤバいと考えたルフィたちが思わず静止の言葉をナミへ投げかけようとするも、しかしその時には既にビーチから乗り上がったウェイバーがマッキンリーの顔面にまで迫っており───

 

「───高すぎるわよ!!」

 

 そうして、麦わらの一味は漏れなく全員が犯罪者として神の裁きにかけられることと相成った。

 

 

 

 

 

 

 ″神の島(アッパーヤード)″の大地を轟音と共に抉りながら、飛行機乗りのような恰好をした男が見るも無残な姿で地面を転がっていく。

 ″神″に仕える神官らしく汚れ一つ見受けられなかった衣服は今や血と泥に塗れ、男を象徴する熱槍は半ばからへし折られ見る影もなく、相棒たる怪鳥は地に堕ちて既にその意識を深い闇の底に沈めている始末。

 血反吐を吐きながらも、しかし神官として最後に残されたその矜持を振り絞って眼前を見据える男だったが、その本心では一切の手傷を負うことなく悠然と自身の下へ歩みを進める青海人に畏怖の念を隠せないでいた。

 

「おれは″神・エネル″に仕える四神官の一人……それが何故、ただの青海人にこんな……ッ」

 

「四神官ねェ……ってことは、他の三人もあんたレベルってこと?」

 

 男───シュラの前に立つのは、先立って″神の島(アッパーヤード)″に侵入していたイカゼ。

 退屈そうに番傘を揺らすその表情にはシュラの戦いぶりに期待外れだと言わんばかりの不満の感情がありありと浮かんでおり、戦いの前にシュラが語った紐の試練なるものが突破率一桁の実績を持つことからも空島の戦士はどんな戦いを見せてくれるのだろうと期待していただけにその落胆も一入だった。

 

「″(ダイアル)″だの″紐雲″だのって、俺が期待してたのはそういう小手先の部類じゃなかったんだけどね……」

 

 ″熱貝(ヒートダイアル)″を用いた槍術は力任せに振るわれる番傘に成す術もなく、″紐雲″を使って数多の挑戦者を屠って来た紐の試練すらも赤子の手をひねるように真っ向から打ち破られ、それでもなお準備運動にもならなかったなァと嘆息するイカゼの姿はシュラからしてみれば恐怖以外の何者でもない。

 加えて″見聞色の覇気″という″心綱(マントラ)″にも似た力を使うイカゼは″神の島(アッパーヤード)″全域にまで及ぶ使い手のシュラをしてもその動きを読むことが敵わないのだから、その埋めようのない彼我の力量差は最早相手が悪かったどころの話ではなく理不尽と称して差し支えないレベルであった。

 

「すげェ……何だあの青海人……」

 

 すぐ傍で戦いを見守っていたアイサも初めて見る青海人の戦いぶりに目を丸くしており、イカゼから聴こえてくる″大地(ヴァース)″の如き力強い″声″に、もしかしてワイパーよりも強いんじゃと彼女の中の絶対的な強者の序列を揺らがせるほどの驚愕を齎していた。

 

「でもまァ、あんたたちのボスは強そうだし、折角だからこのまま案内でもして貰おうかな」

 

 イカゼが想起するのは″神の島(アッパーヤード)″に上陸する前にナミと共に目にした大地を穿つ落雷の如き閃光。

 まともに喰らえばイカゼ自身ただじゃ済まないと考えていただけに、あの落雷の主こそがシュラから″(ゴッド)・エネル″と呼ばれる今も自分に向けられているこの視線の正体で間違いないとイカゼは確信していた。

 

「フッ、それには及ばん」

「ん?」

 

 番傘を突き付けて脅すように笑っていたイカゼに、どこか諦観の念を滲ませたシュラが失笑と共に言葉を返す。

 

「神官に裁かれないと言うことはこの国では第1級犯罪に値する……それはつまり、我らが全能なる″神″への宣戦布告と言う意味を持つ」

 

 遠くない内にお前たちには神直々に裁きが下されるだろう、そう言葉を吐いてふらふらと立ち上がったシュラが、最後の意地だと言わんばかりに折れた熱槍を携えてイカゼの前に立ち塞がる。

 

「だが、戦いはまだ終わっていない……お前が真に″神″と敵対する覚悟があると言うのなら、この紐の試練を越えてみせろ」

 

「……なるほどね」

 

 その意図を察して笑みを浮かべたイカゼの体を、シュラの展開した″紐雲″が複雑に巻き付いてまるで絡み合うようにして拘束していく。

 常人であれば指の一本も動かすことすらままならない状況下で、それでもイカゼの顔には冷や汗一つ浮かぶことなく変わらず飄々とした笑みを携えるばかり。

 

「″熱の槍(ヒートジャベリン)″、最大出力!!」

 

 全身の動きを″紐雲″で止められたイカゼに、槍に格納された″熱貝(ヒートダイアル)″の炎を限界まで放出したシュラが自身の腕が焼かれることも構わずにその穂先を突き付ける。

 この一撃で終わらせるという、確かな覚悟をその瞳に宿して。

 

「そう言うのは嫌いじゃないよ」

 

 力と力のぶつけ合い、それこそが自分の求めていたものだと───この戦いが始まって以来初めてとなる満足そうな笑みを浮かべたイカゼが、″紐雲″の下で番傘を握る手に力を込める。

 その脳裏を過ぎるのは自身が憧れた名も知れぬ最強の男と、エースから告げられた今もなお自分を待っているというかつて約束を交わした一人の少女。

 そんな二人との戦いの日々を想起したイカゼは、記憶と共に抜け落ちてすっかり錆びついてしまった己の技(・・・)を放つべくその感覚を確かめるように番傘に″覇気″を練り上げていく。

 

「受けてみるがいい、青海人───!!」

 

 そうしている間にシュラから放たれたのは、己すらも薪にくべることを代価として、周囲の木々を燃やし尽くしながら豪火の渦となってイカゼに迫る全霊の一撃。

 神官としての矜持と共に投擲されたその熱槍を、元より逃げるつもりなど毛頭なかったイカゼが真っ向から迎え撃たんと練り上げた″覇気″を解放し体の自由を奪っていた″紐雲″を霧散させる。

 

 それを合図に、太陽を遮るように気ままに空を揺蕩っていた白雲から到底似つかわしくない雷鳴が木霊して───

 

 

「″春雷″」

 

 

 ───無軌道に奔った稲妻の如き一撃が豪火を斬り裂いた。

 

 

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