早苗さんと神父くん   作:トマトルテ
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十話:カリスマは砕けない

「神社に神父が居るなんて凄く不自然ね。せっかくのお酒が不味くなったらどうしようかしら」

「それを言うならば、()()が神の家に訪れる方が余程不自然ではないか?」

「あら、悪魔は神の敵なんだから、神の家に土足で踏み込むのが当然でしょう?」

「フン。招かれなければ他者の家に入れぬ身で言うか。吸血鬼よ」

 

 博麗神社で度々開催される宴会。

 そこでは人妖(主に妖怪)が入り乱れて酒を酌み交わす。

 基本的に異変の後に行われるので無礼講。かつ、仲良く行われることがほとんどだ。

 

 だが、しかし。

 

「久しぶりに、神父の血で割ったブラッディ・マリーとでも洒落(しゃれ)こもうかしら」

「ちょうど宴の余興が欲しかったところだ。悪魔祓いの妙技を御覧に入れようか?」

 

 神父と吸血鬼という、宿敵が揃った空間だけは和やかとはいかなかった。

 幻想郷のはずれにある紅魔館の主であり、幼き吸血鬼であるレミリア・スカーレット。

 最近、度々人里に出没するようになった西洋河童である西山信一。

 2人が出会えば敵対することは必然。

 

 レミリアは真紅の瞳を細めカリスマに満ちた笑みを浮かべ、隣では銀髪の瀟洒(しょうしゃ)なメイドがナイフを手に取る。その中で神父は静かに目を閉じ、十字架へと祈りを捧げてみせる。

 

「神になんて祈って何になるのかしら。私の前で何度もそうやって祈る人間を見てきたけど、誰1人として神は救いを与えはしなかったわ。残念ね、主は人間を愛していないみたいよ」

「救いがないのは当然だろう。何故なら神からの救いはすでに与えらえているのだ。それ以上の祝福が欲しければ、自らの力で試練を越えねばならん」

 

 今まで自分の下に来たキリスト教徒は、誰一人として無事に返さなかった。

 暗にそう告げるレミリアに対しても信一は表情を変えない。

 しかし、逆にそのことがレミリアの琴線に触れたのか、面白そうに唇に半月を描く。

 

「あら、手厳しいのね。もう少し隣人愛に溢れているものと思ってたわ」

「愛しているからこそ試練を与えるのだ。必ずや乗り越えると信じ、神は悪魔(なんじ)のような試練を与える。例え、人生(物語)の最後が非業の死であったとしても、それが神の愛の不在を証明することにはならん」

「神にだけ都合の良い考えね。悪魔の方がキッチリと見返りを与えるだけ誠実だわ」

「人々を堕落に誘うだけの悪魔では真の幸福は与えられんさ」

 

 例え、悪魔に惨たらしく殺されたのだとしても、それは神が自分を愛していないからではない。

 神から与えられた試練を乗り越えられなかっただけだ。

 要するに悪いのは神ではない。自身の努力不足だと言い切る信一にレミリアは笑う。

 この男は、幻想郷に来てから久しく見ていなかった狂信者だと。

 

 そして同時に悪魔は思う。

 

 この男の信仰を剥ぎ取ることが出来れば、それは愉快なことだろうと。

 

「滑稽ね。守ろうとした者から裏切られ、神に見放され、死後の安寧すら得られない。そんな人生を歩むことが神から与えられた試練(祝福)だとでも言うの? ああ…虫唾が走るわ」

「汝が言うか? 吸血鬼である、否。ドラキュラ(竜の子)を名乗る汝が(いばら)の信仰を否定するか」

「へぇ……ただ無知に悪魔を糾弾する、石頭の聖職者とは違うみたいね」

 

 竜の子。その単語を聞くと同時にレミリアの顔から笑みが消える。

 その代わりに、今までは見せなかった怪物としての獰猛さが滲みだす。

 

「時代は移り変わる。かつては単なる暴君と語られていた王も、研究が進めば名君と知られるようになる」

「人間はいつの時代も愚かだと思っていたけど、どうやら少しは成長していたようね」

「巨人の肩というものだ。人は生まれながらに罪深く愚かだが、人が少しずつ積み上げてきたものは決して愚かなものだけではない。失敗の歴史であろうとも、それが積もり積もれば成功への道標となる」

 

 そう言って信一は十字架を、吸血鬼であるレミリアの前に突きつける。

 伝承の通りであれば聖なる十字架は吸血鬼へダメージを与えるものだ。

 しかし、とうのレミリアどころか、メイドの咲夜でさえ何の反応もしない。

 

 理由は簡単だ。ドラキュラに十字架は効かないと知っているからだ。

 

「ドラキュラに十字架は通用しない」

「ええ、その通りよ。そもそも、なんでこんなものを恐れなきゃいけないのかしら?」

 

「他の怪物には効くことから、ドラキュラもそうだろうと思われるようになったのか。それとも、ドラキュラと呼ばれる前の吸血鬼には効いたのか。それ以前になぜ、十字架が効くと()()()()()()()()()この幻想郷ですら効かないのか?」

 

 幻想郷は人々の幻想から成り立っている。

 マシンガンで撃たれたところでケロッとしているような鬼が、炒った豆を投げられた程度で火傷や水膨れを起こす。それは鬼にはそうしたものが効くと信じられているからだ。

 

 この法則から妖怪が逃れることはできない。

 なぜなら妖怪そのものが、そうした信仰から生まれたものだから。

 山彦(やまびこ)は妖怪が返しているからと信じられているから、山彦は存在できる。

 しかし、山彦はただの自然現象だと信じられてしまえば、妖怪として存在が(たも)てない。

 

 だから妖怪は人間に信じられているようにしか存在できない。

 例え、地を裂き・海を割り・山を呑む妖怪だとしても(ひいらぎ)(いわし)が嫌いと信じられていれば、薄い扉一枚破れずにすごすごと帰るしかないのだ。

 仮にその信仰を破ってしまえば、最後に死ぬのは自分自身なのだから。

 

 このように如何に強力な妖怪も、弱点とセットで信じられていればそこからは逃れられない。

 仮に弱点を克服してしまえば、それはもはや妖怪ではなくなってしまうのだから。

 弱点と一緒に自身の存在(アイデンティティ)すら消えてしまいかねない。

 

 だというのに、ドラキュラには十字架が効かない。

 ほとんどの伝承・創作で信じられているにも関わらずに。

 これがどれだけ異常なことか分かるだろうか?

 

「ここから先は我の独自の解釈になるが……神父の説法を聞く覚悟はあるかな? 悪魔の子よ」

「ふふふ……悪魔の前に1人の淑女だもの。殿方の誘いは無下にはしないわ。ただし、その後はあなた次第。せいぜい面白い話を期待するわ」

 

 どこまでも不遜に尊大に。レミリア・スカーレットは強者の笑みを見せて、腰を下ろす。

 それは目の前の神父をただの有象無象ではなく、話を聞くに値する相手と認めたからである。

 

「咲夜、お酒を。血のように赤いワインをお願い」

「かしこまりました、お嬢様」

 

 瀟洒なメイドがお辞儀をし、日傘をレミリアに手渡す。

 と、次の瞬間にはどこから持ってきたのか、高級そうなワインとグラスが手に握られていた。

 

「ほぉ…まるで手品だな」

「種も仕掛けもありませんわよ。ただ、ちょっと急いで取って来ただけですから」

「どうかしら私のメイドは。優秀でしょう?」

 

 驚いたような信一の言葉にも、咲夜は表情一つ変えることなくグラスにワインを注いでいく。

 そんな姿にレミリアは満足げに笑いながらグラスを揺らし、ワインの匂いを楽しむ。

 

「せっかくドラキュラと神父が乾杯するんだから、いただくものは神の血(ワイン)じゃないと」

「人間の血が入っているわけではないだろうな?」

「家では割と普通だけど、流石に人間相手に出しはしないわよ。そのあたりは咲夜だってちゃんと考えて……咲夜、今の『あっ』って声は何かしら?」

「何でもありませんわ、お嬢様。そのワインには特におかしなものは入っていません。はい。見た目が河童ぽいので配慮するのを忘れていたとか、そういった事実はありませんよ」

「……まあ、いいわ。匂いの感じからして何も入ってなさそうだし」

 

 西洋河童呼びのせいで起きかけた事故に、さしもの信一も冷や汗を流す。

 しかし、これも神が与えたもうた試練かと納得し、すぐに汗を引っ込める。

 いや、トンスラをやめろよとか思ってはいけない。

 

「それじゃあ、気を取り直して乾杯といきましょうか」

「ふむ……」

 

 グラスがぶつかり合う、小気味の良い高い音が辺りに響く。

 そして、悪魔と神父がそろって神の血(ワイン)をその身に流し込む。

 日本の神社で行われる、正反対の者達の行為は酷く違和感を覚えるものだった。

 だが、同時に。どこか神聖さを表すものでもあった。

 

「それにしてもおかしな話よね」

「何のことだ?」

「人間の肉を食らい血を飲んだ存在は、化け物と罵られ妖怪へと変わる。そこらの野良犬だって、この法則からは逃れられない。なのに神の血(ワイン)(パン)は食べたって何も言われない。むしろ信仰が深くなるなんておかしいでしょう」

 

 生きるために何者かの血肉をむさぼり食らう。

 やっていることに違いはないのに、善悪によって分けられる。

 妖怪と人間に何の違いがあるのだろうかと、レミリアは暗に言うのだ。

 

「私は命のパンである。

 私が与えるパンとは、世を生かすための私の肉のことである。

 私の肉を食べ、私の血を飲む者はいつでも私の内におり、私もまたいつもその人の内にいる。

 生きておられる父が私をお遣わしになり、また私が父によって生きるように。

 私を食べる者もまた私によって生きる」

 

 それに対して信一は聖書の一説を返す。

 

「それって聞くだけだと食人を促しているように聞こえるわよね。ひょっとすると神様っていうのは、私達みたいな人を食う妖怪なのかもしれないわね」

「イエス様の言葉の真意は、今でも解釈が割れることがあるので置いておくとしよう。だが、我が言いたいのはそこではない。人の肉を食べることと、神の肉を食べること。これらの最も大きな違いは単純。他者から()()()ものか、それとも()()()()()ものかどうかだ」

 

 信一は味ではなく、神からの恩恵を感じ取るようにワインを舌の上で転がす。

 奪うことと与えられることは全く違うものだ。

 例え、手の中に残るものが一緒であったとしても、心に残るものは違う。

 

「他者から奪い取ったパンと与えられたパン。なるほど、どちらも同じ量であるならば満たされる腹に違いはないだろう。だが、しかしだ。心は同じように満たされるか? 己の強欲によって奪い取ったパンと、他者より与えられたパン。それが全く同じものだと言えるか?」

 

 考えてもみてほしい。

 空腹のときにアンパンを盗む絵面とアンパンマンから貰う絵面。

 どちらが美しいだろうか。どちらがより嬉しいだろうか。

 どちらが真に救われたと言えるだろうか?

 

 考えるまでもない。アンパンマンからパンを貰う方だ。

 だってそうだろう。後者が手に入れたのはパンだけでなく。

 

「無論違う。なぜならば与えられる側はパンと共に愛も得るからだ」

 

 愛もなのだから。

 

「奪うだけでは決して満たされぬ心が与えられることで満ちるのだ。そうして、それを知った者達が今度はパンを与える側になる。そして…」

「与えることを知らずに奪い続けるだけの存在が、化け物になるということかしら?」

「しかり。人の肉か神の肉かが境目なのではない。イエス様のように他者に愛を与えられるかどうか。これが化け物とそうでない者の境だ」

 

 人を化け物に変えるのは食らうという行為ではない。

 愛無き獣の略奪行為。すなわち、人の心を忘れた行動をとり続けた者が化け物になるのだ。

 

「そうして、この愛こそがドラキュラが十字架に拒絶されぬ理由だろう」

「愛ねぇ……悪魔はそれを弄ぶ側なんだけどね」

「なに、悪魔と言えど愛は平等に注がれるものだ」

 

 クスクスと嘲るように笑いながらも、興味深そうに耳を傾けるレミリア。

 ここまでの話も彼女の心に波風を起こすものではない。

 だが、しかし。続けて紡がれた言葉は。

 

 

「祝福しよう、ドラキュラ(竜の子)よ。汝は―――神に愛されている」

 

 

 悪魔にとって到底受け入れられる言葉ではなかった。

 

「……神が愛している? 悪魔を? ドラキュラを? どれだけ祈っても声1つかけなかった串刺し公を?」

「しかり。誰よりも苛烈なる信仰を、串刺し公の汚名を受けながらもなお、信ずる神のために死の間際まで戦い続けたヴラド公を、神は()()()()()()

 

 パキンとグラスの割れる音が静かに響く。

 当然、中身のワインは彼女の衣服を返り血のように赤く染め上げる。

 だが、そんなことなどレミリアは欠片たりとも気にしない。

 ただ、今にもその喉を食いちぎってやろうかという目を向けるだけである。

 

「守ろうとした民と国に裏切られ、最後には神に見放され、全てを恨んだ果てに怪物となった。これがドラキュラの基本知識よ? 神に愛されているなんてあり得ない」

「悪いがそれは後世の創作の影響だ。実際のヴラド公が何を思い、死んでいったかなど当の本人以外にはわかるまい。むしろ彼の死に様は最後の最後まで十字の下にあった」

 

「信仰を貫き通し神の国に招かれたとでも? バカバカしい。

 誰もがその生き方を残虐な怪物のものと思い。誰もがその死に様を神を呪うに値すると思った。

 だからドラキュラは、竜の子ではなく悪魔の子と呼ばれるようになったのよ。

 神を信仰し続けたなんてあり得ない」

 

 レミリアは絶対零度の声と共に殺気を叩きつけるが、信一はいつものように表情を変えない。

 むしろ、予定通りだとでも言うように滑らかに唇を動かす。

 

「ふむ、確かに汝の言うように多くの者が思うように神を恨むのが普通だろう。神に背を向け、信仰に唾を吐きかけ、自ら外道の化け物に成り代わるのも納得だ」

「だったら」

「ならばこそだ」

 

 そこで一度話を止めて再度十字架をレミリアに向ける信一。

 ダメージなど与えられない。だというのに、レミリアは思わず身構えてしまう。

 これから紡がれるだろう言葉(銀の杭)に。

 

()()()()()()()()()()()()()?」

「それは……」

 

 答えに詰まる。

 

 自分が神よりも強い存在だからダメージを受けない?

 否。そもそも十字架からは敵意すら感じられない。

 

 では、神など本当は存在しないから?

 否。それでは悪魔もまた存在しないことになる。

 

 ならば答えは何か。それは実にシンプル。

 

「神がドラキュラである汝を赦し、また愛しておられるからだ」

 

 化け物となり神に背をそむけた者に対しても、神は慈しみをもって受け入れているのだ。

 

「……悪魔に神が愛を向けるなんて、荒唐無稽なことを神父の口から聞くとは思ってなかったわ」

「ただの悪魔ならばそうだろう。しかし、人々が思い描くドラキュラはヴラド公。即ち、敬虔なるキリスト教徒だ。主がかの者を憐れみ、愛を注いだとしても何もおかしくはない。そして、その恩恵が汝にも降りかかっていると考えれば、十字架に拒絶されないのも納得のいくことではないか?」

 

 信一の言葉に、それまでの怒気を収めて静かに考え込むレミリア。

 彼の考えは、神の存在と全知全能という条件に矛盾しないための考えだ。

 言わば、究極の神の肯定。

 

 十字架(イエス)が悪魔を罰しないのは、神が弱いわけでも、居ないわけでもない。

 神の愛は宇宙より広く、那由他の数すら受け入れる。

 

 目の前の悪魔ですら神は愛しておられるのだ。信仰を捧げることを赦しておられるのだ。

 何より、目の前の存在が真に悪ならば神が裁きを下さぬはずがない。

 

 だから信一はレミリア・スカーレットを肯定しているのだ。

 

「本当に神様っていうのは……反吐が出るわ」

 

 悪魔にとって最も侮辱的な方法で。

 

「燃え盛る業火を、凍てつく吹雪を、荒れ狂う嵐を、何もかもを試練()だって言うもの」

「しかり。生きていく上での全ての困難は主からの試練()。信仰が深き者ほど神は試練を与えたがるのだ。必ず乗り越えると信じて。人間の“光”はこの程度ではないと。神は生きとし生けるものに試練を与えられるのだ」

「その試練に屈して、人が絶望することになるのも()()()()()のに?」

「ああ。無論、神は全てを知っておられる。全てを知った上でなお、それを乗り越えてくれると人間の可能性(ひかり)を信じておられる」

 

 ヴラド公が全てからの裏切りの果てに死ぬことも知っていた。

 知ったうえでなお、その試練を乗り越えると信じてさらなる苦行を課していた。

 信じている。愛している。そんな行動と矛盾した言葉を吐きながら。

 

「く…はは…ハハハハハハ!」

 

 それを改めて理解したレミリアは心底愉快そうに笑い始める。

 

「あははは…そうね。神様は人間が大好きなのよね。努力する様が。苦難を乗り越える様が。魂の輝きを発する様が。たまらなく好きなのよ。ええ、その気持ちは分からないでもないわ。私だって人間という弱い存在が、光り輝く様には魅せられてきたもの。良く分かる、分かるわ。でもね? そのために―――悪趣味な自作自演をする程はしたなくないわ」

 

 酷くおぞましいものを見た。

 そんな態度を隠そうともせずにレミリアは吐き捨てる。

 

「神が試練を与える。そして人間が苦難を乗り越える様を見て喜ぶ。それに満足すれば、新たな試練を与えてまた人間を苦しめる。これの繰り返しが死ぬまで続くのよ? つまり、人間は生まれてから死ぬまでの間、ずっと神の掌の上で弄ばれているに過ぎない」

 

 正気になれ。お前たちは都合よく騙されているだけだ。

 自らが生贄として、何も知らずに神に奉げられる子羊であることに、なぜ気づかない。

 そんな目でレミリアは信一を見る。だが。

 

「忠告感謝する。確かに我は弄ばれているのかもしれん。

 だとしてもだ。それが神の御意志ならば―――我の信仰は報われる」

 

 なぜなら、その苦難こそが神が自分を見てくれているという証拠になるのだから。

 そう言って、信一は満足気にワインを飲み干す。

 

「……この狂信者めが」

「最高の誉め言葉だな」

 

 もはや呆れて何も言えないという顔でレミリアはぼやく。

 現代では信仰が薄れてきたと聞いていたが、こんな大馬鹿者もまだ居るではないか。

 それとも、こんな大馬鹿者だから幻想郷までやってきたのか。

 

「ああ…今すぐ(くび)り殺してあげたいわ」

「ならば我はその試練を乗り越えるまで」

「悪魔もまた試練だって言うつもりかしら? ……ああ、いえ。そうかもしれないわね」

「……何を急に笑っている」

 

 ここが霊夢主催の宴会の場でなかったから殺していた。

 そんな物騒なことを呟くレミリアだったが、信一の言葉で酷く愉快なことに気付く。

 殺すよりも余程趣返しになることに気付いたのだ。

 

「魔王様の名前は知ってる?」

「何を当たり前のことを……サタン、もしくは堕天前の名明けの明星(ルシファー)だろう」

「正解。じゃあ、ルシファーの意味は知ってるかしら?」

「光をもたらす者…だろう」

「ええ、そうよ。ふふふ…光をもたらす者」

 

 ルシファーは元々全天使の長であったが、神と対立し、天を追放されて神の敵対者となったとされる。天使たちの中で最も美しい大天使であったが、創造主である神に対して謀反を起こし、自ら堕天使となった悪魔の長。

 

「この光って、一体何のことかしら? 金星の暗示? それとも単に神に栄光を与えるようにつけられた名前なのかしら?」

「…………」

「違うわよね。神は全知全能だもの。そんなことをしてもらう必要はない。だったら、神にとっての光は当然―――人間が苦難を乗り越える姿」

 

 繰り返そう。ルシファーは全ての天使の長だった。

 つまり、神の意志を誰よりも知り、最も重要な仕事を任せられる立場に居た者である。

 その仕事は何か? 当然、彼の名前がそれを表している。

 

ルシファー(苦難をもたらす者)

 

 人が苦難を乗り越える姿(神にとっての光)をもたらす者。

 そして、そんなルシファーが神に反抗を起こしたということは、つまり。

 

ルシファー(光をもたらす者)

 

 神が人に試練を与えることに反対したということである。

 すなわち、それは―――人間を苦難から救おう(人間に光をもたらそう)としたということだ。

 

 それはギリシャ神話のプロメテウスが人間に火を与えたことに似ている。

 ルシファーは人間を苦難から救おうと反逆し、神から地獄に落とされたのだ。

 人間を救いに地上に戻れぬよう、丁寧に氷漬けにされて。

 

「魔王様が一体誰に光をもたらす存在なのか……あなたはどう思うかしら?」

 

 実に楽しそうにレミリアは笑う。

 それに対して信一はいつも通りの無表情で応える。

 ただし、その瞳に普段は灯すことのない明確な戦意を宿して。

 

「ああ、それ以前に1つ一般的な認識を教えておくのを忘れてたわ。耳をよーく傾けて聞いておいてね?」

 

 新しいグラスからワインを啜りつつ、レミリアは上機嫌に、嘲笑う様に語っていく。

 吸血鬼である彼女でなくとも、誰でもそう思うであろう事柄を。

 

「掌の上で人を苦しめるように転がして、愉悦に浸る存在をね……()()はこう呼ぶの」

 

 キリスト教徒への最大級の侮辱を。

 

 

 

「―――この(悪魔)めってね」

 

 

 




早苗さんの霊圧が消えた…?

冗談です。次回はこの舌戦の裏で行われた女子会で早苗さんの番です。
ギャグとのろけメインになるはず。


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