光景は皆さんの想像に任せます。
~舞台裏の信一の様子~
信一君「くっ、やめろ偽物! そんなもので我は屈せん…ッ」
偽早苗「フフフ、そんなこと言っても体の方は正直ですね。ほら、嫌らしい、よだれが」
信一君「ッ! こ、この程度のことで我を落とせると思うな!」
偽早苗「我慢しなくて良いんですよ? ほら…欲望のままに貪ってください」
信一君「去れ悪魔よ! 人には肉体よりも大切なものがあるのだ!」
偽早苗「ふーん……じゃあ、私の方が食べてあげますね」
信一君「き、貴様ぁ!?」
偽早苗「ふふふ、可愛い信一さん。もーっといじめたくなっちゃいます」
「後を追うって……あ、あんた、まさか!」
「心中でもする気か!? お、落ち着けって! 辛いのは分かるが自殺はやめろ!!」
「そうよ、あいつもあんたが死ぬことなんて望んでないわよ!!」
早苗の信一の後を追う発言に、後追い自殺だと思った霊夢と魔理沙が慌てて静止をかける。
しかし、言われた方の早苗はといえば。
「え? 死ぬ気なんてありませんよ?」
キョトンとした顔で否定するのだった。
「で、でも、あんた後を追うって……」
「ああ…これは後を追って連れ戻すって意味ですよ」
「なんだ……私はてっきり悲しみに暮れて、後追い自殺をするものかと」
「まあ、死ぬしかないなら死にますけど……」
とりあえず、最悪の展開はなかったと胸を撫で下ろす霊夢と魔理沙。
最後の方に早苗が言った言葉は、幸か不幸か聞き取れなかったらしい。
しかし、そうなってくると逆に気になることがある。
「しっかし、連れ戻すたってどうやるんだ?」
「それ本当に死んでるんでしょ? 流石にそこから生き返らせるのは……」
信一を如何にして連れ戻すかということだ。
純粋に蘇生行為が可能だから言っているのか。
それとも、現実逃避で言っているのか。
そんなことを2人は考えていたのだが。
「いえ、普通にあの世に行って引っ張り返してきます」
早苗はあっさりと2人の考えを否定する。
「……え? ど、どうやって?」
「天国に居るなら天国に。地獄に居るなら地獄に。冥界に居るなら冥界に行って連れて帰ります」
「いやいやいや! それが出来ないから永遠の別れとか言うんだぞ!?」
「出来る出来ないかなんて関係ありません。連れ戻すんです」
平然と、まるで明日も日は昇ると当たり前のことを言うように告げる早苗。
その言葉には力もなく、意思もない。そう、これは彼女の中での決定事項。
何があろうとも必ず起こる必然。神が人間に未来を教える神託。
そういう類のもの。
「ずっと……一緒に居たいんです」
「早苗……」
ポツリと少女の淡く切ない想いが零れ落ちる。
その余りの物悲しさに、恋などしたことも無い2人ですら胸が締め付けられる。
もし、早苗がただの少女であれば、これは単なる悲劇で終わったのだろう。
しかし、現実は違う。
「だから絶対に……離さない」
離さない離さない離さない離さない離さない離さない離さない離さない離さない離さない離さない離さない離さない離さない離さない離さない離さない離さない離さない離さない離さない離さない離さない離さない離さない離さない離さない離さない離さない離さない離さない離さない離さない離さない離さない離さない離さない離さない離さない離さない離さない離さない離さない離さない離さない離さない離さない離さない!!
「ずっと、ずっと、ずーっと一緒に居るんです。2人仲良くいつまでも」
彼女は神。祟り神の子孫。自分以外を愛することを許さない妬みの神。
ドロリと黒く濁ったものが彼女の瞳を覆う。
奪われたのなら奪い返すまで。生死の理など関係はない。
わたしは神。この世の条理を超えた先に居る者。
理不尽が形をとった人間の
ならば、ただの少女のように悲劇のヒロインを演じる必要はない。
無茶も道理も通り越して愛する者を連れ戻すのだ。
例え、それが。
「さて、まずは三途の川の先にでも行ってみましょうか」
世界を壊すことになろうとも。
「んにゃ、幸か不幸か神父のお兄さんは三途の川は渡ってないよ」
「本当ですか? 死神だから嘘ついてたりしませんか?」
「死神だからこそ、人の生き死にで嘘をついたりはしないさ」
三途の川のほとりにて、小町に詰め寄る早苗。
しかし、そんな鬼気迫る様子にも小町は慌てることなく、静かに言葉を返す。
「む……」
「そんな蛇みたいな目で見ないでおくれよ。少なくとも神父さんは三途の川を渡ってない。だから、この先を探すのは無駄だよ。閻魔に誓ったって良い」
閻魔に嘘や虚飾は一切通用しない。
つまり、自分は真実しか話していないのだと告げる小町に、早苗も黙り込む。
しかし、それで納得できるかと言えばそうではない。
小町が嘘をついていなくとも、この川の向こうに信一が居るのかもしれないからだ。
だが、そんな考えもまた死神にはお見通しであった。
「安心しなさいな。三途の川はあの世とこの世の境ってだけじゃない。生前の罪と徳を計るための場所でもあるんだよ。幻想郷じゃあ船に乗るだけだけど、実際は川を渡る際に染み付いた水の量で罪の重さを計ったりする。そもそも裁判所に辿り着くまでの道そのものが魂を見極めるための試練なのさ」
「……つまり?」
「この川を渡らずに、地獄の閻魔の下に行くことは出来ないって話さ」
だからこの川を通っていない人間が向こう岸に居ることはない。
そう言って、小町は早苗を安心させるように笑う。
その笑顔に早苗も、少しだけ気が楽になったように息を吐く。
「そう…ですか……じゃあ、別の場所を探さないと」
「ああ、少なくとも地獄にはいないよ。地獄行きが確定してても刑期やら罪状やらを、閻魔から聞かないといけないからね」
「となると……冥界か天国のどちらかですね」
地獄に居ないのならここにもう用はない。
そう告げるように早苗は小町から背を向け、空を見上げる。
冥界の場所は知っている。死を操る亡霊の姫君の居城だ。
しかし、天国の場所は知らない。天界と同じ所にあるのだろうか。
そんなことを考えていると、背後から声をかけられる。
「冥界はともかく、天国に行くんなら気を付けるんだね」
「天国なのにですか? 危険とは正反対の場所だと思うんですけど」
天国には気をつけろと言われて、キョトンとする早苗。
それもそうだろう。天国は現世や地獄より平和で幸せだから天国なのだ。
気を付けることなど何もないはず。
しかし、小町はチッチッチと指を振りながら皮肉気に警告する。
「馬鹿言っちゃあいけないよ。天国に行った奴は誰1人―――帰ってきたことはないんだよ」
天国ってのは余程素晴らしいところらしい。
だって、行った奴らが誰1人として帰ってこないんだから。
誰が言った言葉だろうか。不意に早苗の頭にそんな言葉が思い出される。
地獄から抜け出す話は昔から良くある。
しかし、天国から帰ってくる話はまずない。
あったとしても、その場合の天国はただ単に死後の世界という表現でしかない。
「人間は地獄の苦痛からなら逃がれることが出来る。でも、幸福からは逃げることができない。だって、そうだろう? 痛みも苦痛もいつか終わるものだから耐えることが出来る。でも、幸福が失うことに耐えられる人間はいない。居たとしてもそれは、張りぼての理想で自分を騙してるだけだ」
人間は如何なる苦難であろうとも乗り越えることができる。
しかし、一度得てしまった幸福を捨てることは、苦難を乗り越えるよりもなお難しい。
信一ですら幸福の誘惑に負けて、天国から帰ることを拒むかもしれない。
否、早苗自身が天国の誘惑に負けて全てを忘れるかもしれない。
「と…少し話過ぎたかね。何にせよ気を付けるんだよ」
「……大丈夫ですよ」
「ん?」
だが、それでも早苗は強い信念をもって口を開く。
「だって信一さんには―――私と居ること以上の幸福はありませんから」
ニッコリと、同姓ですら見惚れるほどの綺麗な笑みを浮かべる早苗。
それはまさに女神の微笑み。
どれほどその真意が歪んでいようとも、その美しさを否定できるものはいない。
「それでは、私は急いでいますので、これで」
それだけ言って気が済んだのか、次の目的地である冥界に颯爽と飛び立って行く早苗。
残された小町は彼女の姿が見えなくなるまでじっと見つめていたが、やがて背を向け船に乗り込む。
「死神としちゃご法度だけど……お涙頂戴の一流の悲劇よりかは、少年と少女は永遠に幸せに暮らしましたっていう、三流の喜劇が観たいもんだねぇ」
自嘲交じりの言葉を小さく零しながら。
「残念だけど、その魂はここには来てないわ」
そう答えるのは冥界にある白玉楼の主、西行寺幽々子。
優雅に咲く桜のように美しい女性だが、纏う気配は死そのもの。
閻魔より冥界の管理を任されているのは伊達ではなく、彼女は死と亡霊を操ることが出来る。
何より彼女自身が亡霊であり、生きてはいない。故に亡霊の姫君と呼ばれている。
「ここも外れですか……何か他の魂が知ってたりはしませんか?」
「そうねぇ…聞くこと自体は出来るけど、魂にまでなったら周りのことを見てる人なんてほとんどいないわよ」
幽々子からそう言われてしまえば、早苗も黙り込むことしか出来ない。
自分が死んで魂だけになっているのに、他人のことまで気にかけられる人間は少ないだろう。
ほとんどの人間は、自分の今後がどうなるかで頭がいっぱいだ。
また振出しに戻ったか。そう、早苗は内心で毒づくが、目の前の女性は面白そうに微笑む。
「それにね。あなたは遠回りをしてるのよ?」
「遠回り…?」
「相手がどこに居るかを考えるより、どうやって追うかを考えた方が早いわ。それに、そのための手段なら、あなたの一番身近な人達が知っているでしょうに」
全てを見通すような物言い。
答えなど最初から分かっているという余裕。
平時であれば、鼻につくように感じただろうが、今の早苗に気にする余裕はない。
藁にもすがるような思いで、その言葉に食いつく。
「ど、どういうことですか!?」
「あの世とこの世、生者と死者。2つは決して相容れることがない。そう、イザナギがイザナミを捨てたようにね」
妻の死を悲しみ、黄泉の国まで連れ戻しに行ったイザナギ。
しかし、彼はそこで死後腐敗したイザナミの姿を恐れ逃げてしまう。
その結果が生と死の完全なる離別だ。
あの世とこの世、生者と死者は決して交わってはならない。
2つの世界は完全に切り離されてしまった。
自由に行き来することなどできない。ただ1つ。
「でも、同じ存在になれば別たれることはない。もしくは、どちらにも踏み入れられる存在になれば……追うことは出来るでしょうね」
神という存在を除いて。
「私から言えることはこれだけね。まずは相手を追う準備をしなさい。場所なんて関係ないわ。地獄だろうと、天国だろうと、同じこと。あなたの愛が本物ならば、それが道を示してくれるわ」
そう言って幽々子は笑う。
まるで、早苗の行く末を祝福するように。
だから、彼女も気になって尋ねてしまうのだった。
「ありがとう……ございます。あの、最後に1つだけ聞いていいですか?」
「なにかしら?」
「どうして私をそんなに助けてくれるんですか?」
なぜ、幽々子がこうも親切に手助けをしてくれるのかと。
早苗と幽々子の親交は少ない。基本的に知り合いの領域を抜け出ない。
しかしながら彼女は、しっかりと早苗の手助けをしてくれた。
それがどうしても不思議だったのだ。
「ふふふ、おかしなことを聞くわね」
「お、おかしいですか?」
「そうよ。だって女の子は…」
クスリと笑い、幽々子はちゃめっ気たっぷりにウィンクを贈ってみせる。
「いつだって、恋する女の子の味方なんだから」
守矢神社。早苗の帰るべき家であり、信仰の拠り所。
いつもであれば、そこに戻ればホッと一息をつけるのだが、今回ばかりはそうもいかない。
鳥居をくぐった時点で、可視化できそうな程の威圧感を与えられたのだ。
それはこの神社の主のもので間違いがない。
そして何より、彼らがこれから早苗が言うことを理解しているということだ。
「……来たか」
神の間に辿り着いた早苗を待っていたのは、胡坐をかいた神奈子と。
「取りあえず座りなよ。膝を交えて話さないといけなしね」
いつもの軽薄さはどこに行ったのか、まさに神という威圧感を放つ諏訪子だった。
「神奈子様、諏訪子様。単刀直入に聞きます。信一さんを追うにはどうしたらいいですか?」
「分かってて聞いてるでしょ? そういうのは単刀直入とは言わないわ」
「でも、間違いだったら大変じゃないですか」
取り返しのつかないことになりますし。
と、早苗は小さく続けて薄く笑う。
そんな様子に呆れたように息を吐きながら、神奈子は頭を振る。
「死人を追う方法なんて1つだけよ―――自分も死ぬこと、それだけ」
そして答えるのだった。この世の絶対の真理を。
命ある者が死人と同じ場所に行くには自分も死ぬしかない。
「そうすれば、同じ場所に居ることは出来るよ。まあ、それだけだと、こっちに帰ってくることは出来ないけどね」
そして、人間は一度死ねばもう基本的に現世に帰ってくることはない。
キリスト教ならば世界の終末に復活するのだが、終末がいつになるか分からないので却下だ。
「それだと意味がないんです。一緒に死ぬって言うのもロマンチックですけど、私は信一さんを連れ戻したいんです。だから……あの世に行って帰ってくる必要がある」
先ほども言ったように、人間が自由にあの世とこの世を行き来することは出来ない。
だが、しかし。自由に両方を行き来できる存在が居る。
「だから私は―――神になります」
そう、神だ。
現人神という人であり神であるという存在もなく。
正真正銘の神。
「神様は現世にもいるし、あの世にも居る。それはつまり、神様はあの世とこの世を行き来できるってことですよね?」
「自由に気軽にって程じゃないけどね。まあ、幻想郷の閻魔とかは結構頻繁に行き来してるけど、あれは仕事柄だから仕方ないか」
死んで神に会うという話もあれば、現世で神に会うという話もある。
それは神という存在が、あの世とこの世を行き来できる存在だと暗に示しているのだ。
神であれば死人を生き返らせることが出来る。
逆に言えば、死人を蘇らせることができるから神と呼ばれるのかもしれない。
「それで? 私達に信一を迎えに行ってくれとでも言うつもり?」
「は? 神奈子様と言えど寝取りは許しませんよ」
「……なんでそうなるのかしら」
急にガチトーンになって牽制をしてくる早苗に、神奈子は思う。
どこで育て方を間違えたのだろうかと。
「安心しなよ。私達じゃあ行き来は出来ても信一の居場所は分からない。それはきっと早苗にしか分からないように
「作られてる…ですか?」
「そりゃそうだよ。私がどっかの神様なら部外者が入らないようにするからね」
そう言って諏訪子は面白くなさそうに唇を尖らせる。
まるでお祭りごとから、蚊帳の外に出されたとでも言いたげに。
「天使なんて大層なものが入って来たのに、私達が動かなかった理由が分かるかい?」
「えっと…それは……」
「早苗を助けると、その分だけ試練の難易度を上げてくるからよ」
苦々し気に神奈子が吐き捨てる。
それは聖書の神の悪辣な側面だ。
「あそこの神様は、人間に楽な人生を送らせようとは欠片も考えてないわ。人間を信じすぎてるとも言えるかしら」
「信じ過ぎてる…ですか?」
「そう。人間の可能性を信じ過ぎてるから、生半可な試練は許さない。こんな試練じゃ役不足だと、この程度の試練を与えるなんて人間への侮辱だと、本気で思ってるから永遠に試練を与え続ける」
ああ、やはりこの程度の試練ではお前達は折れなかったか。
すまない。お前達の強さを信じ切れぬばかりに、わたしは手を抜いてしまった。
お前達は全力で生きているというのに、わたしはなんという非礼を働いたのだろうか。
そうだ。全力で生きる者には、わたしもまた全力を尽くさねばならぬ。
故に最上の試練を再び与えよう。きっと今までにない程の苦難となるだろう。
如何に友や仲間が居ようとも、耐えきれぬやもしれぬ。
しかし、安心して欲しい。わたしは声を大にして言おう。
必ずやお前達はこの試練を乗り越えてくれると。否、乗り越えると。
お前達は強い。何物にも負けぬ光を持っている。
だからこそわたしも、汝らの魅せる光に恥じぬ地獄の試練を与えたいのだ。
全ては―――人間を信じているが故に。
「と、まあ、こんな感じの思考で手を加えてくるから、下手に手助けをして不確定要素を出したくないんだよね」
「前から思ってましたけど、聖書の神って傍迷惑過ぎませんかね?」
諏訪子のやけに堂に入った演説を聞き終えた早苗がドン引きするが、現実は変わらない。
試練を与えた相手に手助けが入れば顔を顰めるどころか、嬉々として難易度を上げる。
より素晴らしい光が見れると、無邪気に微笑んで。
「やっぱり信一さんは
「まあ、そこら辺は連れ戻してからやりなよ。それより……神になるんだね?」
「はい。現人神ではなく、正真正銘の神になりたいんです。そうしないと迎えに行けないから」
現人神はどこまで行っても人間である。
神通力を持っていても、首を飛ばされれば死ぬし、寿命もある。
人間という肉の衣を纏っている間は、自由にあの世とこの世を行き来することもできない。
そんな人間が真に神になる方法は1つ。
「……念のために聞いておくけど、方法は分かっている?」
「はい。神様への成り方は人としての―――死を迎えること」
死ぬことだ。
「八幡神も、天神様も、もとは人間。でも、死後に神格化されて神に至った。人間は死ぬことで本当の神になることが出来る」
本来の意味で現人神と呼ばれる天皇ですら寿命がある。
そして、それが真に神として奉られるようになるのは死後だ。
皮肉なことに、死を超越した不滅の存在になるのはいつだって死んだ後なのだ。
「あの坊やのためなら死ねるってことね」
「はい、愛してますから」
「……はぁ、妬けるわね」
迷いなどないと言い切る早苗に、神奈子はため息をつく。
誰かをそれだけ想えるというのは、それだけ素晴らしいのだが重い。
ブラックホールでも作る気かと思う程に重い。
「神になったらもう人間には戻れないわよ? どんな神になるかも分からないし」
「覚悟の上です」
「永遠に生きるって結構辛いわよ?」
「愛する人の居ない苦痛に比べればどうってことないです」
ジッと早苗の瞳の奥を見つめるが、そこに揺らぎはない。
そこにあるのは強い意志だけ。
「そう……私からはもう何も言うことはないわ」
「神奈子様……」
だから、神奈子は全てを早苗の意志に委ねることにし、右目をつぶってみせる。
「諏訪子、後は頼んだわよ」
「はいはい、祟り神の本領発揮だね……身内に使いたくはなかったけど」
そして人としての最期を看取るのは諏訪子の役目だ。
早苗の祖先であり、諏訪の本当の神であり、人を祟り殺す邪神。
それが祟り神としての権能を発揮する。
「早苗、人間として最後に言いたいことはある?」
「もし帰って来れなかったら、信一さんと同じ墓に埋めてください」
「和式? 洋式?」
「一緒ならどっちでもいいです」
「オッケー。まあ、そんなことにならないように2人で帰ってくるんだよ」
「はい。それじゃあ―――逝って来ます」
その言葉を最後に早苗は人としての生涯を閉じた。
「……と、ここはどこですかね?」
早苗が次に目覚めると雲の中のような空間に居た。
まるで天国だ。そう思った早苗は、自分が目論見通りにあの世に来たことを悟る。
そして同時に自らの体から湧き上がる力から理解する。
「今までとは比べ物にならない力……これが神になるってことなのね」
まさに重い衣服を脱ぎ捨てたような感覚だ。どこまでも飛んでいける。
湧き上がる力は不可能すら可能にしてしまいそうな全能感を与える。
そして何より、頭がクリアだ。まるで、今までは霧がかかっていたのではと思う程だ。
「信一さんがどこに居るかが、手に取るようにわかる」
今まで使っていた神の力とも違う力。
そうとしか受け取れない感覚に、早苗はこう名付ける。
「これが―――愛の力…!」
愛に不可能はない。
そう、つまり愛とは全知全能という意味だったのである!
「ふふふ! 待っててくださいね、信一さん! 早苗さんがズバッと助け出して、エンダーイヤー的な感動のラストを迎えましょう! 第二部完! やりましたね!!」
なんか降って湧いてきた力に憑りつかれたように、ハイテンションになる早苗。
今までのシリアスは、何だったのかと思うような振り切れ具合である。
知り合いに見られていたら黒歴史一直線である。
「よく来たな、偽りの神よ。よくぞ第一の試練を乗り越えた」
「あ?」
しかし、そのハイテンションは一瞬でマイナスまで下がることになる。
ヤンキー染みた声を発しながら見上げる先には、憎き堕天使サリエルの姿があった。
「愛する者のために命を捨てる。主もその行動には素直に称賛を示されるだろう」
「別に主とやらのためにやったわけじゃないんですけど?」
「これでようやく、お前はあの男と
あの男、つまりは信一のことを出されてピクリと早苗の眉が動く。
「対等? どういう意味ですか?」
「簡単な意味だ。あの男は全てを捨てる覚悟でお前を追って幻想郷に来た。しかし、お前は何をした? 何もしなかったではないか。これでは釣り合わない。共に居たいのならばお前もまた、全てを捨てる覚悟を示さねば平等ではない」
主は全ての人間に対し平等に接する。
故に、男女の仲で片方だけが覚悟を示すことを許さなかった。
それでは女に対して余りにも不平等だと。
「男が女に覚悟を示すのは確かに王道だろう。私も正直キュンと来る。だが、しかし。女に覚悟を示す場が与えられんのは
なんと主は心が広いのだろうかと、サリエルは感服するように語っていく。
「その結果、お前は自らの命を捨ててまで愛を証明してみせた! 真実の愛と証明するには十分だろう。だが……お前はその先を望むのだろう? 愛しい男との再会を! 帰還を! 蜜月を! お前は溢れんばかりの愛故に望むのだろう!? 死を超越した永遠の幸福が欲しいのだろう? ならば試練を超えてみせろ! 死そのものである私を打ち倒し、その手に男との久遠の蜜月を手にしてみせるがいい!! さあ! 私にお前の光を示してくれッ!!」
六枚の翼を大きく広げ、サリエルはその魔眼をただの狂信でもって染め上げる。
堕ちた身であるにも関わらず、主への賛美を喉が枯れんばかりに謳い続ける。
まるでその身を、主への愛の業火で燃やし尽くすかのように。
天使はどこまでも狂った演説を行う。
「……さい」
「む?」
「ゴチャゴチャうるさいって言ってるんですよ、この泥棒猫」
だが、そんな狂気も意味はない。
今の早苗の頭の中にあるのは信一のことだけ。
それ以外の全ては、自らの愛の邪魔をする妬みの対象にすぎない。
「あなたの都合なんて知ったことじゃない。私から言うことは1つ。私の」
「この力は…なんだ? いや、
だって今の彼女は人と神の狭間の現人神ではなく、人ではなくなった。
「イトシイヒトヲカエセ…ッ」
完全なる神なのだから。
~舞台裏の信一の様子(解説付き)~
信一君「くっ、やめろ偽物! そんなもので我は屈せん…ッ」
(ホカホカの白米に沢庵を乗せた茶碗を突き付けられる信一)
偽早苗「フフフ、そんなこと言っても体の方は正直ですね。ほら、嫌らしい、よだれが」
(信一、匂いで思わずよだれを零してしまう)
信一君「ッ! こ、この程度のことで我を落とせると思うな!」
(強がって抵抗するが、ご飯が零れるといけないので茶碗を押し返せない信一)
偽早苗「我慢しなくて良いんですよ? ほら…欲望のままに貪ってください」
(ここで偽早苗が伝家の宝刀『アーン』を繰り出す)
信一君「去れ悪魔よ! 人には肉体よりも大切なものがあるのだ!」
(死んでるので別に食べなくていいと強がる信一)
偽早苗「ふーん……じゃあ、私の方が食べてあげますね」
(偽早苗、信一の口付近まで持っていったご飯をパクリ。そして小悪魔スマイル)
信一君「き、貴様ぁッ!?」
(信一は激怒した)
偽早苗「ふふふ、可愛い信一さん。もーっといじめたくなっちゃいます」
(今度は沢庵をとてもいい音を立てながら食べ始める偽早苗)
こんな感じの実に健全な舞台裏でした。