早苗さんと神父くん   作:トマトルテ

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三話:神父と巫女の行くお化け屋敷

 

「さあ、やってきましたよ、お化け屋敷! どうぞ心置きなく爆笑してください」

「だから、我は別にホラーに喜悦を見出しているわけではないと言っているだろう」

 

 テストも無事に終わり、気晴らしとばかりに2人で遊園地に遊びに来た早苗と信一。

 早苗は年頃の女の子らしく流行りのファッションで身を固めているが、信一は頑なに神父服だ。

 以前はそのファッションに苦言を呈していた早苗だったが、今では完全に諦めている。

 

「でも、私が誘ったら二つ返事で頷いたじゃないですか」

「……まあ、このお化け屋敷は昔から本物が出ると評判だからな」

 

 早苗の言葉に、信一は何かを誤魔化すように目を逸らしてお化け屋敷を見つめる。

 本物の日本家屋を改造したと言う、このお化け屋敷は外から見るだけでもおどろおどろしい。

 大の大人でも結構本気で怖がると評判なのも頷ける。もっとも。

 

「本物ですか? 後でお祓いとかしときましょうか。守矢の宣伝にもなりそうですし」

「我もそのつもりで来た。まあ、悪霊でなければ放っておいてもいいが」

 

 巫女と神父というガチ勢の前では形無しだが。

 

「では、入りましょうか」

「うむ」

 

 そして、2人は道場破りに来たような表情のままに、お化け屋敷の中に入っていくのだった。

 

「ほぉ…演出で音でも流してあるかと思ったが、無音とは中々に分かっているな」

「どういうことですか?」

「西洋のホラーは直接的な危害を与えるものが多いが、日本はその逆。何が起こるかが分からないという不気味さが肝だ」

 

 入口付近にある、洗礼代わりのコンニャクを脇目に入れることすらなく無造作に避けながら2人は進んでいく。

 

「ジェイソンと貞子が良い例だ。もたらす結果が同じ死であっても、明らかに殺しに来ているジェイソンと、テレビから這い出てくる貞子。不気味さで言えば貞子の方が上だろう」

「つまり、ジェイソンがテレビから斧を持って、這い出て来れば最強という訳ですね」

「途中で斧を画面に引っかけてしまわないかが心配だな」

 

 人間にとって最大の恐怖とは“分からない”ことだ。

 暗がりにぼんやりと浮かぶ人影、聞こえるはずの無い音、天地を揺るがす天変地異。

 理由が分からない。何が原因か理解できない。そうした不安が人を死に至らしめる恐怖となる。

 

「ともかく、人は分からない物を極端に恐れる。故に、理由付けとして霊や妖怪が生まれた」

【うらめしやー!】

「こういう幽霊とかですね」

 

 忍者よろしく、天井の上からぶら下がってきた血みどろのマネキンを指差す早苗に信一も頷く。

 緊張感も糞もあったものではない。

 

「では、なぜ分からないことがそれ程までに恐怖なのか? その理由は単純だ。想像するからだ」

「想像するから…ですか?」

「幽霊という存在一つとっても、その言葉だけでは男か女かすら分からない。逆に言えば、幽霊と聞いた者は自分にとって最も恐ろしい幽霊を想像してしまうのだ」

 

 落ち武者のような幽霊が最も恐ろしいという者もいれば、女の幽霊が怖いという者もいる。

 仮に何者かが確定すれば、それが怖くないものは恐怖しない。

 だが、分からないのだ。分からないからこそ無限の想像が広がり誰もが恐怖するのだ。

 

「本来、人を恐怖に陥れるのに、このような小細工など要らない」

「お化け屋敷でそれ言っちゃいますか?」

 

 ぶら下がってきたマネキンの(ひたい)を、軽く小突いてから歩き出す信一に早苗も続く。

 もちろん、2人共が今の所ノーリアクションである。

 

「暗く、音の無い空間。それだけでいい」

「先に何があるか分からないから何もなくても、崖があるかもしれないと思い込んでしまう。静かな空間だからこそ、僅かな物音が毒蛇が這う音に聞こえる…こういうことですか?」

「その通りだ。明確な答えの無い、分からないという不気味さこそが日本的な恐怖だ」

 

 そして墓場ポイントに辿り着いたところで、丁度良い例を見つけたとばかりに信一が指をさす。

 

【殿の仇ィィィッ!】

「あのおどろおどろしい落武者の霊も、実の正体は従業員のおじさんと分かれば恐ろしくない」

「確かに……むしろ哀愁を感じてしまいますね」

 

 渾身の雄叫びを上げながら、襲い掛かってくる落武者(40歳妻子持ち)を見つめながら深く頷く早苗。因みに従業員の落ち武者の方は、全く逃げるそぶりも見せない2人に困惑し、どう動くべきかと判断に悩んでいる。

 

「そうと考えれば仕事の邪魔をしないように先に行くか…む?」

「そうですね…あれ?」

【ど、どうかされましたか、お客様?】

 

 従業員に全く見当違いな気を使って先に進もうとする信一と早苗。

 しかし、ハタと何かに気づいたように落武者を見つめる。

 見つめられている方といえば、異常事態の連続に思わず地が出てしまっている。哀れなり。

 

「あー…従業員さん、最近肩が良くこってるとかの症状に悩まされていませんか?」

「具体的には赤ん坊に乗られているような、()()()()を感じることだが」

【え…え? た、確かに肩凝りはありますが……】

 

 身に覚えのある症状を言い当てられ、動揺する落武者。

 それをよそに2人はヒソヒソ声で相談を始める。

 

「やっぱりですか…どうします、信一さん?」

「うむ…すぐにでもどうにかしたいが…仕事中に邪魔をするわけにもいかんだろう」

「ですよね。まあ、すぐに消さないと不味い類ではないですし……」

 

 相談が終わった2人は、出来るだけ相手を安心させるような柔らかな笑みを浮かべて向き直る。

 もちろん、その笑顔が落武者の不安を余計に煽っていることには気づいていない。

 

「これ、守矢神社の御札です。少しは()()()()はずですよ」

「簡易なもので悪いが十字架だ。神の家は悩める子羊をいつでも受け入れる」

「本格的に()()を解決したい場合は、ぜひ守矢神社へ」

「主の加護が欲しければ我が教会にお越しを」

 

 御札と十字架を押し付けるように渡して、無言で立ち去って行く早苗と信一。

 落武者はその後ろの姿を呆然と見つめていたが、やがてポツリと零す。

 

【何が何だか分からなくて怖すぎる……】

 

 この日、お化け屋敷で最も怖い目に遭ったのは、間違いなく俺だったとは落ち武者の弁である。

 

 

 

 

 

「いやぁー、良いことをした後は気持ちがいいですね」

「全くだ」

 

 お化け屋敷を出た後に、良いことをした後の飯は上手いぜとばかりに昼食をとる2人。

 実際の所は相手の不安を煽り、入信させようとする悪徳宗教そのものだったのだが。

 そんなことはつゆ知らず、2人は手作り弁当を食べる。

 

「相変わらず、信一さんのお弁当はシンプルですね。おにぎりと漬物だけって日本昔話ですか?」

「そういう汝はおかずや果物ばかりで炭水化物がないな。ダイエットか?」

「ふ、太ってなんかいませんしー。これは…そう、偶々ですよ!」

「目を泳がせながら言っても全く説得力がないぞ」

 

 もっとも、2人分ではなく自分のためだけに作ってきたものであるのだが。

 

「いやですね。本当に太ってなんかいませんよ? 神ってる少女早苗さんは健康管理もバッチリです。……ただ」

「ただ?」

「……テスト明けのテンションで、昨日ケーキとパフェを食べてしまって」

「そのための予防という訳か」

 

 フッと、どこかスレたような笑い声を吐きながら遠くを見つめる早苗。

 非常に哀愁漂う姿ではあるが、特に深刻なことはないので信一は無視をしておにぎりを頬張る。

 

「でも、いざというときは諏訪子様に祟ってもらえば、あっという間に痩せられるんですよ。

 あ、これ守矢の新しいご利益として使えそうですね」

「それは痩せすぎて命の危険がとかの怪しい煽りの薬と同じ類だろう。やめておけ」

 

 とんでもないことを言い始めた早苗を小突いて、たしなめる信一。

 それで流石に正気に戻ったのか、早苗は目に光を取り戻して自分の頬をパチンと叩く。

 

「ま、今日たくさん遊べば大丈夫ですよね! というわけでおにぎり分けてください!」

「何がという訳か知らんが、からあげと交換ならいいだろう」

 

 おにぎりとからあげをトレードし、ホクホク顔で炭水化物にかぶりつく早苗。

 そんな可愛らしい顔を横目で見ながら、信一もからあげを口に運ぶ。

 

「……ふむ、美味いな」

「ほおひえは」

「ものを飲み込んでから口を開け。何を言っているかまるで分からんぞ」

 

 信一の忠告に流石にはしたなかったかと、若干頬を赤くしながら口の中の物を飲み込む早苗。

 そして、ついでにお茶をグビリと飲んだ後に先程の言葉を言い直す。

 

「そう言えば、信一さんお化け屋敷で笑いませんでしたね」

「我は別にホラーに喜悦を見出している訳ではないと何度も……」

 

 その質問に、どうでもいいとばかりに同じ内容を繰り返す信一。

 しかし、どういうわけか早苗の方は納得がいかなかったらしく、ズイと身を乗り出してくる。

 

「滑稽なものとか無かったんですか? 私はイッポンダタラのお化けとかは一本の足に見せかけた両足で跳ぶという、スタッフさんの涙ぐましい努力が気になりましたけど」

「確かに滑稽と言えば滑稽だが、着ぐるみの中で汗を流している人間を笑うつもりはないぞ」

「じゃあ、なんで悪魔のときは爆笑したんですか?」

「パクリで気軽に恐怖(ウケ)を取ろうとしてくる、浅はかさを嘲笑っただけだ」

「嘲笑で爆笑するってメチャクチャ性格悪いじゃないですか」

 

 信一が爆笑した話の本当の所を知って、白目を向けてくる早苗。

 だが、やはりと言うべきかその鉄仮面に変化はない。

 

「まったく、神に仕える神父がこうも性格も悪いとあのグラフも納得ですね」

「グラフ?」

「神の方が悪魔よりも人間を殺しているというグラフです」

 

 そう言って早苗は携帯で、件のグラフを出してみせる。

 聖書の中で神と悪魔が、それぞれ人間を殺した数を現したそれは、ある意味凄まじい。

 何故なら悪魔が殺した数は10人で、神が殺した数は。

 

「203万8344人ってヤバいでしょ。神様なのに人間殺し過ぎじゃないですか? やっぱり、信一さんは邪悪なキリスト教でなく、清く正しい守矢に改宗するべきです」

「祟り神の巫女に邪悪と言われるのは心外だが……まあ、数自体は事実ではあるな」

 

 実に悪魔の二十万倍の数を殺しているという指摘にも、信一は誤魔化すことなく頷く。

 確かに、このデータの通りに神はどこまでも残酷な存在だ。

 しかし、残酷だから神=悪となるわけではない。

 

「神は多くの人間を殺した。それは事実だ。だが、良く考えてみるがいい」

「何をですか?」

「現代日本で最も多くの人間を死に追いやっている存在は誰だ?」

「え…? 凶悪犯罪者とかじゃないですか?」

 

 唐突な質問に目を白黒させながらも、漠然としたイメージを伝える早苗。

 だが、そのイメージを信一は真っ向から否定する。

 

「違うな。こう言うと語弊があるかもしれんが、最も人を死に追いやっているのは裁判官…いや、この場合は司法と言うべきか」

「裁判官……あ、死刑宣告ってことですか?」

「如何にも。もっとも、それ程死刑は出るものでもなければ、同じ裁判官が複数の死刑宣告をするのも珍しいがな」

 

 誤解の無いように言えば、裁判官とて死刑にしたくて死刑宣告をしているわけではない。

 あくまでも法に乗っ取って、判決を行っているだけだ。

 さらに言えば、多くの裁判官が罪もないのに、自らは人殺しだと罪悪感に苦しめられる。

 それは人間としての当然の感情であり、彼らが根っからの善人であるが故に起こる問題だ。

 

「さらに言えば、日本で最も多くの人間を地獄に落としたのは閻魔大王というものもあるな」

「まあ、死人を全員裁きますからね。あ、どうでもいい話ですけど蒟蒻(コンニャク)が好物らしいですよ」

「本当にどうでもいい話だな。無視して話を続けさせてもらうぞ」

 

 罪人に、永劫の苦しみを与える最後の判決を下すのはいつだって裁判官だ。

 崖にしがみついた手を踏みにじり蹴落とすのは、悪人ではなく善人。

 善人であればある程に人は苦しみ、少しでも罪悪感を軽くするために自らへと罰を望む。

 

「人が人を裁く。それ自体が大罪である行為だ。故に閻魔大王はその業を忘れぬように毎日、煮えたぎった銅を飲むことで自らを律しているという」

「あれ? 閻魔様って人間でしたっけ? 神様の1人じゃありませんでしたか」

「確かに神として数えられるが、本来の閻魔大王はただ一番初めに死んだだけの“人間”だ。普通の人間のように苦しむこともあろう。そして、人間は苦しみからの救いを求める」

 

 人間は人間であるが故に、同じ人間を裁くことに苦しむ。

 そして、苦しむからこそ、そこからの救いを求める。

 だが、同じ人間が肩代わりするだけでは、いたちごっこになるだけだ。

 では、誰に救いを求めるのか。そう、それこそが。

 

「だからこそ、人は祈るのだ。神の裁きを」

 

 神だ。

 

「神は人間では背負いきれぬ業を背負ってくださるのだ。人間へ裁きを与え、時には大洪水すら引き起こして悪しき者を滅ぼす。我々人間では耐えきれぬ究極の正義を代わりに実行してくださる。裁判官と同じ裁きを下すものだからこそ、当然殺した数も多いというわけだ。そもそもの話、悪魔は善良なものを堕落させるのが目的の存在。殺してしまっては意味がない」

 

 善に属する存在だからこそ、多くの悪を裁かなければならない。

 さながらそれは、正義の味方が悪人を倒し続けるようなものだ。

 大抵の場合、正義の味方は悪人以上の大量殺戮者になり下がり、永遠に自責の念に苦しむ。

 そうならぬように、正しき者が悲しまぬように、神は人類の原罪をその愛を持って背負う。

 

「早苗よ。汝は町の者全てが死刑に値する悪人だとして、その街に核ミサイルを撃ち込めるか?」

「……そんなの無理に決まってるじゃないですか」

「そう、人間では出来ない。出来ても相応の苦しみが伴う。だが、神は何の悩みもなく行える」

「人間の罪を肩代わりしているから、神様の方が多くの人を殺している…ということですか?」

「左様。神は人を救い、愛し、そして裁く存在だ。1つでも欠ければ、それは神足りえない」

 

 信一の説法に、初めの威勢の良さが無くなりしんみりとした様子を見せる早苗。

 何故なら、信一の話はキリスト教に限る話ではないからだ。

 神とは極論を言ってしまえば、人間の理想そのもの。

 

 自らを苦しみから解き放ち、幸せにしてくれる存在。

 そうであるならば、人を裁くという苦しみを神に任せぬはずもない。

 身を切るような死刑宣告も、『神様が仰った』と加えるだけで気楽になれるのだから。

 

「……神奈子様も同じようなことを言いそうですね」

「だろうな。あの方も神としての在り方に強い(こだわ)りを持っておられそうだからな」

 

 少し元気をなくしたような声で呟く早苗に、信一も頷くのだったがどこかぎこちない。

 自分でもこのような場で、長々と説教染みたことを話すべきではなかったと思っているのだ。

 故に、空気を変えるように彼なりの精一杯の冗談を言う。

 

 

「もっとも、主は主で、信仰を確かめるべく善良な信者の家と家畜を焼き、その上で家族を皆殺しにしたりしているがな」

「やっぱりキリスト教の神って邪悪じゃないですか!?」

 

 今までのしんみりとした感情を返せとばかりに、頭をハタいてくる早苗。

 そんな先程の空気を壊す元気な姿に、思わず信一も。

 

「あ!」

「む? どうかしたのか?」

「い、今、一瞬ですけど微笑んだような――」

「気のせいだろう。我はいつもと何も変わらんぞ」

「あ、あれー? 気のせいだったんですかね…?」

 

 一瞬、信一が微笑んだ顔が見えたような気がして、再度確認するが彼はいつもの仏頂面だ。

 その事に納得できずに首を捻る早苗だったが、額を小突かれて否応なしに意識を逸らされる。

 

「昼食も済んだのだ。今日は太らないために全力で遊ぶのだろう? 礼拝の時間までは付き合ってやろう」

「そうでした!? こうしちゃいられません。さあ、ジェットコースターにコーヒーカップにメリーゴーランドとドンドン回りましょう!」

「どうでもいいが、食後すぐにそのラインナップは吐くぞ?」

 

 そして、2人は仲良く並びながら遊園地の喧騒の中に消えていくのだった。

 

 

 

 因みに、案の定早苗は吐きかけたのだが、奇跡(根性)の力で乙女の尊厳だけは死守したらしい。

 




神とは何か、信仰とは何か、信じるとは何か。
何か小難しいことを考えたら今回はギャグ少なめに。次回はギャグ多めにします。
因みに次回は祭り回。諏訪の祭りを紹介できると良いなと思ってます。

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