麦わらと夜兎   作:人参腎

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05 獅子と白猟

 

 

 エレファント・ホンマグロなる象のような珍魚を買ったサンジとの買い出しを終えそのまま包帯を山のように購入したイカゼは、一度荷物の整理をしにメリー号へ帰って来ていた。

 その足元にはルフィとイカゼの大食漢たちでもしばらくは持つであろう食材の袋がたんまりと並べられており、その光景を見たイカゼはメリー号の保管庫に果たしてこれだけの食材が詰められるのだろうかと我が事ながら苦笑を溢す。

 

「───さて、と」

 

 サンジが買った物だし本人が何とかするだろう、そんなことを思いながらイカゼは一雨来そうな空を見上げ甲板に腰を下ろす。

 本来ならこの空いた時間でローグタウンの美食巡りと行きたかったが、如何せんこの食材の山を前に船番の一人もなしは流石に不味いだろうと考え、元々試したかったこともあったのでイカゼは自ら船番の任に就くことにした。

 

「陽が覗いてる内に済ませておかないとね」

 

 ダメならまだ返品できるだろうしと考えイカゼが取り出したのは、何の変哲もない医療用の白い包帯。

 留め具を外し包帯を伸ばしたイカゼは、翳していた番傘をたたみ陽射しの当たらない日陰へ避難すると、利き腕の服を捲り上げ慣れた手付きで白い肌が露出した腕に包帯を巻き始める。

 

「……うん、やっぱり違和感とかはないな」

 

 包帯に包まれた右手を掲げイカゼは満足そうに頷く。

 違和感どころかこの姿こそが本来の自分であるかのような、欠けていたピースがピタリとハマった様な感覚さえあった。

 そうしてイカゼは、壁に立てかけた番傘をそのままに日陰から陽射しの届く看板へ向かっていく。

 試したことはない筈なのに、何故か失敗することはないという確信が彼にはあった。

 

「ははっ」

 

 太陽の下に翳された真っ白な右腕。

 チリチリと肌を突き刺すような感覚はなかった。

 そして身体の内から焼けていくようなあの忌々しい痛みすらも。

 

「実験成功」

 

 今は陽射しも弱く炎天下とは程遠い環境ではあるが、それでもイカゼにとってはこの程度の対策をするだけである程度の陽射しから身を守れるのは確かな朗報だった。

 試しに包帯を巻いてない左手を陽射しに晒す。

 当然だが晒された箇所はヒリついて真っ赤になるも、その痛みも陽射しをものともしない右手を見れば何処か心地よく感じた。

 

「あー、海賊になって良かった」

 

 あの無人島では考えこそすれとても実行には移れなかったことだ。

 胸中で一味に誘ってくれたルフィに多大な感謝を抱きながら、イカゼは再び日陰に戻り左手にも包帯を巻いていく。

 

「ルフィたちは今頃処刑台かなぁ」

 

 海賊王が処刑される前に見ていた景色を見てみたい、そう言ってゾロとウソップを引き摺っていた船長を思い浮かべる。

 イカゼ自身は海賊王にこれといった感情は抱いていないが、やはり一味を率いる海賊の船長ともなると海賊王という称号は特別なものなのだろうか。

 

「ゴールド・ロジャー、ね」

 

 記憶喪失のイカゼでもその名は認知している。

 自分たちがこれから向かう偉大なる航路を制覇し、富、名声、力、この世の全てを手に入れたと言われる海賊。

 ローグタウンは彼の処刑場であるのと同時に出身地でもあるらしく、その噂はやはり本場なだけあって町内では海賊王とそれに関わる話題で持ちきりだった。

 

 曰く、大艦隊を相手に圧倒的劣勢から生還した。

 曰く、世界政府に物怖じせず自由を貫き通した。

 曰く、処刑される最後の瞬間まで笑っていた男。

 

「もし生きてたら会ってみたかったよ」

 

 噂が全て真実だとしたら、さぞかし海賊王は一緒にいて退屈しない男だったことだろう。

 ルフィみたいなヤツだったのかな、とそれなりに多い共通点を思い浮かべながら耽っていると、船の前に覚えのない気配を察知する。

 両腕の包帯を巻き終え甲板から顔を出せば、火の付いたマッチ棒片手に佇む男と獅子の姿があった。

 

「おいおい、物騒だな」

 

 当然、船番として見過ごすわけにもいかない。

 番傘片手に甲板から飛び降り、イカゼは船に近付いてくる男と獅子の前に着地する。

 

「な、なんだお前!?」

 

 まさか船番がいるとは思ってもみなかったのか、ギョッとしたような表情で飛びのいた男は懐からムチを取り出し獅子と共に戦闘態勢に入る。

 一見して猛獣使いかと判断したイカゼだったが、男の戦い慣れしてなさそうな構えと間の抜けてそうな表情の獅子に戦意が削がれる。

 

「演技でやってるなら大したもんだけど……それ以上進んだらぶん殴るよ?」

 

「ヒッ!?」

 

 殺気を飛ばしてみれば男は面白いように後退る。

 相手の力量を測るほどのことは出来るようで、男はその隔絶した力の差を痛感し顔を青くし震え上がっていた。

 自分だけで勝てるわけがない、さっさと引き上げて仲間たちを連れてこよう、そう考え相棒の獅子に目を向け───異変に気付く。

 

「リッチー?」

 

 その視線はイカゼの先のメリー号に固定され、そこから漂う香りに鼻を鳴らす度に間の抜けた表情から一転、百獣の王らしい獰猛なものへ変化していく。

 

 獅子リッチー、好物は肉。

 その香りが目の前の船から漂ってきて、それを邪魔する者が目の前にいるなら彼が取る手段は一つだった。

 

「止めろリッチー!」

 

 男の静止も聞かずイカゼに飛び掛かるリッチー。

 常人であれば容易くその命を刈り取る獅子の切り裂きがイカゼに振るわれ、

 

「んー、10点かな」

「!?」

 

 あっさり片手で受け止められる。

 まさか止められるとは思わなかったという風に驚愕するリッチー、この時ようやく彼我の差を理解したリッチーだか時既に遅し。

 

「それじゃ、ばいばーい」

 

 軽い声とともに振るわれた拳は、しかしリッチーの想像を何倍も超える重さと衝撃を以ってその巨体を吹き飛ばし、背後の男を巻き込みながら路地裏の先へ消えていった。

 

「あ、なんで襲ってきたのか聞けば良かった」

 

 何も考えずぶっ飛ばしてしまったが、もしかしたらルフィたちが何か事件に巻き込まれているのかもしれない、そう思った矢先だった。

 

「わーお」

 

 男と獅子が転がっていった更に先の方角へ雷が落ちる。

 何となく嫌な予感がしたイカゼは、ポツポツと降り出してきた雨から身を守るように番傘を開き、雷の落ちた方角へ走り出そうとすると、

 

「イカゼじゃねーか!」

「ちょーどよかった!」

 

「長鼻くんにナミ、何かあったの?」

 

 何故かサンジが購入したエレファント・ホンマグロを引き摺るウソップと、大量の荷物を背負ったナミが駆け寄ってきた。

 戦闘員ではない二人が無事だったことに安堵しつつ、二人のただごとではない雰囲気に思わず仔細を訪ねてみれば……想像以上にとんでもない事態になっていた。

 

「なるほどね。ルフィは処刑されそうになっててゾロとサンジはその救出、それで二人は嵐が来るから船が流されないか心配になったと」

 

「ま、まぁ魚人の幹部を仕留めたおれがいれば難なくルフィを助け出せたんだが、ここはあの二人に船長救出という花を持たせてやろうと」

「そう言うの今はいいから!」

 

 切羽詰まった様なナミの言葉からしてどうやら一刻の猶予もないらしい。

 イカゼが振り返ればすでに大雨と突風で海は大荒れで、嵐が来るというその言葉に疑いはなかった。

 

「それじゃ船は二人に任せるよ」

 

「おおい! お前はどうするんだよイカゼ!」

 

「三人の加勢、もう時間ないんでしょ?」

 

「……そうね。万が一もあるし、イカゼもルフィ救出に向かってちょうだい」

 

「かしこまり」

 

 船の固定くらいであればウソップと二人でも問題ない、そう判断したナミの言葉を受けて颯爽と駆け出していくイカゼ。

 ウソップは頼りになる戦力の離脱に絶望こそしていたが、内心ではナミの判断を正しいと思ってるので文句こそ溢すも作業を始める手に余念はなく、四人が無事に帰ってくることを祈り続けるのだった。

 

 

 

 

 

 

 偶然か必然か、落雷によってどうにか処刑を免れたルフィだったが、その退路を先回りして待ち構えていた一人の海兵により三人は思わぬ足止めを受けていた。

 

「クソッ、こいつ攻撃が通らねぇぞ!」

「このバケモノが!」

「どうなってやがる!?」

 

 ルフィの打撃もサンジの足技もゾロの剣術も、何もかもが目の前の海兵には通じない。

 ルフィと同様に悪魔の実の能力者たるその海兵は、体を白煙と化してルフィたちのあらゆる攻撃を無力化し三人を追い詰めていた。

 

「おれゴムなのに痛ぇ! どうなってんだその武器!」

 

 加えて本来打撃系の攻撃は効かない筈のルフィが、何故か海兵の構える十手から有効打を受けている。

 こちらの攻撃は悪魔の実の効果で効かないのに、あちらの攻撃は悪魔の実の効果を貫通して来るという訳の分からない状況。

 海兵の実力が高いこともあり、ルフィたちが困惑し連携が上手く取れなくなるのは必然だった。

 そして、その隙を見逃すほど海兵───白猟のスモーカーは甘くはない。

 

「まずはお前だ」

「げっ!?」

 

「ホワイト・ブロー!」

 

 顔面を狙ったサンジの蹴りを白煙で受け流し、返しのカウンターで白煙と化した拳が噴出しサンジの鳩尾を捉えると、その勢いのまま数メートル先の壁まで彼の体を殴り飛ばした。

 

「サンジ!!」

「待て、ルフィ!」

 

 船員の危機にルフィが激昂し突貫するがそれは悪手だった。

 いち早く気づいたゾロが声を上げるが頭に血が上ったルフィには届くはずもない。

 

「お前程度の海賊が3千万だと?」

 

 ルフィの代名詞たる『ゴムゴムの銃』すら白煙で受け流し、彼の背後に漂う煙から実体化したスモーカーはそのままルフィの頭を掴み地面に叩きつける。

 そしてルフィのゴムの体を貫通する十手で彼の動きを封じたスモーカーは残るゾロを見て嘆息する。

 

「少しは骨のある奴等だと思ってたんだが……悪運尽きたな」

 

 返す言葉もないゾロはただ冷や汗を流し、どうすれば現状を打破できるのか考えを巡らせることしか出来ない。

 例えルフィを救出出来たとしてもこちらの攻撃が通じない以上は逃げの一手しかない状況なのに、それすらも広範囲に展開されている白煙のせいで突破は不可能。

 スモーカーの言葉通り、正しく詰みだった。

 

「そうとも限らないんじゃない?」

「───ッ!?」

 

 白煙を裂いて、番傘がスモーカーの脇腹を捉える。

 実体のない煙と化した自らの肉体を捉えるその一撃に、流石のスモーカーでも反応出来ず吹き飛ばされる。

 

「イカゼ!」

 

「やぁゾロ、三人がかりで苦戦してるなんて珍しいね」

 

 突風で朱色の髪を揺らしながら、イカゼは揶揄うようにゾロにそう言うと足元のルフィを掴み上げそのままゾロの下まで放り投げる。

 その衝撃で体に力が戻ったのか、ぐったりしていたルフィは起き上がるとイカゼを見て破顔する。

 

「イカゼ、助かった!」

 

「航海士さんから伝言、早く帰ってこいってさ」

 

「ししっ、そんじゃサンジ連れてずらかるぞ!」

 

 ゴムの腕を伸ばし気絶するサンジを回収し背負ったルフィが一目散に駆け出す。

 ゾロとイカゼもそんな船長に続くように駆け出したが、

 

「待ちやがれ、麦わら!」

 

 白猟のスモーカーがその退路を塞ぐように追い縋って来る。

 通常時でも煙となれるスモーカーの方が遥かに機動力が勝っているのに、サンジを背負った状態のルフィでは当然振り切れる訳がないが、

 

「ッ、テメェ!」

「行きなよ船長、俺もすぐに追いつくから」

 

 スモーカーが振り上げた十手をイカゼの番傘が受け止める。

 怒りに燃える双眸が愉しそうに揺れる碧眼と激突し、火花を散らす。

 イカゼの言葉に頷いて先を行くルフィをスモーカーが煙で追跡しようとするも、番傘の一振りが煙を払いそれを阻止する。

 当然、その一撃もスモーカーの実態を捉えていた。

 

「テメェ、何者だ」

 

 モクモクの実、それがスモーカーの食べた悪魔の実の能力。

 自然系と称される悪魔の実の中でも最強種に位置付けられているその力は、煙の弱点を突かれない限りはあらゆる物理的ダメージを受けつけない無敵の力だった。

 それこそスモーカーのように海楼石を用いた武器でも使わない限りは自然系の実態を掴むのは不可能の筈だが、イカゼの使う番傘には海楼石が使用されている痕跡は見受けられなかった。

 だからこそ解せない、何故目の前の海賊が自分に攻撃を加えられるのか、あまつさえこれだけの力を有していながら何故今の今まで無名だったのか。

 

「俺はイカゼ。麦わらの一味の戦闘員、ただそれだけだよ」

 

「……いいだろう、続きは牢の中でじっくり聞いてやる。麦わら共々な」

 

「ん……? あっちゃー」

 

 スモーカーの視線を追えば、そこには彼の部下であろう少女を筆頭に数多の海兵に囲われたルフィとゾロの姿があった。

 どうやら海軍の援軍が間に合ってしまったらしい、再び訪れた絶体絶命の状況に思わず頭を抱えてしまうのも無理はない。

 

「あいつらが先かお前が先か、好きな方を選ばせてやる」

「ハハッ、どっちもお断りかな」

 

 ルフィもゾロもまだ諦めていなかった。

 であるならば、イカゼが諦める道理もない。

 

 そして、天運とは常に諦めない者に微笑むものである。

 

「───男の船出だ」

 

 スモーカーの背後に突如として現れたフードの男。

 彼の言葉と共に強力な突風が発生し、麦わらの一味はその風に流されるまま空を舞い海軍の包囲網から奇しくも抜け出すのであった。

 

 

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