「信一さん、ずっと不思議に思っていたんですけど、ザビエルってなんでハゲなんですか?」
「早苗よ。喧嘩を売っているのなら、回りくどいことはせずに殴りかかって来るがいい」
「え? な、なんだか目が据わってて怖いですよ…」
「どうした? 我の左の頬はいつでも差し出す準備が整っているぞ?」
「なんですかその気色の悪い挑発は!? 嫌ですよ、謝りますから変な行動はやめてください!」
それは、2人で世界史のテスト勉強をしている時に起こった
歴史に興味がない早苗が集中力を切らして、何気なく呟いた言葉に信一がキレたのだ。
教義である『右の頬をぶたれたら左の頬を差し出せ』というのは守っているが、その目つきは今ならばヤクザ染みたものへと変わっている。
もっとも、傍から見れば女性にぶってくださいと言っているようなものなので、気持ち悪いことこの上ない。
「まったく…聖ザビエルをハゲ呼ばわりするとはとんだ罰当たりめが」
「し、仕方ないじゃないですか。誰がどう見たって第一印象はハゲで髭の面白いおじさんですよ」
「そして汝の教科書のように落書きするというわけか?」
「だってこんなの落書きしてくださいって、誘ってるようなものじゃないですか!?」
教科書の落書きされたザビエルを見て白い目を向ける信一に、早苗は抗議の声を上げる。
確かに教科書で落書きをされたランキングでは常に上位に入り、勉強の苦手な子も彼の顔だけは忘れないと言わしめる程にはインパクトのある肖像画だ。恐らくは『落書きをしたことがある人、先生怒らないから手を挙げなさい』と言えばほとんどの人間が手を上げてしまうだろう。
しかしながら、忘れてはならない。彼は歴とした
「ふぅ…そもそもな話だ。聖ザビエルは
「……え?」
まるで、親にお前とは血がつながっていない、とでも言われたかのような表情になる早苗。
「あれはトンスラという髪型で聖職者としてのアイデンティティーを示すものだ。由来としてはイエス様の棘の冠を模したとも、聖ペテロが反キリスト主義者に、頭頂部の髪を切り落とされたからとも言われている」
「
「上手いこと言ったつもりか、まったく……いい機会だ。聖ザビエルについて説明してやろう」
ドヤ顔で上手いことを言った気になっている早苗の頭を軽く小突きつつ信一は語りだす。
聖ザビエルという真なる聖人の歴史を。
「まず初めにだ。教科書に載っている絵は本人の死後に書かれたもの、つまり事実と異なる」
「それと、そのハ…トンスラにどういった関係が?」
ハゲと言いかけて、これでは信一が怒ると思い慌てて言い換える早苗。
本人的にはバレていないと思っているが、もちろんアウトだ。
信一が聖人の悪口を、一毛であっても聞き逃しているわけなど毛頭ないのだから。
早苗の努力は不毛なる努力と言わずにはいられない。
「聖ザビエルはそもそもトンスラでなかった可能性が高い」
「そ、そんな…トンスラがなかったら絶対テストの回答率が3割は下がりますよ!」
「何故なら、聖ザビエルが所属していたイエズス会にトンスラの慣習はなく、むしろ髪を長く伸ばすことの方が多かった」
「ちょ、無視しないでくださいよ。寂しいじゃないですか」
今明かされる衝撃の事実とばかりに慄く早苗に対し、鬼のスルーを決めつつ信一は話を続ける。
これは別に早苗のことが嫌いだからではなく、言うまでもなく相手をするのが面倒だからだ。
「実際に日本外で使われる肖像画ではトンスラでないことが多い。ほら、これがその画像だ」
「うわ…フサフサであることより、そんなものを携帯の待ち受けにしてる信一さんに引きました」
ザビエルの肖像画を待ち受けにするという奇行に、思わずドン引きする早苗。
もちろん、その程度のことでは信一には全くダメージは入らないが。
「別におかしいことではないだろう。聖ザビエルはバチカンより正式に認められた聖人であり、何より日本の守護聖人であられるお方だぞ」
「日本の守護聖人!?」
他にも聖母マリアがいるが、これもまたザビエルが来日時に決めたものである。そう、キリスト教的には日本はその全てを、ザビエルによって支配されていると言っても過言ではない。
「因みに死後に奇跡を起こしておられるから、汝とも近い存在だ」
「奇跡も起こせるんですか!? ど、どれですか? 静電気がバチッとならないようにする奇跡ですか! それともシャーペンの芯が折れなくなる奇跡ですか!?」
「なぜ、そのような微妙な奇跡ばかりチョイスする」
奇跡を起こすという自身のアイデンティティーを侵されたくないのか、慌てふためく早苗。
因みに今挙げた奇跡は詠唱も簡単なので、日常で結構活躍しているらしい。
「奇跡とは死後腐敗することがなく、その身から鮮血が溢れ出したということだ」
「ま、まあ、それぐらいなら私も出来そうなので私の方が上ですね。私、天候も変えられますし」
「確かに奇跡の凄さなら汝の方が上かもしれんが、聖職者としては汝の惨敗だろうな」
「な! 諏訪のジャンヌダルクと名高い、聖女な私のどこが負けているって言うんですか!?」
「人格」
早苗の黄金の右お祓い棒が火を噴く。
しかし、信一は無表情。効果はないようだ。
「聖ザビエルは布教を始めて二か月で500人の信者を作ったのだぞ。汝とは比べ物にならんわ」
「わ、私だって奇跡全開で布教すればそのぐらい軽く作れますぅー」
「汝の場合は大道芸感覚で見に来る人間がほとんどだろう。前から思っていたが、『種も仕掛けもございません』と言ってから奇跡を起こすのはやめておけ。どう見ても手品にしか見えなくなる」
「だって、なんだかカッコイイじゃないですかッ!?」
心外だとばかりに頬を膨らませる早苗だが、奇跡が手品と思われることが多いのも事実である。
ただでさえ、科学絶対主義が流行っている現代では奇跡など信じられない。
加えて、早苗の明るく天然気味な性格が災いして『また、あの子何かしてる…』という目で見られるのだ。もちろん、信一も同じ目を向けられているが、自分の方には気づいていない。
「奇跡を信じさせるならばもっとミステリアスかつ、神聖な雰囲気を漂わせるべきだろう」
「…? それ私の代名詞と言ってもいいものですよね?」
「鏡を見てみるがいい」
「わあ、すっごい美少女が映ってます」
「これだけ堂々としてる奴の、どこを見ればミステリアスに見えるのか」
真顔で自分はミステリアスと神聖さの権現だと言い放つ早苗に、信一はため息をつく。
因みに美少女であること自体は否定していない。
「試しに聞くが、神かどうかを問われたときお前はどう答える?」
「あ、分かります? 分かっちゃいますか? いやー、普段は隠してるんですけど分かっちゃいますかー。困りますねー。隠しているはずなんですけど。やっぱり、普段から神聖なオーラが染み出ちゃって神様であることが隠し切れないんですかねー」
「本当に神であるかは置いておいて、そこから神聖さを感じる人間は、まず居ないだろうな」
現代の
どこをどう見ても神様には見えない。
因みに今の質問を神奈子と諏訪子にすれば。
神奈子は『当然のことを聞くな』と一喝し、諏訪子は『さあ?』と怪し気に笑うだろう。
「て、今の話で思い出しましたが、私現人神だからザビエルよりよっぽど格上じゃないですか!」
「米の1粒1粒に神が宿っていると言う神道で、汝が神であることにどれほどの意味があるのだ?」
「ちょっと、何ですかその言い方は。心が広いと噂の早苗さんも怒りますよ!」
「あくまでも噂なのだな」
激おこぷんぷん丸ですよーと、指で頭の上に
「大体、そういう信一さんは自分の神の声すら聴くことができないじゃないですか!」
その瞬間、初めて無表情の信一の顔が歪む。
「あ…ご、ごめんなさい。気にしてることを言うのは最低ですよね」
「いや……我が先に言い過ぎたのが悪い。それに、事実を言われただけだ。気にすることはない。確かに我は主の声を聞いたこともなければ、その偉大さを肌で感じたこともない」
慌てて頭を下げて謝る早苗に、信一は表情を元の無表情に戻して手で制する。
信一は信仰の薄れた神を見ることが出来る程に霊視能力が高い。
だが、彼は
この世界において最も信仰を集めている神であるにも関わらずに。
「悪魔祓いの仕事で、悪魔に取り憑かれた者ならば、幾らでも見たことがあるのだがな」
「そんなことしてたんですか……」
霊感が高いので、信一はエクソシストとしての仕事もしたりもしている。
「因みにこの前は、映画のエクソシストよろしく階段をブリッジで降りてくる輩に出会った」
「うわぁ…悪い意味で凄い思い出に残りそう」
「全くだ。流石の我も思わず爆笑してしまったからな」
「何でその光景を見て爆笑できるんですか!? というか信一さんって笑うんですか!? そっちの方がよっぽどホラーです!」
「悪魔が現世の映画を見てそれを真似しているのだぞ? これほど滑稽なこともない。……それと後半はどういう意味だ、早苗?」
常に無表情である信一が、笑うという衝撃の事実に恐れ戦く早苗。
出会ってから今日まで10年近く経っているが、まだ笑う姿を見たことがないのでその驚きもひとしおだ。
「ま、まあ、そんなことはいいじゃないですか。……ところで信一さん。今度ホラー映画でも見に行きませんか? 別にお化け屋敷でもいいですよ」
「勘違いしているようだが、我は別にホラーに喜悦を見出している訳ではないぞ。そもそも、我の笑う顔を見て何になる」
「見てみたいじゃないですか!? 一体どんな酷い顔で…失礼。一体どんな面白い顔になるのか興味が尽きません」
「全く訂正できていないどころか、余計に失礼になっているぞ」
早苗のあまりに失礼な物言いに信一がジト目を向けるが、早苗はテヘペロとするだけである。
悔しい…可愛いから許しちゃう…ッ。とは、勿論ならない。
神父による悪魔のアイアンクローが早苗を無慈悲に襲う。
「痛たたたッ!? ディ、DVです! ドメスティックバイオレンスは犯罪ですよ!?」
「残念だったな。これは家庭内ではないので、ただのバイオレンスだ」
「どうでもいいですけど、ドメスティックって響きってなんだか暴力的に感じますよね」
「減らず口を叩く余裕があるのならもう少し強めるとしよう」
「あ、ちょっと本気で洒落にならない痛みがガガガッ!?」
本気で痛そうな声を上げ始めたところで早苗を解放し、信一は額に手をやって1つ息を吐く。
「うう…孫悟空の気持ちが痛いほどわかりました……物理的に」
「生憎と我が唱えるのはお経ではなく、聖書の言葉だけだ」
涙目で痛そうに頭を擦る早苗に白目を向けるが、あまり反省したようには見えない。
まあ、信一の方もどれだけお祓い棒で叩かれても、早苗への毒舌をやめる気はなのだが。
「でも……信一さんは信じる神の声が聞けなくて、寂しかったりしないんですか?」
「……隠さずに言えば、信じる神と共に過ごせる汝が羨ましい。正直、主に御言葉をかけてもらう想像だけで白米が3杯はいける」
「すいません、嬉しさをご飯で表されても反応に困ります」
早苗が真顔でツッコミを入れてくるが信一は無視をして話を続けていく。
「だが、これは試練だ」
「試練…?」
首からぶら下げた十字架を手に取り、瞳を閉じる信一。
そんな姿に早苗は思わず見とれてしまう。
何故なら、その姿からはどこまでも強い信仰が感じられたから。
「主から我へと与えられた試練。主の御言葉が無くとも我が道を誤らずに生きていけるかどうか」
神道とキリスト教の最も大きな違いは、神の在り方だろう。
神道の神は人間を祟り、恩恵を与える二面性を持つ。
キリスト教は人間に試練を与える。そして、それこそが神からの愛と捉える。
神が人に苦難を与えているのは、自らが苦難を背負うに相応しい人間だと認められたからだ。
他の誰かでは背負えぬ
「主は
全ては信じる神から与えられた試練。それを乗り越えることこそが至高の幸福。
そういった考えに至る者が多いか少ないかが、キリスト教と神道の違いと言えるだろう。
「なるほど…それが信一さんの信仰の形なんですね。……ところで神の例を挙げる時に、私を省いたのは偶々ですか? 偶々ですよね?」
「無論、意図的にだが?」
どこか煽るような真顔で言い切る信一に、
「私だって神様なんだから、その並びに入れてくれたっていいじゃないですか!?」
「正直な話をすると、汝のような
「凄くを強調しないでください! また怒ってもいいんですか。次は神ギレしますよ、神ギレ!」
「ほう、神ギレするとどうなるのだ?」
プクーと頬を膨らませ、バンバンと机を叩きながら怒ってますアピールをする早苗。
一見すると可愛らしい仕草で、害がないように見える。
しかし、忘れてはならない。彼女は祟り神の巫女であり、その血を引いている現人神なのだ。
「脱毛の奇跡を起こします」
恐らくこの世の8割の人間が恐怖で慄くような宣言を放つ早苗。
因みに残りの2割の内半分は、既にハゲ上がっている人間だ。
そして、最後の1割は。
「その時はトンスラになるように頼む」
「それだと、一緒に居ると笑い死にそうなので全脱毛でお願いします」
信一のようなトンスラに憧れを抱いている奇特な人間である。
次回は諏訪のジャンヌダルクこと早苗さんとのデート回。
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