麦わらと夜兎 作:人参腎
07 追憶と双子岬の出会い
夢を見ている。
真っ白な肌寒い場所で、目付きの悪い子供が崩れかけの家屋の下で座っている光景。
朱色の髪と碧眼が特徴的な子供は、何をするでもなくただただ空を見上げている。
その瞳が映すのは陽の差さない曇天の空としんしんと降り積もる雪。
退屈そうに空を見続ける子供の姿が何故だか懐かしく感じた。
『ウォロロロロ』
声が聞こえた。
体の芯から震え上がらせるような、雪で冷たくなった体に熱を灯すような力強い声だった。
子供が声の主に視線を向ける。
その姿は黒く塗りつぶされており、男なのか女なのか、そもそも人であるかの判別すら出来ない。
『骨のある侍でも生き残ってるのかと思って出向いてみれば……まさかこんなガキとはな』
子供を優に超える何かが振り下ろされる。
当たればただでは済まないだろう一撃を前に、しかし子供は動かない。
まるで当てる気がないと分かっていると言わんばかりに微動だにせず、そしてそれを証明するかのようにその一撃は子供の真横の床に叩きつけられた。
しかしただでさえ崩れかけだった家屋は耐え切れずに倒壊し、その下にいた子供を飲み込まんと迫る。
静かに、子供が傍に立てかけていた番傘を手に立ち上がる。
『ほう』
瞬きの後、子供の姿が目の前にあったことに興味を持ち、続いて振るわれた番傘の予想外の力に黒塗りの主は目を張った。
『面白ぇ』
敢えて避けずに喰らった子供の一撃は、その巨体にかすり傷程度とは言え傷をつけ出血させる威力を持っていた。
彼を知る者たちから見れば目が飛び出るほどの衝撃だろう。
当然、それを受けた張本人であれば尚更だ。
『ウォロロロロ。いい眼だ、小僧』
降り積もる雪のように冷たい殺気を受け、黒塗りの主は愉しそうに笑う。
子供が再び番傘を構え、それに倣うように金棒が構えられる。
次は当てるぞと言わんばかりに鋭く重い
『雷鳴八卦───!!』
金棒と番傘が交錯し、鮮血が舞った。
▽
「───おーいイカゼ、飯だぞ!」
「んあ?」
耳元で響く声に微睡みに沈んでいた意識が覚醒する。
目を覚まして周囲を見回せば、見覚えのある巨大なクジラが視界一杯に広がり、続いてこれまた見覚えのある頭の周りに花弁を生やした高齢の男性。
「ったく、ゾロもお前も寝るくらい暇なら船の修理手伝えよ、おれは船大工じゃねぇんだぞ!」
ウソップの言葉を受けメリー号に視線を向ければ、そこには豪快に折れた跡のある船首とメインマスト。
そこでようやくイカゼは現状を把握した。
「ああ、お絵描き終わったんだ」
クジラを見れば素人のイカゼでもセンスが感じられない、不細工な麦わら帽子を被ったドクロがでかでかと頭部に描かれている。
偉大なる航路に入ってすぐに航路を塞ぐように現れそのまま船ごと飲み込んだのが目の前のクジラで、名をラブーン。
そしてそんなクジラの腹の中で出会ったのが花弁を生やした男性、名をクロッカス。
彼らはこの双子岬と呼ばれる場所で50年近く暮らしているようで、ラブーンはその間ずっととある海賊団の帰りを待ち続けていたが、クロッカス曰くその海賊団は既に偉大なる航路を去り二度とラブーンの前には現れないとのこと。
それを認められず苦しむラブーンを、ルフィが船のメインマストを折るのと額に不細工な一味の海賊旗を描くことで解決したという話だ。
当然だが、メインマストを折ったルフィにナミとウソップの制裁という名の拳骨が落ちたのは言うまでもない。
イカゼはその間、特にやることもなかったのでサンジの食事が完成するまで寝ており、そしてウソップに起こされ今に至る。
「おー、これがエレファント・ホンマグロか。食べたことないけどサンジが作った料理ってだけでもう美味しそう」
「へっ、料理のしがいある魚だったぜ。味わって食べろよ?」
「いただきます」
うまうま、とローグタウンで購入した珍魚を頬張るイカゼ。
夢中に食事にありつくその姿にサンジは満足そうに口角を上げつつ、愛しの航海士のためデザート作りに取り掛かる。
ウソップとナミはクロッカスと偉大なる航路の航海術について話をしており、
ちなみにゾロはまだ甲板で寝ている。
「そういやイカゼ、さっきあいつら変なの落としていったんだよ」
「変なの?」
「ほれなんらへろよ」
対面で同じく料理を頬張るルフィから腕時計型のコンパスのようなものが差し出される。
ルフィの言うあいつらとは、恐らくラブーンを捕鯨しようとしていた奇妙な二人組のことだろう。
ラブーンの腹から出る際に泳いで何処かに行ってしまったようだが、既にナミが正規の
「ガラス質ってのは珍しいけどねえ」
コンパス部分がガラスで出来た球体ということで突いて遊ぶイカゼ。
ルフィは既に興味がなくなったのか、自分の分を食べ尽くしウソップとナミの皿にまで手を伸ばしている。
強欲にもイカゼの皿にまで手が伸びて来たがすかさず払われると断念したようだった。
「ふぅ、ごちそうさま。やっぱりサンジの飯は絶品だね」
食事を終え席を立つイカゼ。
その隣ではナミの分まで食べてしまいサンジから蹴りを入れられるルフィの姿がある。
そんな光景を後目にコンパスもどきを手首に巻いて船とは反対方向に向かったイカゼは、食事中にも感じていた視線が今なお自身に向けられていることを認識し標的の狙いが自分だと確信する。
「
ならばこそ、標的が一人で孤立したこの瞬間を狙わない筈もなく。
茂みの奥から飛び出して来たのは先ほどの奇妙な二人組、その女の方。
「スラッシャー!!」
小型の刃をロープのように連結させた武器が女の両手の小指から繰り出される。
狙いはイカゼ、ではなくその腕に着けていたコンパスもどき。
迫り来る双刃を番傘で弾き上げて、イカゼは着地した女と相対する。
「わざわざ拾いに来たんだ」
「記録指針は返してもらうわよ!」
どこかで聞いたことあるなと思いつつ女の攻撃を躱していくイカゼ。
女の攻撃はお世辞にも巧いとは言えず、その単調な攻めはイカゼからしてみれば欠伸が出てしまうほどに拙いものだ。
それなのにイカゼが反撃に出ないのは未だ確認できないもう一人の男を警戒してのこと。
「ていうか、なんで海の中にいた筈なのに焦げてるの?」
「色々事情があったの、よ!」
流れ弾でも受けたのか、女の格好は何故か一部焼け焦げている。
その表情はイカゼに攻撃を躱される度に焦燥に染まっていき、これ以上の手はないんだなとイカゼに確信させるには十分だった。
さっさと済ませて終わらせよう、そう思いイカゼが反撃に出ようとした矢先。
───ぐああああああッ!
「ッ! Mr.9!?」
相方であろう男の悲鳴を前に女の動きが止まる。
大方一味の誰かに見つかり捕まったのだろう、そしてその隙を見逃すイカゼではない。
「あぅ、しまった!」
番傘で足を払って体制を崩し、馬乗りになって女を拘束する。
そして顔の横に番傘の砲身を向け、動いたら撃つと脅しをかけてチェックメイト。
「別に襲い掛かって来なくても普通に言ってくれれば返したのに」
「くっ、うぅ……ちなみに、今言えば?」
「要らないから返すけど」
「本当に!?」
ぱあっと花が開くような笑顔を受けイカゼの嗜虐心が刺激される。
記録指針と呼ばれていた時計を外し、歓喜に震える女を見ながら渡す寸前にパッとその手を引っ込める。
思わず呆然としたような表情をする女に、意地の悪い笑みを浮かべながらイカゼは言った。
「やっぱりなしで」
「あああああああああッ!」
その後、イカゼを探しに来た他の仲間たちは暴れる女を抑えながらクツクツと笑うイカゼを見てドン引きしつつ、紆余曲折ありながらもおもてなしをするからという二人の言葉にルフィが釣られてしまったことで、次の船の行先は彼らの記録指針が指し示すウイスキーピークと相成った。