早苗さんと神父くん   作:トマトルテ
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今回の話は拙作の【鬼の目にも涙】と【怠惰な死神の殺し方】の設定が入ってます。
読めるようにしてますが、知らない人は読みづらいかもしれません。


十二話:永遠の命

「あら? 貴方は確か……」

「西山信一だ。そういう汝は山の仙人の……茨木華扇だったか。早苗が世話になっているようだな。感謝する」

「いえいえ、私は特に何も。こっちこそ、霊夢が偶に世話になっているみたいね」

「それこそだ。請われれば誰であれ手を貸す。それだけのこと」

 

 春になったと言っても、まだ雪が積もるある日の博麗神社。

 その入り口で2人の男女がバッタリと顔を合わせることになった。

 男の方は毎度お馴染みの河童神父である信一。

 女の方は度々、博麗神社に来ては霊夢に世話を焼いて行っている仙人茨木(いばらき)華扇(かせん)

 ピンクの目と髪に、ピンクの花のアクセサリーと実にピンクな印象が強い女性である。

 

「それで霊夢に何か用かしら? というか、その山盛りの荷物はなに?」

「米粉と砂糖と粉だ。用は……入ればわかる」

 

 そう言って信一は、食材の入った巨大な袋を片手に神社の中へと進んでいく。

 華扇の方も不思議そうな顔をするものの、確かに行けば分かるだろうと黙って歩き出す。

 

「早苗、博麗の巫女。やしょうまの材料の追加を持ってきたぞ」

「ありがとうございます、信一さん。持ってきたものはそこら辺に置いておいて……あ、仙人様も来てたんですね」

 

 信一と華扇が到着した場所は台所であり、そこでは早苗と霊夢が何かを作っていた。

 

「お邪魔するわ。それで何を作っているの? 材料を見た感じだとお団子みたいだけど」

「『やしょうま』よ。早苗の故郷だと、涅槃会(ねはんえ)の時期にはこれを作って食べるんだって」

 

 涅槃会とは釈迦の入滅。すなわち、完全なる解脱を果たした日を祝うイベントである。

 言ってしまえば葬式を祝うようなものであるが、相手が神や仏なので気にしても仕方がないだろう。

 

「へー、そうなのね。でも、どうしてそんなに大量に作ってるのかしら? どう見ても個人で食べる量には見えないけど……」

「屋台に出すからに決まってるでしょ」

「屋台? この時期に祭りなんて神社では…あー」

 

 大量のやしょうま。涅槃会。仏教。

 この3つの単語から、華扇の桃色の脳細胞が答えを導き出す。

 

「命蓮寺の涅槃会で出すつもりね」

「そ。()()()()()()弱みを握っているから、特等席で開けるわよ」

 

 そう言って、とても巫女とは思えない黒い笑みを溢す霊夢。

 そんな姿に華扇は呆れた表情をするものの、今回は命蓮寺が悪いのもあるので黙っておく。

 

 聖もよく、大入道を巨大な大仏に変えるなどを許したものである。

 妖怪とバレたときに悲惨な事態になることを考えなかったのだろうか。

 もっとも、彼女のことだから信徒に用意してくれと言われて、仕方なくやったのだろうが。

 

「それにしても、やしょうまねぇ。普通のお団子と何が違うのかしら」

「それは…ほら。切ってみれば分かりますよ」

 

 早苗が出来立てのやしょうまに包丁をストンと落とす。すると。

 

「あら、綺麗な花模様ね。金太郎飴みたいなお団子なのね」

「そうです。味も良し! 見た目も良し! まさに信州の春には欠かせない名物なんです!」

 

 フンスと胸を張ってやしょうまを掲げる早苗。

 その横では霊夢が、アホなことをしている暇があったら手を動かせと、ジト目を送っているが地元アピールで忙しい早苗は気づかない。

 

「故郷が懐かしいのかしら……」

「ほぇ? 何か言いましたか、仙人様」

「いえ、やしょうまって不思議な名前だけど、どんな由来なのかと思ってね」

 

 本人も気づかないところで故郷を恋しがっているのかもしれない。

 そう思った華扇は霊夢に悪いと思いながら、早苗の話に乗ってあげることにした。

 

「えーと……なんでしたっけ? 信一さん」

「釈迦が亡くなる前にヤショという弟子から団子を貰い、『ヤショ、うまかったぞ』と言ったのが短くなり『やしょうま』になったという説があるな」

「あー! それです! それ!」

「ヤショ、うまかったぞ…ヤショうまかった…やしょうま……結構無理やりね」

 

 なんて無理やりなこじつけなんだと、華扇は苦笑いするが名前などそんなものである。

 初めはしっかりとした意味があり、誰もが理解していたが次第に忘れられ音だけが残る。

 そうして最後には文字だけが残り、謎の名前と化すのだ。

 

「まあ、どうして涅槃会の時に食べるかは知らないんですけどね」

「元々、涅槃会の時にお団子を配る習慣は風習はよくあるのよ」

「恐らくは仏舎利の代わりだろう。ミサでパンとワインを配るのと似たようなものだ。食べることで()()()()()()()()イエス様程ではないだろうが……やしょうまも食べれば、何かしらの宗教的効果があるのだろう」

 

 永遠の命。その言葉を聞いた瞬間に、華扇はハタと何かを思いついたような様子を見せる。

 しかし、それはごく僅かな仕草で誰に気付かれることもなく消えていく。

 

「仏舎利? こんなに美味しいお団子が仏様のお骨なんですか?」

「釈迦の骨はその死後、弟子達に8等分にして分け与えられ8つの寺院に埋められた。そして、さらに後にはアショーカ王が再配分を行い8万余りの寺院に配った。恐らくはそれを基にして、ありがたいものにあやかろうということだろう」

「へー、そうなんですか……あれ?」

 

 信一の説明にそうなんだーと、呑気に頷いていた早苗だったがある重大な点に気付く。

 

「あの信一さん? 人間の骨って全部で215本ですよね?」

「大体の数はそうなるな」

「8つに分割するのは分かります。でも、8万は聞き間違いですよね?」

「いや、事実だ」

「え」

 

 人間の骨は全部分けても215本。

 それに対して8万の寺院に配るのはどう考えても無理がある。

 理系の早苗らしく高速で計算を終えて、ある憶測を建てる。

 

「あー、なるほど。偽物が出回ったんですね。聖遺物とかって大体が偽物ですし」

 

 そう言って、アハハと笑う早苗。

 しかし、そんな現実逃避を信一が許すはずもない。

 

「目を逸らすな。8万の寺院に関しては()()本物だ」

「で、でも、どうやっても数が足りないじゃないですか?」

「砕いて砕いて砕いて砕いて、灰の一粒すら正確に計測して分けたのだ」

「その人、仏様に恨みでもあったんじゃないですかね?」

「残念だったな。アショーカ王は歴史的にも熱心な仏教徒だ」

「……狂信者って怖い」

 

 誰よりも釈迦を尊敬し、信仰し、その教えの発展に尽力した。

 その結果たどり着いた果てが、遺骨クラッシャーである。

 さしもの早苗もこれには白目をむくしかない。

 一応は神様仏様である彼女にとっては、他人事には思えなかったのだ。

 

「霊夢さん。今私は神道の神様で良かったと心から思ってます」

「……神様の骨って言って展示したら人が集まるかしら」

「れ、霊夢さん? その手があったかみたいな顔でこっちを見ないでくれます? ほら、一旦手に持った包丁も置いてください!」

 

「冗談よ、冗談。でも……人間の骨は215本あるんだから、1本ぐらいなら試しても」

「1本でも大惨事ですよ! というか、あなた仮にも神に仕える巫女よね!?」

「うちの御祭神がようやく決まるわ。ありがとうね、()()

「うわーん! 信一さん助けてくださいーい!」

 

 そして、間近に迫る命の危険。

 早苗は恥も外聞も投げ捨てて信一に抱き着いて助けを求める。

 その光景で霊夢の殺気が若干上がったような気がするが、気のせいである。

 

「早苗、案ずるな」

「信一さん……」

「洗礼の準備はすでに整っている」

「神様の血がついたってだけの杯をかけて、殺し合う宗教はノーセンキューです」

 

 ブルータスお前もか。

 そんな顔をしながらも信一から離れずに、むしろもっと密着する早苗。

 爆発しろ。いや、爆発させるという視線が向けられるが、彼女は華麗にスルーする。

 何だかんだ言って余裕がある早苗だった。

 

「まったく……霊夢、冗談が過ぎるわよ」

「いやねー、早苗が話してばっかりだからカラかっただけよ。……神様の骨は魅力的だけど」

「霊夢?」

「な、なんでもないわよ! なんでも」

 

 華扇がジトりとした目を向けると、年上に弱い霊夢はたまらず首を横に振る。

 そう。冗談なのだ。本気でその手があったかとは思っていないのだ。

 繰り返すがそんなことは思っていない。大事なことなのでもう一度言おう。

 神様の骨とか血を使って、参拝客を呼び寄せようとか考えていないったらいないのだ。

 

「さ、早いところ作るわよ! ほら、作業の邪魔だから料理をしない2人は出て行きなさい!」

「はぁ……この子はまったく」

 

 明らかにこれ以上の追及から逃れるために、2人を追い出した霊夢に華扇は溜息を吐く。

 このままお説教でも初めていいのだが、それはやめて台所から出て行く。

 何故なら、隣の信一に少し聞いてみたいことがあったからだ。

 

「西山さん」

「信一でいい。恐らく年はそちらの方が上だろう」

「じゃあ、信一。少し聞きたいことがあるのだけどいいかしら?」

「我に答えられることならすべて答えよう」

 

 台所を出て、雪の積もる参道を歩きながら華扇は静かに問いかける。

 信一の話に出てきた自らの興味を引いた単語について。

 

()()()()()()()()ってどういうことなのかしら?」

 

 にこやかに笑いながらも、その瞳はまるで笑っていない。

 嘘やごまかしは決して許さないと、彼女はその目で語っているのだ。

 

「……なるほど、仙人とは長く生きることを望んだ存在だったな」

「ええ、長生きの秘訣があるのなら是非ともご教授を願いたいなと」

 

 仙人とは一般的に人間の寿命を超えて生き続け、人を超えた存在になったものを指す。

 さらに修行次第ではその先にある天人という、文字通り天界に住む存在になることもできる。

 もっとも、生まれながらに天人という存在もいることにはいるのだが。

 

「まず初めに言っておこう。我らの言う永遠の命とは仙人達(なんじら)が望むものとは違う」

「と、言うと?」

「簡潔に言えばキリスト教徒はその死後に、イエス様によって神の国へと引き上げられる。そしてそこで永遠の祝福と生を受けるのだ。まあ、平たく言ってしまえば死後の安寧が約束されているということだ。天国に行くという仏教とあまり変わりはしない」

 

 信一の説明に華扇は短く息を吐く。

 聡明な彼女は、内心では大体そんなことだろうと思っていたのだ。

 しかし、続く言葉でその顔は驚きのものに変わる

 

「イエス様はこうおっしゃられた。

 はっきり言っておく。人の子の肉を食べ、その血を飲まなければ、あなたたちの内に命はない。わたしの肉を食べ、わたしの血を飲む者は、永遠の命を得、わたしはその人を終わりの日に復活させる。わたしの肉はまことの食べ物、わたしの血はまことの飲み物だからである。わたしの肉を食べ、わたしの血を飲む者は、いつもわたしの内におり、わたしもまたいつもその人の内にいる。生きておられる父がわたしをお遣わしになり、またわたしが父によって生きるように、わたしを食べる者もわたしによって生きる。これは天から降って来たパンである。先祖が食べたのに死んでしまったようなものとは違う。このパンを食べる者は()()()()()()……とな」

 

 聖書の一節。

 自らの肉と血を食えと言うイエスに、騒めくユダヤ人へと告げられた言葉だ。

 ユダヤ人が騒いだのも当然だろう。

 誰だって、目の前で聞いている華扇だって顔を青くして勘違いしてしまう。

 

「ちょっと待って! ……それって人間を、イエス自身を食べろって言ってるの?」

 

 その言葉は人肉を食らえと言っているのだと。

 

「無論違う。他の宗教には愛する故人の肉を食らう類のものもあるが、キリスト教では禁忌だ。これは比喩であり、実際に食べるのはやしょうまと同じようなものだ」

「ああ…なんだ。ビックリした。勘違いしてごめんなさいね」

 

 何かを思い出すように目を瞑りながらも、ホッと胸をなでおろす華扇。

 

「愛する者と永遠に生きること望んで、死体を食らう風習は存在する。そしてその感情は全くの理解が及ばんものでもない。故にイエス様の言葉が、真に人肉を食べろと言っているのだと誤解されることは多い。気にするな」

「死体を食べることで共に生きる…ね」

 

 日本でもある地方では、死者の遺骨を噛むという風習があったりもした。

 また、遺族の肉を食べるという風習を持つ民族も珍しくない。

 ザビエルもその死体の足の指を、女信者に食いちぎられたという逸話がある。

 

 これらの行動は純粋なる愛情から来ているもので、妖怪が人を食うのとは一線を画す。

 愛しているから、喪失に耐えられないから、肉を食らい1つになろうとするのだ。

 そう考えれば少し変わった風習程度のものと言えるだろう。

 

 しかし、共食いは同時にほとんどの社会で禁忌とされてきた行為である。

 もし、事情をよく知らずにその光景を目撃すれば、人肉を食らうものを化け物と思うだろう。

 同時に、人を食っていると噂が立つだけで迫害の対象となりえる。

 実際に初期のキリスト教では、イエスの言葉が曲解されて本当に人肉を食べていると思われ迫害されたこともある程だ。

 

「話が逸れたわね。ええと……やしょうまと同じ。つまり仏舎利に見立てた食べ物。と、なると……神の子に見立てた食べ物ということ?」

「大まかに言えばな。キリスト教徒はパンをイエス様の肉と。ワインをイエス様の血とする」

 

 実際にはミサで食べられるパンとワインは、イエスそのものであるとされる。

 そして何より、これは信者以外が口にすることは許されないという代物だ。

 

「それで、どうしてパンとワインを食べることが永遠の命に繋がるのかしら?」

「イエス様が全人類の罪を赦すためにもたらされた、最後の生贄であるからだ」

「生贄? 神の子が?」

 

 おかしなものだと華扇は思う。

 それは日本人として普通の感覚だろう。

 生贄は普通は神や妖怪に奉げられるものだ。

 だというのに、正真正銘の神であるイエスが逆に生贄にされるのはおかしい。

 そう思うのが普通だ。

 

「しかり。イエス様は我ら人間を全て救済するべく、天の父に自らの血を捧げ赦しの契約を行われたのだ」

「神に血を捧げることと、ワインを飲むことがどういう繋がりを見せるのかしら」

 

 神の血を飲むことと、イエスが生贄にされたことの繋がり。

 それを聞かれた信一は実に生き生きと語っていく。

 

「話せば長くなるが、初めに主を信仰していたのはユダヤ教徒だ。このユダヤ教徒には決して血を飲んではならないという戒律がある。そして、同時に神に赦しを請う際には血を捧げよという教えがある」

 

 神以外に血を飲むことは許されないとされていた。

 このことを頭に置いておいてほしい。

 

「血を捧げるということは神に赦しを請う行為だ。しかし、神は人々に血を飲むことを許されていなかった。これはつまり、神は人間を赦していないということである」

「そこへイエスが自らの血をもって神へ赦しを請うた」

「しかり。そして、イエス様の血であるワインを我々は飲むことが許された。それはつまり」

 

 そこで信一は言葉を切り、万感の想いを込めて声を紡ぐ。

 

「神が人間を赦されたという何よりの証拠である」

 

 キリスト教の原点とはここにある。

 イエスの尊き血により、人類の原罪が神により赦されたという契約。

 原罪とはすなわちアダムとイブが禁断の果実を食したこと。

 そして、その罪への罰がエデンから追放し、人間の命を無限から有限に変えることだった。

 

 その罪が赦された。

 禁断の果実を食したことで限りある命となった人間。

 それが今度は、イエスの血と肉を食すことで永遠の命を取り戻すに至る。

 

 人類の罰をただ1人で受け持ったが故に救世主(キリスト)

 

 我らは既にイエスによって救われている。

 永遠の命は取り戻され、神の国への道は保証されていると信じるのがキリスト教なのだ。

 

 故に、寿命を延ばすことなどしない。

 それはイエスの救済を信じてないと、言っているようなものなのだから。

 

「イエス様より救済を約束されている身で、それ以上の寿命を望むわけもない。

 東洋風に言うならば『足るを知る者は富む』と言ったところか。

 与えられた天命以上に生きようとするなど、足らぬ足らぬと食い続ける暴食の罪と同じだ」

「足るを知れ……」

 

 足るを知れ。

 まるでその言葉を恐れるかのように華扇は顔を青ざめさせる。

 しかし、説法モードに入っている信一は気づかない。

 

「故に我らが寿命を延ばす方法を持つことはない。もっとも、死体が腐らなくなる奇跡等はあるがな」

「……そう」

「む?」

 

 だったのだが。流石の信一もここにきて華扇の様子がおかしいことに気付く。

 その瞳は何も映してないように見え、それでいて明確にある光景を映しているように見えた。

 

「華扇殿…?」

「ねえ……貴方は」

 

 そして、表情の消えた顔で彼女は信一に問いかけるのだった。

 

「寿命を延ばしたいと、延ばして欲しいと願うのは悪だと思いますか?」

「なにを……」

 

 言ってるのだと、そう続けようとしたが言葉が続かなかった。

 それは余りにも華扇の瞳が物憂げであったから。

 何より、どうしてかその質問が他人事だと思えなかったから。

 

「―――悪だね、そりゃあ」

 

 突如として別の女性の声が響く。

 信一は警戒するように、華扇は気だるげに振り返ると。

 そこには鎌を構えた死神が居た。

 

「汝は何者だ?」

「おっと、お兄さんとは初対面だったね。私は小野塚小町。三途の川の水先案内人の死神さ」

 

 彼岸花のように赤い髪と瞳。

 ツインテールという髪型のせいで幼く見えなくもないが、纏う空気は人の生を超えた者のそれ。

 何より、どこか達観したように人間の寿命を映す瞳が、彼女を人外の存在と主張していた。

 

「死神……死を司る天使、サリエルに近い存在か」

「お? なんだか偉そうな存在と同列に扱われると嬉しいねぇ」

「もっとも、神の命令(サリエル)は堕天使扱いされているのだがな」

「あははは! これがまさに上げて落とすって奴かねぇ? 天使から堕天使だけに」

 

 カラカラと笑いながら信一に自己紹介を行う小町。

 しかし、その瞳だけは笑うことなく華扇を捉えていた。

 まるで、何をしているのだと叱責するかのように。

 

「それで、死神が何の用だ? 生憎だが我はキリスト教徒故に、天使以外に連れて逝かれる気はないぞ」

「心配しなさんなって。神父さんの寿命はまだまだ先さ。……ただ」

 

 信一の問いかけに軽い調子で返す小町だったが、ふいに声を落とす。

 

「寿命を延ばすのはよしなって警告に来ただけさ」

「我が…?」

 

 理解できないと小町の言葉に眉をひそめる信一。

 彼は自他共に認めるキリスト教の狂信者だ。

 死ねば必ず神の国へと導かれると信じている。

 そんな自分が、わざわざ寿命を延ばすなどという手段を取るなどあり得ない。

 

「あり得んな。イエス様の救いの手を自ら払いのけるなどするはずがない。死神よ、汝の忠告は感謝するが、少し仕事熱心に過ぎるのではないか?」

「ははは! あたいが仕事熱心ねぇ……うん、面白い冗談を言うね、神父さんは」

「……仕事熱心が冗談になるとは普段どれだけサボっているのだ」

「寸暇を惜しんで仕事に励んだら、上司に異常事態として報告される程度にはね」

 

 まともに仕事をしろよと、思わず白い目を向けてしまう信一だったが小町はどこ吹く風だ。

 ついでに華扇も、またサボりかよこいつ…という目で見ているが、そっちもスルーである。

 

「素直に汝の上司には同情するぞ」

「いやいや。何事にも適度な休養は必要なものだよ。でないと……生きるのに疲れちまうよ」

 

 どこか遠くを見るように告げられた言葉に、信一は何も言えなくなってしまう。

 余りにも、その瞳が物悲しかったが故に。

 その瞳が人生に疲れた老人を思わせたが故に。

 

 彼は何も言うことが出来なかった。

 

「と、少し寄り道しちまったねぇ。まあ、私には道なんてあってないようなものなんだけどさ」

「そういう話が寄り道って言うんじゃないかしら? ほら、貴方がいつまで経っても本題に入らないから、彼が困ってるじゃない」

「おっと、そいつは失敬したね」

 

 どんどんと脱線していく2人の話に見かねた華扇が口をはさむ。

 その言葉に小町は浅く笑いながら頭を掻き、信一は知り合いなのかと視線を向ける。

 が、華扇からの反応は軽く肩をすくめることだけだった。

 まるで、こいつとは知り合いではなく腐れ縁だとでも言うように。

 

「ま、私が言いたかったことはさっきの警告だけさ」

「だから我は寿命を延ばすなどしないと――」

「―――愛する人を置いていく未来が確定していてもかい?」

 

 信一の顔が酷く歪む。

 

「……薄々思ってはいたが現人神の寿命は」

「ただの現人神のままならそれ相応の寿命さ。でも、神そのものになったら、どれだけ長く生きるかは神父さんが一番よく知っているんじゃないのかい?」

「…………」

 

 神は忘れ去られれば死ぬ。

 だが、逆に言えば忘れられなければ()()()()()()

 そして、ここ幻想郷はそれが可能な地だ。

 否、()()()()()()()ここに来たはずだ。

 

「そうなった時に神父さんは、寿命を延ばさないって誓えるかい?」

「我は……」

 

 早苗の顔が思い浮かぶ。

 笑っている顔。怒っている顔。拗ねている顔。

 そして、泣いている顔。

 

「我は…!」

 

 きっと優しい彼女は、自分が死ねば泣いてくれるだろう。

 それ自体は構わない。というより、仕方がない。人間、悲しみに浸る時間も必要だ。

 しかしながら、問題は永遠にその時間が続くということだ。

 

 神となってしまえば彼女は永遠に生きる。

 そうした時に、死という終わりのない時間を彼女は1人で耐えられるだろうか?

 忘れてくれるのなら構わない。乗り越えてくれるのなら何の問題はない。

 

 だが、しかし。

 

 もしも、彼女が乗り越えられずに永遠に悲しみの底に沈んでしまったら?

 そんな腐った未来が訪れる可能性を放置していいのか?

 何より―――自分が傍に居なくても彼女は笑っていられるのだろうか?

 

「寿命ぐらい延ばせばいいじゃない」

「華扇殿…?」

 

 なにも答えられなくなった信一の肩に、ポンと華扇の右手が置かれる。

 何事かと彼が振り返ると、華扇はニッコリと寒気がする程に綺麗な笑みを浮かべてみせる。

 

「愛する人と共に生きたい。その願いのどこに恥じる要素があるでしょうか。生きたいのなら生きればいいのです。そこには善も悪もない。何より……残された者の苦しみを思えば、勝手に満足して死ぬことの方が罪でしょう」

 

 まるでその痛みを知っているとでも言うように、瞳に憂いを湛える華扇。

 だから、信一も何も言えずに彼女に最後まで言葉を言わせてしまう。

 

「というわけで、今なら特別に私の弟子にしてあげましょう。仙人になれば人間以上の寿命を得ることが出来ますよ。見たところ、真面目な性格のようですから、修行をサボることもないでしょうし」

 

 まさかの改宗の誘いであった。

 これには今まで苦しんでいた表情も引っ込み、真顔になる信一。

 

「馬鹿言っちゃあいけないね。寿命を延ばせば延ばす程に魂が罪に塗れる。そうしたら、いざ死んだときには文字通り地獄の苦しみさ。そんな苦しみを自分のために背負われるなんてことを、お相手が本当に望むと思うかい?」

 

 そして、今度は逆方向から小町が信一の肩に手を置く。

 客観的に見れば、スタイル抜群の美女に挟まれているという状況だが、信一には嫌な予感しかしなかった。

 

「はぁ? 最後まで死ななければ良いだけよ」

「そんなことが本当にできると思ってるのかい? どれだけ逃げても死は平等に訪れる」

「天人まで至れば大丈夫ね」

「それを死神(あたい)達が許すとでも?」

 

 信一を挟んだ状態でバチバチと火花を散らし合う仙人と死神。

 間に居る信一にとっては素直に迷惑である。

 そして、この状況からどうやって逃げ出せばいいのかと、主に祈り始めた時。

 

「な、なにをしてるんですか!?」

「早苗!」

 

 やしょうま作りが終わったのか、外に出てきた早苗が状況を見て素っ頓狂な声を上げる。

 逆に信一は、勝利の女神が降りてきたとばかりに明るい声を出す。

 そして、以心伝心とばかりに早苗は一直線に彼の下に駆けてくる。

 まさに神様仏様早苗様。地獄に早苗とはこのことだ。

 

「し、信一さんの……浮気者ーッ!!」

 

 訂正。泣きっ面に早苗である。

 凄まじい勢いで突進してきた彼女は、悪質なタックルも真っ青な神ックルをお見舞いする。

 もちろん、信一はもんどりを打って倒れこみ、その上に早苗が覆い被さる。

 

 因みに華扇と小町は、被害を恐れてさっさと離脱している。

 

「なんですか!? 神奈子様への対応を見てて思ってましたけど、やっぱり年上の方が好みなんですか! 幼馴染みヒロインは負け属性とでも言うつもりですか!!」

「いや、早苗。少し落ち着け」

「そうよ、落ち着きなさい。私は信一に仙人にならないか勧誘していただけだから」

「そんでもって、あたいはそれに反対してたのさ」

 

 信一の肩を掴んでガックンガックンと振り回しながら叫ぶ早苗。

 そんな姿に流石に責任を感じたのか、華扇と小町が助け舟を出す。

 しかし、その内容は火に油を注ぐものだった。

 

「宗教勧誘…? 私が10年以上続けても揺らがなかったくせに、仙人様からの勧誘は受け入れるって言うんですか!?」

「だから落ち着け早苗。我は主以外を信仰する気はないと何度言えば……」

 

「忘れないでください。改宗するなら守矢です。それ以外は許しません。信一さんは私だけを信仰していれば良いんです。私だけを愛していれば良いんです。浮気なんて絶対にダメなんですから。こう見えて、私ってヤキモチ焼きなんですからね」

「分かった。分かったから離してくれ……」

「もう……今回だけですからね」

 

 渋々といった具合で信一を解放して引き起こす早苗。

 因みにタックルのダメージは奇跡的にゼロで済んでいる。

 これも愛の力というものだろうか。

 

「……ねえ、これって」

「うん……相当重いねぇ。こりゃあ、あたい達以前にあのお嬢ちゃんが何かしそうだ」

「私としては問題はない……と言いたいけど何故だか不安だわ」

 

 そんなやり取りを見ていた華扇と小町は、何やらひそひそ声で話し始める。

 だが、信一と早苗はそんなことは気にしない。

 というよりも、早苗の方は信一のことしか見ていなかった。

 

「何はともあれ、助かったぞ早苗。感謝する」

「まったく……いいですか、信一さん? 女の子は好きな人が他の異性と密着しているのを見たら嫌な気分になるんですよ」

「分かった。今後は気を付けるとしよう」

「はぁ……本当に分かっているんですかね」

 

 プクーと頬を膨らませて信一に小言を言う早苗。

 そんな彼女の御機嫌を取るべく、よしよしと頭をなでる信一。

 この光景だけ見れば、爆ぜろと言いたくなるようなイチャつきっぷりである。

 が、しかし。見るものが見れば分かるだろう。

 

「覚えておいてください。信一さんの彼女はこの私だけです。それと…」

 

 彼女の愛はどこまでも。

 

「私は嫉妬深いんですから、私と他の女性を一緒に愛するなんて許しませんからね」

 

 深く、重いのだと。

 




YHVH「こいつ熱心な信者だな……よし! 試練を与えるか!」
今回の試練はこんな感じの理由(真顔)

後、信一が悩んでるのは今後のルート展開のため。



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