pixivでの5-1、5-2、5-3を統合したものとなります。
「
遠ざかっていくアルゴー船を見据えながら士郎は魔術回路を起こした。
その目に浮かぶのは静かな怒り。
確かに彼からすればその生涯は納得いくものではなかっただろう。
だが、その結果を認めず他者にその責を擦り付けることは、英雄である以前に、人間として認められるものではない。
「憑依経験、共感終了」
イアソンにかつての親友の影を見て、士郎は頭を振った。
離れてきているとはいえ、あちらにいるのはコルキスの魔女の若き姿とトロイアの護国の軍神。今は撤退せざるを得ないが、せめて一矢を報いることは許されるはずだ。
「
夥しい刀剣の数々を投影し、照準を合わせる。
そして。
「――
剣の軍勢が何度かに別けて掃射される。投影品であるため、オリジナルと比べてランクは劣るものの、例え障壁を張られたとしても“
待機させていた投影品を全て掃射すると、黒い洋弓を投影する。
「
続けて投影した螺旋状の剣を弓に番え、弦を引き絞る。
剣は矢の如き細身に変形し、士郎が構えている一帯の空間が雷電を放ちながら軋みを上げる。
アーチャーのサーヴァントとして現界しているオリオン、オリオンの代行として戦闘を行うアルテミスは、士郎の姿に釘付けになっていた。
狩人として優れた弓の名手である二人は士郎の構えを見て、自分達の実用的なものとは異なる儀礼的なもの―――日本の弓道の構えであると気付いた。
手にしているのは洋弓であるのに構えは和式。一見するとちぐはぐな気もするが、不思議と士郎に似合っていた。
限界まで弓を引き絞り、士郎は真名を開放した。
「
放たれた一撃は雷光を纏い空間を捩じ切りながら、アルゴー船に向けて飛翔する。
暫くして空間を震わせる衝撃が伝わり、それに遅れて爆発の音が聞こえた。
この光景を目の当たりにした彼らは、文字通り言葉を失った。
フランシス・ドレイクや彼女の配下達は、サーヴァントという規格外の存在に匹敵する力に。
藤丸立香やマシュ・キリエライトなどのカルデアの面々は、仲間を侮辱された衛宮士郎という人間の怒りに。
アルゴー船から撤退し、アタランテとダビデが潜伏する島に導かれたカルデア一行。
イアソンの狙い―――ダビデの持つ
立香とエウリュアレを囮とした作戦の打ち合わせを行い、夜も更けて誰もが寝静まった頃、士郎は野営地から離れた場所にいた。
「
その手に投影したのは一振りの剣。
最初に相見えた際に解析を行い、真名を知った時は驚いたものの、その武器捌きを見て納得した。
「
士郎は極剣を構え、担い手の経験を引き出していく。
恐らくヘクトールは気づいているはずだ。あの時奇襲をかけたのが自分であることに。
彼らと戦っている際、士郎がヘクトールの動きを注視していたのと同じで、ヘクトールもまた自分達、もとい士郎の動きを見ていたのだ。
なれば次に相見えた時にヘクトールと自分が相対するのは必然だ。
今の自分にとっての切り札を使うにしても、相手の動きを把握しておくのも重要だ。士郎は引き出した経験を体感すべく、剣を振るった。
暫く剣を振るって経験を身体に馴染ませていると、暗がりから声をかけられた。
「こんばんは~」
「遅くまでお疲れさん。随分と熱心にやっていたな」
「アルテミス、オリオン……」
アルテミスとオリオンだった。何か緊急の用でもあったのかと思ったが、表情を見る限りそうではないらしい。
彼らの視線は士郎の手元―――投影した不毀の極剣に向けられていた。
「それが例の投影魔術で作ったヘクトールの剣か。ちょっとやそっとじゃ分からないくらいそっくりだな」
「それに、さっきの動きもあの子のものだったわね」
アルテミスの言うあの子――ヘクトールのことだ。
彼女はトロイア戦争において兄神アポロンと共にトロイア側についた一柱だ。
アルテミスもヘクトールの強さを理解している。
彼の強さは、護ることに特化したものだ。
カルデアのマスターである士郎も、宝具の投影と壊れた幻想を組み合わせた戦術から相当な戦力を有していることに間違いはない。
だがそれは、“人間としては”の場合だ。相手は英霊、それも神話の時代に生きた正真正銘の英雄だ。
例え優れたサーヴァントがいたとしても、攻め切れるかどうか。アルテミスはらしくなく悩んでいた。
そんなアルテミスの心中を代弁するように、オリオンが問いかけた。
「なぁ、本当にヘクトールとやり合うつもりなのか?アンタの強さはこの目で見ているから分かっているが、逆境を潜り抜けてきたアイツに勝てるかどうか……」
それに対し士郎は一度極剣に視線を落とすと、顔を上げて二人を見据えた。
「勝てるかどうか、じゃない。―――“勝つんだ”」
その言葉には、一つの迷いもなかった。
閉ざされた大海原に異形の叫声が響いた。
それは夢に敗れた者達の悲鳴であり―――未来を取り戻す者達の勝鬨であった。
立香達が魔神柱を撃ち取ったのと時同じくして、士郎とヘクトールの一騎討ちも決着がついた。
膝から崩れ落ちるように倒れ、意識を失ったヘクトールを士郎は静かに見下ろしていた。
―――彼とて分かっていたのだろう。イアソンの願望が叶うことがないことは。
それでも見捨てられなかったのは、生前の、守護者としての矜持か、故国を護れなかった後悔か。
ヘクトールの傍に跪くと、前以って投影していた短剣を突き立て、真名を開放した。
「
途端、キンッ、と何かが断たれるような感じがした。
破戒すべき全ての符。この特異点で敵対したメディアの未来の姿、士郎が経験した聖杯戦争で喚ばれた“裏切りの魔女”としての彼女の概念が宝具となったものだ。武器としての威力は他の宝具と比べれば微々たるものだが、その真の恐ろしさはその効果にある。
それは「あらゆる魔術の初期化」というもの。即ち、サーヴァントの契約を解除することも可能なのだ。
聖杯との繋がりが絶たれたことを確認すると、左手をヘクトールの胸の上に置く。
「同調、開始」
士郎の左腕に浮かび上がった
「シロウ」
立香達から戻って来たアルトリアが声を掛ける。士郎は小さく頷いてヘクトールの身体を抱き上げた。
「………」
エウリュアレが複雑な表情で士郎を見詰めていた。
士郎がヘクトールを繋ぎとめた理由は分からなくはない。だが、自分達を逃がすために散ったアステリオスのことを思うと、どうしてなのかと思わずにはいられないのだ。
そんなエウリュアレの様子に気づいたのか、オリオンがアルテミスから跳び下りてエウリュアレの側に行く。
「お前がどう思っているかはともかくさ、アイツはどんな理由があったとしても助けようとしただろうよ。アイツはそういうヤツなんだと思う」
この特異点で出会ってから共に行動してきた短い間ではあるが、士郎という人物についてある程度理解できるようになっていた。
自分達をサーヴァントとしてではなく一つの個人として見て扱い、ただ指示するだけではなく自身も前線に立って共に戦う、魔術師らしくない人間。
その在り方は衛宮士郎という人間を形成するものであり、これから先も変わることはないのだろう。
聖杯は回収され、特異点の修正が始まる。フランシス・ドレイクとその配下達は在るべき場所へと還った。特異点に喚ばれ共に戦ったサーヴァント達もいつの日かカルデアに行くことを約束して退却した。
そして、カルデアのマスター達は特異点から帰還するのだった。